第2節 仲間だから

[サクラパビリオン_舞台袖]


 鳴り止まない拍手の中。


有希人  「……はあ、はあ……」


有希人  (……ああ。いつぶりだろう……。終演後の袖が、こんなに気持ちいいのは。いつも、演じ終えても、足りない思いばかりで……満たされなかったのに)


虹架部員 「身体が冷えます。衣装、すぐ着替えてください!」

トール  「有希人……」

バルドル 「有希人くん……」

トール・バルドル「「あ」」


 トールとバルドルの声がかぶる。


バルドル 「ふふ。有希人くんを気にかけているのは、トールだけじゃありませんから」

トール  「だな。有希人、タオル2枚使えよ。その汗、1枚じゃ足りねえだろ」

有希人  「ありがとう。2人とも」

ブラギ  「兄さんも、これで汗を拭いてください」

ヘイムダル「トールもだ。お前って、自分のこと後回しにしすぎだぞ!」


 ブラギとヘイムダルが、バルドルとトールにタオルを渡す。


バルドル 「ふふ。タオルのリレーみたいになっちゃったね」

ヘイムダル「タオルのリレーか。なーんか、色気ねーなー?」


 有希人、スッキリとした顔で笑う。


有希人  「あはは。そうかもね」


 鷹岡が、少し離れたところから有希人たちを見て口角を上げる。


鷹岡   「……ふっ」


鷹岡   (……ようやく、“5人ひとつ”になったな)




[サクラパビリオン_控室]


バルドル 「有希人くん。また、嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないけど、それでも、言わせてください。僕はやっぱり、有希人くんのお芝居が好きです。ずっと前から変わらず大好きです」


バルドル 「でも今日、同じ舞台の上で観たあなたは……これまでで一番、素晴らしかった。あなたが乗り越えてきたものを思えば思うほど、投げかけてくれるセリフの1つ1つが、輝いて感じられて……」


 バルドルの声が震えていく。


バルドル 「おこがましいかもしれないけど、あなたはやっぱり、僕の光です。虹架に来て、よかった……。……っ、ごめんなさい。神が泣くなんて、カッコ悪いですね」


有希人  「バルドル……。ありがとう。それから、この間は……ごめん。嬉しいよ、バルドル。君が俺の芝居を、好きでいてくれて」


 バルドル、耐えきれず泣き出す。


バルドル 「……っ、有希人くん……」


ヘイムダル「な、なんだよ、お前ら。さっきまで笑ってたくせにー! バルドル、泣くな! お前の泣き顔って、あのオーディンも慌てさせるって言われてるんだぞ! そんなの見てたら、なんかオレまで……っ!」


 ヘイムダルも泣き出す。


ヘイムダル「有希人。オレも、今日の芝居めちゃくちゃ楽しかった。オレは、楽しいことが大好きだ! だから、お前のことも、ロキの次くらいに大好きだ!」


14章2節


 ヘイムダル、有希人とバルドルに抱きつく。


バルドル 「ふふ。苦しいですよ、ヘイムダル」

ブラギ  「……兄さん……」

トール  「お前は行かないのか、ブラギ?」

ブラギ  「……まさか。私が人間を称賛するわけがないでしょう。まして、兄さんが入れ込んでいるような相手を。人間界での芝居もこれで最後。心から安堵していますよ」

トール  「その割には、お前の歌、今日が一番よく響いてたぜ?」


ブラギ  「……それはそうでしょう。“最後”というのは、永劫えいごうを生きる神にとって、甘やかに美しいもの。詩人たる私が、その瞬間にこの魂を研ぎ澄ますことに、なんの疑問もないと思いますが」


トール  「素直に、最後だからやる気が出たって言えよ。ま、俺も、同じようなもんだな」

有希人  「トール」

トール  「おう。もっとしっかり、あいつらと達成感ってやつを味わってこいよ」

有希人  「うん。だから……トールにも、ありがとうって言いたくて」

トール  「俺はなんもしちゃいねえさ。せいぜい、勝手な想い入れが玉砕したってくらいで」

有希人  「でも……あの時逃げてもいいって言われなかったら、俺はきっと、潰れていたと思う。逃げてもいい──けど、それでも芝居を続けたいって思えたことは、俺の誇りだ。ありがとう」

トール  「有希人……」

有希人  「俺、今日の自分の芝居に、悔いはないよ。こんな気持ち……久しぶりだ。だけど、君たちは……、君たちがここに来た目的は、いつ達せられるのかな?」

トール  「ああ。この先は、ロキと中都がどんな芝居をするかにかかってる。このコンクールの勝敗と一緒だ」

有希人  「そうなんだ……。でも、ちょっと複雑だな。目的を達成してほしいけど……それって、俺たちが負けるってことだろう?」

トール  「まあ、な。だが……。本気でやったぜ? 一切、手は抜いてない」

有希人  「知ってるよ。疑ってない。今日の舞台は、これまでの人生で、最高の本番だった」

トール  「……なあ、有希人。またお前の頭、撫でてもいいか?」

有希人  「まだ汗だくだよ」

トール  「お互い様だろ」


 トール、有希人の頭に手を乗せる。


トール  「……有希人。お前は、俺たちが任務を達成するため、オーディンが選んだコマの1つのはずだった。だが今、お前は、俺たちの“仲間”だ。だから、対等でありたい。隠し事はなしだ」


バルドル 「! トール、まさか……!」

ブラギ  「オーディンに知れますよ」

トール  「いいんだ。有希人には知る権利がある。……知っても、結果は変わらないしな」

ヘイムダル「だな。オレも、有希人にはちゃんと言いたい」

有希人  「隠し事……? ちゃんと言うって……? どういう意味?」

トール  「俺たちの素性や任務は、これまでに話した通りだ。だが……お前にはまだ言っていなかったことが、1つだけあるんだ。……聞いてくれるか?」


 トール、有希人に事情を告げる。


有希人  「…………え……!?」

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