第5幕 一度きりの幕が上がる

[サクラパビリオンステージ]


 緞帳の降りたステージでスタンバイする2人。


ロキ   「……いよいよ、だな」

真尋   「……うん」


ロキ   「……見ろよ。この天井の高さに、舞台の広さ。一番最初の『北風と太陽』の時なんて、狭い部室で、ちゃちな暗幕でなんとか袖を作ってたってのに、大違いだぜ」

真尋   「そう……だね」

ロキ   「……怖いか?」

真尋   「……」

ロキ   「このホールで、たくさんの客がお前を待ってる。あの時と、状況は同じだろ」


真尋   「……そうだね。怖くない、って言いたいところだけど──正直、ちょっとは怖いよ」


 真尋、少し笑ったあと、噛みしめるように言葉を紡ぐ。


真尋   「でも今は、それが、役者なのかもしれないって思う。今から舞台に出る。もしセリフが出なかったら? 間合いを間違えたら? 思ったようにお客さんを掴めなかったら? 大事な人たちの期待を、裏切ったら? ……役者なら、きっと誰だって怖い」


真尋   「だけど、それでも、舞台に立ちたい気持ちが上なんだ。ロキと、早く芝居がしたくてたまらない。一度きりでもいい、一瞬の永遠を手にしたい。──そのためなら、怖くたって構わない。この暗い舞台袖から、飛び出したい。あの、光の中へ。──ロキの隣へ」


真尋   「長い時間が掛かったけど……俺ようやく、“役者”に戻れた気がする」


ロキ   「……芝居バカめ」

真尋   「それは、お互い様でしょ?」

ロキ   「はは。お前のその目を見てると、突っ張ってるのもバカみたいに思えてくるぜ」


ロキ   「……俺もだ、真尋。俺も、お前と、芝居がしたい。──まさか、この俺様がこんなこと思うようになるなんてな」


真尋   「最初は、『シバイなんて──』ってバカにしてたもんね」

ロキ   「……言うなよ。あの頃は、人間も、その文化も大嫌いだったんだ」

真尋   「そう? ロキは人間のこと、好きなんだと思ってた」

ロキ   「なんでそうなるんだよ」

真尋   「だって、本当に嫌いならわざわざ近付かないでしょ? 人間へのイタズラも、好きの裏返しかなって」

ロキ   「……分からない。考えたこともなかった。ただ──オーディンが人間の文化を好きで、トールたちがその命令で芝居をやってたから、それで、絶対に好きになんてならない……とは、思ってた。今考えると、つまんねー意地だよな」


ロキ   「しかも、『芝居では神の力を使うな』なんて言われて、最初は本当にイラついてた」

真尋   「うん。そうだったね」

ロキ   「けど……いつからか……芝居が楽しいって感じるようになってた。生身の自分だけで芝居と向き合って、お前と向き合って、演じて──。見ないようにしていた俺自身とも、向き合ったんだと思う」


 ロキ、衣装に忍ばせた小瓶を取り出す。


ロキ   「──最初は、ただ“笑顔”を集めればいいって思ってたんだ。それなのに、集まった客の“笑顔”を見ることも、いつの間にか楽しくなってた。舞台から見る観客の笑顔や、公演のたびに増えていく拍手が嬉しかった」


ロキ   「次はもっとうまく演りたい、次はもっと楽しませたい。もっともっと、いろんな役を演じたいって──。……笑顔集めなんて、ただの“条件”だったのにな」


ロキ   「最初は、なかなか溜まらない小瓶を見てイラついてたのに、今は、集まった“笑顔”を見ると、誇らしい気持ちになる」

真尋   「うん。俺も同じだ」

ロキ   「……。……真尋。俺は、お前と芝居ができて楽しかった。そしてこれが、最後の舞台だ。だから、……決めた」


 ロキらしく、不敵に微笑む。


ロキ   「俺は、俺の全力で芝居をする。ロキ様の“神級”の芝居を魅せてやるよ」


ロキ   「舞台上で見とれて、セリフ飛ばすなよ?」

真尋   「……ふふ。うん。ロキこそね」

ロキ   「言うじゃねーか。一生忘れられないくらい、最高の芝居をしてやる。……っだから、真尋。俺がアースガルズに帰っても……」

真尋   「……ロキ?」


ロキ   「俺のこと、忘れるな」


真尋   「……ロキ」

ロキ   「死ぬまで、絶対忘れるな」

真尋   「……」


真尋   (……ロキ。もしかして、きみは……。もう会えなくなるだけじゃないのか? ……そうか、たぶん……変わるのは、ロキじゃない。俺のたちのほうなんだ……!)




[サクラパビリオン_舞台袖]


章    『どうする、総介。止めるなら今だろ? この芝居やっちゃったら、もう戻れないかもしれないんだぞ!』

総介   「……分かってる」


総介   (どうする……どうすればいい……。あの2人は……)


オーディン「……」


 舞台袖から、ステージ上のロキと真尋を見る総介。


―――

ロキ   「だから、真尋。俺がアースガルズに帰っても……」

真尋   「……ロキ?」

ロキ   「俺のこと、忘れるな」

真尋   「……ロキ」

ロキ   「死ぬまで、絶対忘れるな」

―――


総介   「……!」


真尋   「──忘れないよ。絶対に」

ロキ   「!」

真尋   「忘れるわけがない。初めて出会ったあの瞬間から、きみの華に心を奪われて……その後も、きみには、驚かされることばかりだった。役者としてのロキにも、そうじゃない時のロキにもね」


真尋   「天真爛漫で、純粋で、自由で……きみと一緒に舞台にいると、楽しくてたまらなくて。……だから──」


真尋   「俺は、何があってもロキを失わない。ずっと、ロキと一緒にいたいから」


14章5節


ロキ   「──真尋……」



総介   「……」


総介   (ヒロくんは腹をくくってる。それなら──俺もくくらないと)


総介   「──アキ。時間だ。カウントダウンいくよ」

章    『おい、総介! 待てよ!』

律    『……衣月さん。それでいいんですか』

衣月   「……うん。律と章にも、見せてあげたい。今の2人の顔。あれを見たら、止めることなんてできないよ」

総介   「アキ、りっちゃん。ここまで来たら、中都演劇部主演2人の最後のワガママ、叶えてやろうよ。このでっかいステージの上、オレたちが作った“舞台”で、あの2人が最高の芝居をするんだ」

章    『……っ……』

律    『……』


総介   「ね。オレたちにできるのは、役者を信じることだけ。その役割、まっとうしよう」


章    『っ……分かったよ! くそ……見守るしかできないのか……!』

律    『……演じられないほうが、酷ですね。2人とも……芝居バカだから』


総介   「そういうこと。……幕、上げるよ」



スタッフ 「サクラ演劇コンクール、高校の部決勝。中都学院高等学校演劇部の上演です。―――演目は『王子と人魚』」



総介   「開演、10秒前……」



総介   「……5秒前……」



総介   「4、3、2……」




ロキ   「……いくぞ、真尋」

真尋   「……いこう、ロキ」


 開演ブザーが響き、幕が上がる。

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