SUB1 勝負のわけ

[虹架高校_廊下]


有希人  「──失礼しました」


 職員室から出てくる有希人。


有希人  「あれ……ヘイムダル?」

ヘイムダル「おー……有希人。センセーに呼ばれたの、なんだった?」

有希人  「うん。合宿の後、しばらく学校休んでただろ? その間にあった試験を別途受けることとか……」

ヘイムダル「ふーん。よく分かんねーけど、大変だな」

有希人  「ヘイムダルはどうしたの? 窓の外、見てたみたいだけど」

ヘイムダル「んー? 雨、見てた。さっき上がったけど……」

有希人  「雨が好きだから……って感じでもなさそうだね」

ヘイムダル「うん……オレ、嫌いなもんはそんなにねーんだけど、雨見てると、たまに元気なくなる」

有希人  「どうして?」

ヘイムダル「アースガルズにいた頃……。雨が降ると、ロキと勝負できなかったんだ。ロキ、『美しい俺の身体が濡れるだろ』とか言って、館にこもったり、いなくなったりしてさ。オレは、どんな天気だってロキと勝負ができれば全然ヘーキだったんだけど……」

有希人  「ヘイムダルは、本当にロキが大好きだよね。どうして、そんなに勝負を挑むの?」

ヘイムダル「んー……。有希人、ビフレストって分かるか?」

有希人  「……確か、アースガルズへの入り口にかかる虹の橋、だったっけ」

ヘイムダル「そう。で、オレはそこの番人。敵がアースガルズに入らないように、見張るのが役目なんだ。でもある時、オーディンが巨人族のロキを連れてきて……橋を渡らせちまった。オーディンが決めたことだから、ダメじゃない。けど……」

有希人  「番人のヘイムダル的には、納得いかなかったわけだ」

ヘイムダル「へへ……分かるか? だから、ロキに勝負を挑むことにしたんだ。『巨人族を易々とアースガルズに住まわせたんじゃ、虹の橋の番人のコケンに関わる!』『オレが勝ったら、巨人族の国ヨトゥンヘイムに帰れ!』って」


ヘイムダル「……けど、何度やっても、どんな勝負でも、ロキには歯が立たなかった。っつーか、会ったばっかのロキは、今よりずーっと殺気立っててさ。すぐ炎で燃やそうとしてくるし、変身して逃げるし。相手されてないって感じで、悔しかった」


ヘイムダル「気まぐれに、剣や泳ぎの勝負に乗って来る時もあったけど、どれも全然敵わなくて。それでも食い下がって、何度も勝負を挑んで──10回目が過ぎたくらいかな。なんか、悔しいを通り越して、すげーって思っちまったんだよなー……」


――――――

[回想]


ロキ   「フン。これで分かったか。お前ごとき、このロキ様には敵わない」

ヘイムダル「ロキ、お前……。お前……ホントに、すげーな!?」

ロキ   「……分かったんならいい。諦めろ。俺はヨトゥンヘイムあそこには帰らない。話は終わりだ。さっさと──」

ヘイムダル「待った! なんでロキは、そんなにすごいんだ!? どうしたらお前に勝てる!?」

ロキ   「……永遠に無理だ。『虹の橋の番人の沽券に関わる』とか、自分で自分を縛ってやがるんだから」

ヘイムダル「自分で、自分を……?」

ロキ   「俺は何にも縛られない。気に入らなきゃ燃やすし、何にだって変身して、他の誰よりも、自由に生きてやる。……ここに来た時、そう決めた。だから、俺は強い」

ヘイムダル「…………!!」


ヘイムダル(カ……カッコいい……!!!)

――――――


ヘイムダル「ロキの言葉が、ガツンときてさ。目が覚めたみたいだった」

有希人  「それで、ロキを好きになったんだね」


 ヘイムダル、満面の笑みを浮かべる。


ヘイムダル「おうっ! ……でもいま考えたら、ロキのその言葉は、強がりだったんだよな」

有希人  「強がり……?」

ヘイムダル「合宿で、マヒロが言ってた」

ヘイムダル「ロキは“たった1人”を探してた。寂しかったんだって……。それって、ホントは誰かに縛られたいって思ってたってことだろ? けど……オレじゃ、その“たった1人”にはなれなかったんだよな」


有希人  「……分かるよ。俺も、真尋の“たった1人”になりたかったんだ」


有希人  (もう無理かもしれないって分かっていても、……まだ、諦められない)


有希人  「俺たち、もしかしたら心の奥は似たもの同士なのかもね」

ヘイムダル「有希人……」


 微笑む有希人に、真顔のヘイムダル。


ヘイムダル「なんで似てるなんて言うんだ? オレと有希人は、全っ然、似てなんかないぞ?」

有希人  「え?」


13章SUB1


ヘイムダル「オレはロキの“たった1人”にはなれなかった。それはちょっと悲しい。でも、無理だからもう諦めた! だから有希人とは違う!」

有希人  「え。えー……。さっきまで、悲しそうだったよね? 分かり合えた感じじゃなかった?」

ヘイムダル「悲しいのは本当だ。けど、オレが悲しくてもロキには関係ないからな! どんなにロキの“たった1人”になりたいって思ったって、選ぶのはロキだろ? それで選ばれなかったからブーブー文句言うのって、なんか違うじゃん!」

有希人  「それは……そうかも、しれないけど……。そんなに簡単に割り切れないよ」

ヘイムダル「ほら、似てない! ロキはマヒロがいて嬉しいんだ。そのほうがオレも嬉しい。だってライバル同士なら、相手が弱ってるときに勝負を仕かけたりできないだろ? オレたちはずっとずっと最高のライバルだって、信じてるからな、オレは!」

有希人  「…………ふっ、あはは! すごいな。ヘイムダル。君ってすごいね。神様の力は、いろいろ見てきたしすごいなーと思ってたけど、今のが一番驚いたかも。まさに、神級のポジティブさだね」

ヘイムダル「ぽじてぃぶってなんだ?」

有希人  「前向きってことかな」

ヘイムダル「へー! じゃあ、有希人はすっげー後ろ向きだな! 過去にあったことばっか見てるし! あはは!」

有希人  「……うーん。自分でも分かってはいるけど、そこまでストレートに言うのは、ヘイムダルだけだよ」

ヘイムダル「お! 有希人の“たった1人”か?」

有希人  「はは。それは違うかな」

ヘイムダル「そっか! ……あ! 有希人! 有希人有希人、あれ見ろよ!」


 ヘイムダル、窓の外を指差す。


ヘイムダル「虹だーーーー!! オレ、虹って大好きなんだ!!」

有希人  「……本当だ。久々に見た……」

ヘイムダル「雨はあんま好きじゃない時もあるけど、雨が降らないと、虹は出ないんだぞ! だから……うん、雨もやっぱり好きだ!!」

有希人  「……そっか」

ヘイムダル「あ! そういえば、人間界で虹を見たの初めてだな! トールたちにも教えてやらなきゃ!」

有希人  「あ、待って。ヘイムダル、知ってる? 人間界にはね──『虹の橋の根本には宝物が埋まってる』っていう伝説があるんだよ」

ヘイムダル「えぇーー! マジかーー!! じゃあ、虹が消える前に早く探しに行かねーと!! バルドルもブラギも、みんなで探しに行ってお宝手に入れようぜ! で、ロキに自慢してやるんだ!」


 走り去るヘイムダル。


有希人  「あはは! 元気だなぁ……。本当にすごい前向きさだ。俺は、あそこまで思い切れないけど……『雨が降らないと、虹は出ない』か」


有希人  (いつか虹が見たいと願うなら、どんな大雨でも、前に進まないといけない。ううん。願うだけじゃダメだね。きっと雨は止む。虹は架かると信じて、ただ動くんだ)


有希人  (そう。動け。虹は架かると……宝に手が届くと、信じて)


有希人  「……ヘイムダルのおかげで、決心がついた。真尋と話そう。話さなくちゃ、俺はもう、どこにもいけない」


有希人  (真尋。君は今、どんな空を見てる?)

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