第9節 決勝前夜

[瑞芽寮_衣月と律の部屋]


衣月   「真尋、見つかって本当によかった」

律    「はい。少し強張った顔で出て行ったので、何かあったのかと思いました……」

衣月   「“何か”は、あったんだろうね。でも、スッキリした顔をしていたから、悪いことじゃないはずだよ。後は、ロキが元気になればいいんだけど……」

律    「そう、ですね……」


律    (何もかも、明日の決勝のためにやってきた……)


律    「……っ」

衣月   「……。明日の決勝、きっとオーディンも来るよね」

律    「……来ると思います。またノルッパに入るんだろうな。俺まだ、ノルッパに入ること納得してませんけど」

衣月   「ふふ、大事にしてくれてありがとう。明日はノルッパも連れていって、みんなで楽しもう」

律    「……はい」


律    (きっと、明日が過ぎたらあっという間だ。衣月さんは受験に専念して、あとは――)


律    「……衣月さん。明日は、絶対に勝ちましょう。衣月さんの中都演劇部の思い出、絶対、まぶしいものにして見せますから」

衣月   「!」


13章9節


衣月   (参ったな……僕が律を安心させるつもりだったのに、僕のほうが勇気付けられちゃった。やっぱり、律には敵わないな……)


律    「……なんですか? 俺変なこと、言いました?」


衣月   「ううん。やっぱり律は律だなぁって。大学に行っても、ノルッパの服作って送るから、着せてあげてね」

律    「…………はい!」




[瑞芽寮_章と総介の部屋]


章    「決勝かぁ……。思えば遠くに来たもんだ」

総介   「何よ、今更? シミジミ言っちゃって~」

章    「最初にお前に『台本書いてみたら』って言われた時は、こんなことになるなんて思ってなかったからさ。地味で、平凡な俺がだぞ? 最優秀賞候補の脚本って。なんか、まだ信じらんねーよ。目ぇ覚めて、全部夢でも驚かないっていうか……」

総介   「夢じゃないって証拠につねってあげようか! ほら、ほっぺよこしな!」

章    「やだよ! つーか、お前ホント容赦ねえんだよ。テレビ局まで使ったりさぁ! ちょっとは加減しろよ!」

総介   「愛だよ、愛。アキの脚本に惚れ込んでるんだから」

章    「……それ言えばいいと思って。……まあ、ありがとな。お前とじゃなきゃ、こんな人生、想像できなかったわ」

総介   「あは、人生って! まとめに入るの早いっしょ~! ……でも、それはオレも同じ。あの時アキが『演出家になったらいいじゃん』って言わなかったら、今こうなってない。だから、俺たちってば最強最高の幼なじみコンビなんだよ! って、自分で言うー!」 


13章9節


総介   「だからさ、これからもよろしくお願いねー!」

章    「あー……。でもお前はさ……いつか、俺なんかよりもっと、すっごい脚本家と組んでいいんだぞ。そうすればもっと、新しい可能性とか見えると思うし。お前は、それだけの演出家だと思う」

総介   「……ま、総介くん才能溢れちゃってるからね~! でもそういうのは、いつかどこかの話でしょ。オレはまだまだアキと一緒にやりたいもん! アキこそ、オレを捨てる気!? やだ、弄んだのね!?」

章    「弄んだってお前……。まあ、全部は明日だな。みんなもろとも、墜落するかもしんねーし……」

総介   「まっ! ここに至ってのネガティブ発言! 言葉を扱う人なんだから、言霊注意だぞ!」

章    「それもそうか。はー……胃が痛い」

総介   「オレたちなら、あの2人なら大丈夫。最強で、最高の、“運命の2人”だもん!」




[瑞芽寮_ロキと真尋の部屋]


 ロキが公園から部屋に戻ってくる。


ロキ   「……」

真尋   「お帰り、ロキ」

ロキ   「真尋……まだ起きてたのか」

真尋   「うん。部屋に帰ってきたらいなかったから、またどこかへ行っちゃったのかと思って。帰ってくるのがあと10分遅かったら、捜しに行くところだったよ。捜すっていっても、もう東所沢公園一択だけどね。今回はどんな姿で隠れてるのかなって考えてたら、ちょっとワクワクした」

ロキ   「お前……俺がいないのにワクワクすんな!」

真尋   「うん。嘘。すごく心配だった。だから、戻ってきてくれてよかった……」

ロキ   「っ、……いなくならねーよ。俺の今の部屋は、狭くてダサい、馬小屋のほうがまだマシな、ここなんだからな!」

真尋   「ふふ。そっか」

ロキ   「おう。光栄に思え」


13章9節


真尋   「……ついに明日だね」

ロキ   「……ああ」

真尋   「ロキ……決勝まで来られたのは、ロキのおかげだ」

ロキ   「なんだよ、改まって。とーぜんだろ!」

真尋   「うん。ロキのそういう強さに、俺はずっと、救われていたんだ」

ロキ   「……」

真尋   「ロキ。俺はもう目をそらさない。芝居からも、自分からも。もしロキに、明日何があっても、今度は俺が舞台に引き上げるから。俺を、信じてくれる?」

ロキ   「……お前は、俺が唯一認めた人間だぞ。信じてるに決まってるだろ。つーか、俺に何があってもって、俺がまだ大暴れでもするとでも思ってんのか?」

真尋   「大暴れか。ロキが舞台で大暴れする姿を見たのなんて、もう、ずいぶん昔のことの気がする」

ロキ   「っていうか、お前こそ、途中でセリフ飛ばして泣き出すなよ」

真尋   「大丈夫だよ。ちょっとやそっとのアクシデントは、ロキと一緒にいたら、慣れちゃったからね」

ロキ   「なんだと!? 真尋のくせに生意気だぞ!」


ロキ・真尋「「ふっ……あはは!」」


ロキ   「はーあ。なんか腹減ったぞ! 真尋、チャーハンとかいうヤツ作れ!」

真尋   「寝る前にそんなの食べたら、すっきり起きられないよ。決勝の後、いくらでも作ってあげるから」

ロキ   「……っ」


ロキ   (決勝の後……決勝の後なんて、俺たちには……。でも。今はもう、考えない)


ロキ   「っ、絶対だぞ! 約束だからな!」

真尋   「うん。約束」




[東所沢駅前]


草鹿   「ふぃ~。食った飲んだ! これぞ、大人の醍醐味って感じ~!」

竜崎   「食う量が高校時代と変わらねえって、お前の胃袋、どうなってんだよ。ったく……」


 通りがかりの女性が鷹岡に駆け寄ってくる。


女性   「あ、あの……! 俳優の鷹岡洸さんですよね? 私ずっとファンで……握手してもらっていいですか?」

鷹岡   「あ? 見りゃ分かんだろ。プライベートだ」

女性   「あ……。す、すみませんでした!」


竜崎・草鹿「「……」」


草鹿   「……はーもー、洸ちゃん。ファンに対するリアクション、いつもああなの?! 怖がって泣きそうになってたじゃん。もっと演劇を気軽な文化として広めたいとか言うなら、そういうとこ! そういうとこだよ!」

鷹岡   「……急に握手しろって言われて、不快に思わない奴がいるのかよ。なあ育」

竜崎   「その点だけは同意見だな」

草鹿   「だからあんたらモテないんだよ! いや、洸ちゃんはホントはモテるくせに、面倒がって誰も選ばないだけだけど!」

鷹岡   「解説どーも」

草鹿   「くっ……これが芸能人の余裕。育ちゃんは……もうダメだ。諦めよう」

竜崎   「何勝手に諦めてんだよ」

草鹿   「ダメだ。俺の親友は2人とも女っ気ないまま、自分の好きなことに打ち込んで老後を迎えるんだ……」

鷹岡   「いいことじゃねーか」

竜崎   「何が悪いのか分からねーな」

草鹿   「……はい。分かった。分かっちゃいました」

草鹿   「こうなったら、おれがまとめて老後の面倒見る。だてに寮監やってないからね!」


竜崎・鷹岡「「あー、はいはい」」


草鹿   「くそー、声揃えやがってー。本気だからなー!」

鷹岡   「……うるせーよ。つか、今日は、無駄にテンション高いな」

草鹿   「だって、明日は演劇部の決勝だよ? なーんか、緊張しちゃって!」

鷹岡   「お前が緊張してどうする。あとは、あいつらに任せるしかねーだろ」

草鹿   「わーかってるけどさぁ! 今回はちょっと違うじゃん。育ちゃんと洸ちゃんの教え子が戦うわけだし」

竜崎・鷹岡「「…………」」


竜崎   「──鷹岡。明日は負けるつもりはない。中都演劇部の芝居は、これまでで最高の出来だ」

鷹岡   「ああ、そうかよ。うちだって、最高の出来には違いない」

竜崎   「……それから……。もう1つ、言わせろ。あいつらを見てて、俺も、思ってることは言うに越したことはないと学んだからな」

鷹岡   「なんだよ」

竜崎   「……俺は、今のお前のやり方には反対だ」

鷹岡   「……へえ、それで?」

竜崎   「お前は、演劇を多くの人間に広めようとして、歌やダンスや役者の見た目で、口当たりを軽くしている。だが、そんなのは上っ面の小手先だ。演劇は遊びじゃない」

竜崎   「裾野を広げると言えば聞こえはいいが、芝居の見方も本質も分からない観客が何人増えたところで、お前の目指す結果が得られるとは、俺は思わない」

鷹岡   「ああ。だが俺は、お前のように、演劇を高等な芸術だと言い張って死んでいった老人たちを何人も知ってる。自我を貫いて、役者を潰してきた奴がいることも、な」

竜崎   「……! お前、それは……」


鷹岡   「…………お前の理想はご立派だ。その考えを否定するつもりはねえよ。だが、なんにだって“分かりやすさ”が求められてるこのご時世に、お前の理想は古すぎる。芝居なんて、よくも悪くも娯楽だ。一部の人間だけを取り囲んで、煮詰めるためのものじゃない。芝居の見方だ、本質だ、なんて言ってたら、他の分かりやすい娯楽に客が流れていくのは当然だろ。それこそ、演劇を殺すぜ?」

竜崎   「……高校時代の俺が聞いたら、お前を殴ってるかもな」

鷹岡   「俺も、高校時代の俺に言ってやりたいぜ。芝居をやめるって啖呵を切った竜崎は、30歳手前になってもまだ、芝居のことばっかグルグル考えてるってな」

竜崎   「……ふん。相変わらず気が合わねえ」

鷹岡   「まったくだ」


草鹿   「でもさ、洸ちゃん。気が合わないとこばっかりじゃないよ。虹架の2次予選の『5人の男』って芝居。あれ──」

竜崎   「おい、草鹿。言うな」

草鹿   「『……迷ってる神楽有希人を成長させるために、鷹岡がこの芝居を選んだんだろう』……って、育ちゃん言ってたよ。やり方や方向性は違っても、がんばってる若者を育てたいって気持ちは、バッチリ一致してるよね?」

竜崎   「……」


鷹岡   「……ふーん」

竜崎   「ふーんってなんだ! 草鹿、お前、なんでもかんでもベラベラしゃべるんじゃねぇ」

草鹿   「無口な2人の間を取り持つのが、昔からおれの役目だもーん。つーか育ちゃん、よくしゃべるね? 酔ってる?」

鷹岡   「前みたいに、酔い潰れて吐くなよ」

竜崎   「潰れてねえ。やめろ」

草鹿   「あはは。……ま、俺から言わせてもらうと、どっちもどっちだよ。芝居に正解なんてない。正解があるなら、たった1つ──明日、本気で戦う、あいつらの心の中にしかないんじゃないの?」

竜崎・鷹岡「「…………」」

草鹿   「あ、真実言い当てちゃった~? あはは~、おれも相変わらずだね!」





[サクラパビリオン_客席]


──サクラ演劇コンクール 決勝当日


律    「……来ましたね」

章    「うん、来た」

衣月   「来たね」

総介   「ついに、この日が──」

真尋   「……」

ロキ   「怖いのか?」

真尋   「……ロキ。……うん、少しね。怖いというか……」

ロキ   「ムシャブルイ、だろ。もう覚えたぞ。けど、大丈夫だ。“お前なら、やれる”」

真尋   「ロキ。ちょっと違うよ。俺ならやれる、じゃない。2人だから、できるんだ」

ロキ   「ああ……。そうだな」

章    「──虹架のヤツらも来たみたいだぜ」


 虹架演劇部が近づいてくる。


ヘイムダル「ナカツ! 今日はよろしくな! せーせードードー、戦おうぜ!」

バルドル 「よろしくお願いします!」

ブラギ  「……ふん」


 強い視線で頷き交わす、真尋と有希人。ロキとトール。


真尋・有希人「「……」」

ロキ・トール「「……」」



衣月   「──行こう。僕たちの集大成を、見せに行くんだ」


<第13章 本編終了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る