第8節 冬空の決意

[東所沢公園]


トール  「……」


 トール、近づいてくる足音に顔を上げる。


トール  「……今日は因果な日だな。俺はフラれ続けて、今それなりに傷付いてんだ。しかも明日は決勝ときてる。手短かに頼むぜ、ロキ」

ロキ   「……」


 ロキ、トールをにらみつける。


ロキ   「お前ら、知ってたのか?」

トール  「……何を」

ロキ   「っ、俺たち神がアースガルズに帰れば、関わった人間から、その記憶が消えるって」

トール  「当然だ。それが、アースガルズの掟だからな」

ロキ   「知ってたんなら、なぜ言わなかった。もっと早く知っていれば、こんな……」

トール  「こんなに、人間たちに深く関わらなかったって?」

ロキ   「……」

トール  「言おうとしたさ。お前がアースガルズにいた頃、何度もな。だが、そのたびにお前は俺から逃げて、聞く耳なんて持たなかっただろ。分かってると思うが、それがアースガルズと、人間界のことわりだ。変えられねーぞ」

ロキ   「……だろうな。でも……だったら、なんでオーディンは、俺にこんな試練を与えた? 人間と一緒に過ごさせて、芝居をやらせて、人間の笑顔なんてものを集めさせて!」


 ロキ、苦しそうに言葉を紡ぐ。


ロキ   「あいつらだって……俺のこと、仲間だって……。それが全部消えてなくなるなんて、そんなの……」

トール  「つらいか?」

ロキ   「……つらくなんてない! ただ、腹が立って……耐えられないだけだ」

トール  「ふ。……なら、それが、オーディンの本当の“試練”だと思うぜ?」

ロキ   「え……」

トール  「ここから先は、自分で答えを見つけるんだな」

ロキ   「……」

トール  「だがロキ。1つ聞かせてくれ。明日の決勝で、お前たちが最優秀賞を取ったとする。“心からの笑顔”が集まり、マヒロの“願い”もきっと叶うんだろう。だが、もし最優秀にならなければ──俺たちが勝てば、どうなる?」

ロキ   「…………最優秀じゃなければ……?」

トール  「マヒロや、中都の奴らは、そりゃがっかりしちまうかもしれない。だが、“条件”は達成されず、お前は帰らなくてすむだろう。どうだ、ロキ。簡単な話だ。お前が手を抜いて──それこそ、舞台上で好き放題変身でもして暴れれば、最優秀は簡単に消える。そうすれば、お前はまだここにいられる。そうしたいなら、すればいい」

ロキ   「……そんな……、そんなこと、できるわけないだろ!!」

トール  「どうして?」

ロキ   「だって……だって、真尋も、章も総介も衣月も律も、リューザキやクサカや、ダイドウたちだって、決勝のために本気でやってるんだぞ!」


ロキ   「それを、俺が嫌だから全部壊すなんて……っ、そんなの、傍若無人で勝手なヤツのやることだ! それに……今の俺は、……うまく言えないけど、前より芝居が楽しいんだ。稽古するたびに役が俺に近付いて、真尋とかけ合うと、もっと深くなって……。そんなの初めてだ。なのに、手を抜くなんて……」


トール  「……くくっ」

ロキ   「何がおかしいんだよ!」

トール  「いや。ロキ。そのセリフ、何も知らなかった頃のお前に聞かせてやりたいぜ」

ロキ   「……あ……」


トール  「本当に……変わったんだな。ロキ」

ロキ   「……うるさい。お節介トール。すぐにアニキ面しやがって」

トール  「これはもう、俺のさがだからな。もう、直らねぇよ。ロキ。つらいよな。けどそれが、“出会いと別れ”……神たる俺たちと、人間たちに必ず訪れる結末だ」


13章8節


ロキ   「……出会いと、別れ──」

トール  「だが、だからこそ深まる想いもある。ま、あれだ。お前はそんなのいらないって言うだろうが、アースガルズに帰れば、俺が──俺たちがいる。俺ももう、前みたいに1人でお前を守ったつもりになんてならないさ」


トール  「ながい時を、それなりに楽しくやろうぜ。今のお前となら、きっとそれができる」

ロキ   「……トール……」

トール  「明日は決勝だ。お互いに、人間を見習って身体を休めるとしよう」

ロキ   「……おう」

トール  「それと……ロキ。もう1つだけ言っておくが、お前がマヒロを想うように、俺は有希人を想ってる。あいつも、明日の決勝のために本気でやってきた。それを俺は、全力で助けるつもりだ。決して負ける気はない。……覚えておけよ?」


 トール、その場を去る。


ロキ   「……っ。なんだよ。あいつ、俺が“条件”を満たすのを見届けるために、オーディンが寄越したんだろ。だったら、ちょっとくらい手加減しろよっ。……されても嬉しくもなんともないけど」


ロキ   「――“出会いと別れ”……か」


ロキ   「……やってやるよ。このロキ様の名に掛けて」

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