第7節 魔法が解けて

[サクラパビリオン_楽屋]


 演じ終え、息を整える2人。


有希人  「……」

真尋   「……」


真尋   「……楽しかったね、有希人」

有希人  「…………うん」

真尋   「……分かるよ。あの頃の自分が、すごく喜んでる。憧れの芝居をやれたって、笑ってる気がする。……ありがとう。これで、もう俺は、この檻に──過去に囚われずにいられると思う」


真尋   「有希人と出会えて、よかった」


有希人  「…………」


 真尋のスマホに着信。


真尋   「……あ。俺の携帯だ。ごめん」


 真尋、電話に出る。


真尋   「──あ、西野? うん……ごめん、決勝前日に。大丈夫だよ。本当だって。うん。すぐ戻るから。じゃあ、また後で」


 真尋、電話を切る。


有希人  「もう、こんな時間か。そろそろ帰ったほうがいいね」

真尋   「……有希人。明日の決勝は、お互い、最高の芝居をしよう」

有希人  「……ああ……負けないよ」

真尋   「それじゃ……俺、行くよ。有希人は?」

有希人  「うん、俺は……、俺はまだ汗がひいてないから、もう少しだけ、休憩していくよ」

真尋   「そう。……なら、また、明日ね」

有希人  「早く行きなよ。総介たち、待ってるんでしょ?」

真尋   「うん。じゃ……明日」


 真尋が部屋を後にする。


有希人  「…………」


有希人  「…………何が……。何が、負けない、だ。………………っ……」


 有希人、耐えきれず泣き出す。


有希人  「……っ、…………くそ。…………くそ……ッ! ……全然っ……全然足りない! ……真尋。なんで、お前はそうなんだ。なんでお前はいつも、俺の芝居を軽々と超えていくんだよ……!」


有希人  「出会った時からそうだ。お前は、一度だって俺を振り返らなかった。いつだって! 俺は、ただ、お前に……っ。あれから毎日、お前に見合う役者になりたくて、死ぬほど努力してきた俺は……っ!」


有希人  「全部無駄だった! 全部、全部なくなった……! 俺が芝居をやる理由が、意味が……!!」


有希人  「……っ、…………っ、く、……っ。……約束も、叶っちゃった……。俺と真尋を繋ぐものは、もう……ない。……こんな……同じお守りなんて、大事にしてても意味なんか──!」


 有希人、お守りを投げ捨てようとする。


――――――

[回想]

トール  「お前がつらいなら、芝居からも、叶真尋からも逃げていいんだ」

――――――


有希人  「……っ!」


有希人  (……そうだよ。真尋を迎えに行く必要がなくなった今、俺が芝居を続ける意味なんか……)


有希人  (……やめよう)


有希人  (やめたら、きっと楽になる。芝居をやめて、普通に……)


有希人  (…………)


有希人  「…………っ」


 これまで演じてきた数々の芝居が有希人の頭をよぎる。


有希人  「……」


有希人  「…………いやだ…………。芝居がなくなるのは、いやだ。俺は、……俺だって……」




有希人  「……芝居が、好きなんだよ……!! はあ……、は……っ、う……、くっ……!」




 複数の足音が近づいてきて、扉が開く。


ヘイムダル「あ! いたーっ! 有希人、ここにいたぞ! トール! バルドル! ブラギ!」

有希人  「……っ! どうして……」

ヘイムダル「おい有希人! 急にいなくなったら心配するだろ! しかも、ケッショー前日に! 連絡も取れねーし、仕方なく神の力を使って捜し……って、おい」


13章7節


ヘイムダル「お前、泣いてんのか? 泣く稽古してたのか? あーあー、そのお守り、大事にしてるって言ってたのに、そんな強く握りしめたらダメじゃんか」

バルドル 「有希人くん……! どこか痛いですか? それとも、気付かないうちにまた僕が傷付けて……? ああ、どうしましょう。僕のハンカチを使ってください!」

ブラギ  「……兄さんのハンカチを汚すくらいなら、私の物を使ってください」


有希人  「……みんな……」


トール  「こんなボロボロになりやがって……。……マヒロと、話をつけたのか」

有希人  「……俺たちは、きっと、もうずっと前から、重ならない道を歩いてたんだよ……。俺が、バカで、ガキで、どうしようもなく自惚れてたから……気付けなかった」


有希人  「俺はただの魔法使いで……呪いを解くのは、いつだって……王子様の役目なんだ」



トール  「……だから言ったろ? 逃げてもいいって。お前はもう、十分過ぎるほど自分を削ってる。有希人。お前を苦しめていた叶真尋は、お前の前から去ったんだろう。そんなに苦しんでまで、芝居を続ける意味はあるのか?」

有希人  「……」

トール  「もし、芝居をやらなくても、お前はお前だ。俺はお前が有希人であれば、それでいい」


 ブラギ、トールを皮肉めいた目で見る。


ブラギ  「……トール、貴方……」

有希人  「俺は……俺……?」

トール  「そうだ。だから──」


 有希人、憑き物が落ちたように笑う。


有希人  「はは……違う。違うよ、トール。真尋と『ルーク&エリック』をやって、俺、楽しかったんだ。これまでで一番だってくらい……。だから余計に、悔しい。腹が立つ。真尋に敵わないことに」


有希人  「──可笑しいくらいだ。こんなに苦しいのに……勝てっこないと思うのに、次の瞬間には、どうやったら彼を驚かせるくらいいい芝居ができるか。俺の芝居に何が足りないか。そんなことばかり考えてる……」


有希人  「俺は、真尋を解放してあげるつもりだったのに──解放されたのは、俺のほうなのかもしれない」


有希人  「……俺が芝居をやらなくなったら……俺には多分、何も残らないよ。それはきっと、トールや……バルドルが好きでいてくれる“神楽有希人”じゃない。やっぱり俺も、ただの芝居バカなんだよ。……真尋のおかげで、芝居を愛せたのは本当だ。けど、真尋がいなくなったからって、愛は消えない」



有希人  「俺は、血の一滴、髪の一筋まで、芝居に捧げたんだ。だから…………――続けたい。……ねえ、トール。ようやく分かったんだ。俺は芝居を愛してる。愛してるから、どんなに苦しくても、離れられない」


 有希人の強い眼差しに息を飲む一同。


トール  「……!」


トール  (有希人……。お前は……。いや、人間という存在は……)



有希人  「……でも、みんな、なんで探しに来てくれたの? 俺が長い時間いないなんて、いつものことなのに」

ヘイムダル「なんでじゃねーだろ。捜すだろ。明日一緒に、ケッショーの舞台に立つ共演者なんだから!」

バルドル 「……それだけじゃないですよ、ヘイムダル。有希人くんは、もう僕たちの……仲間なんですから」

有希人  「仲間……?」

バルドル 「……この間、有希人くんに、有希人くんの芝居を好きだと言わないでと言われて……、僕は、傲慢にも戸惑いました。このままじゃ、僕と有希人くんを繋ぐものがなくなってしまいそうな気がして……」


バルドル 「そして考えたんです。僕が好きになった有希人くんのお芝居は、本当に、マヒロくんの影だったのかって。答えは分かりません。でも、揺らがないことがあります」


バルドル 「僕はやっぱり、有希人くんのお芝居が大好きです。それがもし、マヒロくんの影だったとしても。そして……人間界に来て、あなたがどれだけ真摯にお芝居と向き合っているか知って──一緒に過ごして、笑い合って……。有希人くん自身のことが、心から好きになりました」


バルドル 「この気持ちが何か……ロキと中都のみなさんのことを考えて、分かりました。“仲間”を愛し、大切にする気持ちだと」


ブラギ  「兄さん……。そんな、人間のようなことを口にするとは」

バルドル 「うん。僕もちょっぴり不思議だよ。きっと人間界で過ごしたことで、僕も変わったんだね」

ヘイムダル「ふーん。よく分かんねーけど、オレは元々、有希人のこと好きだぞ! 寝るとこと食うもんくれたし、喋ってると楽しいしな! 一緒に芝居やると、もっともっと楽しいし!」

ブラギ  「……単細胞」

ヘイムダル「ブラギ! そんなこと言うお前だって、同じようなもんだって知ってるからな! 有希人の本『趣味は悪くありませんね』とか言いながら、楽しそーに読んでるくせに! それに、みんなで有希人の出てるドラマ観る時も、必ずリビングにいるしさー!」

ブラギ  「それは……っ」


 有希人、力を抜いて微笑む。


有希人  「……ありがとう。みんな。俺に迎えが来るなんて、思ってなかった」

ヘイムダル「来るってば! つーかお前は、もっと言えばいいんだよ。『助けてー!』ってさ。お前って、そんなことでダメになるような人間じゃねーだろ? つーか、ここさみーよ、さっさと帰ろうぜ! 腹減ったし! ほら、有希人!」


 ヘイムダル、有希人の手を引く。


有希人  「わ……!」

ヘイムダル「うわ、つめてー! 有希人、手、冷たすぎるだろ! 帰ったらあったかいもん食おうぜ!」

有希人  「分かった。分かったから、そんなに引っ張らないでよ」


 有希人、苦笑しながらヘイムダルに付いていく。


トール  「……」

バルドル 「……トール。行かないんですか?」

ブラギ  「フッ。まるで捨てられた駄犬のような顔ですね」

トール  「……はあ……ロキで懲りたつもりだったんだがな。またこの手から、すり抜けていっちまった。……有希人は、俺が思うよりもずっと、ちゃんと強かったんだな……。いくら傷付いても、芝居という運命から逃げようとしない」


トール  「人間ってのは……強情で、愚かで──美しい存在なんだな」

ブラギ  「ふん。詩人にでもなるつもりですか? だから言ったでしょう。想い入れすぎるなと。あなたのその中途半端な情では、誰の心にも届きはしないと思いますが?」

トール  「はは。手厳しいな」

ブラギ  「当然です」


 ブラギ、ぼそりとつぶやく。


ブラギ  「決めた相手ただ1人を深く想うことで、私の右に出るものは、いようはずもないのですから」


バルドル 「……ブラギ?」

ブラギ  「なんでもありません」


ヘイムダル「おーい! なにしてんだよ。早く来いよー!」

バルドル 「あ、はーい! 今行きます! 行こう、ブラギ」

ブラギ  「……ええ」


トール  「やれやれ。…………ん?」

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