劇中劇「ルーク&エリック」
第一幕では、少年時代のエリックが、
初めて心を通わせた友人であるルークの画家としての才能に嫉妬し、
展覧会に向けて彼が描いた絵を酷評する。
ルークは傷つき、絵の出品を取りやめ、
エリックに何も言わずに街を出て行ってしまう。
<第二幕>
エリック(有希人)「……子どもだった俺とルークは、いつも一緒に絵を描いてばかりいた。いつか2人とも、画家になれると信じていた。だけど……、一緒に描けば描くほど、俺はルークの才能に……ルークのような感性が自分にないことに、じわじわと絶望していった。 そして……」
『ルークの絵なんか、誰にも評価されっこない。お前は……画家なんか、目指すだけ無駄だ!』
エリック(有希人)「……その日を境に、俺たちは会わなくなった。そしてしばらくして、ルークが街を出たと噂に聞いた。俺は別れを言えなかった。……そんなこと、できるはずもなかった。俺はルークのことを忘れるため、絵を描き続けた。それしか、自分にできることはないと思ったから。……あれからどれくらい経ったのだろう。俺は……すっかり大人になっていた」
ルーク(真尋)「……エリック?」
エリックが振り返ると、そこには大人になったルークが座っている。
舞台はアトリエ。窓からは月明かりが差し込んでいる。
エリック(有希人)「えっ……!?」
ルーク(真尋) 「やっぱりエリックだ!」
エリック(有希人)「……ルーク……!?」
ルーク(真尋) 「久しぶり!」
エリック(有希人)「なんで……どうしてルークがここにいるんだ?」
ルーク(真尋) 「先月、この街に戻ってきたんだよ! エリックこそ、なんでここにいるの?」
エリック(有希人)「なんでって……ここは俺のアトリエだから」
ルーク(真尋) 「君の? ビスケスのじゃなくて?」
エリック(有希人)「ビスケス?」
ルーク(真尋) 「僕、今昼間は食堂で皿洗いやってるんだけど、ビスケスはお客の1人なんだ。絵を描く場所を探してるって相談したら、夜の間でよければ、自分のアトリエを使っていいって」
エリック(有希人)「あいつ……又貸しは禁止って言ったのに」
ルーク(真尋) 「もしかして、彼と共同で貸りてるの? ごめん、僕知らなくて……出てったほうがいい?」
エリック(有希人)「いや……いいよ。確かにここ、普段、夜は使ってないから」
ルーク(真尋) 「本当? 助かるよ! 実は最近、なかなか描けてなかったんだ。
大家さんに、油の匂いがキツイから、部屋じゃ描かないでくれって言われちゃって」
エリック(有希人)「……。ルーク……まだ、絵、続けてたんだな」
ルーク(真尋) 「うん。エリックと違って、全然売れてないけどね。張り紙、見たよ。今、ベルナ通りの画廊で個展やってるんでしょ?」
エリック(有希人)「……大したことない。あそこはスペースだって広くないし」
ルーク(真尋) 「それでもすごいよ。僕なんて、こないだ貴族の奥さんに肖像画を頼まれたんだけど、描き上がった絵を見せたら、怒って突き返されちゃった」
エリック(有希人)「……相変わらずだな」
ルーク(真尋) 「嬉しいな……もう一度エリックに会えるなんて。また君の絵が見たいって、ずっとそう思ってたんだ」
エリック(有希人)「……」
ルーク(真尋) 「エリック? どうかしたの?」
エリック(有希人)「いや……俺も、お前に会えてよかったよ、ルーク」
ルーク(真尋) 「……あれ? でもどうしてエリックはこんな時間に来たの? 」
エリック(有希人)「あぁ……なんか眠れなかったから、久々にデッサンでもしようと思って」
ルーク(真尋) 「じゃあさ、一緒に描かない? 昔みたいに!」
エリック(有希人)「……一緒に?」
ルーク(真尋) 「うん! あ、そうだ! エリック、モデルになってよ! デッサンしてるところを勝手に描かせて欲しいんだけど……ダメ?」
エリック(有希人)「……」
ルーク(真尋) 「やっぱり、ダメだよね? 気が散っちゃうもんね?」
エリック(有希人)「……いいよ。その代わり……俺も、お前のこと描いていいか?」
ルーク(真尋) 「僕を?」
エリック(有希人)「お前が俺を描いて、俺がお前を描く。……いいだろ?」
ルーク(真尋) 「……うん。うん、もちろん!」
ルーク、意気揚々と準備をはじめる。
エリックもまた準備をしながら――。
独白。
エリック(有希人)「――なんでルークにそんなことを持ちかけたのかは分からない。多分俺は、昔のままの笑顔を向けてくるルークに苛立ち、俺が本当はルークをどう思ってたのかを伝えたかったんだと思う。言葉にはできない想いも、絵なら表現できる……そう思ったのかもしれない」
わずかな時間が経過する。
エリックとルークは距離をとって向き合い、互いに絵を描いている。
ルーク(真尋)「なんだか……昔に戻ったみたいだね。あの頃はさ……2人で時間が経つのも忘れてずーっと描いてたよね。油絵なのに1日で描き上げちゃったりしてさ。まぁ、エリックの方は今じゃすっかり売れっ子だけど。僕も早く、君みたいに絵だけで生きていけるようになりたいよ」
エリック(有希人)「……本当に相変わらずだな」
ルーク(真尋) 「何が?」
エリック(有希人)「よくそんなにしゃべりながら描けるよなってこと」
ルーク(真尋) 「ああ、ごめん。うるさかった? うるさかったよね? 少し黙るね」
2人、しばし無言で絵を描き続ける。
ルーク(真尋)「そういえば、昔もよくエリックに怒られたよね? 僕が『喋ってる方が集中できるんだ』って言ったら、『俺の集中はどうでもいいのかよ』って――」
エリック(有希人)「ルーク」
ルーク(真尋) 「ああ、ごめん! もう黙るから! 絶対喋らないから!」
エリック(有希人)「……今までどこにいたんだ?」
ルーク(真尋) 「え?」
エリック(有希人)「どうせ黙ってられないんだろ? だったら、出て行った後、何やってたか話せよ」
ルーク(真尋) 「……旅をしてた」
エリック(有希人)「旅?」
ルーク(真尋) 「僕、ずっとこの街しか知らなかったから……いろんな場所に行って、いろんな人と会って、もっと自分の世界を広げてみたくなって。結構大変だったよ? 子どもを雇ってくれるとこってなかなかないし、道端で似顔絵とか描いても、全然売れないし」
エリック(有希人)「……モデルを怒らせるような絵ばっかり描くからだろ?」
ルーク(真尋) 「怒らせる気はないんだけどね。僕はいつも、見たままのその人を描いてるつもりなんだけど」
エリック(有希人)「それがダメなんだよ。似顔絵や肖像画を頼む連中なんて、みんな実物よりも美しい自分を描いて欲しいと思ってるんだから。……お前みたいに、人間の醜さや孤独まで表現した絵なんか、喜ばれるわけないだろ? 少しは美化して描いてやらなきゃ」
ルーク(真尋)「それは……僕には難しいな。僕は、その人のいいところも悪いところも、全部ありのまま、僕の見た真実の姿こそが、一番美しいと思ってるんだから」
エリック(有希人)「……どうしてそんなこと言えるんだ?」
ルーク(真尋) 「え?」
エリック(有希人)「なんで、自分の見てる姿が真実だって言い切れるんだよ? お前の方が、相手を歪めて捉えているかもしれないじゃないか」
ルーク(真尋) 「確かにそうかもしれないけど……画家なら、自分が見ている世界を信じるべきだろ?」
エリック(有希人)「……信じる? 違うな。お前はただ信じているんじゃない。疑ってないんだよ。……自分の描く絵こそが真実で、それが評価されないのは、周りの連中の方に見る目がないだけだって」
ルーク(真尋) 「そんな風に思ったことなんてないよ」
エリック(有希人)「だったらなんで戻ってきたんだよ?」
ルーク(真尋) 「え?」
エリック(有希人)「お前がいなくなる前……俺、言ったよな? お前の絵なんか、誰も評価しないって。画家を目指すだけ無駄だって。……それなのに、お前はこの街に戻ってきた。それって俺の言葉よりも、自分の才能を信じる気になったってことだろ?」
ルーク(真尋) 「……僕は、昔も、今も、自分に才能があるかどうかなんて分からない。だけど、やっぱり絵から離れる気にはなれなかった。……それだけのことだよ」
エリック(有希人)「……」
ルーク(真尋) 「だから……エリックには感謝してるんだ」
エリック、描く手を止め、ルークを見る。
エリック(有希人)「……感謝?」
ルーク(真尋) 「君にああ言われなかったら、僕は自分の狭い世界の中だけで絵を描いてたかもしれない。でも、あれがきっかけで旅に出て……今は少し……ほんの少しだけど、前よりも、世界が豊かに見えるようになった気がするんだ。闇は闇で、光は光……。そう思って、両方を同じ価値のものとして描いてきたけど、明るい闇もあれば、濁った光もあるって知った……! もしかしたら、闇と光は別のものじゃないかもしれない! 2つで1つってわけでもなくて、1つが2つ……いや、もっとたくさんのものを含んでるのかも……!」
ルーク、興奮してまくしたてるが、ふと我に返る。
ルーク(真尋) 「ごめん、何言ってるかよく分からないよね?」
エリック(有希人)「……」
ルーク(真尋) 「とにかく僕は……やっぱり絵が好きだって思えるようになったんだ。そしてそれは、あの日君が厳しく言ってくれたおかげなんだよ。……だから、ありがとう。エリック」
エリック、ふたたび手を動かし絵を描き出す。
エリック(有希人)「……礼なんて言われる覚えはないよ。俺は、1人の画家として、お前の絵を批評した。それにお前は勝手に傷ついて、勝手にこの街を出て、勝手に戻ってきた。……それだけのことだ」
ルーク(真尋) 「……うん。そうかもしれないけど……」
エリック(有希人)「絵を描き続けるなら、勝手にそうすればいいだろ」
ルーク(真尋) 「……うん。でもさ――」
エリック(有希人)「それどころか、俺は、お前を傷つけたつもりで、逆に……」
ルーク(真尋) 「え?」
エリック(有希人)「なんでもない。いい加減黙ってくれ。今、口を描いてるんだ」
ルーク(真尋) 「ああ、ごめん」
ルーク、無言で絵を描こうとするが――
ルーク(真尋) 「あ。ねぇ、エリック」
エリック(有希人)「……本当、黙って描くってことができないんだな、お前は! ……もういい。……なんだよ? 」
ルーク(真尋) 「ベルナ通りの個展っていつまでやってるの?」
エリック(有希人)「……来週までだ」
ルーク(真尋) 「よかった! それならどこかで行けると思う!」
エリック(有希人)「……来なくていい」
ルーク(真尋) 「行くよ! 必ず行く! いつなら空いてる? 」
エリック(有希人)「……大して広くないって言っただろ? いつ来ても客でごった返してるよ」
ルーク(真尋) 「じゃあ、盛況ってことだ。すごいなぁ……羨ましいよ、ほんと」
エリック(有希人)「……」
ルーク(真尋) 「あ、じゃあ週末に行くよ。食堂の仕事も、休みもらえると思うし!」
エリック(有希人)「……だからいいって」
ルーク(真尋) 「だけど――」
エリック、筆を投げる。
エリック(有希人)「来るなよ!」
ルーク(真尋) 「……!」
エリック(有希人)「………お前がわざわざ観に来る価値なんてない」
ルーク(真尋) 「……どうして?」
エリック(有希人)「あそこにあるのは……流行りのスタイルを真似て描いた、派手さだけが売りの、くだらない絵ばかりだから」
ルーク(真尋) 「エリック……。なんで、そんな絵を描いたの?」
エリック(有希人)「決まってるだろ? そういう絵の方が売れるからだよ」
ルーク(真尋) 「……」
エリック(有希人)「おかげで、連日大盛況だよ。作品はほぼ完売だし、成金貴族の奥様方が俺のパトロンになりたいって大勢名乗りを上げているそうだ」
ルーク(真尋) 「……エリックは、それでいいの?」
エリック(有希人)「……」
ルーク(真尋) 「納得のできない絵を描いて、自分の作品だって発表して、……本当にそれでいいの?」
エリック(有希人)「いいに決まってるだろ? それが“絵で食っていく”ってことなんだから」
ルーク(真尋) 「……もったいないよ。エリックには、すごい才能があるのに……そんなのもったいないよ」
エリック(有希人)「そういうことは……俺より売れてから言えよ」
ルーク(真尋) 「……」
エリック(有希人)「お前は、疑ってないんだろ? 自分が納得のいく絵が描ければ、いつか必ず誰かが評価してくれるって。……だけど違うんだよ。現実には、絵の良し悪しが分かる人間なんて、ほとんどいない。世間のやつらが思う“素晴らしい絵”っていうのは、“売れてる画家の描いた絵”のことなんだよ」
ルーク(真尋) 「……」
エリック(有希人)「もしもお前が本気で画家として食って行きたいって言うなら、まずは俺みたいに売れろよ。客に媚びた絵を100でも200でも描きまくれよ。自分が納得できるかどうかなんてのを求めるのは、その後の話なんだから」
ルーク(真尋) 「……僕には、無理だよ」
エリック(有希人)「……っ」
ルーク(真尋) 「100枚目にようやく納得ができる絵が描けるようになったとしても……それまでの99枚を、自分に嘘をついて仕上げるなんてできない。だってその1枚1枚も僕なんだから……僕が見ている世界の形なんだから……!」
エリック(有希人)「誰にも見られない世界に、何の価値がある?」
ルーク(真尋) 「……」
エリック(有希人)「画家が描く世界は……誰かに見られて初めて生まれるものだ。生まれることすらできない世界を描き続けて……お前は満足なのか?」
ルーク(真尋) 「……ううん。誰かに見て欲しい」
エリック(有希人)「だったらこだわりなんか捨てろよ。画家なんて、職業の一つだ。
皿洗いと一緒で、金を稼ぐための手段だろ。売れてもいない奴が、芸術家を気取ったって痛々しいだけ なんだよ!」
ルーク(真尋) 「……ごめん、エリック」
エリック(有希人)「は? なんで謝るんだよ?」
ルーク(真尋) 「僕には、君を否定できないから。……たとえ君がそれを望んでいても」
エリック(有希人)「……なんだよそれ」
ルーク(真尋) 「エリックは……僕に言って欲しいんだよね? 『そんなの画家じゃない』って。『もっと自分の作品と向き合うべきだ』って。そのために、僕とここにいるんだよね?」
エリック(有希人)「……っ!」
ルーク(真尋) 「僕は、エリックを画家じゃないとは思わないし、君が、自分の描く世界と向き合ってないとも思わない」
エリック(有希人)「……なぜ」
ルーク(真尋) 「今のエリックが、とても苦しそうだからだよ」
エリック(有希人)「……」
ルーク(真尋) 「自分の世界を伝えたくて、でも今はそれができなくて、描きたくない絵を描いてまで、必死に足掻いてる……。それを、画家として間違ってるだなんて、僕には言えない」
エリック、激昂して席を立つ。
エリック(有希人)「間違ってるに決まってるだろ!!」
ルーク(真尋) 「……エリック」
エリック(有希人)「お前が俺に同情するな! もったいないとか、才能があるとか……思ってもないことを言って、慰めようとするなよ! 本当は俺のこと馬鹿にしてるくせに……!」
ルーク(真尋) 「……馬鹿になんかしてないよ」
エリック(有希人)「馬鹿にしろよ……!」
ルーク(真尋) 「……」
エリック(有希人)「子どもの時からそうだった……お前に『才能がある』なんて言われるたびに、俺がどんな気持ちになったか分かるか? 分からないよな? 天才に、凡人の気持ちなんて分かるはずないもんな?」
ルーク(真尋) 「天才って……何の話?」
エリック(有希人)「……初めてお前の絵を見た時、俺は死にたくなったよ」
ルーク(真尋) 「……!」
エリック(有希人)「俺が今まで描いてきた絵はなんだったんだろうって……。お前が描いた闇の中の、微かな光。あれを見て初めて分かった。闇のないところに、光は絶対に生まれない。なのに俺は、暗いもの、醜いものを排除して、明るく、美しいものだけを描こうとしてた。そんなことできっこないのに……そんな世界どこにもないのに……」
ルーク(真尋) 「……エリック」
エリック(有希人)「それでも一緒に描き続ければ、少しはお前の絵に近づけるんじゃないかって思った……。だけどダメだった。俺にはお前が描くような闇も、美しい世界も、きっと一生見えない」
ルーク(真尋) 「……さっき、エリックだって言ってたじゃないか。僕が見ている世界が真実とは限らないって……」
エリック(有希人)「俺は天才じゃない。だけど、天才が分かる秀才ではあるんだ。……それがどれだけ残酷なことが分かるか? 俺はお前の絵の素晴らしさを誰よりも理解できる……。そして、その素晴らしさに、いつだって誰よりも絶望しなきゃならない……!」
ルーク(真尋) 「エリック……」
エリック(有希人)「……今夜、お前に会わなきゃよかった。そうすれば、今だって子どもの頃みたいに、光だけを見て、美しいと思うことができたのに……。絵を描くことが、楽しいままでいられたはずなのに……」
ルーク(真尋) 「……僕たち、同じだったんだね」
エリック(有希人)「は?」
ルーク(真尋) 「僕もそうなんだ。初めて君の絵を見た時、すごいと思った。僕には、絶対に描けない絵だって」
エリック(有希人)「……嫌味にしか聞こえない」
ルーク(真尋) 「本当にそう思ったんだ。君の描く絵は、明るくて、綺麗で、祈りみたいだから。僕にもこんな絵が描けたらって」
エリック(有希人)「……祈り?」
ルーク(真尋) 「でも、それが無理だってことも分かってた。……悔しくて、苦しかった。だから初めて会ったあの時、声をかけたんだ。一緒に描こうって」
エリック(有希人)「……え?」
ルーク(真尋) 「悔しくて、苦しくて……だけど僕の本当に描きたいものは、その苦しさの先にあると思ったから。今でも苦しい。だけど、やっぱり絵からは離れられない。だから……僕は今、すごく嬉しいよ。ねえ、エリック。さっき、僕が君を描きたいって言った時、どうして断らなかったの?」
エリック(有希人)「……お前の化けの皮を剥がしたかったからだよ。お前は、自分の見た真実しか描かないんだろ? 俺のことを悪魔みたいに描いたら、本当はどれだけ俺のことを恨んでるか分かる……そう思ったってだけだよ」
ルーク(真尋)「じゃあ、僕だけに描かせればよかったのに。どうして、僕を描きたいって思ったの?」
エリック(有希人)「……それは……」
ルーク(真尋) 「君はただ、僕の絵を見たいって思ってくれた。君の絵を……君の世界を、僕に見せたいって思った……そうなんじゃないの?」
エリック(有希人)「……随分と想像力が豊かだな」
ルーク(真尋) 「だって、僕がそうだから。苦しくても、楽しいことばかりじゃなくても、絵を描き続ける。それが自分の選んだ生き方だって、そう思ってるから」
エリック(有希人)「……」
ルーク(真尋) 「だから君もそうだって分かって、すごく嬉しい。苦しくても、悔しくても、死 にたくなっても、それでも僕たちは描き続ける……そういう思いで繋がってる友達がいるって分かったから」
ルーク、先ほどエリックが投げ捨てた筆を拾い、差し出す。
しばしの間の後、エリックは筆をとる。
エリック(有希人)「……子どもの頃のあの日、俺はお前を傷つけた」
ルーク(真尋) 「……うん」
エリック(有希人)「……どこか遠くに行って欲しかった。憧れても届かないなら、いっそ消えて欲しいと……。でも実際お前がいなくなって、俺はすごく怖くなった。闇の中に灯るあの光を、自分が消してしまったんじゃないかって……今は誰にも分からなくても、10年後か、あるいは100年後か……いつか世界中の人間があの光を求めるようになるのに……俺が、それを奪ったんじゃないかって……!」
エリック(有希人)「なぁ、ルーク。お前、本当にそこにいるんだよな?」
ルーク(真尋) 「……いるよ」
エリック(有希人)「絵、やめたりしないよな?」
ルーク(真尋) 「……やめないよ」
エリック(有希人)「……俺もだ」
ルーク(真尋) 「……うん」
エリック(有希人)「どんなに苦しくても、絶望しても、絵からは離れらない。お前みたいな闇は見えなくても……俺にも、伝えたい世界がある。それを……俺だって、信じてるんだ」
ルーク(真尋) 「……うん。知ってる」
2人、再び絵を描き始める。
窓の外がかすかに白んでくる。
ルーク(真尋) 「……夜が明けそうだね」
エリック(有希人)「……ああ」
ルーク(真尋) 「僕は1日の中でこの時間が一番好きだな。光の筋が少しずつ増えていって、家とか、遠くの森とか、空気にも全部混じっていって、闇はどんどん薄くなっていく。 それなのに、絶対になくなったりはしない。光が闇を生んで、闇から光が生まれる……」
エリック(有希人)「……ルーク。やっぱりお前……少ししゃべりすぎだ」
ルーク(真尋) 「ごめん、でも喋ってる方が集中できるんだよ」
エリック(有希人)「……俺の集中はどうでもいいのかよ?」
ルーク(真尋) 「……ふふ。ごめん。ごめんね、エリック」
いつしか2人の姿は少年時代に戻っている。
窓の外で夜がゆっくりと明けていく。
それと同時に、ルークの姿が消えていく。
舞台上には大人のエリックが1人残される。
エリック、そのまま静かに客席を見つめて独白。
エリック(有希人)「……夜が明けると共に、ルークの姿は消えていた。俺が描いていたルークの絵も、いつの間にかなくなっていた。もしかして、全部夢だったのかもしれない……一瞬、そう思った。けど……」
エリック、不意にルークがいた場所のイーゼルを見る。
そこには布が掛けられていた。
エリック、布を外す。そこには1枚の絵があった。
その絵をじっと見つめ続ける。
エリック(有希人)「……そこに描かれていたのは、2人の子どもたちだった。光のように笑い合って、それでいて、どこか不安も感じている、そんな少年時代の……。
……まるで、祈りそのものみたいな絵だと思った。もしかしたらこの2人は、二度と会うことはないのかもしれない……。でも俺は、この絵の続きを描きたいと思った。
この2人の少年が、大人になった姿を。闇と光が混ざった同じ空の下で、絵を描き続ける、自分たちの未来を――」
<幕>
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