第4節 予感
[中都高校_演劇部部室]
雄一 「おい、地味助! ここの色、これでいいのかよ!」
雄二 「ねえ、地味助。ここの角度ってこんなもん?」
雄三 「なあ、地味助~。俺腹減った~。休憩していい?」
章 「なんで全部俺に聞くの!? っていうか、なんであんたらまで地味助って呼んでんだよ!」
律 「地味だからですよね。そう呼びたくなる気持ち、分かります」
雄一 「おう。分かり合えたな」
章 「北兎もそっち側!?」
律 「それが終わったら、海のシーンのテーマ曲、ちょっと聴いてもらえますか?」
章 「お! さすが北兎、仕事が早いな! 聴かせて、聴かせて!」
部室の扉が勢いよく開く。
男子学生 「北兎~! 決勝進出、おめでとう! 何か手伝わせろよ~!」
章 「え! 誰!!?」
律 「俺のクラスメイトです。……はあ。間に合ってるから。帰って」
男子学生 「なんだよぅ。俺とお前の仲だろ~!?」
律 「同じ空間で授業受けたことがあるだけでしょ。他人に毛の生えた存在」
男子学生 「せめてクラスメイトって言えよ~!?」
律のスマホにメッセージが入る。
律 「あ、メールだ。……
章 「蛇川って……ああ。北兎をスカウトしに来た音楽プロデューサー?」
律 「……ええ。俺たちが勝ち進んでるって知って、メールして来たみたいです」
――――――
蛇川 『北兎くん。決勝進出おめでとうございます。やはり私の見込んだ通り、君には大勢の人を感動させる音楽を作る才能があるね! 中津演劇部の決勝進出も“リツ”の音楽があってこそだよ』
蛇川 『決勝は観に行く予定なので、コンクールの後にでも会いたいなと思っています』
――――――
律 「――だって。っていうか、中都の漢字、間違ってるし」
章 「ペラッペラかよ。軽薄が服着て歩いてんのか? こんな大人にだけはなりたくねーな!」
律 「……珍しく攻撃的ですね」
章 「当たり前だろ。こんな薄っぺらいくせに、俺らの大事な仲間持ってこうとしたんだぞ?」
男子学生 「でもさ~。その人だって、音楽業界でやってる大人の1人でしょ~? 俺はすごいと思うな~。この人も、それに声かけられた北兎もさ」
章 「ん? そういやお前……どっかで見たような……?」
男子学生 「北兎の隣の席のモブ1号ッス! たしか、東堂先輩……ッスよね? 前に、地味な先輩って言ったら、北兎に怒られちゃって。大切な先輩だからって」
律 「お、怒ってないし、そんなこと言ってない! 邪魔だから帰ってくれる!?」
男子学生 「へ~い。じゃ、決勝がんばってください。応援してますから!」
律のクラスメイトが帰っていく。
章 「……大切な…………先輩……」
律 「っ、なに噛み締めてるんですか! じゃなくて! 海のテーマ曲! さっさと聴いてください!!」
衣月 「みんな、少し休憩にしない? リンゴケーキがあるんだけど」
章 「高級ブランドスイーツセット……!?」
衣月 「父さんからの差し入れだよ。陣中見舞いだって」
総介 「でも、なんでまたリンゴケーキ? しかも、こんなにどっさり」
衣月 「この間の休みに、家に帰ったんだ。その時に、演劇部の話もたくさんして、ロキの好物がリンゴだって言っただけなんだけどね。送ってくる量が極端っていうか……」
律 「衣月さん。あの……お父さんは、進路のこと、何か言ってましたか……?」
衣月 「『やると決めたなら、最後まで本気でやり抜きなさい』──ってさ。
いろいろわがまま言ったから、ずいぶん、渋い顔だったけどね」
律 「……そうですか」
苦笑いを浮かべる衣月に、ほっと息をつく律。
総介 「あ。そうだ、ツッキー! ロキに合いそうな布、探してたよね。見つかった?」
衣月 「うん、ちょうどいいのがあったんだけど、ギリギリ、量が足りるか怪しいんだよね。あとで現物を見てもらって、衣装のテイストと併せて相談したいんだけど、いいかな?」
総介 「オッケー! 楽しみにしてるね! んじゃせっかくだから、ツッキー持参のケーキを……」
律 「あっ、西野先輩、ダメです。あの2人がランニングから戻った後にしてください」
衣月 「ふふ。そうだね。みんな揃ったら食べようか。……ふう。準備も……稽古も、大詰めだね」
数日後。決勝用の演目の稽古をする部員。
王子(真尋)『でも祈るって……何を祈るの?』
人魚姫(ロキ)『……あなたが幸せになれますようにって。私以外の誰かを好きになって、その人と幸せに暮らしていけますようにって』
真尋 「──っ」
総介 「? ヒロくん、どした?」
真尋 「……あ、ごめん。ロキが……。ロキの芝居がよすぎて、飲まれた」
ロキ 「……え」
総介 「おっと。ヒロくん、そんなこと言うの初めてだね! 具体的にプリーズ!」
真尋 「いや……よすぎてっていうか、どうなんだろう。正解……じゃないのかもしれないけど。人魚姫は、王子とずっと一緒にいられないことが分かっていて、それを気付かせないようにしてる。そのいじらしさが、ロキからぶつかってきて……ドキっとしたっていうか。ごめん、急に止まって」
ロキ 「気付かせないように……。それって……」
ロキ (俺、素が出そうになってるってことか? 前にシンデレラを演じたとき、演技は“役柄と自分との距離”を考え続けることだって、総介は言ってた。だからこれまで、役と自分の違いを俺なりに考えて、演じてきたけど……)
ロキ (じゃあ……その“距離”がなくなるのは……いいことなのか?)
総介 「……イイね」
総介、ニヤリと口角を上げる。
真尋 「どういう意味、西野」
総介 「今回の芝居、狙いの1つはそこにある。人間たちの世界とは全く違うところから来た人魚姫、それを演じるロキたん。これまで演じたどの役よりも、役と自分の距離は近いはずだ」
総介 「近さは諸刃の剣にもなるけど、今のロキたんならきっと、自分のものにできる。芝居の“本質”をね。ヒロくん、ぼやっとしてると、ホントに飲まれるよ~?」
真尋 「……そう、だね。……」
真剣な眼差しでロキを見つめる真尋。
ロキ 「なんだよ、真尋。んな真剣な顔して」
真尋 「うん。ごめん。でも……ゾクゾクしてたまらないから。今のロキと、この芝居ができることが」
ロキ 「……真尋」
ロキ (なんか……こっちも、飲まれそうだ……)
真尋 「西野。ごめん、続きをやろう。今、止まりたくない」
王子(真尋)『僕は他の誰かじゃなくて、君と一緒にいたいんだよ!』
人魚姫(ロキ)『……無理なの、それは。私、もうすぐ消えちゃうから』
真尋 (……まただ。ロキの芝居が……佇まいが、表情が、声が、あまりにも切なくて……飲まれそうになる)
ロキ (……まただ。心の中に溜め込んだものが、勝手に表情や声になって“人魚姫”に、俺自身がにじんでくる。抑えた方がいいのか? 総介は、これも狙いだって言うけど……)
ロキ (……くそ。セリフがいちいち胸に刺さって痛い。でも、演じるの、やめられない)
真尋 (ロキ。伝わってくる。これはただのセリフじゃない…………きみは、もしかして──)
章・衣月・律「「「…………」」」
章 「……すっげー。やべぇ、鳥肌立った。ロキって……こんな芝居もできたんだな」
律 「2人とも、怖いくらい、ですね。どこまでが演技なのか、分からなくなる……」
衣月 「最近、ロキに元気がないから余計にね。真に迫りすぎてて、心配になるくらいだ……」
総介 「でも、だからこそ、この芝居はこれまでで一番の、会心の出来になる。本当に恐れなきゃいけないのは、この芝居にオレたちがついていけないことだよ」
衣月 「そうだね。芝居はいいのに他が足を引っ張った、なんて言われちゃたまらない。みんな、それぞれの仕事を最大限にまっとうしよう。真尋とロキを、最高の舞台に立たせるために……!」
部室に竜崎が入ってくる。
竜崎 「……お前ら、そろってるな。決勝に出る各校の演目が発表されたぞ」
章 「来た……!」
総介 「育ちゃん、虹架は?」
竜崎 「竜崎先生、な。虹架の演目は、これまでと同様『5人の男』だ」
章 「やっぱりアレで勝負にくるか……!」
総介 「正直、2次予選の仕上がりのままなら、負ける気はしないんだけどな~」
真尋 「有希人は、常に前に向かって進む役者だから。2次予選と同じ芝居にはならないよ。勝つことだけが大事じゃないけど……でも、本気で立ち向かわなきゃ、勝てない」
竜崎 「……。ま、あんま無理せずがんばれよ。本番直前に倒れたんじゃ、目も当てられねえからな。ほら。他の学校の演目も確認しとけ。虹架しか見てねぇと、足元を掬われるぞ」
総介 「ありがと、育ちゃん!」
竜崎 「育ちゃんじゃねえっつってんだろ」
竜崎が部室を後にする。
総介 「育ちゃんの言う通り、敵は虹架だけじゃないからね。他の学校の演目は……と」
律 「……出場校、あんなにたくさんあったのに、決勝は5校だけ、なんですよね」
章 「だな。それを思うと、すごい、よな? 俺たち」
総介 「あったり前でしょー! 目指すは最優秀賞なんだから!」
衣月 「本番まで、もう日にちもない。今の僕たちにしか創れない、最高の2人芝居を作ろう」
章・総介・律「「「はい!」」」
真尋 「ありがとう、みんな……。よろしくお願いします!」
ロキ 「…………」
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