第3節 絶望の淵
[虹架高校_演劇部部室]
神妙な面持ちの虹架演劇部員たち。
バルドル・ブラギ「「……」」
トール・ヘイムダル「「……」」
有希人 「……」
鷹岡 「今日の芝居はなんだ。お前たちは何の為に舞台に立ってる。予選、通りゃいいってもんじゃねえだろ。ヌルい芝居してんじゃねえぞ」
有希人 「……っ」
鷹岡 「神楽。シーン5、神宮寺とのかけ合い、もう一度やってみろ」
有希人 「……はい」
有希人 『……だけど……! 5人で1人の人を愛するなんてことも、俺には耐えられないよ。俺は、あの子のことを独占したい。俺が、俺だけが、あの子に愛されたいと願ってしまう!』
トール 『待て。お前とオレたちは同じ、1人の人間なんだ。お前だけが、オレたちと違う存在なわけじゃない!』
有希人 『……違う。違う、違う! お前は俺とは違う。お前なんて、俺には要らない。俺が欲しいのはあの子だけだ!』
バルドル 「……元は1人の人間だった5人。最初はそっくりだけど、このシーンあたりから少しずつ違いが現れ始める……。けど……有希人くんの芝居は、鬼気迫るようで……心が痛いです」
ブラギ 「……まるで、たった1人でギンヌンガの淵に出向く者でも見ているようですね」
ヘイムダル「すっげーけどさ。すっげーけど、すごすぎて有希人だけ別の奴みたいなんだよなー。トールも有希人も同じ1人の男を演ってんのに、あいつだけ、元から違うみたいな……」
鷹岡、パンと手を打つ。
鷹岡 「やめろ。神楽。最後のセリフ、どう解釈してる」
有希人 「……自分も他の4人と同じ人間で、何も違わないと知っている。でも、その事実から目を背けようとしています」
鷹岡 「お前の芝居からはそれが伝わらない。お前は、1人で主役になっている」
有希人 「……」
鷹岡 「『5人の男』は5人全員が主役だ。1人の芝居が濃くなれば、他もそれに合わせる必要がある。5人で、1人の人間をやる。それがこの芝居の全てだ。だが、お前は他の4人を顧みず、1人だけどんどん階段を上がる。神楽有希人としてはそれでいいかもしれないがな。虹架演劇部としては許すわけにはいかない」
有希人 「……分かっています……!」
鷹岡 「分かってんならやれ! 今更こんなこと言わせんじゃねえ!」
トール・ヘイムダル・バルドル・ブラギ「「「「っ!!」」」」
有希人 「……」
鷹岡 「……。神楽。この演劇部はお前のための劇団じゃない。お前が留年でもして未来永劫この部に残り続け、引っ張って行くというなら構わねえ。だが、お前は必ずここを出て行く。そんなお前が、ここを神楽有希人がいなければ成り立たない場所にするつもりか?」
鷹岡 「お前目当てに集まっていた客が、お前がいなくなった後、消え失せてもいいのか。お前がやっているのはそういうことだ!」
有希人 「……っ」
鷹岡 「お前1人を育てて死ねるなら、それもいいのかもしれない。お前はそれくらい、いい役者だ」
有希人 「……鷹岡さん……」
鷹岡 「──だがな、神楽。俺は、役者じゃなく、演劇を変えなくちゃならない。今お前と心中するわけにはいかない。お前も、それを分かっていて俺に付いてきたはずだ。叶真尋の背中を見るな。お前が見るべきは、板の上の共演者だ」
鷹岡 「もう一度言う。『今のお前は、共演者を見ていない。叶真尋しか見ないなら、虹架を出ていけ』」
有希人 「……っ」
鷹岡 「このままの芝居で、決勝、中都に勝てると思うな。頭冷やしてよく考えろ」
有希人 「……はい」
鷹岡が退室する。
有希人 「…………」
ヘイムダル・バルドル・ブラギ「「「……」」」
ヘイムダル「まー、タカオカの言う通りだぜ! 有希人ってさ、同じ舞台の上に立ってても、全然こっち見てねーなって思うときあるもん。最近、有希人の気迫がすごすぎて、飲まれそーになってタイミング逃すこととかあるし。ま、それはオレが悪いんだけどさー!」
バルドル 「……マヒロくん」
有希人 「……っ」
バルドル 「僕も、一緒に舞台に立つようになって、少しずつ分かってきました。有希人くんは僕たちと同じ場所に立っているけれど、心はずっと、マヒロくんを求めていた。同じ舞台にいる相手がマヒロくんだったらって、願っていた」
バルドル 「タカオカさんは、マヒロくんの背中を見るなって言っていたけれど……でも、人が人を強く想うのは、自然なことです。有希人くんにとって、マヒロくんを求めることが自然なら――苦しんで変える必要はないんじゃないでしょうか」
有希人 「……」
バルドル 「僕は、どんな有希人くんのお芝居も、大好きですから! 今日の2次予選のお芝居だって、僕はとても心を打たれましたし、有希人くんは──」
有希人 「……君に……」
バルドル 「え?」
有希人 「君に、俺の苦しさが分かるの?」
バルドル 「有希人、くん……?」
有希人 「真尋を追うことでしか、芝居ができない俺の苦しさが……。君が好きだ好きだと言う俺の芝居は、全部、真尋の“影”みたいなものなのに」
ブラギ 「……!」
ブラギ (“影”……この人間も……)
バルドル 「そんなことありません! 有希人くんの演技は有希人くんのもので、だから僕は──」
有希人 「やめてくれ! 好きだなんて言わないで。このままでいいなんて、言わないでくれ……。そんな風に言われたら、俺の中の真尋がもっと大きくなってしまう。飲み込まれてしまう! これ以上、俺に真尋を追わせないでくれ……っ」
バルドル 「──! ごめんなさい、有希人くん。僕はただ……、ただ……」
有希人 「……ただ、なに? 上辺しか見ていないくせに」
ブラギ 「!」
有希人 「分かったような顔で励ませば、誰でも元気になると思った? ああ、そうだね。君はとても優しくてあたたかい。君が笑えば誰だって、慰められてきたんだろう。けど、君のその優しさが、誰かを傷付けるとは少しも思わない?」
――――――
[回想]
ロキ 「その影で、光を浴びることなく、枯れていくものがあることも知らずにな!」
――――――
バルドル 「……っ。ごめんなさい。僕、また……!」
トール 「有希人、やめろ。分かってる。言いたくて言ってるんじゃないだろ。それ以上は、お前が傷付く」
ブラギ 「兄さんも。もうやめてください。これで分かったでしょう。人間など、どれだけ想ったところで無意味だと」
バルドル 「……でもっ――」
ブラギ 「神楽有希人。私は初めからお前が気に入らなかった。光の神・バルドルは、人間ごとき小さきものに深く寄り添っていい存在ではない。それでも目をこぼしていたのは、お前が他の人間のように他者を貶めることなく、芝居という使命に、独り、すべてを捧げていたからだ。
バルドル 「ブラギ……! やめてください、僕がいけないんです!」
有希人 「っ……ごめん。頭冷やしてくる」
トール 「っ、有希人!」
有希人が部室から出ていき、トールがその後を追う。
バルドル 「……。……僕は、いつもこうですね。好きな人を好きでいることしかできなくて、相手がどんな気持ちでいるかなんて、ちっとも……」
ブラギ 「……それは、皮肉ですか?」
バルドル 「皮肉……?」
ヘイムダル「しょーがねーじゃん? バルドルは“光の神”なんだからさー。照らす専門で、影のことなんか分かんなくてとーぜんだぞ。そういうとこを、弟のブラギが助けてやればいーだろ。バルドルのこと大好きなんだからさ!」
ブラギ 「…………」
ヘイムダル「つーか、俺はブラギが羨ましいくらいなんだぞ~? 一番大好きな奴がいつも側にいて、しかも兄弟なんて、何があったって変わらない、サイコーの絆じゃん! オレとロキにはなーんもないぞ。ま、なんもなくたって、オレはロキが大好きだし、最強のライバルになるだけだけどな!」
バルドル 「ヘイムダル……」
[虹架高校_体育館]
体育館まで駆け込む有希人。
有希人 「っ……はあ、はあ……」
トール 「有希人、待て……有希人!」
有希人 「……トール……」
トール 「……大丈夫か?」
有希人 「これが大丈夫に見える? ……っ、ごめん。違う。大丈夫だから、少し1人に――」
トール 「できるわけねえだろ。今のお前は、ボロボロだ」
有希人 「……あんなこと、言うつもりじゃなかった。バルドルは何も悪くない。ただの、八つ当たりだ……。っくそっ……」
トール 「ああ。バルドルだって分かってるさ」
有希人 「…………。……本当は……知ってたんだ。神之ロキとの2人芝居を初めて見たときから……。過去に囚われてるのは俺だけで、真尋はもう別の未来を見てるってこと。中都の初公演を見たとき……心のどこかで思った。このまま、芝居をやめてしまおうかって」
トール 「……お前が?」
有希人 「だって俺は、真尋ともう一度芝居をする、そのためだけに、1人で続けてきたんだから。真尋が別の奴とやることを選ぶなら、俺が待っていても意味がない」
有希人 「ましてや『迎えに行く』だなんて、的外れもいいとこだよ。……だけど、その時、突然君たちが神様の世界から現れた。俺と一緒に芝居をやりに来た──中都の芝居に対抗するために、虹架に来たって」
有希人 「それを聞いて、俺はそれこそ、神様に与えられた最後のチャンスなのかもしれないって思ったんだ」
トール 「……有希人……」
有希人 「君たちと一緒にコンクールで勝てれば、俺の芝居にも、まだ意味が生まれるのかもしれない。自信を持って、真尋を迎えに行けるのかもしれないって……。でも、甘かった。芝居を再開した真尋は、どんどん先に行ってしまう」
有希人 「真尋が舞台に立つたびに、敵わないって思い知らされる……。それなのに、バルドルやファンのみんなは俺を褒める。俺は笑ってありがとうって言う。──言わなくちゃ。それが、みんなの求める“神楽有希人”だから」
有希人 「でも俺は──本当の俺は、少しだって満足しちゃいない。褒められるたびに、こんな芝居じゃ足りないって、大声で叫びたくなる。俺は……っ、俺は、もっとうまくならなきゃいけないのに。真尋の、ために……!」
トール 「有希人…………それがお前の“願い”なら、俺が叶えてやろうか」
有希人 「……え?」
トール 「最高神・オーディンがオレたちを遣わした理由は、ロキが条件を達成できるようにすることだ。そして、ロキの帰還の条件の1つは、叶真尋の“真実の願い”が叶うこと……」
トール 「……だが俺は、お前の“願い”こそ、叶えてやりたいと思ってる。神失格だと言われてもな」
有希人 「トール……」
トール 「叶真尋の“真実の願い”を阻むなんて、俺の力をもってすれば、なんてことない」
傷ついたような表情を見せる有希人。
有希人 「……っ」
トール 「けど、それも嫌なんだろ? お前は、自分に厳しすぎるんだよ。もっと自分を許せ。お前がつらいなら、芝居からも、叶真尋からも逃げていいんだ」
有希人 「……逃げて、いい……?」
トール 「俺でよければ、いつでもお前を支えてやる。……たとえ、お前がいつか、俺を……」
トール (俺たちとの日々を、忘れてしまっても……)
トール 「なあ、有希人。俺は──」
ヘイムダルが体育館の入り口から2人へ声をかける。
ヘイムダル「有希人とトールはっけーん! 休憩終わりだって、タカオカが戻ってきたぞー? バルドルたちも待って……って、なんだよ。なんでお前らまで真っ暗闇みたいな顔してんだよっ。せっかく決勝まできたんだから、本気で、楽しくやろーぜ!」
有希人 「……」
ヘイムダル「有希人ー、ぐちゃぐちゃ考えなくたって、芝居は楽しいぞー?」
有希人 「…………」
トール 「……行こうぜ、有希人」
有希人 「……うん」
有希人 (……逃げても、いい……俺は、真尋から──芝居から、逃げるのか。俺にとって、芝居って……逃げるべきものなのか……?)
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