第2節 2次予選のゆくえ

[東所沢_喫茶店]


総介   「みんな、ジュース持った? んじゃ、ツッキー、お願い!」

衣月   「うん。いくよ。中都演劇部、決勝進出を祝して──」


一同   「乾杯!!!」


章    「はー……ほんっと緊張したぁ。絶対行けるとは思ってたけどさぁ!」

律    「その割には、発表の瞬間、顔が土気色でしたけどね」

衣月   「虹架も突破したし、これで、一緒に決勝に行けるね」

総介   「ほらほら、見てよ。ネットのニュースでも、さっそく評判だよ~?」


 スマホの画面を向ける総介。


章    「『実質、最優秀賞候補筆頭の虹架と、ダークホース中都の一騎打ち』……?」

総介   「『虹架は、鷹岡洸の指揮する安定した芝居でクオリティーは随一』で、『中都は今年初めての出場にもかかわらず、トリッキーな2人芝居で注目を集めている』だってさ」

真尋   「トリッキー?」

総介   「そりゃ、2人芝居そのものが珍しいし。その上、1次も2次も、1人5役なんて変化球やったからね~」

章    「でもその言い方って……芝居の“出来”関係なく、物珍しいから目立ってるだけみたいな……」

衣月   「もちろん、芝居がよくなければ評価されない。注目されること自体は、いいことだけどね」

律    「……でも、演技についてはほとんど触れられてません。うちは珍しさだけじゃないのに。真尋さんとロキの芝居のすごさを、ちゃんと観てほしいです」

総介   「そのとーり! というわけで、今から決勝の演目、発表しまーす!」

真尋   「あ、やっぱり変えるんだ。演目」

総介   「うん。予選はホールのでかさに対抗する意味も込めて1人5役っていう変化球で勝負したけど、決勝まで来れば、観客の注目度──つまり、オレたちの芝居への集中力も、かなり高まってる」


総介   「だから決勝では、ヒロくんとロキたんの“2人芝居”の真骨頂を見せてやりたいと思ってるんだよね。1人1役をとことん突き詰める、ザッツイットな2人芝居。それじゃアキ、発表よろしく!」


章    「……次の演目のテーマは、“出会いと別れ”にしようと思う」


真尋   「出会いと……」

ロキ   「……別れ」


総介   「恋人同士、友人同士、ライバル同士──出会いと別れってのは古今東西、主役が2人いるストーリーの鉄板だよね。今回は、生まれも育ちも全く違う2人を演じてもらいたいと思ってるんだ」

衣月   「……まさに、真尋とロキのことだね」

総介   「そう! 今のオレたちだからこそ、これをやるべきだと思ってさ」

真尋   「今の、俺たち……」

総介   「1人芝居だったときは、全然先が見えなかったよね? でも、ロキが中都に来てくれて、オレたちは光を見た。あの日見た光がどんどん大きくなって、今の2人芝居がある」


総介   「ロキたんだっていつの間にか、ヒロくんとの芝居にのめり込んでいったでしょ? そんな2人の姿を見て、オレも、芝居ってホントにすごいと思った。生まれも育ちも、芝居の前じゃ関係ない」


総介   「『芝居とは何か、芝居の面白さとは何か』……。改めて考えるきっかけをもらえたんだ」


章    「……だな。最初は、芝居なんて人間の遊びだってバカにしてたのに、今じゃ立派な芝居バカの1人だし!」

ロキ   「……なんだよ。文句なら聞かないぞ!」

真尋   「文句じゃないよ。ロキと出会わなければ起こらなかったことが、今の俺たちを作ってる。それが、嬉しいんだ」

ロキ   「……俺と、出会わなければ……」

総介   「ん。だから、決勝の芝居では、このテーマを最大限に突き詰めてみたいと思ってる」

真尋   「……『出会いと別れ』。俺はやってみたい。ロキは?」


ロキ   「──出会いと、別れ……」


ロキ   (……俺と真尋みたいに、全然違う2人が出会う。最初はなじまなくても、だんだん理解して、一緒にいたいと思うようになって──でも、別れる……。別れなくちゃ、いけない。その時、“そいつ”は、どんな感情でどんな顔するんだ……)


ロキ   「……演じてみたい。うん。俺もやるぞ、真尋!」


真尋   「はは。ロキ、ワクワクしてる顔だ」


13章2節


ロキ   (……え。今、俺……芝居のことしか考えてなかった。出会いと別れなんて、今の俺には皮肉にしか思えないテーマなのに。でも……どんな台本で、どんな演出で……真尋がどんな芝居で来るか、すげー楽しみになってる?)


総介   「全員、やる気だね? よし! それでこそ中都演劇部! んじゃ今日は、パーッと打ち上げちゃいましょう!」



真尋   「……」

章    「うん? どうした、叶。ジュース持ったままぼーっとして」

真尋   「考えてたんだ。もし最優秀賞を取る芝居を披露できたら、きっと小瓶は“心からの笑顔”でいっぱいになる。俺の“真実の願い”も叶う。そしたら、ロキはアースガルズに帰れるんだなって」

ロキ   「……っ!」

章    「なんだよ、叶。まさか忘れてたのか?」

真尋   「ううん。忘れてたわけじゃないよ。けど少し実感が出てきたから、さみしいなって」

律    「それは分かる、気がします……。ここでやめられるわけないけど」


 ロキ、複雑な表情で黙る。


ロキ   「……」


真尋   「だけど……。だけど、ロキ。俺は、ロキがアースガルズに帰れるようになっても、一緒に芝居がしたいと思ってる」

ロキ   「……!」

真尋   「言ったでしょ、『どこまでも一緒に行く』って」


――――――

[回想]

真尋   「でも、絶対にきみを1人にはしない。もしロキが一緒に逃げてって言うなら、どこまででも行くよ」

――――――


真尋   「ロキは、これまでもよく人間界に来てたんでしょ? 気が向いたときだけでいいから、また──ううん。ずっと、一緒に芝居やろうよ」

ロキ   「……」


 ロキ、ニッと笑顔を作る。


ロキ   「……神を約束で縛ろうなんて、大きく出たな真尋。しょーがないから、気が向いたら、付き合ってやるよ!」

総介   「そうそ! コンクールは中都演劇部にとって通過点だ! もっともっと上を目指すからね!」

章    「南條先輩もですよ? コンクール終わっても、卒業しても、また衣装作りに来てくださいね」

律    「……お願いします。衣月さんがいない中都演劇部なんて俺、我慢できそうもないんで」

章    「なんでこっちチラ見しながら言うかな!?」

衣月   「ふふ。ありがとう。けど、最優秀賞になれば、演劇がしてみたいって新入部員もたくさん来ると思うよ」

真尋   「部員になれるかは、西野のオーディションを通れば、ですけどね」

総介   「ふっふっふ。こんないい役者を2人も見てきたオレのたかーいハードルを超えられるかな!? ってね!」

章    「それはそうと……、これからはさらに稽古漬けになるわけだし、今日くらいは遊んどかないか?」

総介   「外寒いし、とりあえずなんか食べて~。あ! カラオケもいいかも! ツッキーとりっちゃんは何したい? 行きたいとこある?」

律    「……なんでもいいです」

総介   「たこ焼きでも?」

律    「……『なんでもいい』です。どこでもなんでも、行きますってば」

章・総介 「「ふっふっふ」」

律    「なんなんですか、もう。たこ焼きでイジるのやめてください」

衣月   「それじゃ、ゲームセンターとか」

章    「ゲーセン! 南條先輩がゲーセン!! 大道だいどう兄弟がマジメに補習通うくらいレア!!」

真尋   「……あ、そうだ。ゲーセンもいいけど、クレープを食べに行くのはどうですかね? ロキが好きだし」

律    「あ……いいですね。それ」

衣月   「律も甘い物が好きだからね。じゃあ、僕がみんなにおごろうかな」

総介   「ブチョーだからってそんなのダメダメ! ここは男らしく、ゲーセンのゲームで決めよう!」

章    「いやいや、ふところ事情を考えてくれって。クレープ、そこそこ高いから! 全員は無理!」

総介   「え~、つまんなーい! じゃあさ、じゃあさ──」


 わいわいと盛り上がる一同。


ロキ   「…………」


ロキ   (『ロキがアースガルズに帰れるようになっても、一緒に芝居がしたいと思ってる』……か。真尋のヤツ、どこまでも、芝居のことばっか。ほんと、芝居バカめ……)


ロキ   (けど、俺も真尋のこと言えなくなってきてる。ったく……芝居なんて、厄介なことばっかりだ。……俺だって……俺だって芝居がしたい。俺たちの2人芝居が他のどこよりすごいって、証明してやりたい)


ロキ   (……でも、コンクールで一番になって、条件が揃ったら──)


――――――

[回想]

[東所沢公園]


ロキ   「…………ちょ、……っと、待てよ。……それ……どういう、ことだ? …………じゃあ、…………じゃあ俺が、“条件”を達成してアースガルズに戻ったら……そしたら、あいつらは。……真尋は、……」

オーディン「彼らから、お前と過ごした記憶はすべてなくなる。在るべき状態へ戻る。ただそれだけだ」

ロキ   「それだけ、って………………」


ロキ   「……………あいつらが…………俺を、…………忘れる…………?」



ロキ   「……じゃあ、『北欧神話』はどう説明するんだよ。人間は俺たちのこと、絵や文章で残してるじゃねーか!」

オーディン「人間たちにとっての『北欧神話』は、ブラギが過去書き残した手記が、形を変えながら伝播でんぱしたもの。人間にとってはもはや“文化”のひとつだ。個々人の“記憶”とは異なる。神に関する記憶と、姿が写されたものはすべて消え、事実の記録ではなく、一部創作の説話として伝承されているのであろう」

ロキ   「……っ……、それじゃ……俺が条件を達成して、アースガルズに戻った後、もし、またここに戻ってきても──」


オーディン「あの者らは、お前のことは何一つ覚えていない」


ロキ   「そんなの……っ、なら! なら、俺は帰らない! 俺の意志で、ここに、あいつらのそばにいる!」

オーディン「その小瓶には、条件が満ちた瞬間、お前をアースガルズへと戻す力が込められている」

ロキ   「な……」


オーディン「神と人が、ともに永遠の時を刻むことは、不可能だよ、ロキ」


ロキ   「…………っ」

――――――


ロキ   (俺が……こいつらの中から、消える。アースガルズに戻されたら、もう……)


真尋   「ロキ……ロキ、聞いてる?」

ロキ   「っ、なんだ。真尋」

真尋   「……ゲームでビリになった人が、1位の人にクレープ奢るんだって」

ロキ   「……よーし。勝負だな! いいか、地味助! 俺様が1位になるから覚悟しろ!」

章    「なんで俺がビリになるの決まってんの!?」

ロキ   「生クリーム3倍に、リンゴジャム5倍だからな!」


ロキ   (……今はまだ。こいつらと一緒に……)




[瑞芽寮_食堂]


真尋   「それじゃ、ロキが疲れたって言うから先に部屋に戻るね。今日は楽しかったよ。おやすみ」

ロキ   「……おやすみ」


 ロキと真尋が自分たちの部屋へ向かう。


章    「……行ったか?」

総介   「行った行った」

章    「……あのさ。ここんとこ、ロキの奴、なんか変だよな?」

律    「はい。2次予選の稽古が始まった辺りから」

衣月   「今日は特に上の空だった気がするね。トールも、ロキの様子に気付いてたみたいだった」

総介   「今になって、アースガルズに帰るのが寂しくなっちゃった、とか~?」

律    「あいつに限ってそれはない……と言いたいところですけど、いろいろ知った今となっては、ないとは言い切れませんね」

章    「でも、今日叶が言ってた通り、一度帰ったって、またここに来ればいいだろ? 何も、もう俺らに一切会いに来ないわけじゃ……」


総介・衣月・律「「「……」」」


章    「……ない……、よな? もしそんなことになったら、俺らもだけど、叶のショック相当でかいぜ?」


総介・衣月・律「「「……」」」


章    「いやいや、ないだろ。あいつの叶や俺らへの態度は上辺うわべじゃないし、またすぐ遊びに来るだろって!」

総介   「はあ……」


 総介、ため息を付いてから、努めて明るく。


総介   「そうそう。ロキたんならきっとまたすぐ会いに来るって!」

章    「だよな! そうだよ。心配することなんかないって」

律    「……はい」

総介   「……なんにせよ、勝たなきゃ、ロキたんは帰れる可能性も失うんだ。オレたちにできるのは、そのために、いい芝居を作ることだけだと思う」

衣月   「……うん。そうだね」

総介   「──で、だ。2人が身体休めてる間に、決勝の台本についてアキと詰めるんだけど、りっちゃんとツッキーも意見ちょうだい」

衣月   「もちろん。具体的にはどこまで詰まってるの?」

章    「大枠はざっくり決まったんですけど、まだ迷ってるところがあって──」


 食堂の少し離れたところから部員たちを見つめる草鹿。


草鹿   「ふふ。いいねいいね~。若人たち。悩んで、迷って、それでも進め! 大人は、大人の見守り方をしないとねー。後で、あったかい飲み物でも持って行ってやろっと」

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