第13章 ルーク&エリック

第1節 5人の男

13章5節


[サクラパビリオン_客席]


 サクラ演劇コンクール2次予選当日。

 自分たちの出番終わり、客席まで足早に移動する6人。


ロキ   「……はあ、まだ汗だくだぞ……! 俺たちの芝居は終わったんだから、結果発表まで休んでたっていいだろ!」

章    「こらロキ。声がでかい。虹架の出番、もうすぐだぞ」

総介   「ライバルの芝居を見るのも、コンクールの基本かつ醍醐味だからね~」

律    「いいから座ってください。先輩たちが早く座ってくれないと、通路で立ち見になります」

真尋   「ほら、ロキ、タオル」

ロキ   「おう……。……ありがと」

衣月   「ふう……どうにか間に合ったね。……始まるよ。虹架高校、2次予選の演目は『5人の男』か。1次予選と同じ演目だね」


 ステージで虹架の演目が始まる。


ヘイムダル『……なんだよ、これ!? 俺のほかに……俺が4人。俺が、全部で5人いる!?』



総介   (『5人の男』は、過去に虹架のほかの代でも上演実績がある人気作だ。1人の男が、とある実験に巻き込まれて5人に分裂してしまう物語──。彼らはお互いが元は1人の人間だったことを知りながら、それぞれの幸せを手にしようともがく。普通のアプローチだと重くもなるテーマだけど、……さすがは鷹岡洸たかおか こう。派手なコメディータッチで、最後には5人の感情と歌で泣かせる。虹架らしさてんこ盛りの鉄板ってやつ)


章    (これ、好きな台本なんだよな。前半は、セリフの調子まで5人ほぼ同じだけど、後半になるにつれて、少しずつ変化してく……。それに気付く瞬間が、鳥肌が立つほどいい。……けど“神5かみファイブ”は、1人1人がすげー派手だから、これまでやってた『オペレッタ・ファンタジア』や『ブラインド・ポーカー』みたいに、5人の個性が最初からバラバラな芝居の方が合うと思うんだよな)


律    (……今回もまた金の掛かった劇伴だな。生音の使いっぷりとか、正直羨ましい……。向こうは5人1役、うちは1人5役だけど、照明の使い方も……悔しいけど勉強になる。うちも、もっとうまく見せられたかもしれない……)


衣月   (さすがのクオリティーだ。テンポもよくて全然飽きさせないし、最初は全く一緒だった5人の衣装が、終盤に向かって少しずつ変化していくのも見所だ。……簡単には超えさせてくれそうもないな)



トール  『……俺たちは、5人で1つなんだ。別々の誰かを好きになるわけにはいかない。そうだろ?』

有希人  『……だけど……! 5人で1人の人を愛するなんてことも、俺には耐えられないよ。俺は、あの子のことを独占したい。俺が、俺だけが、あの子に愛されたいと願ってしまう!』



真尋   (すごい完成度だ。体格は5人それぞれ違うのに、だんだん同じ人みたいに見えてくる。でも……有希人だけ……有希人1人に、どうしても意識が持っていかれる……。俺が、有希人を意識しているせいもあるんだろうけど……。なんだか、この世のものじゃないみたいな迫力で……怖いぐらいだ……)


ロキ   「…………」


 ステージを放心したように眺めているロキ。


真尋   (……ロキ? なんだか、ぼーっとしてる。疲れたのかな……?)




[サクラパビリオン_楽屋]


章    「はぁ……前より緊張で心臓がヤバい気がする。誰かとどめを刺してくれ……!」

律    「結果発表のたびに死にそうな顔するの、不吉なのでやめてくれませんか」

章    「そ、そうだよな。笑っとけばいいか? ……ふ、ふふふ……!」

律    「こわっ」


総介   「おっ。虹架のみんなー! 2次予選、お疲れ様ー! いやー敵ながらアッパレだったよ!」

ヘイムダル「ロキー! 見たぞ、中都の1人5役! 頭こんがらがりそうなのに、すげーな!」

ロキ   「……おう……アホダル」

ヘイムダル「だからって、オレらだって負けてねーからな! すごかったろ、今日のオレたちの演技!!」

ロキ   「……ああ、そうだな」

ヘイムダル「……。ロキ? なにぼーっとしてんだよ」

ロキ   「……別に」


トール  (……ロキのヤツ、様子が変だ。……まさか“記憶の件アレ”を知ったのか……?)


衣月   「トール、さっきの芝居中みたいな難しい顔してる。大丈夫?」

トール  「……いや。なんでもない。ここまで来たら、決勝でぶつかりたいもんだな」


バルドル 「リツくん!!」

律    「……なに。そんな興奮して」

バルドル 「興奮もしますよ! 中都の、2人で10役のお芝居! 本っ当にすごかったです! ずっと伝えたくて!」

律    「……だったら、真尋さんかロキに言えば?」

バルドル 「お芝居はもちろんです。でも舞台効果や衣装、演出で役を表現するのが素晴らしくて……!」

律    「それは西野先輩と衣月さんに言ってよ」

バルドル 「それから、音楽。お2人の芝居をより魅力的に見せたのは、リツくんたちの存在があってこそですよ」

律    「あんたって……やっぱちょっと変だね」

バルドル 「変、ですか?」

律    「人のことばっかり褒めてる。あんたのほうこそ、今の今まで、すごい芝居してたくせに」

バルドル 「あ! ……はは。またやってしまいました」

律    「また?」

バルドル 「僕は本当に周囲に恵まれているから、いつもすぐに、その方々の素晴らしさばかり口にしてしまうんです。相手にどう受け止められるかも考えずに……。ちゃんと考えなきゃって、分かってるんですけど……」

律    「……変って言ったのは、別に褒めるのが悪いって意味じゃない。神って、褒めるよりも褒められるのが大好きなんだと思ってたから。違うのもいるんだって思っただけ。……俺は、周りを素直に好きでいられて、それをちゃんと言葉で伝えられるの、すごいと思うけど」

バルドル 「リツくん……ありがとうございます……」



総介   「やっほ! ラギくん!」

ブラギ  「チッ」

章    「俺らの顔見て、秒で舌打ち!?」

総介   「やー、すっごいよかったよ、ラギくん。特にあの歌! ずーっと鳥肌立ちっぱなし。泣くかと思った~」

章    「俺なんか泣かないように息止めてたから、酸欠になりかけてさ……」

ブラギ  「そのまま永遠に口を閉ざしてしまえばよかったんです。貴方がたの汚い涙など、ありがたくもない」

章    「ええ!? 前にも増してすさんでね!?」

総介   「ほんと、役と本人のギャップが大きいんだから。だからこそ、魅力的なんだけどさ~」

ブラギ  「……ふん。芝居など、あの兄の付き合いでやむを得ずやっているだけ。神にとっては、暇つぶしにすらなりません。勘違いも甚だしい」

章    「そうは見えないけど……。舞台の上のお前、楽しそうだし」

ブラギ  「! ……それすらも、“芝居”をしているだけのこと」


13章1節


総介   「それすら“芝居”……ね」

ブラギ  「……」



有希人  「真尋。今日の芝居も素晴らしかったね。1次と同じ演目だったけど、今回はさらに完成してた。一緒に決勝、行きたいね」

真尋   「ありがとう、有希人。虹架なら、きっと決勝に行けるよ」

有希人  「……どうだった? 俺の芝居」

真尋   「有希人は……そう。よかったよ、すごく。よすぎたっていうか……。怖いくらい切れ味が増していて、時々、1人芝居を見てるみたいだった」

有希人  「……!」


有希人  (……1人芝居……か。やっぱり、真尋はすごい。芝居をやる力も、見抜く力も。独り相撲をしてることなんて、俺が一番分かってる。……でも……)


有希人  「……君が、それを言うのか」


真尋   「え? なに……?」

スタッフ 「まもなく、結果発表の時間です。出場校のみなさん、ホールへ移動してください」


 思い詰めたような硬い表情の有希人。


有希人  「……行こう」

ヘイムダル「あ! 待てよ、有希人! なんで1人で行っちゃうんだよー!」


 有希人を追って虹架の生徒たちが控室を後にする。


真尋   「とうとう、2次予選の結果発表か……」

衣月   「きっと大丈夫だよ。終演後にあれだけ“心からの笑顔”も集まったしね」

律    「真尋さんとロキが……、俺たちが通らないなんて、ありえないです」

章    「けどコンクールは、芝居のよしあしだけじゃなく、審査員の好みとかもあるからなあ……!」

総介   「考えても無駄よ。できる限りのことはやったでしょ。んじゃ、行くよ、2人とも!」

真尋   「うん。行こう、ロキ」

ロキ   「……ああ」

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