SUB1 ロキとオーディン

――――――

[回想]

ロキ   「おーい。オーディン。オーディン! どこだー? 今すぐ出てこい!」

オーディン「……ロキよ。そう大きな声で呼ばずとも、私にはどんな声も届いている」

ロキ   「知ってるよ。けど、俺が呼んだらちゃんと見えるように姿を現しやがれ。横着するな!」

オーディン「最高神に向かって、横着だと……?」

ロキ   「横着だろ。そうでなきゃ怠け者だ。やーい、ぐーたらオーディン」

オーディン「最高神に向かって、ぐーたらとは……。まったく、お前は本当に自由な奴だ」

ロキ   「なんだよ。そこが気に入って、俺をアースガルズに連れてきたくせに。へへっ。 それよりさ、お前、葡萄酒好きだろ? 美味いって評判の葡萄酒が、人間界にあるらしいんだ。お前が頼むなら、人間のことかるーく騙して、手に入れてきてやらなくも──」


 少し離れたところをバルドルが歩いている。


オーディン「……おお。あそこを行くのはバルドルではないか。美しく、心清らかな我が息子。ロキ。その話は、また後でしよう」


 オーディン、ロキを置いてバルドルの元へ向かう。


ロキ   「……あ……。……フン。この俺様の提案を無視するとは、さすが、最高神サマは違うな」


 ロキがその場を離れたあと、オーディンが戻ってくる。


オーディン「……戻ったぞ、ロキ。先程言っていた、美味い葡萄酒というのは──ロキ? ……もういないのか。相変わらず、落ち着きのない奴だ。ふ……。そこも、ロキがロキたる所以だがな」


オーディン(……あれから、どれだけ時を重ねただろう。ロキと出会ったのは、巨人の国ヨトゥンヘイム。初めて目にした時、お前は汚れきっていた)


オーディン(白い肌にぼろ布をまとい、金の髪は泥にまみれ……近づく者すべてを、射殺さんばかりの目で睨みつけていた。巨人たちにつらく当たられていたのだろう。無理もない。巨人族にとっては、荒々しさこそ正義)


オーディン(類まれなる美しさ、賢さで生まれ落ちたロキは、異端の者でしかなかったのだ。私は、強くロキに惹きつけられた。この輝かしい存在を、泥にうずめてはならない)


オーディン(巨人族から救わねばならない。……そう確信し、申し出たのだ。義弟としてアースガルズに来てほしい──私の、失われた片目の代わりとして、働いてくれと)



トール  「ここにいたのか、オーディン」

オーディン「トールか。ロキと共にいたのではないのか?」

トール  「またどこかに遊びに行ったよ。……あいつ、お前がバルドルばかり気にするって、拗ねてるぞ」

オーディン「……」

トール  「なんでも1番じゃないと気が済まないやつだからな。お前が、他の神を目にかけるのが嫌なんだろ。だがまあ……以前よりは丸くなった気もするな。初めてお前が連れて来た時は、獣みたいだった。巨人族でひどい扱いを受けてたんだろ? 今以上に、誰も信用しようとしなかったからな……」

オーディン「ああ。傷害に、盗み……悪行ばかり繰り返していたな」

トール  「見放してもよさそうなもんなのに、根気よく面倒を見てたよな。あいつが酒蔵の酒をぜんぶ飲んじまっても、移り気で女神たちの顰蹙を買っても、『私の義弟のやったことだ』って、かばってやってさ」

オーディン「そういうお前も、ロキを非難することなく受け入れてくれただろう。おかげで、お前にも心を開いている。感謝しているぞ、トール」

トール  「いや……心を開いてなんか……。俺はロキにとって、“オーディンの代わり”にすぎないと思うがな」


12章SUB1


トール  「だからこそ、気をつけろ。最近のあいつは、また度を越したイタズラをするようになってきてる。放っておけば、取り返しがつかなくなるぞ。バルドルが大事なのも分かるが……。もっとロキのことを構ってやれ。あいつにとってお前は、闇から救い出してくれた、無二の存在なんだから」


オーディン「……。庇ってばかりいては、ロキのためにならない。あれには、偉大な神になる素質がある。誰に支えられることなく、己の足で、頂きに立つべきなのだ。成長させるためにも、“広い世界”を見せねばな……」


トール  「……そうか。ま、最高神なら、そう言うしかないよな。だが、ロキがお前に執着するのはお前が最高神だからじゃないと思うぜ」

オーディン「……分かっているさ。私とて、“たった1人”を選べる身なら、違う道を進んだかもしれない。ロキのことも……。あの時の、人間のことも」

トール  「あの時の人間? ……ああ。お前が、人間の文化を好きになったきっかけって言ってたやつか」

オーディン「詮なきことだ。私はオーディン。すべての神と、人間を安寧に導く者なのだから。ああ、人間といえば……。今度、面白い試みを考えているぞ」


オーディン「トールよ。お前たち、このアースガルズで芝居をやらないか?」


トール  「芝居!? 芝居って……人間がやる、あれか? 客に、身振り手振りで話を伝える、あの」

オーディン「ああ。芝居は興味深いぞ。自分とは異なる他者の心を考え、表現する芸術だ。そう。あのロキも、芝居をやるのがいい。他者に寄り添うきっかけとなるだろう」

トール  「はは! あいつがやると思うか? 『俺様に人間の猿真似をさせる気か?』って、炎撒き散らされるのがオチだぞ」

オーディン「……だろうな」


――――――

[中都高校_演劇部部室]


章    「……だいぶ形になってきたな。ロキ、いけそうか?」

ロキ   「当然だ、俺を誰だと思ってる? ロキ様だぞ。サイッコーの芝居を見せてやる!」


 ノルッパのぬいぐるみに入り、ロキを見守るオーディン。


オーディン(……あの時は、たしかにそう思った。ロキが芝居などするはずはないと。だが、どうだ。今ここにいるロキは、ずいぶん楽しそうではないか)


オーディン(ロキ。私はお前の“たった1人”にはなれない。そのことに拗ねたお前の心もまた、誰1人、寄せ付けようとしなかった。だが、芝居を通じて成長したお前なら……)


ロキ   「……ん?」

章    「どうした、ロキ」

ロキ   「律が持ってきたスリッパ、元から変だけど、今日は……なんか、いつもより変じゃね?」


 ロキ、ノルッパ(オーディン)を見つめる。


オーディン(!! このヌイグルミに入っていることがバレたのか!?)


律    「!? 何も変じゃないから! スリッパじゃなくてノルッパだし!」

ロキ   「……うーん。目も、鼻も、口も、元からマヌケだしなー?」

律    「マヌケじゃない。バランスいいでしょ。っていうか、それ以上近づいたら──」

ロキ   「あ、分かった!」

律・オーディン「「!!!!」」

ロキ   「まゆ毛だ、まゆ毛が足りない!この俺が描いてやろう。ペンはどこだ~?」


 律、オーディン、そっとため息を吐く。


律    「……ノルッパは元からまゆ毛ないから。描きたいなら、東堂先輩にでもどうぞ」

章    「俺!? あるから! わりと立派なまゆ毛!ていうか、なんで俺!?」

ロキ   「そうだな! 地味助、こっち来い。まゆ毛だけでも派手にしてやろう♪」

章    「だからなんで!? ちょ……た、助けろよ、北兎!」

律    「バレたんじゃなければ、なんでもいいです。立派な眉毛派手先輩になってください」

章    「あだ名作るの早くない!!? ならないからね!? ってか、バレたって何が?」

ロキ   「よし! まゆ毛だけじゃなくて、ヒゲも描いてやる!」

章    「ロキさん!!? それ! 油性ペンですけど!!?」

ロキ   「ほーらほら、おとなしくしろって。ちゃんとじっとしてろよ♪」

章    「このイタズラがみ……!! 親の顔が見てみたい!! 神に親とかいるか知らないけど!! や、やめ――……」


 マジックのペン先が章の顔をすべっていく。


章    「ぎゃーーーーーーーーーーーーー!」


オーディン(親の顔……か。親でなく、義兄あにならばここにいるのだが。……済まないな、東堂章。諦めて、巻き込まれておいてくれ。……ふ。それにしても、ロキのあの楽しそうな表情……。やはり、ここにロキを留め置いたのは正しかった)



オーディン(……ロキよ。お前の行く手に立ち塞がる試練は、一方ならぬものだろう。だが、その人間たちと芝居をし、自らの心にこそ“たった1つ”の揺らがぬものを育てるがいい)


オーディン(それこそが、悠久を生きるお前にとっての糧となるのだから。……表立っては言えぬ。だが私は、お前の輝きを信じ、守りたいと願っているよ、ロキ)


オーディン(初めて出会った、あの時から、ずっとな)

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