第8節 揺らぐ

[瑞芽寮_食堂]


 予選突破の打ち上げをする中都演劇部。


草鹿   「お待ちどーさま! さあさ、好きなだけ召し上がれ~!」

ロキ   「すっごいぞ! からあげ、グラタン、アジフライ! おにぎり、デザートのリンゴとプリンもある!」

律    「ロキ、何ナチュラルにサラダの存在を無視してんの」

衣月   「ふふ。ちゃんとバランスよく食べないとダメだよ」

ロキ   「俺は平気だ。そういうのは真尋に言え!」

真尋   「本当にすごいごちそうだね。部費は使ってないだろうし……これ、どうやって?」

総介   「ふっふっふ。アキの貯めてた“リクエスト券”で、奮発させてもらっちゃいました~イエイ☆」

章    「え!? 机の引き出しにこっそりしまってたのに!?」

総介   「もちろんそれだけじゃ足りないから、オレのとツッキーのも足してね! イエイ!」

衣月   「ふふ。イエイ。ほら、律も」

律    「……い、イエイ。って、なんですか。衣月さんまで……もう。子どもみたいに」


竜崎   「イエイ、じゃねえだろ。おい草鹿」

草鹿   「ん? なになに育ちゃん」

竜崎   「このメニューに、どうしてシイタケの肉詰めなんてものを追加した」

章    「そうだよ、草鹿さん! なんで俺と先生だけピンポイントでイジめるわけ!?」

草鹿   「シイタケをイジめてるのはお前たちだろ。美味いぞ~。ってか育ちゃん、いい年なんだからシイタケくらい食べられるようになりなよ。耳をすませば、シイタケの泣き声が聞こえてこない? 『食べてほしいですぅ、えーんえーん』って」

竜崎   「聞こえるか。そのまま泣かせとけ」

律    「……こっちのほうが子どもみたいでしたね」

草鹿   「あ。育ちゃん。追加のペットボトル運びたいから、ちょっとこっち手伝ってよ」

竜崎   「やれやれ」


 竜崎と草鹿、食堂の奥へ向かう。


ロキ   「真尋。今回の芝居、最高だったな! 舞台の上で、めっっちゃ気持ちよかった!」

真尋   「うん。迷ったりもしたけど、やっぱりロキとの2人芝居こそ、俺たちの戦い方だと思う。それから、たくさん“心からの笑顔”が手に入って本当によかった。……おめでとう、ロキ」

ロキ   「おう!!!」


章    「どぅぇえええええ!!!!??? りりり凛さん、観に参ってくださり申したの!?」

律    「なんですか、そのぐちゃぐちゃ敬語……。暇だったみたいで。一番後ろの席にいましたよ」

章    「じゃ、じゃあじゃあ、会えたかもしれないってことだよな!? なら俺にも教えてよ……! いや! やっぱ教えなくていい!! 動揺してなんかミスっちゃったかもしれないし、あとやっぱ、また運命的に会いたいっていうか……」

律    「……今日」

章    「ん?」

律    「今日を、東堂先輩の命日にしていいですか」

章    「ダメに決まってるだろ、視線怖っ!」

衣月   「本番には大道たちも来てくれてたけど、あれから見かけてないな。彼らも打ち上げに来てもらおうか。おいでよってメッセージ送っておこう」

真尋   「あ。そうだ、俺も……」

総介   「ん? ヒロくん、誰に連絡するの?」

真尋   「親に。今日まで、芝居のことはあまり話せてなかったんだけど。コンクールの予選を通ったって聞けば、きっと少し安心してくれるだろうから」

総介   「なるほど。アキもふみぽよに連絡すれば?」

章    「とっくにしたよ。自分のことみたいに喜んでた。お前は? かずささんに……」

総介   「オレ~? 後でいいや、この時間は仕事中だろうし」

ロキ   「なあなあ、総介」

総介   「ん? なに、ロキたん?」


 ロキ、少女の姿に変身する。


少女ロキ 「からあげ、食べさせてあげる。はい、あ~~ん☆」

総介   「あー……あぁああああ!? あーーーーーーーーー……!」

律    「命日になるのは東堂先輩じゃなくて西野先輩のほうでしたね」


 ロキ、変身を解く。


ロキ   「ざんねーん! 俺でしたー!」

総介   「ああああああ!? ええええええ!?」


 総介、手に持っていたジュースをロキに向かってひっくり返す。


章    「うわっ、総介! ジュース! すっごいロキにかかってる!」

律    「動揺しすぎですよ」

総介   「ゴゴゴゴゴゴメンロキ子ちゃん……じゃない、ロキ!」

ロキ   「せっかくサービスとイタズラしてやったのに、こんな仕打ちで返すとはいい度胸だな? まあいいや、後でフロ入るし!」

真尋   「でも、すぐ着替えたほうがいいよ、風邪ひいちゃう」

真尋   「とりあえず、部屋で一度着替えてきなよ」

衣月   「制服も、ちゃんとしみ抜きするんだよ?」

ロキ   「着替えるぅ? そんなの、別の姿に変身すれば……ま、いいか。たまには言うこと聞いてやるよ。行ってくる。俺の分のプリン、5個はとっとけよ!」


 ロキ、上機嫌のまま部屋へ向かう。


律    「……テンション高すぎ。うるさすぎ」

衣月   「予選を通過したことも、故郷に帰れるかもって具体的に見えてきたことも、嬉しいんだと思うよ」

真尋   「そうですね。……でも、1番は……。たぶん、寂しくないからじゃないかな。そんな気がする」




[瑞芽寮_ロキと真尋の部屋]


ロキ   「ちょっと汚れたくらいでいちいち着替えるなんて、ほんと人間って面倒だよな。……っつっても、今、他の服は洗濯中だし。部屋着しかないぞ。……ま、いいか。へへ。さっさと戻って、プリンだ!」


ロキ   (あ、それとも、久しぶりにロキ子以外のものに変身して、驚かせてやるか? あいつら、何なら俺と分からずに驚くかな~。今じゃ、ちょっとやそっとじゃ驚かねえし!)


ロキ   (……。……でも、ま、いっか。あいつら、そんなので驚くより、俺が俺のままで戻ったほうが、嬉しいだろ!)


 ロキが食堂へ戻ろうとすると。後方がまばゆく光る。


オーディン「……。ロキ。…………ロキよ」

ロキ   「……え……オーディン!?」




[瑞芽寮_食堂]


律    「……あれ……嘘、なんで……!?」

衣月   「どうしたの、律?」

律    「いつの間にか、ノルッパがいない。俺、ちゃんと連れてきたはずなのに……!」

衣月   「……オーディン、かな」




[東所沢公園]


ロキ   「……なんだよ、何しに来た。俺は忙しいんだ。部屋着も寒いし」

オーディン「……ロキよ。今日の芝居、見せてもらったぞ。私が課した“条件”。順調に進めているようだな」

ロキ   「フン。“心からの笑顔”も、ばっちり溜まってるぜ。真尋の“本当の願い”だって、この調子なら叶う。この俺なら当然だ。……と言いたいところだけどな。俺だけじゃない。あいつらがいるから、上手くいってるんだ」

オーディン「……そうか。お前が人間の価値を認めるなど、以前にはなかったことだ」

ロキ   「…………」


 ロキ、しばらく沈黙。


ロキ   「……俺、ずっと人間をバカにしてた。服を剥いだらどいつも同じで、欲を隠して、取り繕って。俺が少し刺激してやれば、すぐに自分から破滅する。それを見るのが面白くて、イタズラを仕かけてた」


ロキ   「けど……そんな人間ばかりじゃない、って。気付いたっていうか……。そりゃ、真尋たちにも、欲はある。諦められないとか、自分をよく見せたいとか……。だけど、だからって人間はくだらない生き物じゃなかった」


ロキ   「むしろそれがあるから、懸命に生きてるんだ、って。……だから、そんな人間たちを演じるから、芝居は面白いんだって、分かった」


オーディン「……」


ロキ   「……ちょっとだけ……ほんのちょっとだけだけど。これまで俺がイタズラしてきたヤツらに、申し訳ないような気もしてる。俺が誘惑して遊んできた人間たちも、今頃ひどいことになってるだろうし……」

オーディン「……ロキよ。お前は、成長しているのだな。ここにお前を預けて、正解だったようだ」

ロキ   「……別に。俺は元からこうだし」


 微笑むオーディン。


オーディン「……」

ロキ   「な、なんだよっ、ニヤニヤするなよ! お前に喜んでもらっても別に、俺は──」

オーディン「喜んで当然だろう。よもやお前が、人間のことを思いやれるようになるとはな。しかし、お前がこれまで関わってきた人間たちのその後は、気に病まずともよい」

ロキ   「……? なんで?」

オーディン「…………やはり知らぬか。……お前は人間界で遊び回ってばかりで、聞く耳を持たなかったからな」

ロキ   「なんだよ、そんなの今更だろ。あいつらを気にしなくていいってなんだよ。なあ!」

オーディン「……人間は、我々のことを忘れるからだ」

ロキ   「……え? そ、そりゃ人間は寿命も短いし、いつかは記憶から薄れるかもしれないけど──」

オーディン「そう先のことではない。我々、神が人間界で誰に会い、どう関わろうと……アースガルズに戻った瞬間に――」


オーディン 「その人間から、神と関わったすべての記憶は消える」


ロキ   「…………は、…………記憶が……消える……?」

オーディン「そうしなければ、神々の力をいつまでも欲し、自身の力で生きることをやめてしまう者が出るからな」


オーディン「以前お前が誘惑した王のことを、覚えているか? かの者も、お前がアースガルズに戻った瞬間に、お前と関わったすべての記憶を失った」


オーディン「後に残ったのは、傾いた財政と、痩せた土地、信頼をなくした本物の王妃だけ……そうなった理由も分からないまま、な。しかし、また国を一から建て直そうと奮闘しているようだ」


ロキ   「俺を……忘れて……? いや、でも! お前は最初にここに来た後、アースガルズに帰ってるだろ!? けど、真尋たちはお前のことを忘れてない。なら、記憶なんて――」

オーディン「……その小瓶だ。その小瓶は私の一部から創られている。お前が“条件”を達成し小瓶が消えるまで――人間界にあるうちは、人間たちは私の記憶を保ち続ける。“条件”が達成されれば、小瓶は私の体へと戻り、お前自身はすぐにアースガルズへと戻される。そうなれば、私も、そしてお前も、彼らの記憶から消える」

ロキ   「…………ちょ、……っと、待てよ。……それ……って…………」


12章8節


ロキ   「…………じゃあ、…………じゃあ俺が、“条件”を達成してアースガルズに戻ったら……あいつらは…………真尋は……」


オーディン「彼らから、お前と過ごした記憶はすべてなくなる。お前の姿を写したものたちも消え、在るべき状態へ戻る。ただそれだけだ」


ロキ   「それだけ、って………………。なんだよ、それ……」



ロキ   「…………あいつらが…………俺を、…………忘れる…………?」


<第12章 本編終了>

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