劇中劇「ノア・オーバードライヴ」

  <舞台上に個別の衣装を付けたマネキンが10体扇状に佇んでいる>


少年がベッドで目を覚ます。

その傍らには青年が立っている。

少年も青年もシンプルなシャツを着ており、

  青年はシャツの下にタンクトップを着ている。

セイネン(ロキ)「おはよう」

サッカ(真尋)「……おはよう……ございます?」


サッカ、あたりを見回す。

  そこはベッドがあるだけの小さな部屋のようだ。

  奥には下に続く階段がある。

セイネン(ロキ)「良かった、目が覚めて。コーヒーでも飲む? 」

サッカ(真尋)「ううん。あの……聞いてもいい? 君は……誰なの?」

セイネン(ロキ)「……」

サッカ(真尋)「ていうか、ここどこ? 誰の部屋?」

セイネン(ロキ)「……やっぱり、君も知らないんだ。ここに来る前のこと、何か覚えてる?」

サッカ(真尋)「確か……出版社に向かう途中だったような……」

セイネン(ロキ)「出版社? もしかして君、作家か何か?」

サッカ(真尋)「……まぁ、一応」

セイネン(ロキ)「すごいじゃん! え、何書いてる人? ペンネームは?」

サッカ(真尋)「そ、そんなことより、ここは一体どこなの?」 

セイネン(ロキ)「……さぁ。俺もさっき目が覚めたところだから」

サッカ(真尋)「え?」

セイネン(ロキ)「俺、ボランティアで途上国の支援活動とかやっててね。カンボジア行きの飛行機に乗るところだったんだけど……いつの間にか意識なくしちゃって。気が付いたらここにいたんだ」

サッカ(真尋)「え……じゃあもしかして……これって、誘拐!? 僕たち変な薬とか嗅がされて、ここに連れてこられたんじゃ……!? そういえばこの部屋、窓もないし……監禁! 僕たち、きっとここに監禁されたんだよ!」 

セイネン(ロキ)「落ち着いて。さすが作家だね、想像力が豊かすぎだよ」


誰かが階段を上がってくる音がする。


サッカ(真尋)「だ、誰!? もしかして誘拐犯……!?」


白衣を着た若い女性(イシャ)がやってくる。

  <白衣を着たマネキンの前に立つロキ>


イシャ(ロキ)「あら、目が覚めたみたいね。気分はどう? 顔色は悪くないわね。

……ちょっと服脱いでもらっていい?」


  イシャ、サッカの服を脱がせようとする。


サッカ(真尋)「……ま、待ってください! お姉さん誰なんですか!?」 

セイネン(ロキ)「安心してよ。彼女、こう見えて医者だから」

イシャ(ロキ)「体に異常がないか確認したかっただけよ。……まぁ、それだけ元気なら大丈夫そうね」

サッカ(真尋)「……どうしてお医者さんがここに?」

イシャ(ロキ)「君たちと一緒。回診に行く途中でいきなり気を失って、いつの間にかここにいたの。他のみんなと一緒にね」

サッカ(真尋)「他のみんな? 僕たちの他にも、まだ誰かいるんですか?」


再び階段の下から足音が聞こえる。

  キザオがやってくる。

<ジャケットを着たマネキンの前へ立つ真尋>


キザオ(真尋)「ハニー! いったい何をやってるんだい? なかなか戻ってこないから心配したじゃないか!」

イシャ(ロキ)「いい加減そのハニーっていうのやめてくれる?」

キザオ(真尋)「相変わらずつれないなぁ、ハニーは。でも、そういうところがまた、たまらなくそそられるよ!」

イシャ(ロキ)「気安く触らないでって言ったでしょ!」 

キザオ(真尋)「ああ、素直じゃない! でもそこがいい! さぁハニー! 恐れずに僕の胸に飛び込んでおいで!」


下からコワモテがやってくる。

<ロキ、サングラスを着用したマネキンの前へ>


コワモテ(ロキ)「うるせぇぞキザオ!」

キザオ(真尋)「 コ、コワモテさん!」


コワモテ(ロキ)「デケェ声で騒ぐなって何度言や分かるんだ! まだ坊主が寝てんだよ! 起こしたら可哀想だろうが!」 


同じく下からハカセがやってくる。

<真尋、メガネをかけたマネキンの前へ>


ハカセ(真尋)「……うるさいなぁ。何の騒ぎ?」

コワモテ(ロキ)「あぁ……悪いな坊主。この野郎が、性懲りも無くまた医者の姉ちゃんを口説いてやがったからさ」

ハカセ(真尋)「おじさん。僕のこと坊主っていうのやめてって言ったでしょ!」

サッカ(真尋)「あのちょっと……何なんですかこの人たち……!?」

イシャ(ロキ)「ああ、ごめんごめん。改めて紹介するわね。この鼻につく感じのバカ男はキザオ。面倒くさい奴だから、あんまり相手にしなくていいわよ?」

キザオ(真尋)「手厳しいね、ハニー!」

イシャ(ロキ)「……で、こっちの小さい子はハカセ」

サッカ(真尋)「ハカセ?」

イシャ(ロキ)「生き物博士だから。動物とかすごく詳しいの」

ハカセ(真尋)「ねぇ、知ってる? ネズミって実はチーズが嫌いなんだよ! あと、イカの足は10本っていうけど、実はアレ、全部足じゃなくて腕なんだよ! 知らなかったでしょ? バカだなぁ、大人のくせに!」

イシャ(ロキ)「……とまぁ、ちょっと生意気だけど許してやって。で、こっちの一見ヤクザみたいな人がコワモテさん。見た目ほど怖い人じゃないから安心してね」

キザオ(真尋)「いや、怖いよ! 僕がちょっとハニーとおしゃべりしてるだけで

怒鳴りつけてくるんだから……」

コワモテ(ロキ)「俺はな、女とガキが嫌がることをするバカは許せねぇんだよ! ……まぁ、にいちゃん。仲よくやろうぜ。どうせしばらくは、ここで一緒に暮らさなきゃならないみたいだしな」

サッカ(真尋)「それって……どういう意味ですか?」


階段の下から足音が聞こえ、

  可愛らしい女性(コック)が現れる。

 <真尋、エプロンを着用したマネキンの前へ>


コック(真尋)「よかった。目が覚めたんですね」

セイネン(ロキ)「彼女は、コックさんだよ。ここに来る前はレストランで働いてたみたいでね」

コック(真尋)「お食事ができたので呼びに来たんです。他のみなさん、先に食べ始めてますから」

サッカ(真尋)「他のみなさんって……一体あと何人いるんですか?!」


<舞台奥の紗幕の奥に、ソファーやキッチンなどがある>


階段を降りた下の部屋。

上の部屋に比べてかなり広く、大きなテーブルに椅子が10脚。

  ソファーやシステムキッチンなどがあり、

  部屋の一番奥には扉がある。

髭を生やした老人(ヒゲジー)と

  見るからにチャラい感じの若者(チャラオ)、

  そして謎の外国人(シンプ)が

  それぞれ椅子に座り食事を食べていた。


ヒゲジー(ロキ)「おや、少年。ようやく目が覚めたようじゃのう。見たところ頼りなさそうじゃが……せめてこのチャラオよりはまともな若者である事を願うぞ」

チャラオ(真尋)「へいへいヒゲジー! それじゃまるで俺っちが常識ないみたいじゃんよー。ていうかコックちゃんさー、ここ酒とかねーの? 新人くんの歓迎って言ったらまずはテキーラで乾杯っしょ? なぁ、シンプ?」

シンプ(ロキ)「ゴメンナサイ、ワタシ、お酒あんまり得意ではゴザイマセン」

サッカ(真尋)「シンプって、本物の神父さんなんですか?」 

シンプ(ロキ)「ハイ。西日暮里の教会に勤めてマス。といっても今日はオフで上野のアメ横回ってたんデスケドネー」

サッカ(真尋)「いろいろ謎すぎる。……それじゃあ、やっぱりみなさんも気がついたらここに?」

ヒゲジー(ロキ)「ああ。これから公判が始まるっていう時にいきなりな……まったく迷惑な話じゃわい」

サッカ(真尋)「公判って……裁判のことですか?」

イシャ(ロキ)「ヒゲジーはベテランの検事さんなんですって」

チャラオ(真尋)「検事ってあれっしょ? よくドラマとかで警察とグルになって弁護士の邪魔するっていう悪者っしょ? 悪党っしょ?」 

ヒゲジー(ロキ)「馬鹿を抜かすでない! わしら検事こそが法と秩序の番人――ゲホゴホ!」


  ヒゲジー、激しく咳き込む。


コック(真尋)「大丈夫ですかヒゲジーさん? お水飲んでください」

セイネン(ロキ)「ちなみにチャラオくんは、畑で野菜を収穫してる時に意識を失ったんだって」

サッカ(真尋)「収穫? もしかして農家の方なんですか?」

チャラオ(真尋)「おうよ! 土と戯れ、野菜と戯れ、人生を謳歌する! それが俺っちのライフワークだぜ!」

サッカ(真尋)「……全然、キャラと職業が合ってませんね」

チャラオ(真尋)「その気になれば、この部屋の中に畑だって作っちゃうぜ? まぁ、日光は当たらないから、時間かかっちまうけどなぁ」

サッカ(真尋)「そういえば……この部屋にも窓がないんですね」

イシャ(ロキ)「ここはダイニングルームかしら。奥にはトイレとお風呂もあるのよ?」

コック(真尋)「キッチンの冷蔵庫には、何年かけても食べきれないほどの食材が入ってました」

シンプ(ロキ)「本棚には、学術書から漫画マデあらゆるジャンルが揃ってマス。

ほら、聖書までアリマシタ」

キザオ(真尋)「あっちにはピアノまである。豪華なホテル顔負けだよ」

ヒゲジー(ロキ)「何をのんきなことを言っとるんじゃ。チェックアウトのできんホテルなんぞ聞いたことないわい」

サッカ(真尋)「じゃあ……やっぱり僕たちここに監禁されてるんですか?」 

セイネン(ロキ)「うーん。正確には、監禁ってわけでもないみたいなんだけど……」

サッカ(真尋)「どういうこと?」

コワモテ(ロキ)「そうか、にいちゃんはまだ扉の外見てなかったもんな」 

サッカ(真尋)「え……あの扉って開くんですか?」 

セイネン(ロキ)「ああ、鍵はかかってないよ。他の部屋も全部ね」

サッカ(真尋)「他の部屋?」 

イシャ(ロキ)「その扉開けてみて。実際に見てもらった方が早いと思うから」

サッカ(真尋)「……」


サッカ、扉を開ける。

  <開けた瞬間、扉奥から強いライトが照らされる>


サッカ(真尋)「……これ……一体何なんですか……!?」

セイネン(ロキ)「俺たちも最初は驚いたよ。……地平線の先まで続きそうな廊下……そして、星の数ほどもある無数の扉……」

サッカ(真尋)「これ……全部、部屋なの……?」


サッカ、部屋を出ようとする。


コワモテ(ロキ)「兄ちゃん。開けて見るなら、右の部屋からにした方がいいぜ? 左の部屋にはなかなかパンチ効いたやつがいるからよ」

サッカ(真尋)「……他にも誰かいるんですか?」

コワモテ(ロキ)「開けたら分かるって。いいな? 右から見ろよ?」

サッカ(真尋)「……」


サッカ、部屋を出る。


コワモテ(ロキ)「……あれ? 逆だったかな?」


と、サッカの悲鳴が響く。

  サッカが部屋へ駆け込み戻ってくる。


サッカ(真尋)「何、あのでっかいヘビ!?」

コワモテ(ロキ)「ああ悪ぃ……ヘビの方開けちまったか」

ハカセ(真尋)「オオアナコンダだよ。2匹いたでしょ? でっかい方がメスなんだよ」

セイネン(ロキ)「ちなみに、左の部屋にはペンギンのつがいがプールの中でイチャイチャしてたよ」

ハカセ(真尋)「ちょっと! ただのペンギンじゃなくてハネジロペンギン!」

イシャ(ロキ)「その先にあるアイアイの部屋見た時はショックだったわ。すごく怖い顔してるんだもん」

ハカセ(真尋)「そりゃそうだよ。生息地のマダガスカルじゃ“悪魔の使い”って言われてるんだから」

シンプ(ロキ)「ノー! 悪魔違いマス! 生きとし生けるモノ、全て神が作りタモウタ奇跡です!」

ハカセ(真尋)「たぶん、あのたくさんの部屋の中には、世界中の動物がいるんだよ。全部回るまで、僕は帰らないからね! なんたって世界中の動物が生で見られるんだから!」

セイネン(ロキ)「いやぁ、さすがに無理じゃないかな……この廊下、どこまで進んでも終わりが見えないし」

サッカ(真尋)「一体何なんですか、この建物……!?」

ヒゲジー(ロキ)「さっぱり分からんよ。……じゃが、相当な財力を持ってる組織が

作ったものだということは間違いなさそうじゃ」

コック(真尋)「どの部屋にも餌があって、室温も動物に合わせてありました」

セイネン(ロキ)「多分、部屋ごとにその動物が暮らしてた環境に合わせてるんだと思うよ。……俺たちのこの部屋も含めてね」

サッカ(真尋)「もしかして……ここって何かの実験施設なんじゃありませんか?

僕たち人間を含めたいろんな種類の動物を対象に、生物実験とか行うつもりなんじゃ……」

イシャ(ロキ)「ちょっと、怖いこと言わないでよ!」

キザオ(真尋)「いや……あながち間違ってるとは言えないかもね。この建物……柱にも壁にも、見たことのない材質が使われてるし」

イシャ(ロキ)「はあ? どうしてあんたにそんなこと分かるのよ?」

キザオ(真尋)「僕、これでも建築デザイナーなんだよね。この建物は、相当高度な技術で建てられてる。どっかの国が秘密裏に建てた実験施設と考えるとしっくりくるくらいのね」

コワモテ(ロキ)「つまり何だよ? 誰かが俺たちを観察してるってことか?」

ハカセ(真尋)「それならどっかに、観察用の窓とかカメラがあるはずでしょ?」

シンプ(ロキ)「そうデスよ! 最初にみんなでこの部屋調べたじゃアリマセンか!   そんなものどこにもアリマセンでした!」

コック(真尋)「あの……実はずっと気になってたんですけど……あの鏡って、変じゃありませんか?」

セイネン(ロキ)「鏡?」


一同、壁にかけられた大きな鏡を見る。

  <客席側を振り返る2人>


セイネン(ロキ)「確かに……言われてみるとちょっと大きすぎる気がするね……」

サッカ(真尋)「もしかして……マジックミラー? 向こう側から、誰かが僕たちのこと覗いてるんじゃ……!?」

コワモテ(ロキ)「……どけ!」


コワモテ、鏡を叩き始める。

  <叩く手のマイムに合わせての叩く効果音が鳴る>


コワモテ(ロキ)「おい! 誰かいるなら出てきやがれ! 覗きなんて悪趣味なことしてんじゃねぇぞ!」


と、何かのスイッチが入ったのか、

  鏡がスクリーンのように上に上がっていく。


コワモテ(ロキ)「……何だ!? 鏡が動いていくぞ?」

サッカ(真尋)「……窓だ! 鏡の後ろに窓があるみたいです!」


鏡が上りきると、後ろは窓になっていた。

  一同、窓から見える光景に言葉を失う。

  そこには広大な宇宙空間が広がっていた。


セイネン(ロキ)「これって……もしかして……宇宙?」

サッカ(真尋)「僕たち……宇宙にいるんですか?」

イシャ(ロキ)「じゃあ、もしかしてここって……」

キザオ(真尋)「建物じゃなくて……」

サッカ(真尋)「宇宙船……!?」


一同、しばし呆然と窓の外を見つめる。


コワモテ(ロキ)「……俺ちょっと行ってくるわ」

コック(真尋)「コワモテさん? 行くってどこにですか?」

コワモテ(ロキ)「決まってんだろ! この船動かしてるやつのとこだよ! 地球に戻してくれって言いに行くんだよ!」

チャラオ(真尋)「いやぁ……多分、それ無理じゃないっすかねー。ホラ、あそこで輝いちゃってる白い星……あれ月じゃね?」

シンプ(ロキ)「ええ……月ですネ。うさぎがお餅ついてますから間違いアリマセン」

ハカセ(真尋)「え? あれが月なら、地球だってすぐ近くに見えるはずでしょ?」

ヒゲジー(ロキ)「うむ……あの月の見え方からして、太陽は左側にある……つまり地球は右側に見えるはずじゃ」

チャラオ(真尋)「だから、あるじゃん。すぐ隣に……丸くてデッケェのが。あれがそうなんじゃねーの?」


確かに月の隣には地球らしい惑星があった。

  だが、その表面は赤い海で覆われていた。


コワモテ(ロキ)「!? ……なんでだよ! 地球って青いんだろ!?」 

ハカセ(真尋)「そうだよ! あんな真っ赤っかな星が地球なわけないじゃん!」 

シンプ(ロキ)「なるほど……そういうことデスカ」

サッカ(真尋)「……シンプさん?」

シンプ(ロキ)「おそらく“これ”は……“ノアの方舟”デス」

サッカ(真尋)「ノアの方舟……?」

シンプ(ロキ)「旧約聖書の一節にこう記されてマス。……その昔、神は堕落した世界を嘆き、大洪水を起こして破滅させようとシマシタ。しかし、ノアの家族にだ けは聖なる船の作り方を教え、すべての動物をつがいで乗せるよう指示しマシタ。

そのおかげで地上の生き物は絶滅を免レタ……」


  息を呑み、静まり返る一同。


シンプ(ロキ)「つまり……この船の中にいる動物たちは、それぞれの種の最後の生き残りナンデス。そして、人間の代表が私たちということデショウ」

ハカセ(真尋)「……じゃあ何? 神様のせいで、地球が滅んだっていうの? それで宇宙船を授けたって? 」


  一同、言葉が出ない。


ハカセ(真尋)「……なんでみんな黙ってんの? しっかりしてよ! 大人なんでしょ!?」

ヒゲジー(ロキ)「……すまん。わしは職業柄、馬鹿げた仮説には反論せねばならん立場じゃ。……じゃがなハカセ、おそらくわし以外のみんなも、ここまで馬鹿げた現実を突きつけられては、『そんなわけない』とは言えんのじゃよ」

ハカセ(真尋)「……」

ヒゲジー(ロキ)「神の仕業なのか、大規模な核戦争でも起きたのかは分からん。とにかく地球は滅んだ。そして、何らかの理由でわしら10人がこの船に乗せられたのじゃ」

コック(真尋)「何らかの理由って? だって私たち、家族でもなければ知り合いでもないんですよ? 」

シンプ(ロキ)「……神の御心は私にも分かりマセン」

ハカセ(真尋)「どうだっていいよそんなの! 帰してよ! 地球に!」

セイネン(ロキ)「……ハカセ、ちょっと落ち着こう」

ハカセ(真尋)「落ち着けるわけないじゃん! 早く地球に帰してってば! ねぇ! お父さん、お母さーん!」

 

ハカセの泣き声が響く。

誰も何も言わない。


コワモテ(ロキ)「……」


コワモテ、不意にピアノに向かうと、蓋をあけ、静かに弾き始めた。

一同、コワモテの奏でる美しい音楽にしばし聞き入る。

やがて短い曲が終わる――。


ハカセ(真尋)「おじさん……ピアノ弾けたの?」

コワモテ(ロキ)「まーな。元はこれでメシ食ってたんだ。俺のピアノを聴くと、泣いてるガキでも笑うって評判だったんだぜ? だから……泣くなよ、坊主」

ハカセ(真尋)「……うん」


コワモテ、ハカセの頭を撫でる。

一同から、微かに笑みがこぼれる。


コック(真尋)「……あのみなさん! ご飯食べませんか?」

イシャ(ロキ)「……え?」

コック(真尋)「これからどうするかとか、そういう難しいことは後で考えることにして……まずはお腹いっぱい食べましょうよ! みんなで一緒に!」

イシャ(ロキ)「そうね……そうしましょう! そういえば私、お腹減ってたんだった」

コック(真尋)「任せてください。どんな気分のときでも、私の料理はきっと楽しんでもらえますから!」

コワモテ(ロキ)「よっしゃ! おい、坊主。俺たちも手伝おうぜ!」 

ハカセ(真尋)「うん!」

シンプ(ロキ)「あ、みなさん、食べるのはお祈りしてからですカラネー!」


コック、コワモテ、ハカセ、シンプ、キッチンへ向かう。


キザオ(真尋)「ねぇ。せっかくだからこのテーブル、窓の近くに動かさない?      その方が空間にゆとりもできそうだし」

イシャ(ロキ)「何、デザイナーっぽいこと言ってんのよ」

キザオ(真尋)「“ぽい”じゃなくてデザイナーだから!」

イシャ(ロキ)「……じゃあさ、あんた、どっかの星についた時のために、みんなが住める家のデザイン考えといてよ」

チャラオ(真尋)「おぉ、いいねー! じゃあ俺っちは家の隣にとびきりファンキーな畑作ってやるよ!」

ヒゲジー(ロキ)「家の隣には法廷も忘れるでないぞ! 秩序こそが人間社会の基本じゃからのう!」


和気藹々わきあいあいとする一同。

サッカ、少し離れた位置からそんな一同を静かに見つめている。

  その表情はひどく暗い。

セイネン、そんなサッカに気づく。


セイネン(ロキ)「……どうしたのサッカくん?」 

サッカ(真尋)「あ、ごめん。こんな時だけど……なんか、子どもの頃に書いたお話を思い出しちゃって」

セイネン(ロキ)「へぇ……どんな話?」


サッカ(真尋)「主人公の“ぼく”と、何のつながりもない赤の他人同士が、いきなり宇宙船に乗せられて……でも実はそれぞれが、何かしらの専門家だって分かるんだ。

医療、料理……建築、法律、宗教、農業、生物の知識、サバイバル技術……それに音楽。集められた人たちは、どれも、人間が社会を作る上で必要な能力を持つ、スペシャリストだったんだよ」

セイネン(ロキ)「それって……」

サッカ(真尋)「うん……今のこの状況と全く同じなんだ」

セイネン(ロキ)「それで……最後はどうなる? そのお話の結末は?」


サッカ(真尋)「……『全て、主人公の“ぼく”が見た夢でした』」


セイネン(ロキ)「え?」

サッカ(真尋)「『新しい星に向かう最中、不意に“ぼく”は気付きました。なんの得意分野もない自分だけは、人間の社会に必要ないんだと。すると次の瞬間、“ぼく”は自分の部屋のベッドで目を覚ます。周りには誰もいませんでした。“ぼく”は思い出しました。世界中で戦争が起きて、恐ろしい爆弾の力で、地球が滅びようとしていること。誰もが、家族や友達と最後の瞬間を迎えようとしていたこと。だけど“ぼく”には、大事な人はいなかった。だから、1人で眠っている間に死ぬのを望んだこと。

“ぼく”が窓の外を見ると、爆弾が空を赤く染めるのが見えました……』」


いつの間にかセイネンとサッカ以外の人間は消えている。

どこからか巨大な何かが近づいてくるような音が聞こえる。


セイネン(ロキ)「……」

サッカ(真尋)「……ひどい結末でしょ? 子どもの頃に書いた話だから」

セイネン(ロキ)「じゃあ、今ならどんな結末にするの?」

サッカ(真尋)「……分からないよ」

セイネン(ロキ)「考えようよ。一緒に」


セイネン、サッカの手を握る。

サッカ、セイネンの手から伝わる感触に驚いた様子で――


サッカ(真尋)「……君、本当にいるんだ。これ……僕が見ている夢じゃないんだ……」

セイネン(ロキ)「当たり前だろ?」 

サッカ(真尋)「でも……だったらなんで僕がこの船に乗ってるの? 僕なんて……なんの取り柄もないのに」

セイネン(ロキ)「バカだな。そのお話を考えた、子どもの頃とは違うだろ。君は“作家”になった。作家の“想像力”は、人間が生きていくのに一番必要なものだよ。だから、君はこの船に乗ってるんだ」

サッカ(真尋)「 ……!」

セイネン(ロキ)「さぁ、一緒に食べよう。それから、一緒に考えようよ。僕たちが、どうやったらハッピーエンドになれるのかを」

サッカ(真尋)「……。うん。そうだね。きっと、それが……それだけが、僕らがこの船にいる理由なんだから……」


しばしの間の後、サッカ席に着く。

いつの間にか、巨大な何かの音は消えており、

  食卓では一同が楽しそうに食事をとっている。

サッカ、それを見ると静かに微笑む。

窓の外には広大な宇宙空間が先の見えない未来のように広がっている。


<幕>

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