第6節 幕が上がる時

[瑞芽寮_食堂] 


 サクラ演劇コンクール「高校生の部」予選当日。


章    「いよいよ、予選本番の朝か。うぅ、胃が痛い……!」

総介   「ねえ、聞いてよ育ちゃん。アキってば、4時起きして髪のセット始めたんだよ? 自分が出るわけでもないのに、おっかしーの!」

章    「ばっ! 違! 起きちゃっただけ! 寝癖直してただけだから!」

総介   「え~、直ってなくない? いつもの外ハネヘアーじゃん」

章    「これは! こういうスタイルなんだよ! 無造作!!」

竜崎   「確かに、いつもの寝癖ヘアだな」

章    「育ちゃんまで……! ってか総介だって、緊張してなかなか眠れないとか言ってただろ!?」

総介   「そりゃそうでしょ。総介くん、繊細だもん」

章    「へーそれはそれは」

草鹿   「2人揃って緊張してたってことか。お前らほんと、仲よしだな~」


 衣月と律が食堂へやってくる。


律    「……おはようございます」

総介   「おっ。ツッキーりっちゃんペアのご到着~!」

章    「北兎、どうした? なんか神妙な顔してるけど。お前は、緊張するってタイプじゃないだろ」

律    「別に、大したことないです。ただ……。いつもなら、俺が衣月さんを起こすのに、今日は衣月さんが起こしてくれたってだけで……」

衣月   「律はこう言うんだけど、僕は、起こした記憶がないんだよね」

章    「南條先輩、よく寝起き悪いっていうけど、この前部室でみんなで寝ちゃった時は、すんなり起きてましたよね?」

衣月   「うん……。朝じゃないからかな? あの時は自分でも驚くほどスッキリ起きられたよ。今日もちゃんと起きられたんだと思うんだけど、よく覚えてなくて……」

律    「……」



――――――

[回想]

[瑞芽寮_衣月と律の部屋]


 律のスマホからアラームが鳴る。


律    「……うう……ん」


律    (……今日、予選だ。起きなきゃ。衣月さんも、刺激しないように優しく起こし……)


 律を覗き込むように見ている衣月。


衣月   「……」

律    「って、起きてる!?」

衣月   「ほら、起きろよ、律。大事な日だろ」

律    「……は、はい。起きます。い、衣月さんは……」

衣月   「…………寝る」

律    「えっ? って、ちょ……!」


 律の布団に倒れ込む衣月。


律    「い……衣月さん。起きてください。……乗っ……重い!」

――――――


律    (……あのあと、なんとかどかして脱出して……結局いつもより苦労した)


竜崎   「ところで、北兎。そのぬいぐるみも持っていくつもりか?」

総介   「ノルッパ抱いてないと不安な感じ!? か~わ~い~い~!」

律    「……くっ」

草鹿   「もしや、ゲン担ぎ的なやつ?」

律    「……そんな感じです。あと、西野先輩は口を堅く閉ざしてください今すぐに」

律    (こうやってるの、会場でも目立ちそうだけど……)


 衣月、律にささやく。


衣月   「多少目立っても、仕方ないね。今日の予選は、オーディンも観に来そうな気がするし」

律    「……はい。俺が我慢すればいいだけなので……我慢します」


 食堂にロキと真尋が駆け込んでくる。


ロキ   「おい真尋、急げ!」

真尋   「そんなに走らなくても大丈夫だよ。ほら、間に合った」

衣月   「おはよう、真尋、ロキ。これで全員集合だね」

草鹿   「主演ペア、遅かったな~。どうしたどうした、もしかして寝坊か?」

章    「違いますよ。多分、こいつらの場合は……」

真尋   「本番が待ちきれなくて、2人とも早起きしてしまったんです」

ロキ   「んで、朝の公園で、通し稽古してた! 俺たちは準備万端だ。早く舞台に立たせろ!」

章    「ほらね」

総介   「どうどう。あとちょっとの辛抱だから。元気なのはいいけど、あんま喉使いすぎないでよ?」

ロキ   「俺の喉はそんなヤワじゃないぞ。行こうぜ! なかつ、えんげきぶー!」

総介   「あーもう、言ったそばから大声出して。んじゃ、行きますか。いざ、サクラ演劇コンクールの舞台。サクラパビリオンへ!」




[サクラパビリオン_楽屋]


真尋   「……懐かしいな、稽古場……。参加校の控室になってるんだね」

ロキ   「うわ。人間がうじゃうじゃいるぞ」

総介   「今日は“高校生の部”の開会式も兼ねてるしね。明日からはガラッと空くはずだよ」

衣月   「“高校の部”予選は、複数の日に分かれてる。参加校が多くて、1日じゃ時間が足りないからね」

律    「……長い戦いになりますね」

章    「北兎、燃えてんなー。熱血モード入った?」

律    「燃えてないです。でも燃やされたいですか?」

章    「過激! そしてロキが伝染うつってる!」


 虹架にじかけ演劇部の部員が楽屋に入ってくる。


ヘイムダル「──あ、いた! ロキーーーーーーーーッ!!」

真尋   「あ、虹架の……」

総介   「──来たね。最強、最大のライバルが」

有希人  「……やあ。中都のみんな。お疲れ様」

真尋   「有希人。体はもういいの?」

有希人  「うん。ありがとう。大丈夫だよ」

ヘイムダル「ははははは! ついに来たなロキ、正面衝突の日だぞ!!」

ロキ   「正面衝突だぁ? それじゃ事故だろ」

ヘイムダル「じゃあ、チョットモーシン! ……あれ? チョ……? チョト? モーシ?」

ロキ   「面倒な間違え方すんな、アホダル。何が言いたいんだよ」

ヘイムダル「お前と、芝居で正面から戦える日が来たってこと! すっげーすっげー、楽しみだ!」

草鹿   「……猪突猛進、かな。今の」

竜崎   「さあな」



衣月   「トール。この間は、アドバイスをくれてありがとう。おかげで、いい芝居になってるよ」

トール  「ああ。……それはそうと、イツキ。ロキの奴、見た目は元気だが、大丈夫か?」

衣月   「大丈夫? あ、落ちてきた照明からバルドルをかばったときのことだね。ふふ、直接聞けばいいのに。平気みたいだよ。むしろ、ロキも真尋も、とても調子がいいと思う。もちろん、僕の衣装も最高の出来だから。今日の芝居、覚悟しておいてね」

トール  「いや……、そうか。ならいいんだ」



バルドル 「今日は、よろしくお願いします。みなさんのご活躍、楽しみです!」

律    (ご活躍って。いい子ビーム、まぶしすぎ……)

律    「……あんたには、すごい華があると思ってる。キラキラしてるっていうか。まぶしい。でも、華ならうちのロキも負けてないし、真尋さんだってすごい役者だから。このコンクール、悪いけど連覇はさせない」

バルドル 「わあ……。リツくん。気合い入ってますね。ふふ。お2人の演技はもちろんですが、リツくんの音楽も、楽しみです。本番前にお話できてよかった。リツくんと話すと、もっと気合いが入る気がするから。ありがとうございます、リツくん!」

律    (やっぱり、眩しすぎ…………)



総介   「ラギくん、いるじゃん! も~水臭い! あいさつくらいしてよ~」

ブラギ  「………はぁ」

総介   「ラギくんの芝居、楽しみにしてるよん! こないだは言いそびれたけど、冬合宿のときの舞台、めちゃくちゃよかったし」

章    「うん。ロキや神宮寺のほうが目立つ台本だったけど、俺的には、お前のセリフ回し、やっぱり好きだな」

総介   「おおっ。アキもそう思う? 目の付けどころがいいですな~!」

ブラギ  「……。神に向かって、好きや嫌いで語るとは」


12章6節


章    「はは。ロキで慣れちゃって、神に対する接し方とか、もうよく分かんないんだよな。でも、お前の演技がよかったってのは本当だから。コンクールでも期待してる」

総介   「そーそー! オレたち、ラギくんのファンだかんね!」

ブラギ  「……そうですか」



真尋   「いよいよだね、有希人」

有希人  「うん。お互い、がんばろうね」


 有希人から、どこか無理をしているような空気を感じる真尋。


真尋   「有希人……」


竜崎   「お前ら、準備はいいか?」

鷹岡   「来い。時間だ」


真尋   「有希人、また、後で」

有希人  「…………」




[サクラパビリオン_舞台袖]


 中都演劇部の出番まで、まもなく。


真尋   「……」

真尋   (この舞台袖……。あの日以来、だ)

真尋   「…………」


――――――

[回想]


 幼い頃の舞台上の真尋と有希人。


ルーク(真尋) 『こ……! この高台から……教会の屋根、を……』

真尋   (……あ……セリフの途中で止まっちゃった……! どうしよう……!)

有希人  「……!」

エリック(有希人)『ルーク。どうしたんだ? ぼうっとしちゃってさ』

真尋   (ユキ。台本にないセリフだ。そうか。僕の失敗を、助けようとしてくれてるんだ!)


真尋   (言わなきゃ。今なら間に合う。そう、『この高台から、教会の屋根を見下ろして』…………見下ろして……その先は……あれ? なんだっけ?)


真尋   「…………」

――――――


 真尋の鼓動と呼吸が浅くなっていく。


――――――

[回想]


有希人  「真尋には、もう芝居なんかやれっこない!」

――――――


真尋   (……心臓の音が、うるさく感じる。あの日の記憶を、全身に巡らせようとしてるみたいだ。でも、俺は……)


ロキ   「おい、真尋。ぼーっとすんな」

真尋   「あ、ごめん……」

ロキ   「過去に飲まれるな。お前がいるのは、今、ここだ」

真尋   「うん。ありがとう。──大丈夫だよ」

総介   「ツッキー。りっちゃん。アキ。時間だよ。ヒロくん、ロキたん。そろそろ着替えて」

衣月   「着替え手伝うよ。最終チェックがてらね」

律    「……真尋さん。ロキ。緊張してるのは、みんな同じだと思います。でも。安心してください。音楽はいいもの作りました。スイッチングも最高のタイミングでやるつもりです」

章    「正直、足が震えてる……けどっ。なるようになれだ……!」

律    「骨は拾ってあげますね」

章    「殺すな! 生きる!」

ロキ   「俺も、全然問題ない。真尋はどうだ。まだ怖いか?」

真尋   「……少しね。だけど、これはきっと」

ロキ   「ムシャブルイ?」

真尋   「……うん」


 真尋、少し微笑む。


衣月   「それじゃあ、円陣を組もうか。みんな、こっちへ来て。いい?」


衣月   「中都演劇部。サクラ演劇コンクールの初陣だ。僕たちにとって、このコンクールは評価を受けるだけの場所じゃない。お客さんの“心からの笑顔”を集めて、真尋の“真実の願い”を叶える。そしてロキを、元いた場所に帰す。そのために、ここまで来た」

ロキ   「……おう」

真尋   「はい」

ロキ   「あんなヤツらのいる場所でも、俺にとっては故郷だからな。帰ってやらなきゃ、潤いがなさすぎて、そのうちみんな干からびちまうぜ」

章    「ロキ……」

律    「向こうに帰っても。きっとずっと、その調子でしょうね」

章    「だな。で、また向こうで叱られては、拗ねてこっちに遊びに来るんだろ?」

ロキ   「フン。遊びに来て欲しいのはお前らだろ」

衣月   「ふふ……リラックスできてるようで何よりだ。今日のために、僕たちは準備を万全にしてきた。きっと勝ち進めるよ」



衣月   「──さあ、最高の2人芝居を見せてやろう!」


ロキ・真尋・章・総介・律「「「「「おう!!」」」」」

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