第5節 6人の乗組員

[中都高校_演劇部部室]


総介   「……よし、立ち位置はこれでいいね。じゃ、立ち稽古始めましょう!」


 大きく息を吸うロキと真尋。


ロキ   「……」

真尋   「…………」


チャラオ(真尋)『検事ってあれっしょ? よくドラマとかで警察とグルになって弁護士の邪魔するっていう悪者っしょ?』

ヒゲジー(ロキ)『馬鹿を抜かすでない! 金さえ積まれればどんな犯罪者の肩でも持つ弁護士の方がよっぽど悪党じゃ!』

ヒゲジー(ロキ)『わしら検事こそが法と秩序の番人──ゲホッゴホッ』

コック(真尋) 『大丈夫ですかヒゲジーさん? お水飲んでください』

セイネン(ロキ)『ちなみにチャラオくんは、畑で野菜を収穫してる時に意識を失ったんだって』

サッカ(真尋) 『収穫って……え、もしかして農家の方なんですか?』


 表情、声色、立ち居振る舞いで役を演じ分けるロキと真尋。


律    「……」

衣月   「……」

総介   「……」

章    「……」

章    「……1人5役なんて、とんでもないと思ったし、書いてるときも不安だった。けど……」

衣月   「うん……すごい。本当に、1人1人が見える。別の人物が生きてる」

律    「真尋さんならできるとは思ってました。けど、ロキも……」

総介   「うん! 演じ分けの幅って話だと、いろんな人間に変身してきたロキたんは、かなり精度が高い。ヒロくんも、それぞれの役がさらになじんでる。“コック”なんか、すんなり気持ちいい音が出てるね」


総介   「……これなら、勝てる。あとはオレが。手を緩めるわけにはいかない」


 総介、パンと手のひらを打つ。


総介   「──よし。キリがいいし、まずはここまでの意見言うね。2人とも悪くない。けど、うまく演じ分けようって意識のほうが先に来てるよ」

真尋   「……どういう意味、西野? もっと教えて」

総介   「ん。今回オレたちが作りたいのは、『10役やるなんてすげー』って出オチの芝居じゃない。単に10役が出てくるのを見せたいだけなら、それこそ神様の力を使えばいい。10役でも20役でも変身して見せればいいって話になる……。でもそうじゃない。でしょ、ロキたん」

ロキ   「……うん」

総介   「2人とも、演じ分けの技術はすごい。でもオレは、単に技術で感動させたいんじゃない。10人の生き様で、感動させたいんだ」

真尋   「生き様……」

総介   「……ま、もちろん単純なインパクトも同時に狙っていきたいわけだし? オレが言ってるのは、インパクトとお綺麗な理想論のよくばりセットって面もあるんだけどね~! 理想論、上等でしょ。オレらが作るのはエンターテインメントなんだから」

ロキ   「エンターテインメントってよく聞くけど、この国じゃ、結局どういう意味なんだ?」

律    「意外なことは知らないよね。娯楽とか、楽しみって意味」

章    「そう。音楽とか、映画とか、ゲームとか、芝居とか」

総介   「イエス、娯楽。有り体に言えば“生きていくだけのためなら、特に必要ないもの”のことね」

ロキ   「なんで必要ないんだよ? 娯楽がなきゃ生きててもつまんないだけだろ」

衣月   「……もしかしたらそれは、ロキが神様だからかもしれないね。終わらない時間を生きる君にとっては、娯楽がなければ、毎日がとてもつまらない。我慢できないと思うのかもしれない。でも僕たちは──」

律    「……人間は、今日を生きることに、ただ必死なこともある。そんなときに、エンタメなんて二の次でしょ」

総介   「そう。……でもオレたちは、その“娯楽”を……“二の次の、必要のないもの”をあえて選んで、ここにいる」


12章5節


総介   「……なら、本気出さなきゃ。精度上げなきゃ。苦しくても妥協せずに、理想を目指さなきゃ。必要ないはずのものをわざわざ時間使って観てくれる人に、失礼でしょ」


ロキ   「……芝居をやるのが面白いのは、もう分かった。けど、俺は総介みたいに考えたことない。説明されても、よく分からない。俺、お前たちと同じものを見られるようになった気がしてたけど……やっぱ、違うんだな」

真尋   「……そうだね。違うと思う。でもロキ、それは決して悪いことじゃない。違うから、一緒にやるのが楽しいんだよ」

ロキ   「違うから、楽しい……」

真尋   「“10人の生き様を見せる”ってこと、2人で一緒に考えてみよう、ロキ!」




[中都高校_廊下]

 

 ──翌日 


真尋   「『なあ……コワモテ。今日の体育……何やるんだっけ?』」

ロキ   「『テメェが覚えておけよ、サッカ! 俺はバレーボールか、バスケットボールがいいぞコラァ!』」

真尋   「『ふふ。それはあなたの希望ですよね? コワモテさんって、本当に自由ですね。私、すこし羨ましいです』」

ロキ   「『ほっほ。お前さんだって、バスケットボールがいいと思っているのじゃろ? 今日こそ、わしのほうが遠くからシュートを決めてみせようぞ』」


 ロキと真尋の掛け合いを、少し離れたところで目撃した章と総介。


章    「な、なにあれ? ロキと叶が人格分裂してる……?」

総介   「……。ははっ! そうきたか! ……ははは!」

章    「ちょ、1人で納得するな、総介。叶もロキもおかしくなったのか? まさか、俺の台本のせいで壊れちゃったとか?」

総介   「台本のせいなことは間違いないけど。壊れてはいないっしょ。10人の内面を理解するために、普段の会話もすべて10役でこなしてる、ってとこでしょ。いわば、前にやった自己紹介ゲームの応用だね~」

章    「なるほど……はは。そういうことか……!」

総介   「生き様を表現するってことは、つまり、どれだけその役の生き方を理解するかってことだ。理解は、かけた時間に比例する……って断言はできないけどさ。知ろうとした努力は、如実に結果が出るもんよ。これは間違いない」


総介   「ちょっとやりすぎなくらい、芝居熱心な役者だよ。あの2人は。オレ、やっぱあの2人でよかった。ヒロくんとロキたんの2人芝居で、よかったわ」


章    「……だな」


 廊下に予鈴が響く。


章    「うわ、チャイムだ!」

竜崎   「おいお前ら、授業すんぞ。教室戻れ」

総介   「育ちゃんの登場だ。逃げろ!」

竜崎   「逃げてどうする。……ったく。演劇部ってのは、のめり込みすぎなんだよ」




[中都高校_演劇部部室」


総介   「セリフと立ち位置はラスト以外入ったし、照明はほぼ決まった。あとは小道具と……あ、そうだ。りっちゃん」

律    「はい」

総介   「曲! 1曲増やしたいって言ってたやつ、どう?」

律    「ほぼできてます。明日には出せるかと。あとはラストの曲を、台本の修正に合わせて、調整するだけです」

総介   「おっけおっけ、ありがとね~! ツッキー、衣装はあと、どのくらいかかりそう?」


 少しだけ顔に疲れを見せている衣月。


衣月   「……もう少しなんだけど。ごめん、予定よりも時間がかかってる」

総介   「えっと。それ、なんでか教えて?」

衣月   「今回の衣装は……。……いや、僕の作業の遅さが原因だよ。あと3日……いや、2日で形にするから」

総介   「ん、了解。じゃあ2日で。衣装付き通し、予定通りやるから遅れないでね」

律    「……」

衣月   「うん。ごめん」

律    「……西野先輩、ちょっといいですか」

総介   「んー? 何?」

律    「衣月さんにこれ以上、無理させられません。すでに睡眠時間をかなり削ってます」

衣月   「いいよ、律。僕のことは──」

律    「よくありません。衣月さんには受験があるってこと、西野先輩も知ってますよね?」

総介   「……」

律    「時間がないのはみんな同じなんです。なのに、今の言い方はどうかと思います。『遅れないでね』ってなんですか。衣月さんだって、遅れるつもりはないですよ。今回の衣装は、数だけでもこれまでの比じゃない。時間がかかるってこと、分かってますよね? この衣装数や演出に決まったのだって、早い段階とは言えなかったし。衣月さんが遅れてるんじゃなくて、西野先輩がそもそもの所要時間を見誤ってるんじゃないですか?」

総介   「……改めて言われなくても、分かってんだけどね。それでも形にしないといけないときはあるし。困ってるなら、一言言ってくれればいいじゃない。オレだって鬼じゃないから、そしたら考えるよ。できると言ったからにはやってほしいんだよね。ツッキーと同室のりっちゃんもさ、悪いけど、遅れてるところはサポートしてよ」


12章5節


律    「……。『できると言うならやれ』って話なら、東堂先輩もですよね。ラストシーンの台本修正、昨日には上がってたはずですけど? 同室なんですから、サポートしてください。俺の作業も一部、台本待ちになってます」

衣月   「律」

総介   「あらら。怒ってるの、りっちゃん? オレの態度のこと言えないよね~」

衣月   「総介!」



[中都高校_廊下]


 部室へ足早に向かう章とロキと真尋。

 章の手には調整した台本。


章    「修正、遅くなって本っ当にごめん。どうしてもラストシーン調整したくてさ」

真尋   「ううん。内容がよくなったなら、無駄なことじゃないよ」

ロキ   「待ってる間、めちゃくちゃ基礎練してきたしな。いつでも稽古始められるぜ」

章    「そう言ってくれて助かるわ……。このラストシーンなら、きっと──」



衣月   「いい加減にしろ!!!」


 衣月の怒号が部室から廊下にまで響く。

 3人、驚いて顔を見合わせる。


真尋   「えっ。今の……」

章    「……南條先輩が……」

ロキ   「すっげー怒ってる……!?」


 3人、部室に駆け込む。


衣月   「……2人とも。焦ってるのは分かるけど、そんなときこそ、周りを見ようよ。この作品をいいものにしようと思ってるのはみんな一緒だ。少し無理が必要なときもあるよ」


衣月   「ただ、体の無理は仕方なくても、心の無理が出ないようにしよう。僕たちは、仲間なんだから。……でしょ?」


 衣月、優しく微笑む。


総介   「ツッキー……」

律    「衣月さん……」


12章5節


衣月   「……ふう。どうやら僕も、声を荒げるくらい余裕がないみたいだ。2人ともごめん。それと総介、やっぱり3日くれる? ちゃんと、納得行くものに仕上げたいから。律、心配かけてごめん……それから、ありがとう」

律    「……」

総介   「……オレこそ、すみません。『無理させてるのは分かってる』って言葉を盾にして、ツッキーに難題押しつけてた。りっちゃんも、ケンカ腰になっちゃってごめんね。さっきの、無神経だったわ」

律    「……それは、俺も同じです。すみませんでした、西野先輩」


 ロキ、真尋、章、事のいきさつを知る。


章    「──なるほど、そういうことだったのか」

ロキ   「なんだ。ついに衣月が、総介のアホさと律のチビさにキレたのかと思ったぞ」

総介   「アホなつもりないですけど!?」

律    「ロキよりチビじゃない。これ言うの何回目? あと、衣月さんはそんな器の小さい人じゃないから」

真尋   「……」


 マジメな表情で黙りこむ真尋。


真尋   「……いつきさん、いつ、きれるかわからない状況……か」


ロキ・章・総介・律「「「「………」」」」

衣月   「………………いつき、いつきれる……。……ふふっ……。ふふふふふふふふ!」

ロキ   「衣月。今の、そんなに面白くないぞ?」

総介   「うん。そんなに面白くない。しかも、自分のことでそこまで笑う?」

律    「衣月さんのツボ、いつものことながら謎です」

章    「……まあ、なんだ。うちの総介が迷惑かけたみたいでごめん。こいつ、自分1人で抱え込まなくなっただけ成長してるってことだから、勘弁してやってくれ」

総介   「うちのって何。何視点よ!?」

章    「幼なじみの腐れ縁視点。んで……、ケンカの一部はこれで解決ってことで頼む」


 章、台本を机に広げる。


章    「本当、遅れてごめん」

律    「……これ……」

総介   「! アキ先生の、ラストシーン修正台本!!」

章    「図書室でさっき仕上げてきた。今のやつよりも、よくなってるって思う。違和感覚えたのが、立ち稽古に入ってからとか……台本渡したときに気付けたらよかったんだけど」

総介   「いやいや、芝居ってそんなもんよ! 板の上に立ったときに初めて見えることもザラだし! ほらほら、みんな読んで! ってもう読んでるぅー!!」


 それぞれ台本を読み込んでいる一同。


真尋   「…………ロキ」

ロキ   「……………………真尋」

ロキ・真尋「「これ、今すぐやりたい!!」」

総介   「よしよしよし、まーてまてまて、落ち着け~? ま・ず・は、今日仕上げるシーンが先だからね? 残りの日数を考えても、まずは固められるところから──」

真尋   「西野!」

ロキ   「総介!」

ロキ・真尋「「やりたい!!」」

総介   「2人あわせてフルネーム完成させないで!? ったく……オレの段取りも形無しね~。これでも、できるだけみんなに無理させないように順序考えてんのにさ。ほころびが出て、りっちゃんにツッコまれたけど」

衣月   「ありがとう、総介。総介こそ、無理しないように気をつけて」

律    「そうですよ。代えのきかない演出担当なんですから」

衣月   「あと……ほら。総介も自分に素直になってみて。この2人がやるラストシーン、観たいでしょ?」

律    「俺は観たいです。俺の音楽と合うか、確かめたい」

章    「『板の上に立ったときに初めて見えることもザラ』なんだろ? やってもらおうぜ、総介」


総介   「…………はぁ……」

章    「よーし、これはオーケーのため息だ。俺には分かる!」

律    「俺にはよく分かりませんけど。許可してくれたならそれでいいです。ラストシーンの稽古、始めましょう」

総介   「ちょっとりっちゃん、仕切りはオレにやらせて!?」

ロキ   「なんでもいいから、早くやらせろっ!」

真尋   「西野。立ち位置はここでいい? あと東堂、このセリフだけど……」




[中都高校_廊下]


 ビニール袋を片手に、演劇部部室前の廊下を歩く竜崎。


竜崎   「……?」


竜崎   (部室前なのにやけに静かだな。普段はクレームくるくらい、にぎやかなのに。あいつら、外で稽古してんのか? もうけっこうな時間だし、帰ったのか。……いや。コンクールまで日もないし、電気も付いてるしな。んなわけないか)


 竜崎、静かに部室の扉を開ける。

 台本や衣装の布などが散らばるなか、

 身を寄せ合い円を作るように床に寝ている6人。

 

竜崎   (なんだ、揃いも揃って眠ってやがる。稽古しすぎで疲れ切ったってとこか。よく、こんなところで寝られるもんだよ。……俺たちにも、こういう日があったか)


竜崎   (そっとしてやりたい気もするが。このままじゃ、風邪を引いちまう。それに、買ってきた肉まんだって冷める)


竜崎   「お前ら。起きろ。……おい、起きろって。おーい」


ロキ   「……Zzz」

真尋   「…………むにゃ……」

章    「……うぅ……」

総介   「ぐー……」

衣月   「……すぅ」

律    「……くぅ」


竜崎   「……はあ。起きねぇ。もう少しだけ寝かしてやるか。……ふう」


竜崎   (サクラ演劇コンクール。予選まで、あと10日か。……お前らにとっては、多分、人生で1番長くて短い10日間だろうよ)


12章5節


竜崎   「……こら。どーすんだよ。肉まん、6個もあるんだぞ。はは。ったく」

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