第4節 焦りと期待
[中都高校_演劇部部室]
──翌日 台本会議。
総介 「いや、アキ。ちょっと待って。やってることの順番が逆だと思う」
真尋 「逆?」
総介 「そう、逆。個性的な人物を10人考えるんじゃなくて……。10人の人間の違いが、どんな場所ならより浮き彫りになるか、それを考えよう」
ロキ 「なんだ、それ。同じじゃないのか? 分かりやすく言えよ」
衣月 「真尋とロキの芝居で、“何を表現したいか”ということだと思うよ。10役の演じ分けをただ見せたいのか、その10人だから起こる事件を見せたいのか、とかね」
律 「10役というインパクトは相当ですけど、ただ“珍しいものを見せた”で終わりたくないです。演じ分けを面白おかしく強調するだけなら、芝居じゃなくてコントですし。真尋さんとロキでやるなら、きちんと必然性のあるシチュエーションを考えたいです」
章 「なるほどな。おっけ。んじゃ、先にシチュエーションから絞ろうぜ。10人くらいの人間が1つのところにいる……か。どんな場所があるだろ。パッと思いついたのは教室だ。あ、野球チームとマネージャー1人とかどうだ?」
総介 「ちょーっと待ってね。忘れないようにホワイトボードに書いてこ~!」
総介、ホワイトボードに案を書き出していく。
総介 「教室、野球チーム……と」
真尋 「野球チームをやるとなると、野球っぽい動きが必要だよね。走ったり、ポジションについたり。2人でやろうとすると、舞台の広さが目立つ気がする。描き出す空間は、ある程度狭いほうがいいかもしれない。例えば……部屋の中とか、列車の車両とか」
衣月 「狭い場所か。飛行機や、病院の待合室なんかもそうかな」
総介 「小さな喫茶店ってのもいけそうだね。貸し切って同窓会してる、とかとか~! アキ、どう? なんかビビッと下りてきた?」
章 「ん~~~~~~……もうちょい、かな。……自分のことを客観的に見て、なんだけど、最近気付いたんだ。俺って割と、シチュエーションが分かりやすくて、はっきりした話が得意なんだと思う」
真尋 「確かに。世界観がはっきりした題材が多い気がするね」
ロキ 「海賊とか、魔王とかな!」
衣月 「それ、僕にとっては朗報だね」
真尋 「そうなんですか?」
衣月 「時代劇とかSFとか、ジャンルが明確に現代から離れた衣装を作るのは、ワクワクするからね。どれだけオリジナリティーを追求できるか、すごく燃えるんだよ」
律 「音楽も同じです。メジャーな題材は方向性が分かりやすいし、挑みがいもあります」
総介 「んー。ジャンルを分かりやすくするのは賛成。でもそれって、虹架の得意分野でもあるんだよね」
章 「あー、そっか。オペラ座とかスパイものとか、分かりやすいのよくやってるもんな」
総介 「その上、歌があって、衣装や演出も派手。そんな虹架に真っ向から勝負するのはいい手じゃない。今回の芝居の発表の場は、コンクールだ。“評価されることだけ狙ったものはつまんない”って、りっちゃんがさっき言ってたけど、かといって、すべてを無視してやりたいことだけやるってのは違うよね」
総介 「やりたいことをやった上で、勝たなきゃ。そのためにも、審査員にどういう印象を与えたいか──どういうジャンルなら自分たちが“勝てるか”も、しっかり考えなくちゃ」
真尋 「うん。そうだね。それなら、俺は……。俺は、ロキと一緒にやるなら“命”と向き合う作品がいいな」
ロキ 「命?」
律 「それ、いいかもしれませんね。冬合宿でのロキのインプロ、よかったですし」
ロキ 「!」
章 「命か。あのインプロは余命わずかの患者と医者って設定だったけど……、命を表現するなら、他にどんなのがあるだろ。ストーリー的には、生きるのが困難だったり、命そのものが脅かされるような状況が山場になってくるだろうけど──あ。宇宙船……とか」
ロキ 「ウチューセン?」
章 「宇宙船なら、常に命の危険と隣り合わせだろ。閉鎖空間だから、ハラハラするシリアスな話にも、コメディータッチの話にもできると思う」
衣月 「いいね。乗組員ってことなら、全員似た服を着ていてもおかしくない。僕は賛成」
律 「俺も。方向性が明快で、効果音も、他と差をつけられそうです」
総介 「うんうん! 小型の宇宙船ってことにすれば、場所も限定できそーだね!」
ロキ 「ウチューセン……」
総介 「さっすがアキ! よっ、天才!」
真尋 「宇宙船……どんな話になるんだろう」
ロキ 「おいお前ら、待て! 真尋、ウチューセンってなんだ?」
真尋 「宇宙を旅行できる船のことだよ」
ロキ 「船……ナグルファルみたいな感じか? それほどのものを発明するとは……人間のくせに!」
衣月 「現代では宇宙船って言うと、神話に出てくる船より、だいぶ科学的なイメージかもしれないけどね」
章 「そうっすね……あ。でも、宇宙旅行の話だと、銀河鉄道みたいなファンタジーも多いか。うー……現実と空想、どっちに寄せるかもちゃんと考えないとな……。ううう緊張してきた……!」
総介 「泣く? 泣きそうなら背中さするよ? 泣く前に言って? ハンカチいる?」
章 「なんで泣く前提なんだよ。そりゃ不安だけど、これまでみたいにはネガってないって!」
衣月 「章……」
章 「大丈夫。この不安は、ある意味俺の個性っていうか。いつまで経っても拭えないものなんだよ、きっと。けど、飲み込まれない。自分の不安は、自分で拭ってみせる。大きな期待は困るけど。ちょっとは、楽しみにしててくれ。……とか言ってみる」
真尋 「東堂……! うん、分かった。とっても楽しみだよ」
律 「すごく期待しておきます」
章 「ちょっとって言ってるよね!?」
衣月 「章のことだから、きっと大作ができるね。信じてるよ」
ロキ 「ああ信じてる。俺様の武勇伝に負けないものを書いてみせろ」
章 「おいおいおーい!? ハードルガン上げしないで!? やっぱ泣きそう!!」
総介 「アキなら楽勝だって! オレも協力するしぃ~!」
章 「楽勝じゃないっつーの。全力で、本気でがんばるけど……っ」
総介 「ん。信じてる。他のみんなも、それぞれ準備進めてこう!」
[中都高校_図書室]
数日後。
宇宙に関する本を積み上げ、演劇部が声を潜めて会議をしている。
総介 「部長。りっちゃん。その後、準備のほう、どんな感じ?」
律 「どんな、と言われても。台本が完成しないことにはって感じですけど。宇宙船らしい効果音がないか、知り合いの音響会社にコンタクト取ってみたりはしてます。あとNASAが宇宙の音を無料公開してるので、使えそうなデータがないか確認中です」
真尋 「宇宙の音?」
律 「結構面白いですよ。通信の声とか、深海みたいな音とか」
衣月 「衣装も、細かいところはストーリー次第だと思うんだけど、方向性自体は、シンプルにしようと思ってる。こんな感じにね」
衣月、スケッチブックをめくる。
ロキ 「フーン。いいじゃん。これなら、舞台の上でも着替えやすそうだし」
総介 「演じ分けの助けにもなりそうだね~! ナイス、ツッキー! あとは、うちの大先生が……あら、噂をすれば」
章が駆け込んでくる。
章 「……っ……、……はぁ……!」
全員の前に書きたての台本を出す。
章 「……できたぞ……! 初稿……っ!」
真尋 「読ませて!」
ロキ 「読ませろ!」
衣月 「待ってました」
律 「俺にもください」
総介 「どうどう、落ち着いてみなの衆。台本は1冊しかないし! ここはやっぱり、演出担当のオレから読むのが筋でしょ~。いただき!」
真尋 「あっ、ずるいよ、西野!」
男子学生1「演劇部の奴ら、元気だな~」
男子学生2「コンクール出るらしいぞ。すぐそこのサクラなんとかっていう、でかいホールでやるやつ」
男子学生1「へえ、そうなんだ? すごいな。あいつらなら、なんかいいとこまでいきそうだなー」
雄二 「アニキ。演劇部が会議してる。大道具やってるオレたちも混ぜてくれていいのにね」
雄一 「わきまえろ。俺らはあくまで演劇部の裏の顔だ。表の話し合いに混ざれるわけねぇだろ」
雄二 「そんなこと言って、チラチラ見ちゃってるよ、アニキ」
雄三 「あ、アニキ! 演劇部、こっち見てるぞ。南條センパイがこっち来る!」
本棚の陰に隠れた大道を発見した衣月が近寄ってくる。
衣月 「大道、いいところに。次の公演の台本が上がってきたんだ。話に加わってくれないか?」
雄一 「えっ……! だ、台本から読んでいいのか!?」
衣月 「もちろん。この前も相談させてもらったし、大道たちのこと、頼りにしてるんだよ」
雄一 「いや……いやっ、俺たちはそんな表立って加わるわけには……」
雄二 「アニキ。嬉しいのバレバレ」
雄三 「アニキ。俺、台本気になる!」
雄二 「お前は、面白いもん読みたいだけだろ」
雄三 「そりゃ、それもあるけどさー。けど台本見たら、きっと作るものも変わるじゃん!」
雄一 「……そうだな! ったく、しかたねーな。おらお前ら、俺たちにも読ませろ!」
[瑞芽寮_章と総介の部屋]
総介 「みんな、こんな時間まで付き合わせてごめんね~。ほんとは部活内でやるべきなんだけどさ。せっかく台本上がったし、稽古時間を確保するためにも、今夜中に詰めたいんだ」
真尋 「ううん。俺たちも同じだよ。演出どうなるんだろうって気になって、夜眠れなくなりそうだし」
衣月 「でも寮長として、消灯時間は守ってもらいたいからね。早く本題に入ろう」
総介 「んじゃ、演出会議始めるよ。まず、これがホールの見取り図」
サクラパビリオンステージの見取り図を広げる総介。
総介 「んでもって、このコマがロキたん、こっちがヒロくんね!」
律 「……こうして視覚化すると、舞台の広さがよく分かりますね」
ロキ 「だな。やっぱり、人物が2人だけじゃ、スッカスカだぞ。ウチューセンの中の話なんだから、でっかい船のセットを作ればいいんじゃないか?」
真尋 「……ううん。それは違うと思う」
ロキ 「なんでだよ。ただでさえ、2人で10役。客が混乱しそうなことをするんだぞ? だったら、舞台背景だけは分かりやすいほうがいいだろ」
真尋 「分かりにくいことを、体と言葉で表現するのが芝居だよ。それに、セットを大きくすると、今度は、役者の立ち位置が制限されそうだ」
ロキ 「んだよ、真尋。俺様に逆らうのか?」
真尋 「ううん。これは1つの意見。俺もロキも、いい舞台にしたい気持ちは同じでしょ? 俺は妥協したくない。だから意見交換したいんだ。ケンカしたいわけじゃない」
ロキ 「意見コーカン……フン。めんどくさいな。けど、俺はでっかいほうがいいと思うぞ。そのほうが派手に見えるしな!」
衣月 「ふふ」
ロキ 「何笑ってんだよ、衣月?」
衣月 「ごめん。ロキが、自分から関わろうとしてくれてることが嬉しくて。つい」
章 「それ、分かります。ロキが反対意見出されても拗ねないの、感動すらしますよね」
ロキ 「俺は拗ねたりしないぞ!」
律 「気に入らないとすぐ拗ねまくるくせに、どの口が言うわけ」
衣月 「ふふ。ロキと真尋だけじゃない、ここにいる全員が、いい舞台にしたいと思ってる。意見が分かれることもあると思う。だけどもちろん、ケンカしたくて言うわけじゃない。みんな、萎縮せずに、どんどんアイデアを出していこう」
律、見取り図を見つめ、コマを何度か移動させる。
律 「……うーん……」
総介 「おっ。りっちゃん、穴が空くほど図を見つめてるねぇ。何か思いついた?」
律 「いえ。台本に沿ってコマを動かしてると、逆に混乱してきました。10役あるのに、コマが2つしかないので」
総介 「なるほどね。なら、仮にコマを10個に増やしてみちゃおっか? “この台本を、本当に10人でやるとしたら”っていう
総介、見取り図の上にコマを追加していく。
総介 「……ほい、ほいっと。コマ追加! みなの衆、改めてご覧あれ!」
律 「……。……なるほど。こうなるのか」
真尋 「うん。2人だけだと、この舞台は広すぎる。けど……」
ロキ 「10人同時に出るとなると、今度は結構狭くなるんだな」
章 「横一列だと、人と人が近すぎる気がする。距離感が保てるように、立ち位置を作んないと」
律 「これだけ人物が出るとなると、照明組むのも大変そうですね」
衣月 「うん。
衣月、目を見開く。
衣月 「……あ、総介。もしかして……」
総介 「ん? ……あ、そうか! 芝居に合わせて、立ち位置を変えていくのが普通のやり方だけど。もしかして今回は……逆?」
衣月 「うん。きっとそうだ」
章 「逆? 何? どういうこと……?」
総介 「役者のいる場所に対して、照明を後から当てるんじゃなくて……、10本の照明を固定して、10の立ち位置を、先に作っておくんだよ。その中で、2人がどの照明に入るかで、10役のうち誰を演じてるか分かる、みたいな」
ロキ・真尋「「……!」」
ロキと真尋、目を輝かせる。
章 「いやいやいや、待て待て。簡単に言ってるけど。照明の難易度高いし! 今の台本だって、立ち位置動く前提だし! 立ち位置固定なんて――」
ロキ・真尋「「面白そうだ!!」」
章 「うおぉ、この芝居バカどもめ……っ!」
律 「いえ。いい案だと思います。今の台本で入り組んだ立ち位置を組むより、ストーリーをうまく表現できるはずです」
章 「お前もか、北兎ぉ!」
部屋の外からノックする音が響き、
ドアの隙間から草鹿が顔を覗かせる。
草鹿 「おーい西野、東堂。消灯時間はとっくに過ぎて……って。人、多っ!? 寮長まで一緒にいるし。こら、南條~?」
衣月 「すみません。時計を見るの忘れてました……」
総介 「あー、ごめん心ちゃん。あと3──」
律 「すみません、草鹿さん。あと30分見逃してください。今、いい感じに話がまとまりそうなので」
衣月 「寮長にあるまじきお願いだとは分かってます。でも、今話しておきたいんです!」
衣月・律 「「お願いします!」」
草鹿 「えぇ~、お前らまで……」
草鹿 (話、か。この真剣ぶり、コンクールの予選のことだよな。おれたちもこんな風に、寮長の目を盗んで部屋に集まってたっけ)
草鹿 「30分だけ? 本当に?」
ロキ 「本当だ。俺様に誓ってもいい」
草鹿 「俺様がじゃなくて、俺様に? ……ま、いいか。仕方ない。おれは何も見なかった。西野も東堂もすやすや寝てるな~。次に行くか~」
草鹿、微笑んで扉を閉じる。
章 「た、助かった……!」
ロキ 「クサカのヤツ、すっごい下手くそだな。本当に芝居やってたのか~?」
真尋 「はは。いつか見てみたいね。草鹿さんの本気の演技も」
総介 「それ、オレも気になる! ……っと、横道にそれてる場合じゃなかった。
衣月 「そうだね。タイムリミットは30分。集中していこう!」
[瑞芽寮_ロキと真尋の部屋]
──その日の夜中。
ロキ 「よし。さっきの話し合いで、どう舞台に立ったらいいか、少し分かってきたな」
真尋 「うん。そうなってくると……、……ねえ、ロキ」
ロキ 「言うな。分かってる。『ちょっと稽古してみようよ』だろ」
真尋 「もしかして、ロキもワクワクしてる?」
ロキ 「ワクワクしてるとは言ってない。けど、このまま寝るのは惜しい気分だ。ちょっとだけやってみようぜ、真尋!」
真尋 「『あの……実はずっと気になってたんですけど……あの鏡って、変じゃありませんか?』…………。『あの鏡って、変じゃありませんか?』」
しっくりこない様子の真尋。
ロキ 「違うな、真尋。その“音”じゃない。聞いてろ。―――『あの鏡って、変じゃありませんか?』」
真尋 「! ……すごいな、ロキ。それだよ。この役の声だ」
ロキ 「ああ。役の感情的には、さっきの真尋の言い方で合ってると思うんだけどさ」
真尋 「うん。でも今回は10役ある。誰がしゃべってるのか、なるべく分かりやすくするのが正解だと思う。ロキは“音”を取るのが本当にうまいね。変身の力を使わなくても、変身してるみたいだ」
ロキ 「……力を使わなくても……。……フ、フン。まあ、当然だなっ!」
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