第3節 たどり着いた答え

[中都高校_演劇部部室]


竜崎   「……ほう。俺に頼るつもりがあったとはな」

衣月   「すみません、竜崎先生。真っ先にご相談すべきでした」

総介   「ごめんごめん! 忘れてたわけじゃないって~! 機嫌直して育ちゃん! ね?」

竜崎   「別に。機嫌悪くなんてない」

章    「それ、機嫌が悪い人が言うセリフ……。一応、声をかけなかったのも理由があるんです。先生、めったに部活に顔を出さないじゃないですか。合宿の手配はしてくれたけど、それ以降はとくに口出すでもないし……」

律    「いつもちょっと距離があるから、頼っていいか迷ったんです」

竜崎   「そうか。……ま、距離は俺のほうがあけてるからな」

ロキ   「なんでだよ。芝居好きなんじゃなかったのか?」


 ため息をつく竜崎。


竜崎   「……芝居は好きだ。だからこそ、お前らに俺の芝居観を押しつけたくない。俺と鷹岡は違うからな。あいつのように実績があるわけでもない。俺はただの顧問だ。わきまえてるさ」

真尋   「竜崎先生……」


12章3節


真尋   (先生は芝居が大好きで、俺よりもずっと数を見てるし、研究してる。今だってきっと、言いたいことがたくさんあるはずだ。だけど、合宿やコンクールっていう枠組みだけを与えてくれて、好きにさせようとしてくれてる)


真尋   (俺たちはまた、守られてるんだ……)


真尋   「……でも、俺は、先生の意見が聞きたいです。俺を中都に誘ってくれたのは竜崎先生です。そのおかげで、俺は西野たちに出会えました。先生にとっても、悔いの残らないような──いい芝居をしたいんです」

竜崎   「……そうか」


 竜崎、数部コピーされた台本を取り出す。


竜崎   「なら、これを見てみろ。参考になるかは知らんがな」


衣月   「これは……。過去の中都演劇部の台本?」

総介   「そうだね。出演者の名前に、育ちゃん、心ちゃん、それに、鷹岡洸……」

律    「っていうか、しっかりと人数分コピーしてたなら、もったいぶらずに早く言ってくださいよ」

章    「……えっ。この役名一覧、どうなってるんだ? 役者は3人なのに、登場人物は……9人!?」


ロキ   「……1人、3役ってことか……!?」

真尋   「1人、3役……!」


竜崎   「この台本は、鷹岡が高2の時に書いたものだ。出演したのは鷹岡と、俺と、草鹿。3人それぞれが、1人で3人家族を演じる。合計3家族、9人による物語だ」

衣月   「これは……すごい試みですね」

竜崎   「聞こえはいいかもしれないが、今考えると、演じ分けだけでもかなり無理があったぞ。衣装は引っ込んで替えてる暇がないから、小道具を素早く付け替えて表現したりな。無茶苦茶で強引だったが……。その挑戦も含め、やってる方は楽しかったよ」

真尋   「はい。この台本、少し読んだだけでも、ワクワクします」

竜崎   「あの頃の演劇部はまだ駆け出しだった。部員は俺たち3人だけ。だが鷹岡は、その3人で最大限に面白いものをやりたいと言い張った。“3人だけ”という弱みを、強みに変えたんだ」

総介   「……高校時代からすでに、名演出家の名役者だったわけだ」

章    「やっぱ、すげーな、あの人のやること……」


竜崎   「内容に気を取られているようだが。俺は、それを真似ろと言いたいわけじゃない。“やったほうがいいこと”や、“やれること”じゃなく……お前たちには、お前たちの“やりたいこと”があるんじゃないのか」


総介   「やれることじゃなく……」

真尋   「やりたいこと……」

ロキ   「……なら、俺もこれがやりたい!」

真尋   「え。この台本を?」

ロキ   「いいや。この1人3役よりも、もっとすごいやつだ! もっともっと!」

章    「んん? 気のせいかな? 嫌な予感がするんだけど……!!」

律    「奇遇ですね、東堂先輩。俺も嫌な予感しかしません」

衣月   「ふふ。僕はワクワクしてきたけどね」

章    「いやいや……!」

真尋   「もっとか。例えばこの台本みたいに、俺とロキが3役ずつやっても、合計6役……」

ロキ   「それより、もっと!」

章    「いやいや」

真尋   「なら、俺とロキ、1人5役ずつ。合計、10役……?」

章    「いやいやいや」

ロキ   「それだっ!!」

章    「いやいやいやいや。いやいやいやいやいや!!!!!!! 10役って! それ、なん役だよ!??」

ロキ   「だから10役だろ? 地味助、ちゃんと聞いてろよ」

章    「聞いてるよ。聞いてても理解が追いつかないんだよ! 現実を! 見ろ! この! 芝居バカ1号2号! 10役なんてできるわけないだろ!」

ロキ   「芝居バカだと? 章、お前――」

章    「な、なんだよ」

ロキ   「その場合、俺が1号ってことでいいんだよな? いくら相手が真尋でも、2番手なんて認めないからな!」

章    「引っかかるのそこ!?」

真尋   「これまでも2役兼ねたりはしてきたけど、……1人、5役か。全然想像はつかないけど……できたら、ものすごく面白そうだ。ロキがどんな5役を作ってくるのか、想像しただけでも、ドキドキする」

ロキ   「5役か。例えば“白雪姫”だったら姫も、王子も、魔女も──。7人の小人のうち何人かも、ぜんぶ1人でやるってことだろ!? ……ははっ、すげぇ!」

衣月   「……1人、5役……。衣装で表現するとしたら、確かに小物使いがマストになりそうだな。脚本との相談になるけど。途中で脱ぎ着できるような簡単なものを考えてもいいのかも」

律    「演じ分けってことなら、音楽で手伝えることもあると思います。役に応じて、使う楽器やリズムを変えるとか、印象的なBGMを割り振るとか」

章    「ちょ、ちょーっと待とうか! 南條先輩! 北兎! 気は確かかよ!? 総介。お前は止めるだろ? 止めるよな? 止めるって言ってくれ!」

総介   「……」

章    「お、おい……総介。聞いてるか? 止めるよな?」

総介   「…………1人5役、か」


 総介、一人の世界に入り、ぶつぶつとつぶやく。


総介   「観てる人に10人をちゃんと意識させられれば、舞台の広さも問題なくなるかも。兼ねる人数が多いけど、多重人格ものよりは、それぞれ別のキャラクターで、ストーリーもあえてひねり過ぎない、素直な筋立てのほうが面白そうだ。でも表現の仕方は、多重人格ものが参考になるはず。舞台、映画問わず、ちょっと当たってみよう。演じ分けの面白さを出すなら、コメディーに振ってもいいけど……、5役を演じるとなると、照明や立ち位置も一層重要だよな。いっそ、映像使うセンもあるか?」


章    「ダメだ! 1ミリも俺の声届いてねえ……!! ……っ……、終わった……」

ロキ   「とか言いつつ。地味助、お前もちょっとは面白そうと思ってるだろ?」

章    「ぐっ……。そりゃ、ちょっとは……。でも、書くのは俺だ。そこが問題だよ! 10役だぞ。風呂敷が大きすぎる! キャラ立てに、立ち位置の整合性、ストーリーの収拾……どうするんだよ!」

真尋   「大丈夫。東堂なら書けるよ」


ロキ   「そうだぞ。お前なら書ける。というか、書く。他のヤツらも一緒だ。律は音楽。衣月は衣装──。あとは総介。お前は全体を指揮して、10役をいい感じにまとめろ」

真尋   「そして、みんなが作ってくれた世界に俺とロキが立つ。……待ちきれないよ」


真尋   「できるかどうかはまだ分からない。でも、やりたい」

衣月   「そうだね。コンクールでいい成績を収めたい気持ちは変わらないけど……」

律    「評価されるために、安全策だけ取っても、作っていてつまらないですし」

総介   「だったら、やりたいようにやるってのが最適解かもね。オレたちが板の上に立つよりずーっとよさそうだ。んで、アキはどうよ。決めて!」

章    「は!? 決定を俺に振る!? この流れだと断れないだろ……!」

真尋   「東堂、断りたいの?」

章    「……っ。不安だ。イレギュラーな芝居すぎて、形になったところで、客に受けるか分かんないし。俺1人なら、絶対やらない。リスキーすぎんだろ。でも……。舞台はみんなで作るもの、だよな。だったら……できる。俺たちなら、きっと。多分……おそらく……。もしかしたら……あるいは」

律    「だんだん自信なくしていくの、カッコ悪すぎです」

総介   「大丈夫。アキは、やるときはやってくれる男前だから! じゃあ、部員総意で挑戦するってことで――」

ロキ   「ちょっと待て。地味助が男前だと? 俺様に比べれば、味のないリンゴの芯なのに」

章    「芯って! 食べ物で例えるならせめて食べられるとこにして!?」

律    「捨てるところですけど、まあ、芯って一番大事なところですからね」

ロキ   「じゃあ、やっぱり芯なはし!」

章    「その理由で取り消すの!? ちょっといい話になりそうだったのに!」

真尋   「そういえば、ロキがかじった後のリンゴってマンガみたいに綺麗に芯だけ残るんだよ」

ロキ   「ちゃんと食べないと、もったいないからな!」

衣月   「『もったいない』なんて覚えたんだ。日本人らしい、趣深い日本語だよね。そうそう、最近ロキが言った言葉で驚いたのは、『ヒキワリナットウが食べたい』」

律    「納豆だけならともかく、ひきわりって。渋」

総介   「そうそう。この前は消しゴムのカスのこと、『消しカス』って略しててビックリよ!」

ロキ   「フフン。俺様の順応力を侮るなよ!」


竜崎   「……お前ら」


 会話が脱線していく部員たちを、竜崎がため息まじりで見守る。


章    「あのさ。俺が言うのもなんだけど、話が明後日……いや5日後くらいの方向にズレてるぞ」

竜崎   「……。終わったか? やれやれ。よくしゃべる奴らだ」

衣月   「すみません、竜崎先生。希望が見えてきたのが嬉しくて」

竜崎   「そうかよ。……ま、方向性が決まったようで何よりだ。だが、やる気だけでどうにかなる規模じゃねえ。そこんとこ、忘れんなよ」

真尋   「はい。先生、ありがとうございました!」

竜崎   「……楽しみにしてる。じゃあな」


 部室を後にする竜崎。


律    「……言うだけ言って、出て行きましたね」

総介   「なんていうか、あれが育ちゃん式顧問スタイルなんでしょ。さーて。育ちゃん以外にも、それぞれアドバイスをもらってきたワケだけど、結局……」

律    「はい。“無理して慣れないことをするより、自分たちの好きな、強みで勝負したほうがいい”。先生の言ってることと、だいたい一致してましたね」

衣月   「総介は前に、2人芝居を選んだのは、自分のワガママも入っていたって言ったけど、今となっては、2人芝居は僕たちの看板。一番楽しく芝居が作れる方法だよ」

総介   「……ツッキー」

衣月   「広い舞台に対して情報量が少ないっていう問題はまだ残ってるけど、10役のインパクトは、相当なものだ。問題を解決するカギも見つかると思う。それに……正直、竜崎先生や鷹岡さんたちが1人3役をやり遂げたっていうなら──その上を行きたいって、僕も思ってるよ」

律    「衣月さん……。はい、そうですね!」

総介   「気持ちは揃った。なら、あとは作るだけだ。ちょっぴり大変になるけどね。サクラ演劇コンクール予選に向けて……」


総介   「中都演劇部、正念場ってことで本気出して行きましょう!!!」


一同   「「「「「おう!」」」」」

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