第2節 試行錯誤

[中都高校_演劇部部室]


総介   (試しに、ありものの台本で稽古を始めてみたけど……)


マスター(衣月)『……いらっしゃいませ。おや、あなたでしたか』


総介   (シチュエーションは、中年のマスターが経営している喫茶店。そこへ、常連客が友人を連れてやって来る。その友人ってのは、実は犯罪者。で、しばらく後に、そいつを追った探偵が飛び込んでくる……。1つの場所で巻き起こる事件を追っていくタイプの台本だ。コメディータッチだけど、やる役者によって解釈と表現に幅が出る)


マスター(衣月)『いつもありがとうございます。今日は、お1人ではないのですね。いや、もちろん、ありがたいですよ。少し意外だったと申しましょうか』

常連客(章)  『あ……ああ。こ、こいつは、俺の古い友達なんだ。ほらお前、あいさつしろよ。うつむいてないでさ』

友人(律)   『……す、すみません。人見知りなほうなので……。それより、コーヒーをいただけますか。“ブラックに、ミルクを添えて”』


 探偵(総介)が、やや大げさに喫茶店に飛び込んでくる。


探偵(総介)  『……っ……マスター、邪魔するぜ。ここに、怪しい男が入ってこなかったか? そう、ちょうどそこにいる、あいつみたいな顔でさ。そいつ、必ずこう頼むんだ。“ブラックにミルクを添えて”って』



真尋   「……んー」

ロキ   「下手。特に地味助。分かってたけど!」

章    「くっ……俺だって、俺が許せない。なんでこんなに下手なんだ! 下手すぎる!! 始まる前に終わってる。伸びしろが死滅してる。いっそ殺してくれ……っ!」

衣月   「章のがんばりは伝わったよ。そこまで落ち込まなくていい……とは、思うけど」

律    「……今の、録画してたんですけど。それ見ると、声一つとっても、全然出てないのが分かります。立ち方も表情も全然、自分たちのままで、その役になってない……」

章    「録画って。うわ……拷問だろ! 自分の演技を見るとか、全身かきむしりたくなる……! 誰だよ、この大根役者ぁ!」

律    「あなたです、東堂先輩」

章    「正解だよ悲しいけどっ!」

衣月   「ロキと真尋の芝居をずっと見てきたから、余計に、はっきり差が分かるね」

総介   「んー。芝居に完璧な答えなんてないけどね。1つの答え合わせ、いっときますか。てことで、ヒロくん、ロキたん。今の台本、2人で役分けて、やってみてくれる?」

ロキ   「おう」

真尋   「うん、分かった」



マスター(真尋)『……いらっしゃいませ。おや、あなたでしたか。いつもありがとうございます。今日は、お1人ではないのですね。……いや、もちろん、ありがたいですよ。少し意外だったと申しましょうか』

常連客(ロキ) 『ああ。こいつは、俺の古い友達なんだ。ほらお前、あいさつしろよ。うつむいてないでさ』

友人(真尋)  『……す、すみません。人見知りなほうなので……。そ、それより、コーヒーをいただけますか。“ブラックに、ミルクを添えて”』


 探偵(ロキ)が喫茶店に駆け込む。


探偵(ロキ)  『……っ……マスター、邪魔するぜ。ここに、怪しい男が入ってこなかったか? そう、ちょうどそこにいる、あいつみたいな顔でさ』


 探偵(ロキ)、友人(真尋)へ強い視線を向ける。


探偵(ロキ)『そいつ、必ずこう頼むんだ。――“ブラックにミルクを添えて”って』



総介   「……では。思ってること、せーので言おっか。オレたちが出るのは? ……せーのっ」

章・総介・衣月・律「「「「やめたほうがいい」」」」

ロキ   「さっきのお前ら、なんであんな下手だったんだ? 合宿のインプロはまだマシだったのに」

真尋   「多分だけど……、虹架が相手役でいたから、じゃないかな。彼らは、東堂たちが役者じゃないことを分かった上で、やりやすいようにしてくれていたんだと思う」

衣月   「……そうだね。さっきは、セリフがない間、どんな顔で、どんなポーズで立っていればいいのか分からなかった。合宿のときは、トールが立ち位置や身振りを自然と誘導してくれていたんだって、今なら分かるよ」

律    「これは、今更な意見ですけど。6人全員出演がどうにかなったとしても、それはそれで、当日の裏方が足りないですよ」

真尋   「本番中の照明や、音響だよね。大道兄弟に頼むのは?」

律    「大道具と違って、失敗してもやり直せませんから。大舞台で他人に任せることじゃないと思います。虹架みたいに大勢部員がいれば、なんとでもなるでしょうけど」

章    「虹架か……。だよなー……。でもなー……。うー……んぐぐ……。あー! もうこうなったらいっそ、虹架にも聞いてみるか!?」

ロキ   「聞くって、何をだよ」

章    「『お前らならどうするか』って」

律    「は? 敵にアドバイス求めるつもりですか?」

章    「コンクールの参加者同士としては微妙かもだけどさ。知り合いっつーか、芝居やってるダチ同士ってことなら聞いてもいいだろ、別に。総介じゃないけど、もう、なりふり構ってられなくないか?」

総介   「……そう、かもね。今オレ、それは悔しいって感じちゃってるけど……。それなら、余計に聞いたほうがいいのかも」

衣月   「うん。虹架じゃなくても、いろんな人に意見を聞くのは必要だね。僕たちはこれまで、6人だけでなんとかしてきた。だから、それしかないと思いすぎているのかもしれない。芝居を通じてできた縁を、もっと活かすべきだ」

真尋   「……1人ではできないこともみんなとなら解決できるって、俺は知ってます。誰かの力を借りることは、全然悪いことじゃない」


総介   「……ん。分かった。その“みんな”を広げてみようか。オレたち中都の、芝居のために」


 部室の隅、盛り上がる部員たちを見つめる竜崎と草鹿。


竜崎   「…………」

草鹿   「部員諸君、おれたちがさっき来たこと気づいてないね。もりもり盛り上がってますな~」

竜崎   「………………………………」

草鹿   「育ちゃん、育ちゃん」

竜崎   「……なんだ」

草鹿   「言えばいいじゃん」

竜崎   「何を」

草鹿   「『俺に聞かないの? 顧問なのに』って」

竜崎   「…………………………………………言えるかよ」

草鹿   「あーあ。だから育ちゃん、モテないんだよ」




[合宿所前の駐車場]


トール  「──なるほどな。事情はおおむね理解した。だからって、まさか俺たちを呼び出すとはな。お前ら、ロキの傍若無人さが伝染うつってないか?」

章    「いや、そんなこと……あるのか!?」

総介   「否定はできなーい! 長年連れ添うと、似た者夫婦になるって言うし? あはは!」

章    「あははって。ここ反省するとこじゃないの!?」

ヘイムダル「反省なんかしなくてもいいぞ! オレはアキラと友達になったからなっ! どうしたらいいか一緒に考えてやる!」

章    「あざっす……! けど、鷹岡さんにバレたりしたら、面倒ですかね?」

トール  「いいや。友人として話すってことなら、あいつにだって、止める権利はないさ」

ヘイムダル「そーそー。もしバレたって……。『役者同士が情報交換くらいしたところで、うちの芝居が揺らぐわけがない。好きにしろ』──とか言うだけだぞ!」

総介   「あ、すごい似てるぅ!」

ヘイムダル「へへっ! オレは耳がいいからな!」

章    (モノマネなら頭よさそうなしゃべり方できるんだな……)

ヘイムダル「……耳がいいって言っただろ、アキラ?」

章    「うひっ!? 何も言ってません! 思っただけ! たぶん!」

総介   「あっははー。虹架、やっぱ底知れないわぁ! その調子で、いいアドバイス頼みまーす!」




[中都高校_廊下]


衣月   「……ということなんだ。大道だいどうたちは、どう思う?」

雄一   「……フン。なりふり構わず本気になって、いいつらしてるな──南條」

衣月   「たしかに、なりふりは構ってない。でも、誰彼構わず声をかけているわけじゃないよ。僕は、大道たちの意見が欲しい」

雄一   「……!」

雄二   「おお……。頼られてる」

雄三   「南條センパイに頼られてる!!」

衣月   「大道たちは、最初の公演からずっと、欠かさず観に来てくれてる。それに今は、セットや小道具の手伝いも……。本当に感謝してるんだ。そんな君たちなら、観客と裏方、両方の視点から意見をくれるんじゃないかなと思って」

雄一   「…………お、おう。と……とと当然だ!」

雄二   「アニキ。嬉しすぎてどもってる」

雄一   「うっせえ!! 気のせいだ!!」

雄三   「アニキ。オレも嬉しい!」

雄一   「俺は嬉しくなんかない。ちっともな。けど、これもおとこのケジメってやつだ。気合い入れてかかるぜ。任せろ、南條っ!!」

雄二   「アニキ。やっぱり嬉しそうじゃん」

雄三   「じゃん!」




[東所沢駅前_喫茶店]


凛    「フーン。で?」

律    「『で?』って……。アドバイスとかないわけ?」


12章2節


凛    「好きにすればいいじゃない。あんたたちの芝居でしょ」

律    「それは分かってるけど。こっちは客観的に見てどう思うかを聞いてるの」

律    「さんざんおごらせといて『で?』の一言って、さすがに割に合わないんですけど」

凛    「そうでもないでしょ。久々にお姉ちゃんとお茶できて嬉しいくせに」

律    「縁切るわ」

凛    「あんたのそのノリ、やっぱ悪くないわね」

律    「はあ……。はいはい。その大好きな弟のために、知恵くらい貸してよ」

凛    「知恵ったって、もう答えは言ったわよ。生で観たのは文化祭の時のだけだけど。なかなか面白かった。あんたたちが楽しんで作ったものが客に響いたんだから、間違ってないのよ。だから、好きにすればいいじゃない」

律    「……」


 ほんの少し表情がゆるむ律。


律    「……あ。正論言ったフリして、楽してるでしょ」

凛    「失礼な弟ね。お詫びに抹茶ロールケーキセットもおごりなさい」

律    「は? なんで。ていうかまだ食べるの?」

凛    「店員さんすみません、抹茶ロールケーキセットとモンブランセット追加、飲み物はレモンティー2つで」

律    「しかも増えてるし……」

凛    「モンブランはあんたの分よ。で、半分よこしなさい。抹茶ロールケーキ、半分あげるから。そうすれば、両方味見できるでしょ」

律    (やっぱりこの姉は、東堂先輩じゃ手に負えないだろうな……)




[瑞芽寮_食堂]


真尋   「──そんなわけで、俺たち、方向性に迷ってるんです。草鹿さんはどう思いますか?」

ロキ   「喜べ、このロキ様がクサカの意見に耳を貸してやろう!」

草鹿   「うーん、そうだねぇ……」

草鹿   (よりによっておれのとこ来ちゃったか。育ちゃん、不憫……!)


 夕飯の親子丼を頬張るロキ。


ロキ   「俺が食べてる間に考えていいぞ、クサカ。……うん。今日の親子丼もなかなか悪くない! けど、卵は改善の余地があるな。とろとろの半熟よりも──」

真尋   「ちょっと硬いほうが、ロキ好みなんだっけ?」

ロキ   「そうだ! ……って、真尋。それだけしか食べないのか?」

真尋   「あ。芝居のことを考えてたら、食べるの忘れてた」

ロキ   「またか。そういやあいつらに、お前のセーカツの面倒見ろって言われてたんだった。もっと食え、真尋。そんな調子じゃ、巨人みたいに大きくなれないぞ」

真尋   「ううん。巨人ほど大きくなりたいとは思わな…………むぐっ」


 ロキ、真尋の口に親子丼を詰め込む。


ロキ   「ほら、美味いだろ。世界中どこを捜しても、この俺から食べ物を貰えるヤツはそういないぞ」

真尋   「むぐぐっ……!」

草鹿   「……はは」

ロキ   「? クサカ、何笑ってんだ」

草鹿   「ほんと仲がいいなぁって思ってさ。微笑ましいっていうか、いいよな、お前ら。さっき、どう思うかって言われたけど。おれはそのままがいんじゃないかって思うよ」

ロキ   「そのままってなんだよ? どういうことだ、具体的に言えっ」

真尋   「……何もしないでいいってことですか? それで、コンクールに勝てますか?」

草鹿   「はいはい。演劇部が真剣なのはよーーく分かった。だからこそ、聞くべき相手はおれじゃないかもね」

ロキ   「はぁ? 誰か他に、当てでもあるのかよ」


草鹿   (うーん、育ちゃんもかわいそうに。いつも素直に言葉にしないからだよ~)


草鹿   「……育ちゃんのところに行ってみなよ。あれでも顧問なんだし、きっとちゃんと応えてくれるよ」

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