第12章 6人乗りの船

第1節 2人の限界

12章1節


[サクラパビリオン]


 目を閉じている真尋の手を引く総介。


総介   「……ヒロくん、準備いい?」

律    「暗いんで、足元、気をつけてくださいね」

章    「転ぶなよ、叶」

ロキ   「そんな心配いらないだろ。地味助じゃあるまいし。……だろ、真尋?」

真尋   「…………うん」

衣月   「よし。それじゃ、ゆっくり目を開けてごらん」


 ゆっくりと目を開く真尋。


真尋   「…………」


12章1節


総介   「いえーい、ドッキリ大成功~! ウェルカム・トゥ・サクラパビリオンホール♪」

章    「ドッキリも何も、最初から目的地はここだっただろ。目閉じさせて連れてくる必要あったか?」

総介   「チッチッチ。どうせなら日常にも、斬新で刺激的な演出、取り入れたいじゃん~」

章    「目隠しで連れてくるなんて、散々バラエティーで見尽くした演出だけどな……。まあ、お前の場合、他にも理由があるんだろうけど」

総介   「ヤダ! アキってば深読み~。期待した効果が出るかは賭けだったけど……、ヒロくんを見る限り、大丈夫そうかな」


真尋   「…………」

ロキ   「どうだ、真尋。ここ来るの、子どもの時失敗して以来なんだろ。怖いか? 手繋ぐか?」

章    「いや、今はもう子どもじゃないんだから。……でも、本当に大丈夫か、叶?」

真尋   「2人ともありがとう。俺は……大丈夫だよ」


 真尋、深呼吸をしてステージを見つめる。


真尋   「うん……。思ったより、怖くはない。それより、不思議な感じがする。何度も何度も思い出した場所だからかな。懐かしくて、なのに、すごく新鮮で……少し……震えてる。こういうの、武者震いっていうのかもしれない」

ロキ   「ムシャブルイ?」

律    「大きな戦いや勝負を前に、震えるほど、心が勇むってこと」

ロキ   「フン、戦争なら任せろ。どんな相手だろうと、このロキ様がねじ伏せてやる!」

律    「規模が大きすぎ。リアルな戦いの話はしてないんだけど」

衣月   「でもここは、ある意味、戦場なのかもしれないね。演劇の、1つの頂点を目指す者たちが集う場所。それが、ここで行われるサクラ演劇コンクール」


衣月   「真尋の“願い”を叶える場所であり、ロキの“条件”が満たされる場所だね」


ロキ・真尋「「……」」

衣月   「来るところまで来たって感じがするけど、まだ予選。僕たちが立っているのは……スタート地点だ。みんなで笑顔になるために。そして、お客さんみんなを笑顔にするために、力を合わせてがんばろう」

真尋   「――はい!」

ロキ   「おう!」




[中都高校_演劇部部室]


総介   「うーん…………。…………あ~……。うぅうんあぁう………………うーーーーん!!」

章    「うるさいぞ総介!」

律    「うるさいです、西野先輩」

ロキ   「総介、うるさい」


衣月   「ツッコミのにぎやかさが3倍になったね。前よりも、もっと仲よくなったからかな」

真尋   「西野、どうしたの。やっぱり、予選でやる芝居のこと?」



――――――

[回想]


 ──前日、サクラパビリオンの客席。


衣月   「今日は、コンクールの初日、“一般の部”の予選なんだよね」

総介   「そそ。“一般の部”の後、“大学生の部”、オレらの出る“高校生の部”って続いてく」

章    「コンクールなのに、客の数多いよな? ホール自体もすげー広いし……」

律    「1000人規模ですからね。俺たちがこれまでにやってきた部室や、体育館とは違います」

ロキ   「……」

真尋   「…………」

総介   「はいそこ、飲まれない飲まれない~。場所が広かろうが、お客さんが多かろうが、板の上でやることは一緒でしょ。けど、さすがにこの規模のホールでやるのはヒロくん以外、みんな初めてだ。今日はしっかり下見して、予選に向けてイメージトレーニングしよう」

真尋   「なんだか今日の西野、一段と頼もしいね」

総介   「でしょでしょ、そうでしょ! 惚れてもいいのよ!?」

真尋   「うん。もう西野の演出には惚れ込んでるよ」

総介   「そ、そういうこと真顔で言っちゃうから叶真尋はたちが悪いよね!? この天然人たらしっ! 俺も、ヒロくんの芝居には惚れまくりよ! ヤダ、オレたち両想い!!」


 開演のブザーが鳴る。


章    「総介、うるさいって。……そろそろ始まるぞ」

ロキ   「よし。心の準備はいいか、真尋」

真尋   「うん。ちゃんと自分の目で観るよ。俺たちが立つ舞台を……」

――――――


律    「……昨日は、真尋さんに『頼もしい』とか『惚れ込んでる』とか言われてたのに、イメージトレーニングの結果、演出担当が一番頭悩ませてますね」

総介   「いやー、そうなんだよねー……はぁ。普段みたいに超カッコいい総介くんでいたいんだけど」

章    「別に普段もカッコよくはないだろ」

総介   「カッコいいでしょ! 掃除のおばちゃんとか、たまに飴くれるし!」

律    「それは、カッコいいからじゃないと思います」

衣月   「孫みたいに思われてるのかもね」

総介   「も~~~~~~いいや、カッコ悪くていい。もう君たちには認めますよ、オレ、カッコ悪い! だから、今日は全部ぶっちゃけるよ。もう、なりふり構ってらんないし」

ロキ   「おう。言え! 吐け! 何をそんなに悩んでるんだ? 昨日、お前だって言ってただろ。ホールが広かろうが、客が多かろうが、関係ないって」

総介   「そう。そう思ってた。場所がどうだろうと、ヒロくんとロキたんの芝居には、絶対の自信がある。でも……昨日の“一般の部”観たら、実感しちゃったんだよね……」


総介   「2人芝居には、適切な劇場の広さってのがあるんじゃないかってこと」


衣月   「適切な広さ……」

総介   「そ。オレらの2人芝居の場合、文化祭で使った体育館が、ギリギリだったのかもしれない。舞台の広さに対して、役者の数とか、セットとか、配置する要素が少なすぎると、間延びして見えるんだ。そうすると、観客側の集中力が散漫になっちゃう。その上、同じ役者が出ずっぱりだと、飽きられる。いい評価が得られにくくなるだろうなって」

章    「それじゃ例えば、セットとか演出で目を引くとか?」

総介   「うん。それも手の1つ。でも予算は限られてるし、オレたちらしくない下手な策は講じられない。だから、どーーーしたもんかなって!」

ロキ   「フン。そんなことか。さすがは人間、小さな悩みだな!」

真尋   「ロキ、解決策があるの?」

ロキ   「当たり前だ。俺の神の力を使えば、予算なんか関係ない! なんだってできるぞ! でっかい城みたいなすんごいセットを作るとか、本物の風や雨を起こすとか! 今こそ、この俺が仲間になったことを誇りに思え! 敬え、ひれ伏せ、崇め奉れ!」


 オーバーに身振り手振りをつけるロキを苦笑して見つめる部員たち。


総介   「……あー。ねー」

真尋   「ロキ……」

章    「はいはい」

衣月   「ふふ」

律    「……下手」


ロキ   「な、なんだよお前ら、その反応!」

真尋   「だって。ロキが本気で言ってないってこと、みんな分かってるからね」

章    「いやー、なんか逆に感慨深くね? なんでも『燃やしてやる!』って騒いでた神様が、ここまで変わるなんてさ。叶。お前、猛獣の調教師になれるぞ」

ロキ   「俺のどこが猛獣だよ! こんなに美しくてしなやかなのにっ」

律    「性格でしょ」

ロキ   「なんだとチビ! アザラシバカ! ちぇっ。……本気で言ってないって、そんな簡単にバレんのか。総介の言ったことなんて、神の力を使えばすぐに解決する。けど……」

総介   「けど?」

ロキ   「分かってるよ。神の力を使ったらそれは俺たちの芝居じゃない。雨が降ってなくても雨を、風が吹いてなくても風を感じさせる……それが、お前らが……俺たちがやりたい芝居だ」


 一同、うなずく。


ロキ   「……あー、やっぱめんどくさすぎるぞ」

真尋   「うん。でも……」

ロキ・真尋「「そこがいい!」」

ロキ   「……だろ?」

衣月   「ふふ。ロキから今の言葉が聞けてよかった」

総介   「ロキたんの言う通り。どんなに悩んだって、自分たちの力でなんとかするしかないんだよね。で、さ。正直、ないと思ってる案があるんだけど。ダメ元で、言うだけ言っていい?」

真尋   「うん。聞かせて」

総介   「……。……あー、でもなー。きっと絶対100パー反対されるんだろうなー」

律    「全部ぶっちゃけるんじゃなかったんですか」

章    「いいから、言えって」

衣月   「総介。僕らのこと信じてほしいな」

ロキ   「メガネ燃やされたいか?」

総介   「ちょ、トレードマーク消すの禁止! 分かった、言う。言います。……あるにはあるんだよ。会場の広さを、物理的に解決する方法。演者2人じゃさみしいなら、単純に増やせばいい。つまり……」


総介   「今こそ、オレたち裏方4人が芝居に出るべきなんじゃないかって」


章・衣月・律「「「え……!」」」

衣月   「……そう来たか」

律    「やっぱり、それですか」

章    「……な……な、何言ってんだよ、総介お前っ!!」

ロキ   「そうだぞ。それができるなら、最初からやってるはずだ! 大根の地味助以外のメンバーで!」

章    「うううっ……!」

律    「珍しく、ロキの言う通りです。いつか言われるかもとは思ってましたけど……。よりによって、コンクールが始まるっていう、今になってですか?」

総介   「まあ、そういう反応しちゃうよね~! 今更、ごめん。でも可能性は検討したいんだよ。2人芝居をやり続けてきたのは、それ以外になかったからってこともあるけど、オレの趣味っていうか、ワガママっていうか、……意地も入ってたワケで。けど今は、そんなのにこだわっていられない。どんな手を使っても、この勝負に勝ちたいから」

衣月   「……真尋とロキは、どう思う?」

真尋   「みんなと一緒に立つ舞台、か……。今は正直、想像がつかないです。でも、試してみたいとは思う。どんなことでもしたいっていうのは、俺も同じだから」

ロキ   「俺は構わないぞ。合宿でのインプロも、その後のお前らのエチュードも、面白かったしな」

真尋   「うん。西野なんて、子役時代の芝居経験は俺より多いしね」

ロキ   「律と衣月も、稽古すれば見られるようになるだろ。大根地味助は………………………………がんばれ」

章    「まっすぐな励ましがつらい!」

衣月   「ふふ。章だって、稽古すればきっと上手くなるよ。それじゃ、試してみようか」

律    「……でも、衣月さん、ただでさえ衣装作りで大変なのに、芝居にも出るなんて……。無理しすぎないか、心配です。受験もあるのに」

章    「あ……そっか。3年はそういう時期ですよね」

総介   「けど、推薦入試じゃなかった? 行く大学決まってるって言ってたっしょ」

衣月   「僕もそのつもりだったんだけどね。親を説得して、いろいろ受けてみることにしたんだ。自分のやりたいことに、本気で向き合う。みんなと過ごして、それを学んだから」

律    「……衣月さん」

衣月   「けど、これは僕のワガママだ。みんなに負担はかけないよ」

ロキ   「ていうか、お前らよく、衣月は3年だからとか、これが最後だとか言うけど、なんでだ? コンクールは戦いだけど、リアルな戦いじゃないんだろ。別に、すぐ死ぬわけじゃないのに」

章    「この国の学生にとっては、高校3年生って、特別なんだよ。中都を出たら、大学とか、就職とか──広い世界に出ていかなきゃいけない」

真尋   「うん。こんな風に、約束をしなくても毎日会うなんてできなくなる。今の俺たちにとって当たり前の日常が、がらっと変わってしまうんだ」

ロキ   「……フーン?」

衣月   「そういうこと。みんなで力を合わせて、ようやくここまで来たんだ。高校3年の最初で最後のコンクール。せっかくなら、この6人で最優秀賞を取りたい」

真尋・章・総介・律「「「「……」」」」

衣月   「ほら、そんな顔しないの。さ、全員で役者をやるって案、試してみよう!」

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