SUB1 2つ前の春

[中都高校_1年教室]


 1年半前の春。中都高校入学式後の真尋。


真尋   (……入学式、やっと終わった。この中都高校には、演劇部がない。家からも遠くて、学生に知り合いはいない)


真尋   (俺が子役だったことを知っていて悪意なく期待してくる人も……いないんだ。もう、過去に引っ張られなくていい。芝居のことは……、……忘れよう)


真尋   「……あ。窓の外、サクラパビリオンが見える……」


真尋   (芝居と別れるために、ここに来たのに。どうして……あの建物を見てたら……)


真尋   「…………」


 真尋、ゆっくりと口を開く。


真尋   『ねえ、エリック。一緒に街へ出て、たくさんの風景を描こうよ!』




[中都高校_1年廊下]


総介   「! あのセリフ、『ルーク&エリック』の……!」

章    「なあ……こうやってストーキングするの、やめないか? 犯罪っぽいし、見つかったらシャレにならないぞ!」

総介   「……うん、イイね。叶真尋はやっぱり変わってない。あいつは今も、天才役者だ。よし、声かけるぞ!」

章    「は!? ちょっと待て、急すぎる!!」


11章SUB1


 扉を開け、教室にずんずんと入ってくる総介と

 総介についてくる章。


真尋   「……! きみたちは……?」

総介   「久しぶり、って言ったほうがいいのかな。オレ西野総介。こっちは幼なじみの東堂章!」

真尋   「西野総介……って、もしかして、“リンゴグミ”のCMで、一緒に出た……?」

総介   「そうそう! 覚えててくれたの嬉しい! ありがと! けど今話しかけたのは、思い出話のためじゃないんだ。叶真尋。オレと一緒に芝居を作ってほしい。中都演劇部を再始動させるから、入部してくれ!」


真尋   「…………ごめん、それはできない。……俺はもう、芝居はやらない」




[瑞芽寮_食堂]


 翌日。


総介   「すみませ~ん! ここ、相席いいっすか~?」

真尋   「はい。どうぞ……って。西野……」

総介   「おっ。叶も、さば味噌好き!? オレも! 気が合う~! てなわけで叶、オレと一緒に芝居やろう!」

真尋   「……やらない。ごめん」




[中都高校_1年廊下]


 また翌日。


総介   「あ、きたきた! おーい、ヒロくん! ヒロくんって呼ぶね! あと、芝居やろうよ~!!」

真尋   「……“ヒロくん”……? 西野、何度も言うけど、ごめん。芝居はやめたから」

総介   「やめた、ね……」




[中都高校_1年教室]


章    「──なあ、叶」

真尋   「あ……。君は、西野の……」

章    「友達の東堂章。あいつが迷惑かけてごめんな。どうしても叶に芝居してほしいみたいでさ」

真尋   「……ごめん。ちょっと困ってるんだ。演劇部がないから、中都なかつに来たのに」

章    「……そっか。でも……さ。俺、総介みたく強引には言わないけど、でも……俺も叶の芝居をまた観たいと思ってる。2人揃ってしつこくてホントごめんな! でも、俺もあいつも、諦め悪いんだ」


章    「叶には悪いけど、でも、考えてほしい。……それだけ。じゃあな!」


真尋   「……俺の、芝居を……」




[瑞芽寮_章と総介の部屋]


総介   「ひゅー! 連日連戦大連敗! しびれるぅ! でも明日! 明日こそ成功してみせるっ!」

章    「それ、昨日も一昨日も聞いた。つーか、叶、相当困ってるぞ。まだやるつもりか?」

総介   「これはさ。オレが思うに、必要な痛みだよ。だってヒロくんは、まだ芝居をやりたがってるはずだ。目の奥に光が残ってる。それにそうじゃなきゃ、入学式の日、1人の教室であんなことしない」


総介   「きっかけさえあれば、きっと──。……あ! イイこと思いついた!!」


章    「えっ。何? なんでこっち見てんの!? 俺は嫌な予感しかしない……!!」




[中都高校_1年廊下]


総介   「やあやあ、ヒロくん! いい朝だね、おはよう♪」

真尋   「西野……。悪いけど、もう……」

総介   「待って。何も言わないで。……この台本、受け取ってくれない?」


 総介、台本を真尋に渡す。


真尋   「“1人芝居”……?」


総介   (……明らかに表情が変わった。やっぱり、叶真尋は……)


総介   「アキに、ヒロくんのために書いてもらった。あいついい台本書くんだよー? お前専用のプレゼントだ。気が向いたら読んでみてよ」

真尋   「……」




[中都高校_1年教室]


 その日の夕方。


真尋   (誰もいない……よね。ちょっと、目を通すだけなら……)


 真尋、台本を読み始める。


真尋   (……本当に、役者はたった1人なんだ。でも……すごいな、物語に奥行きがある。たった数ページの間に、この男の人生が刻まれてる。過去も、未来も……)


真尋   (この台本なら、俺1人でもできるんだ。俺が彼を演じるなら──)




[中都高校_1年廊下]


総介   「よーしよしよし。ふっふっふ、録画モード異常なし! 現場、しっかりおさえさせていただいてます!」

章    「さすがに盗撮はヤバすぎだろ……! お前、叶真尋のことになると見境ないぞ!」

総介   「ちょ、アキ! シーッ、シー! 今、すっごくいいシーンってる!」

章    「うわ、ほんとだ。俺の台本とは思えな……じゃなくて! やめろってば、いい加減──」


 言い合う2人の前でガラッと扉が開く。


章・総介 「「あ」」


真尋   「声がすると思ったら……。西野、東堂。ここで何してるの?」

総介   「……ヒロくんが、楽しそうに芝居してるのを観てた」

真尋   「……っ、今のは……ちょっと、やってみただけで……」

総介   「でも、その台本、面白かったでしょ?」

真尋   「……それは……」

総介   「嫌なことだったらごめん。でも聞かなきゃ始まらないから聞くよ。なんで演劇部に入りたくないの? なんで芝居から逃げてるの? そんなに、いい芝居できるのに」

真尋   「……できないよ。人前では、稽古もできない。本番はもっと無理だ。そんな奴、役者失格だ。だから、演劇部には入れない」

章    「役者失格って……」

総介   「……。失格かどうか決めるのは、まだ早いよ」

真尋   「え……」

総介   「さっき撮ったこの動画さ。ちょっとだけネットにアップさせてくれない? 隠し撮りで画質悪いし、ヒロくんだってことは観ても分からないと思うから、安心して。けど、そんな数秒だけでも、ヒロくんの芝居の凄さを伝えるには十分だ」


総介   「たとえ人前に立たなくても、人に見せることはできる。オレはお前の芝居を、たくさんの人に見せたい」


真尋   「西野。きみ、なんでそこまで……」

総介   「惚れてるからだよ。オレはお前の芝居に惚れてる。演出したい。そのために、ここに来たから」

真尋   「……っ」




[中都高校_1年教室]


 翌日。


総介   「ヒーローくーん☆ これ、見て! 昨日上げた動画の、コメント欄! 『うまいな、この人』『高校生? すごい演劇力』『いい芝居。一部分だけじゃなく本番が観たい』……」

真尋   「1日しか経ってないのに……こんなに?」

章    「俺も驚いた。ここにあるコメント全部、叶の芝居への感想だ」

真尋   「……」

総介   「実感した? 自分の芝居の力。動画でこれなんだ。生の芝居なら、もっとたくさんの人の心を打てる。役者失格なんて、自分で決めるのは早いよ」

章    「ごめんな、叶。総介のやりかたは正直言って、アウト寄りのアウトって感じだけど……。でも、叶の芝居に惚れてるのは俺も一緒だ。お前の芝居が観られるなら、いくらでも台本を書く」


真尋   (西野、東堂……)


総介   「もう1度だけ頼むよ。叶真尋の芝居を。オレたちに作らせてくれ」


真尋   「……。これで何度目かな。西野から誘われるの」

総介   「20回? 30回? 数えたって意味ないよ、うんって言うまで頼むし!」

真尋   「『もう1度だけ』って言ったのに? ……はは。強引だな。……。俺……、怖いんだ。また、誰かと芝居をやって、裏切るのが」

章    「……叶。その……、これまでに、芝居のことで、何かあったのか?」

真尋   「……ごめん、話せない」

総介   「……ヒロくんの怖さは、伝わってる。理由も、今は聞かない。怖いままでいい。平気になれなんて言わない。だけど、まだ芝居をやりたい気持ちがどこかにあるなら……一緒に歩こう。芝居に向かって。オレとアキが、ヒロくんの手を取るよ」

真尋   「……。……すごく久しぶりだ。そんな風に言われたの」

章    「マジで? 叶ほどの役者なら、認める奴なんていっぱいいただろ?」

真尋   「そう……だね。でもその子とは、もう手は取り合えないから……」


真尋   「……西野。東堂。俺……、自分のことはまだ信じられない。だけど、きみたちを……、きみたちとの芝居を、信じてみても……いいかな」




[中都高校_演劇部部室]


総介   「いやっほーーーい! 祝・顧問ゲット! かーらーのー、部室ゲット!」

章    「あの面倒くさがりな竜崎先生が、よく引き受けてくれたよなぁ」

真尋   「……部室、か。ここが、俺たちの……」

総介   「そう! ここがオレたちの、芝居づくりの基地! てなわけでお次は、さらなる部員勧誘で~す!」

真尋   「部員勧誘? あてはあるの?」

総介   「もっちろん! 2年に、めちゃハイスペックのイケメンがいるんですよ!」

章    「あんな忙しそうな人が、入ってくれるのかな……。ま、行ってみるっきゃないけどさ!」

総介   「そそ! てなわけで! 中都演劇部、本格始動! ……ほら、アキ。ヒロくんも。ハイタッチ!」


 3人、宙で手を合わせる。


総介   「どんな怖さも吹き飛ばす。そんな運命感じる芝居を、ここから、作っていきましょう!!」

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