SUB2 うつらない心

[神5ハウス_リビング]


有希人  (……やっとドラマの台本に目を通す時間ができた。ここ最近、映像の仕事も絶えないな。サクラ演劇コンクールも間もなくだ。どちらも、絶対に疎かにはできない)


 有希人、台本をめくる。


有希人  (次のドラマは、遊園地が舞台のミステリー。……遊園地、か)


トール  「ただいま……と。有希人。帰ってきてたんだな」

有希人  「うん。撮影、予定よりも早く終わったんだ。ふふ……人間の俺が私服で、神様のトールが制服を着てるのって、変な感じがする」

トール  「はは。確かにそうだな。人間に混じって文化を学ぶってのも、面白いよ。……だが、それは本来お前の役目だろ?」

有希人  「役目?」

トール  「学生の本分は勉強、なんだろ。それだけじゃない。仲間と遊びに行くなんてのも、学生なら普通だ。だがお前は、日々俳優業に追われてる。たまには休めよ。演劇部も俳優の仕事も、お前自身が選んでやっていることだって、分かってはいるけどな」

有希人  「……そっか。トールは優しいね」

トール  「優しい? お前が、自分に厳しすぎるって話だよ」


 ヘイムダル、バルドル、ブラギが帰宅。


ヘイムダル「ただいまーーーーーー! オレが! 戻ったぞ! 有希人、いるなら返事しろ! いなくても返事だ!」

バルドル 「ヘイムダル、外から帰ってきた時はまず、手洗いとうがいですよ。テレビで言ってました! これをやると風邪を引かないって」

ヘイムダル「風邪なんか引かないぞ! だってオレは──」

ブラギ  「馬鹿ですからね」

ヘイムダル「そう、馬鹿だから! って、なんでだよ! 神だからだろー!?」

ブラギ  「ふ……。『馬鹿は風邪を引かない』とは、人間界にも、的を射る言い回しがあったものですね」

バルドル 「ヘイムダル、せめてこの除菌作用があるという霧を手に吹き付けましょう。手を出してください。はい、シュッシュ、ごしごしごし……」

ヘイムダル「シュッシュ、ゴシゴシゴシ……って、あ! 有希人! やっと見つけたぞ!!」

有希人  「さっきからここにいたよ。どうしたの、ヘイムダル?」

ヘイムダル「神であるオレが命ずる! 今すぐ、ユウエンチってとこに連れていけ!」

有希人  「遊園地……?」

ヘイムダル「すっげー楽しいんだろ!? 合宿の時にロキに自慢された! マヒロと行ったって! ロキが行ったんだ、オレも行きたい! ロキよりもユウエンチを楽しんでやるぞ!」

トール  「ヘイムダル。有希人を困らせるな。こいつにそんな暇は――」

有希人  「そうか、そうだね。じゃあ、みんなで行こうか」

トール  「え?」

有希人  「ちょうど、次のドラマが遊園地を舞台にしたドラマなんだ。雰囲気を感じておきたいからね」

トール  「……そういうことか。有希人、俺が言ってる休みっていうのは──」

バルドル 「わあ……遊園地ですか! 実は、ずっと行ってみたいと思っていたんです! ゼッキョウマシーンっていうのがあるんですよね? 楽しみだね、ブラギ!」

ブラギ  「……くだらない。人間共の稚拙な遊具で戯れるなど……」

バルドル 「僕、ブラギとゼッキョウマシーンに乗りたいな! オバケヤシキは、やめておくから。ね?」

ブラギ  「……はぁ」

トール  「やれやれ……。ま、行くと決めたなら、楽しもうぜ」




[遊園地]


ヘイムダル「うおおああああ~~~。あはは! トールがぐるぐる回ってるぞ~……!」

トール  「回っているのは俺じゃなく、お前の目だろ。今ので何回目だ?」

ヘイムダル「16回! ロキはジェットコースターに30回乗ったって言ってたんだ! オレがロキに負けるなんてありえない! 絶対にっ、超えて、みせる! もう1回乗る、ぞ……!」

トール  「30回、ねえ……」

ブラギ  「奴のあきらかな虚言でしょう。……くっ。何が、ゼッキョウマシーンだ……。わざと命を危険に晒して楽しむなど、人間は短命な生き物である自覚がないのか……?」

バルドル 「ジェットコースター楽しいね、ブラギ! 有希人くんは、やっぱり乗らないんですか?」

有希人  「うん、俺のことは気にしないで。見ているだけで十分楽しいから」

バルドル 「そうですか? あ、それなら、あっちの“ふりーふぉーる”という乗り物は……」


女性客1 「あの、すみません!」

バルドル 「え?」

女性客2 「あなたもしかして、さっきパレードに出ていた王子様役の方じゃないですか!?」

ブラギ  「兄さんがパレード? 王子……?」

バルドル 「ふふ、違いますよ。僕はただの客の1人です。でも、あなたにも王子様が訪れるといいですね!」

女性客1  「! 違ったけど、やっぱり王子……!? って、あれ?」

女性客2  「隣にいるの、もしかして有希人じゃない? 神楽有希人!」

女性客1  「えっ! ホントだ! すごい、本物……! 写真撮らせてもらおうよ!!」

バルドル 「あ……。有希人くん、ごめんなさい。僕が騒いでしまったから……!」

有希人  「バルドルのせいじゃないよ。……ありがとうございます。でも今はプライベートなので」

女性客2 「じゃあじゃあ、握手だけでも!」

トール  「──有希人。行くぞ」


 有希人の腕を掴むトール。


有希人  「え、トール?」

ヘイムダル「おい、そこの女どもっ! 有希人より、オレのほうがいろいろすごいぞ! オレを見ろっ!!」

ブラギ  「確かに、この喧しさには誰しも敵わないでしょうね」

バルドル 「有希人くん、ここは僕たちに任せて、トールと隠れていてください! また、後で合流しましょう!」


 トール、有希人とともに早足で女性客から離れていく。




[遊園地_ミラーハウス]


トール  「……追手は撒いたか。ここは迷路になってるらしいから、もう大丈夫だろう」

有希人  「追手って、女の子たちに対して大げさだな。ファンの前から逃げたの、初めてだ」

トール  「お前は次の芝居の参考用に来てるんだろ。あいつらには握手じゃなく、その芝居で楽しんでもらえばいい。身を隠すことを考えてここを選んだが、しかし、変わった空間だな……」

有希人  「うん……ミラーハウスって不思議だね。自分の姿が、いろんな角度から見えて面白い。最近は雑誌の取材なんかも多いし、カメラ写りの勉強にもなりそうだよ」


11章SUB2


有希人  (外見や、その見せ方ばかりよくなってもなんの意味もないけど……。もっと、もっと俺にできることをやらなくちゃ。こんなんじゃ、いつまで経っても……俺は……)


トール  「……。有希人。そんな目で、自分を見るな」


 トール、有希人の目を覆う。


有希人  「……! 驚いた……。後ろから目隠しなんて、トールもこういうイタズラするんだね?」

トール  「……悪い。だが俺は……、お前にさえ、お前を傷つけてほしくない」

有希人  「え?」

トール  「鏡に写ったお前が、お前自身を責めるような目で見ているのが、耐えられなかった。お前はもっと……自分を赦すべきだ」

有希人  「……トール」




[遊園地]


ヘイムダル「おっ、いたいた! おーい、トール! 有希──むぐっ」

バルドル 「シーッ、ですよ。ヘイムダル。また騒ぎになったら大変ですから! 有希人くん、聞いてください。なんと僕たち、ジェットコースターに33回も乗りました♪」

有希人  「それは……純粋にすごいな」

ヘイムダル「乗せる係の奴も、最後は呆れてた! あはは! ロキに自慢してやるんだ、悔しがるぞーきっと!」

トール  「……? おい……ブラギ、大丈夫か」

ブラギ  「………………………………至って、正常ですが?」

トール  「顔色がほぼ白だ。雪の女神スカジも驚くほどの純白だぞ。むしろ青い」

ブラギ  「私は元来、兄さんに似て色白ですから。ミラーハウスに入って、視力が急激に低下したのでは?」

トール  「そんなわけあるか。まあ、お前が平気ならいいが……」

ブラギ  「平気に決まっています。あんな危険な乗り物に、兄さんだけで乗せるわけ……に……うぅっ」

バルドル 「あっ! 今日の思い出に、中都のみなさんにお土産を買いたいです! 行こう、ブラギ!」

ブラギ  「……兄さん……! 今、走らせないでください……う゛っ」

ヘイムダル「オレはあっちのヒーローショーがいい! 殴り込みに行くぞ! わはははは!」

トール  「おいおい、土産かショーかどっちかにしろ。……まったく、世話が焼けるな。行くぞ、有希人」

有希人  「うん」


有希人  (楽しんで、驚いて、笑って……そんな君たちを見ていると、時々思うよ。俺よりずっと人間らしいんじゃないかって)


有希人  (俺も……目隠しをして、何も見なかったことにできればいいのかもしれない。だけど、これが選んだ俺の選んだ道だ。目隠しをしなくたって、闇のように暗いこの道が)


有希人  (だから、前に進むだけだ。たったひとつの、希望のために……)

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