第8節 真尋の見ているもの

[合宿所_ホール]


 客席から大きな拍手が上がる。

 “心からの笑顔”が光となり、小瓶へ集まっていく。


11章8節



総介   「ブラボー、ブラボーッ!!」

章    「うわ……! あそこ、立って拍手してる人いるぞ!」

律    「スタンディングオベーションって言うんです。まさか、演劇部なのに知らないんですか?」

章    「知ってるよ! って言ってる北兎も立ってるし!」

衣月   「ふふ。つい、立ち上がりたくなるくらい、素敵な本番だったね」

真尋   「……はい。ロキとトールの緊張感が、コメディーシーンを引き立ててた。2人の息もピッタリで、役をもっといい形に昇華してました」

律    「この本番だけ観たら、まさか、何年も仲違いしていたとは思えませんね」

章    「むしろ、雨降って地固まったって言うの? まとまりよくなってて、ビビったわ」

総介   「こういうことがあるから、芝居って面白いんだよねぇ。“心からの笑顔”も、たっくさん集まったはず!」

真尋   「すごくよかった……けど、俺、なんか、寂しいかも」

衣月   「真尋?」

真尋   「すごくいい芝居だったから、よけいに、神宮寺たちが羨ましいよ。俺も、早くロキと芝居がしたい。ううん。今すぐ、ロキと芝居がしたい!」

衣月   「こらこら。あの4人とロキを舞台に立たせたのは、真尋でしょ?」

真尋   「それはそうなんですけど、でも、それはそれとして、ロキと芝居がしたいんです」

章    「理屈が通じない。目がマジだ」

律    「出ましたね。芝居バカ」

総介   「はいはい! 心配しなくても、サクラ演劇コンクールの予選は、もうすぐそこよ。 あと。やる気倍増したところで、言っとくね。今回あの5人はトラブルを乗り越えて、芝居を深めた。同じことが、神5かみファイブにも起きるかもしれないよ。つまり……」

真尋   「……この間感じた、有希人とトールたちの違和感が、芝居をよくするきっかけになるかも?」

総介   「そゆこと。ま、それはユキの行動しだいだと思うけどね」

衣月   「神楽、ちゃんと休めているかな。心配だね」

真尋   「……そうですね。具合だけでも、聞ければいいんだけど」

章    「あ。育ちゃんがこっち戻ってくるぞ?」

律    「さっき、終演するなり、電話持ってどこかに消えてましたけど」

竜崎   「おい、叶。ちょっといいか?」




[合宿所_ホール舞台袖]


ロキ   「……“笑顔”、また溜まったな」

ヘイムダル「ロキ! ロキロキロキ~!!! 本番は、稽古よりも~~~~~っとよかったぞ!! ロキと芝居するの、ロキと勝負するのと同じくらい楽しいな! それってすっごくすごいことだぞ!!」

ロキ   「ああ……。……俺も、楽しかった、かな」

ヘイムダル「!! ははっ! そっか! そうかー! なら、オレはロキの100倍楽しかったんだからな!!」

ロキ   「いちいち張り合うなっつーの」

バルドル 「ロキ。ありがとうございました。僕と……僕たちとお芝居をしてくれて。お芝居を始めてから、ずっと、ロキと一緒に舞台に立てたらって思っていたんです」


バルドル 「本当に……楽しかった。『生きてる』って感じがしました。ふふ。人間と僕たちは違うのに、変な言い方ですね。でも本当です。ロキに守られた命だから」


ブラギ  「……」

トール  「“心からの笑顔”。もう、結構溜まってるんだな」

ロキ   「ああ。あともう少しだ」


ロキ   (舞台の上で、こいつらがいろんな顔して、俺のセリフに応えてくれて……客席の人間たちが、そのたびに、どんどん笑顔になっていった)


ロキ   (……『こんな日がくるとは思わなかった』……真尋のおかげだ。俺、ちゃんと向き合えたよな、真尋)


 笑顔の溜まっていく小瓶を見ているロキを見つめるトール。


トール  「……」




[神5ハウス_リビング]


真尋   「……お邪魔します」

有希人  「ふふ。どうしてちょっと小声なの?」

真尋   「ええと……。こんな立派なマンションに入ったの、初めてだから、緊張してるのかも」

有希人  「見た目は立派でも、部屋の中は普通でしょ。あちこちに、ヘイムダルたちの私物が散らばってるし」

真尋   「有希人は、ここであの4人と暮らしてるんだよね」

有希人  「うん。最初は、神様と暮らすなんて、って戸惑ったけど、すぐに慣れたよ。真尋もでしょう?」

真尋   「うん。今はもう、ロキがいるのは当たり前だよ。それより、有希人。本当にもう、起き上がって大丈夫? 竜崎先生からは、『だいぶ回復したから、見舞いに行ってもかまわない』としか聞いてないんだけど……」

有希人  「うん。心配かけてごめん。ゆっくり寝たら、だいぶ回復したよ。それに、横になってばかりもいられない。スケジュールは空けてもらったけど、家にいたらいたで、やりたいことはたくさんあるから。台本チェックとか、原作本の読み込みとかね」


 有希人、台本に手をのばす。


真尋   「その台本、すごい量の書き込みだね。付箋もたくさん」

有希人  「ああ……恥ずかしいな。昔から、こうしないと役が身につかなくて」

真尋   「うん。覚えてるよ。子役の頃から、有希人の台本は書き込みが多くて、すぐ有希人のだって分かった。俺はあんまり書かないから、すごいなって思ってたんだ。懐かしいな……」

有希人  「すごいのは真尋だよ。メモなんてしなくても、言われたことや気付いたことを、すぐに体現できるんだから。俺は、真尋とは違う。こうしないとできないから、やってるだけ」

真尋   「……」

有希人  「……真尋。お見舞いに来てくれたのは嬉しいけど、俺に、何か言いたいことがあるんじゃない? 俺が倒れる直前にも、何か言いかけてたよね」

真尋   「……うん。俺、謝りたかったんだ。夏の合宿のときのこと」

有希人  「謝る……?」

真尋   「夏の合宿で、有希人と2人で買い出しに行った時、俺、『芝居に戻ってきた』って言ったけど……、それは嘘だったから。ごめん、有希人。きみと立てるはずだった合同公演を、またダメにして」

有希人  「……真尋」

真尋   「あの時の俺は、芝居ができるようになったつもりで、本当は、ロキに引っ張られてただけだった。でも、今は違う。俺もロキも、ちゃんと変われたと思う」

有希人  「……」


真尋   「だから、これからはもう大丈夫。お互い、最高の形で、サクラ演劇コンクールに臨もう。……そう言いたかったんだ」

有希人  「……。…………そっか」


――――――

[回想]


鷹岡   「神楽。お前は、誰を見てる。どこを目指して芝居をしている。今のお前は、共演者を見ていない。叶真尋しか見ないなら、虹架を出ていけ」

――――――


有希人  (鷹岡さん。本当は、あなたの言うことが正しいと、俺にだって分かってる。だけど俺には、俺の芝居には、真尋がいないと……意味がないんだ)


有希人  「……ねえ。真尋。ちょっと変なことを聞いてもいい?」

真尋   「うん。なんでも聞いて」

有希人  「君は、誰を見て……どこを目指して、芝居をしてるの?」

真尋   「誰を……」


11章8節


有希人  (……お願いだ、真尋。一欠片でもいい。俺が君に……君の芝居に必要だと言ってくれ。俺が迎えに行くまで、まだ、そこにいてくれ……!)


真尋   「難しいね。でも一番は、演じる役のことだと思う。それからロキ……共演者と、西野たちや、支えてくれてる人たちのこと」


真尋   「目指してるのは、彼らと一緒に、大きな舞台を成功させること。それだけだよ」


有希人  「……っ」


真尋   「でも、誰を見てるかって聞かれたら、今はやっぱりロキのことかな。今回の合同公演、有希人にも観せたかったよ。みんなすごくよかったけど、ロキは格別だったから」


真尋   「神宮寺たちは、アースガルズでも芝居してたって言ってたけど、ロキは、本当に最近始めたんだよ? なのにもうあんなに上手くなってる。本当に、すごい役者なんだ」

有希人  「…………。そう、だね」


有希人  (『俺のことは、見ていないの?』なんて……そんなこと、そんな悲しいこと、聞けるわけない)


真尋   「……有希人? 顔色が悪いよ」

有希人  「うん。ごめん。やっぱり、まだちょっとだけ熱があるみたいだ。せっかく来てもらったのに悪いけど、眠らせてくれる?」

真尋   「うん……」



――――――

[回想]


 子どもの頃の真尋と有希人。


有希人  「真尋。いつか絶対、2人で有名な俳優になって、また『ルーク&エリック』に出ようよ。今は子どもの役だけど、その時は2人で大人の役をやるんだ!」

真尋   「うん。絶対やろう!」

有希人  「やった。2人で願えばきっと叶うよ。あ、そうだ……! 一緒にお守りを買って、その願いをかけない?」

――――――


有希人  (……そう約束した。このお守りを、2人で買って。あの頃は、2人で芝居をするのがただ楽しくて、こんな未来が来るなんて、思ってなかった)


有希人  「お守り。また、ほつれてきちゃったな……。……くっ」


有希人  (俺はひどい人間だ。最悪の役者だよ。けど、真尋。……真尋。君がいたから、俺は芝居を心から愛した。俺にとって、芝居とは君なんだ。だから……どんなに間違っていても、この願いを、手放せない)


有希人  「真尋。今度こそ……君を、迎えに行くよ」


<第11章 本編終了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る