第8節 真尋の見ているもの
[合宿所_ホール]
客席から大きな拍手が上がる。
“心からの笑顔”が光となり、小瓶へ集まっていく。
総介 「ブラボー、ブラボーッ!!」
章 「うわ……! あそこ、立って拍手してる人いるぞ!」
律 「スタンディングオベーションって言うんです。まさか、演劇部なのに知らないんですか?」
章 「知ってるよ! って言ってる北兎も立ってるし!」
衣月 「ふふ。つい、立ち上がりたくなるくらい、素敵な本番だったね」
真尋 「……はい。ロキとトールの緊張感が、コメディーシーンを引き立ててた。2人の息もピッタリで、役をもっといい形に昇華してました」
律 「この本番だけ観たら、まさか、何年も仲違いしていたとは思えませんね」
章 「むしろ、雨降って地固まったって言うの? まとまりよくなってて、ビビったわ」
総介 「こういうことがあるから、芝居って面白いんだよねぇ。“心からの笑顔”も、たっくさん集まったはず!」
真尋 「すごくよかった……けど、俺、なんか、寂しいかも」
衣月 「真尋?」
真尋 「すごくいい芝居だったから、よけいに、神宮寺たちが羨ましいよ。俺も、早くロキと芝居がしたい。ううん。今すぐ、ロキと芝居がしたい!」
衣月 「こらこら。あの4人とロキを舞台に立たせたのは、真尋でしょ?」
真尋 「それはそうなんですけど、でも、それはそれとして、ロキと芝居がしたいんです」
章 「理屈が通じない。目がマジだ」
律 「出ましたね。芝居バカ」
総介 「はいはい! 心配しなくても、サクラ演劇コンクールの予選は、もうすぐそこよ。 あと。やる気倍増したところで、言っとくね。今回あの5人はトラブルを乗り越えて、芝居を深めた。同じことが、
真尋 「……この間感じた、有希人とトールたちの違和感が、芝居をよくするきっかけになるかも?」
総介 「そゆこと。ま、それはユキの行動しだいだと思うけどね」
衣月 「神楽、ちゃんと休めているかな。心配だね」
真尋 「……そうですね。具合だけでも、聞ければいいんだけど」
章 「あ。育ちゃんがこっち戻ってくるぞ?」
律 「さっき、終演するなり、電話持ってどこかに消えてましたけど」
竜崎 「おい、叶。ちょっといいか?」
[合宿所_ホール舞台袖]
ロキ 「……“笑顔”、また溜まったな」
ヘイムダル「ロキ! ロキロキロキ~!!! 本番は、稽古よりも~~~~~っとよかったぞ!! ロキと芝居するの、ロキと勝負するのと同じくらい楽しいな! それってすっごくすごいことだぞ!!」
ロキ 「ああ……。……俺も、楽しかった、かな」
ヘイムダル「!! ははっ! そっか! そうかー! なら、オレはロキの100倍楽しかったんだからな!!」
ロキ 「いちいち張り合うなっつーの」
バルドル 「ロキ。ありがとうございました。僕と……僕たちとお芝居をしてくれて。お芝居を始めてから、ずっと、ロキと一緒に舞台に立てたらって思っていたんです」
バルドル 「本当に……楽しかった。『生きてる』って感じがしました。ふふ。人間と僕たちは違うのに、変な言い方ですね。でも本当です。ロキに守られた命だから」
ブラギ 「……」
トール 「“心からの笑顔”。もう、結構溜まってるんだな」
ロキ 「ああ。あともう少しだ」
ロキ (舞台の上で、こいつらがいろんな顔して、俺のセリフに応えてくれて……客席の人間たちが、そのたびに、どんどん笑顔になっていった)
ロキ (……『こんな日がくるとは思わなかった』……真尋のおかげだ。俺、ちゃんと向き合えたよな、真尋)
笑顔の溜まっていく小瓶を見ているロキを見つめるトール。
トール 「……」
[神5ハウス_リビング]
真尋 「……お邪魔します」
有希人 「ふふ。どうしてちょっと小声なの?」
真尋 「ええと……。こんな立派なマンションに入ったの、初めてだから、緊張してるのかも」
有希人 「見た目は立派でも、部屋の中は普通でしょ。あちこちに、ヘイムダルたちの私物が散らばってるし」
真尋 「有希人は、ここであの4人と暮らしてるんだよね」
有希人 「うん。最初は、神様と暮らすなんて、って戸惑ったけど、すぐに慣れたよ。真尋もでしょう?」
真尋 「うん。今はもう、ロキがいるのは当たり前だよ。それより、有希人。本当にもう、起き上がって大丈夫? 竜崎先生からは、『だいぶ回復したから、見舞いに行ってもかまわない』としか聞いてないんだけど……」
有希人 「うん。心配かけてごめん。ゆっくり寝たら、だいぶ回復したよ。それに、横になってばかりもいられない。スケジュールは空けてもらったけど、家にいたらいたで、やりたいことはたくさんあるから。台本チェックとか、原作本の読み込みとかね」
有希人、台本に手をのばす。
真尋 「その台本、すごい量の書き込みだね。付箋もたくさん」
有希人 「ああ……恥ずかしいな。昔から、こうしないと役が身につかなくて」
真尋 「うん。覚えてるよ。子役の頃から、有希人の台本は書き込みが多くて、すぐ有希人のだって分かった。俺はあんまり書かないから、すごいなって思ってたんだ。懐かしいな……」
有希人 「すごいのは真尋だよ。メモなんてしなくても、言われたことや気付いたことを、すぐに体現できるんだから。俺は、真尋とは違う。こうしないとできないから、やってるだけ」
真尋 「……」
有希人 「……真尋。お見舞いに来てくれたのは嬉しいけど、俺に、何か言いたいことがあるんじゃない? 俺が倒れる直前にも、何か言いかけてたよね」
真尋 「……うん。俺、謝りたかったんだ。夏の合宿のときのこと」
有希人 「謝る……?」
真尋 「夏の合宿で、有希人と2人で買い出しに行った時、俺、『芝居に戻ってきた』って言ったけど……、それは嘘だったから。ごめん、有希人。きみと立てるはずだった合同公演を、またダメにして」
有希人 「……真尋」
真尋 「あの時の俺は、芝居ができるようになったつもりで、本当は、ロキに引っ張られてただけだった。でも、今は違う。俺もロキも、ちゃんと変われたと思う」
有希人 「……」
真尋 「だから、これからはもう大丈夫。お互い、最高の形で、サクラ演劇コンクールに臨もう。……そう言いたかったんだ」
有希人 「……。…………そっか」
――――――
[回想]
鷹岡 「神楽。お前は、誰を見てる。どこを目指して芝居をしている。今のお前は、共演者を見ていない。叶真尋しか見ないなら、虹架を出ていけ」
――――――
有希人 (鷹岡さん。本当は、あなたの言うことが正しいと、俺にだって分かってる。だけど俺には、俺の芝居には、真尋がいないと……意味がないんだ)
有希人 「……ねえ。真尋。ちょっと変なことを聞いてもいい?」
真尋 「うん。なんでも聞いて」
有希人 「君は、誰を見て……どこを目指して、芝居をしてるの?」
真尋 「誰を……」
有希人 (……お願いだ、真尋。一欠片でもいい。俺が君に……君の芝居に必要だと言ってくれ。俺が迎えに行くまで、まだ、そこにいてくれ……!)
真尋 「難しいね。でも一番は、演じる役のことだと思う。それからロキ……共演者と、西野たちや、支えてくれてる人たちのこと」
真尋 「目指してるのは、彼らと一緒に、大きな舞台を成功させること。それだけだよ」
有希人 「……っ」
真尋 「でも、誰を見てるかって聞かれたら、今はやっぱりロキのことかな。今回の合同公演、有希人にも観せたかったよ。みんなすごくよかったけど、ロキは格別だったから」
真尋 「神宮寺たちは、アースガルズでも芝居してたって言ってたけど、ロキは、本当に最近始めたんだよ? なのにもうあんなに上手くなってる。本当に、すごい役者なんだ」
有希人 「…………。そう、だね」
有希人 (『俺のことは、見ていないの?』なんて……そんなこと、そんな悲しいこと、聞けるわけない)
真尋 「……有希人? 顔色が悪いよ」
有希人 「うん。ごめん。やっぱり、まだちょっとだけ熱があるみたいだ。せっかく来てもらったのに悪いけど、眠らせてくれる?」
真尋 「うん……」
――――――
[回想]
子どもの頃の真尋と有希人。
有希人 「真尋。いつか絶対、2人で有名な俳優になって、また『ルーク&エリック』に出ようよ。今は子どもの役だけど、その時は2人で大人の役をやるんだ!」
真尋 「うん。絶対やろう!」
有希人 「やった。2人で願えばきっと叶うよ。あ、そうだ……! 一緒にお守りを買って、その願いをかけない?」
――――――
有希人 (……そう約束した。このお守りを、2人で買って。あの頃は、2人で芝居をするのがただ楽しくて、こんな未来が来るなんて、思ってなかった)
有希人 「お守り。また、ほつれてきちゃったな……。……くっ」
有希人 (俺はひどい人間だ。最悪の役者だよ。けど、真尋。……真尋。君がいたから、俺は芝居を心から愛した。俺にとって、芝居とは君なんだ。だから……どんなに間違っていても、この願いを、手放せない)
有希人 「真尋。今度こそ……君を、迎えに行くよ」
<第11章 本編終了>
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