劇中劇「ミッドサマーナイト・ファブル」

舞台にヘイルが現れる。


ヘイル(ヘイムダル)「はじめまして、みなさま。オイラ、妖精ヘイルと申します。

幕開けのあいさつという大役を賜りましたが、これからお目にかける物語の主役は、オイラではございません。深い森の中で、樹々の間より覗き見た彼らの恋模様を、

みなさまにそっと囁くだけの、ただの道化にございます」


ヘイル(ヘイムダル)「おや……森がざわめき出しました。どうやら麗しき妖精の恋人たちがやってきたようです。さぁ、目を開き、耳を澄まし、この短い恋物語を、心ゆくまでお楽しみくださいませ」



  ヘイルが振り返ると、かすかな月明かりに照らされ、

  妖精ロキアが現れる。

  それを追うように妖精の姫バルミナがやってくる。


バルミナ(バルドル)「ロキア、待ってロキア! どうしてですか? いきなりこの森を出て行くだなんて……!」

ロキア(ロキ)  「バルミナ……俺はここでの暮らしに飽きたんだよ。毎日毎日祈ってばっかりで……いい加減、うんざりだ」

バルミナ(バルドル)「そんな……妖精が神に祈るのは当たり前のことじゃありませんか。“森の神様”の祝福によって、この森はこんなにも豊かなんですから……」

ロキア(ロキ)  「祝福を授かってるのは、お前たち妖精の王族だけだろ? 俺みたいな下等な妖精が祈ったところで、“森の神様”とやらには聴こえやしねえよ」

バルミナ(バルドル)「……もしかしてロキア、お父様に何か言われたんですか?」 

ロキア(ロキ)  「……ああ。お前の親父は、俺に教えてくれたぜ。お前が、あのトルソー様に結婚を申し込まれてるってな」

バルミナ(バルドル)「……!」

ロキア(ロキ)  「トルソーっていえば、名前の知れた妖精貴族の坊ちゃんだ。妖精の姫君であるお前には、ふさわしい相手じゃないか」

バルミナ(バルドル)「……なぜ、そんなことを言うんですか?  分かってるはずです、ロキア。……私が愛してるのはあなただけだって!」   

ロキア(ロキ)  「……お前だって、分かってるはずだろ? 俺たちの関係が、いつまでも続くはずがないってな」


  そこに妖精貴族のトルソーと、

  バルミナの弟ブラニールが現れる。


トルソー(トール)「バルミナ! 」

ブラニール(ブラギ)「やはりここでしたか、姉上」

バルミナ(バルドル)「トルソー……!? ブラニールまで……どうして!?」

ブラニール(ブラギ)「それはこちらのセリフです、姉上。無断で城を抜け出すなんて……」

トルソー(トール)「バルミナ……伝えておいたはずだ。今夜君に会いに行くと」

バルミナ(バルドル)「私も言ったはずです、トルソー。私が愛しているのは、ここにいるロキアだけ! 他の誰とも、結婚する気はありません!」

トルソー(トール)「バルミナ……それは本物の愛なんかじゃない。君はその男に、誘惑の魔法をかけられているんだ!」

バルミナ(バルドル)「……誘惑の魔法?」

トルソー(トール)「ああ。先ほどブラニールから聞いたのだ。誘惑の魔法にかけられた者は、一瞬にして眠りにつき、目を覚まして最初に見た相手を愛してしまうらしい」

バルミナ(バルドル)「まさか……その魔法を、ロキアが私にかけたというのですか?」

トルソー(トール)「ああ。その男は、君を魔法の力で虜にし、利用するつもりなのだ。自分が王族になるためにな」

バルミナ(バルドル)「そんな……ロキアはそんな妖精ではありません!」

ブラニール(ブラギ)「誘惑の魔法は、一度かかれば、周りの言葉が届かなくなるほど強力なもの。姉上がトルソー様の求婚を断り続けるのが、何よりの証拠です! 」

バルミナ(バルドル)「いいえ、ブラニール! 私は魔法になどかかっていません! 私とロキアは……お互いに心から愛し合っているんです!」

ロキア(ロキ)  「……アハハッ!」

バルミナ(バルドル)「ロキア?」

ロキア(ロキ)  「……お前ら、本当におめでたいよな。そんな魔法使わなくても、この世間知らずのお姫様を騙すのなんざ、ワケないぜ。ちぇ。せっかく、おとなしく出ていってやろうとしてたのにさ」

ブラニール(ブラギ)「……どういうことだ?」

ロキア(ロキ)  「俺だってバカじゃないんだ。弟のお前にここまで疑われたんじゃ、結婚にこぎつけるなんて無理があるだろ? ……下手にバレる前に手を引くつもりだったんだよ」

バルミナ(バルドル)「そんな……嘘です! あなたはいつも言ってくれてたじゃありませんか。私のことを愛してるって!」

ロキア(ロキ)  「愛してるよ」

バルミナ(バルドル)「……ロキア」


ロキア(ロキ)  「初めて会った時から、ずっと好きだった。きっとこれからも。……王族になるためだったら、こんな嘘、いくらでもつくって」


バルミナ(バルドル)「……ロキア!」

ロキア(ロキ)  「ったく、家族くらい上手く説得しといてくれよな。結婚までこぎつけたら、 “森の神様”とやらの祝福も受けられたかもしれないってのに」

トルソー(トール)「貴様……剣を抜け! 決闘を申し込む!」

ロキア(ロキ)  「決闘?」

トルソー(トール)「愛する者を傷つけた輩には、己の剣で報いを受けさせる……俺自身もまさか、こんな日が来るとは思わなかったがな!」

ロキア(ロキ)  「おいおい勘弁してくれってお坊ちゃん! 俺はもうここを出て行くんだ。あとはお前が、こいつと結婚でもなんでも好きにすればいいだろ?」

バルミナ(バルドル)「……ロキア……」

トルソー(トール)「腰抜けめ。さっさとこの森から立ち去れ! そして二度と彼女に近づくな!」

ロキア(ロキ)「言われなくてもそうするって。……じゃあな、姫様。俺になんか言われたくないだろうが……せいぜい幸せにな」

  ロキア、去っていく。


バルミナ(バルドル)「待って、ロキア! 」

ブラニール(ブラギ)「これでよく分かったでしょう? 姉上を本当に愛しているのは、こちらにいるトルソー様だと」

バルミナ(バルドル)「いいえ! これはきっと何かの間違いです! 私はロキアを……自分の愛した人を信じます!」

トルソー・ブラニール「「……!」」


  バルミナ、ロキアを追う。


ブラニール(ブラギ)「姉上! ……まったく、なんと聞き分けのない……」 

トルソー(トール)「やはり、誘惑の魔法にかかっているとしか思えん……。くそ! 一刻も早く、あの男に魔法を解かせねば。俺は行くぞ、ブラニール!」


  トルソー、2人の後を追って去る。


ブラニール(ブラギ)「……おい、ヘイル! ヘイルはいるか?」


  一陣の風が吹き、ヘイルが現れる。


ヘイル(ヘイムダル)「お呼びですか、ブラニール様?」

ブラニール(ブラギ)「……お前のことだ、どうせ今のやり取りも全部見ていたんだろ?」

ヘイル(ヘイムダル)「そりゃあ、もちろん! この森は全てオイラの庭ですから!」

ブラニール(ブラギ)「ふん……でかい口を叩くな。お前など、珍しい魔法が使えるから雇ってやっただけの、ただの道化だ」

ヘイル(ヘイムダル)「その通り! オイラは道化! だから面白いことは見逃しません! ブラニール様がトルソー様に大嘘をつく場面だって、しっかり見てましたよ!」

ブラニール(ブラギ)「大嘘?」

ヘイル(ヘイムダル)「ブラニール様はご存知でしょう? この森で誘惑の魔法が使えるのは、この妖精ヘイルだけだって!」

ブラニール(ブラギ)「……ああ。あのロキアに、そんな魔法が使えないことは知っている。だがこう何度も求婚を断られれば、トルソー様は、姉上との結婚を諦めると言い出しかねないからな」

ヘイル(ヘイムダル)「なるほど! ブラニール様は、何としても、トルソー様とバルミナ様を結婚させたいわけですね?」

ブラニール(ブラギ)「姉上の幸せを願うのは、弟として当然のことだ。……あんな身分の低い妖精と一緒になりたいなどと言われて、見過ごせるか」

ヘイル(ヘイムダル)「なるほど。それで、ブラニール様。道化のオイラに、どんなご命令を?」

ブラニール(ブラギ)「察しが悪い奴だな。こんな時こそ、お前の魔法が役に立つんじゃないか」

ヘイル(ヘイムダル)「なるほどなるほど! オイラの力で、バルミナ様がトルソー様を愛するように仕向ければいいんですね?」  

ブラニール(ブラギ)「分かったら早く行け。くれぐれもしくじるなよ?」

ヘイル(ヘイムダル)「もちろんです! 妖精ヘイルに、全てお任せください!」


  風と共にヘイルは消える。


        *


  ロキアの後を追ってバルミナが現れる。


バルミナ(バルドル)「待ってください、ロキア!」

ロキア(ロキ)  「なんでついてくるんだよ? さっき俺が言ったこと聞いてただろ?」

バルミナ(バルドル)「ええ。でもあなたは、前に、こうも言っていました。王族になることに興味なんてないと。……ただ私と一緒にいられたら幸せだと!」

ロキア(ロキ)  「あれは全部お前を騙すための嘘だって。出世のためにお前を利用してる、なんて言えるわけないだろ?」

バルミナ(バルドル)「いいえ。私は知ってます。あなたが嘘をつくときは、自分じゃなくて、誰かのためにつくんだって。あなたは……自分が身を引いた方が私が幸せになれるって、……そう思って、あんな嘘をついたのではないですか?」

ロキア(ロキ)  「……勘違いもそこまでくるとおめでたいな」

バルミナ(バルドル)「ええ……全部私の勘違いかもしれません。あなたは私を愛していないのかもしれない。ならば私の目を見て、はっきりとそう言ってください。『愛していない』と!」

ロキア(ロキ)  「……」


  トルソーがやってくる。


トルソー(トール)「貴様……バルミナから離れろ!」


  トルソー、剣を抜いてロキアに斬りかかる。

  素早くそれをかわすロキア。


ロキア(ロキ)  「っ! 危ねぇな……いきなり切りかかってくるなんて!」

トルソー(トール)「黙れ! 死にたくなければ、バルミナにかけた魔法を今すぐ解け! 解かないなら、この場でお前の首をはねてくれる!」

バルミナ(バルドル)「やめてトルソー!!」

トルソー(トール)「大丈夫だバルミナ! 魔法をかけた本人が死ねば、君も正気に戻るはずだ!」


  トルソー、ロキアに斬りかかろうとする。

  とその時、2人の間に一陣の風が吹き、ヘイルがやってくる。


ヘイル(ヘイムダル)「お、いたいた。どーもどーも、バルミナ様」

バルミナ(バルドル)「あなたは……?」

ヘイル(ヘイムダル)「お初にお目にかかります! オイラは妖精ヘイル!  ちょっと待っててくださいね。今、バルミナ様に魔法をかけますから!」

トルソー(トール)「魔法だと? まさか貴様が……誘惑の魔法を使うという妖精か!? さては、ロキアの手先だな? そいつに命じられて、バルミナをたぶらかしたんだろう!」


  トルソー、ヘイルへ向けて剣を掲げる。


ヘイル(ヘイムダル)「ぎゃ! ちょっとちょっと! 落ち着いて! 剣を下げてください!」

トルソー(トール)「問答無用!」


  トルソー、ヘイルに斬りかかる。

  ヘイル、とっさにトルソーの顔の前で指を弾く。

  そこから光の粉のようなものが舞ったかと思うとトルソーを包み込む。

  トルソーは途端に意識を失い、よろめいて倒れる。


トルソー(トール)「うっ……」

バルミナ(バルドル)「トルソー!?」

ヘイル(ヘイムダル)「しまった! 魔法をかける相手、間違えちゃった!」

ロキア(ロキ)  「……おい、お坊ちゃん、大丈夫か?」


  ロキア、トルソーに駆け寄り、抱き起こす。


ヘイル(ヘイムダル)「あ、ちょっとちょっと! ダメですって!」


  トルソー、目を覚ます。

  目の前にいるロキアを見た途端、その目が大きく見開かれる。

  トルソーは恍惚とした表情を浮かべる。


トルソー(トール)「……美しい」

ロキア(ロキ)  「……は?」

トルソー(トール)「ロキアと言ったか……君のように美しい妖精とは出会ったことがない……っ!  頼むロキア! 今すぐ私と結婚してくれ!」

ロキア(ロキ)  「はあ!? ふざけんな! 俺は男だぞ!?」

トルソー(トール)「そんなことは関係ない! 君こそ私の運命の相手だ! さぁ……誓いの口づけを!」


  トルソー、ロキアに口付けようとする。


ロキア(ロキ)  「うわぁああ! バカ! 何やってんだよ!」

ヘイル(ヘイムダル)「あぁ、まずい……すごくまずい!」

バルミナ(バルドル)「なにこれ……どうなってるの……!?」

トルソー(トール)「いつだって、君の味方でいると誓って見せよう! さあ、私の愛を受け入れてくれ……!」

ロキア(ロキ)  「さっきまで切りかかってきたのに何が味方だ! だいたいお前、バルミナが好きなんだろ!?」

トルソー(トール)「……バルミナ、すまない! どうやら一時の気の迷いだったようだ!」

バルミナ(バルドル)「え? え? どうして私がふられるの?」

トルソー(トール)「頼むバルミナ! 君との婚約は解消させてくれ! 」

バルミナ(バルドル)「あの……そもそも承諾した覚えがないんだけど……」

トルソー(トール)「それはよかった! ……さぁ、ロキア。これで私と君の間には何の障害もない!」

ロキア(ロキ)  「あるよ! て言うか、障害しかねぇよ! 俺は女が好きなんだ!」

トルソー(トール)「女だと……? もしかして……バルミナのことか?」

ロキア(ロキ)  「……っ」

トルソー(トール)「やはりそうなんだな……」

バルミナ(バルドル)「……君はたった今、私と婚約を解消したにも関わらず、私が愛するロキアにまで、色目を使っていたというのか!」

バルミナ(バルドル)「ちょっと、落ち着いてトルソー。私さっきからあなたのテンションにほとんどついていけてないから……」

トルソー(トール)「問答無用!」


  トルソー、バルミナに向かって剣を突きつける。


トルソー(トール)「妖精の姫バルミナ……私はそなたに、愛するロキアを賭けた決闘を申し込む!」

ロキア・バルミナ 「「えぇ!?」」

トルソー(トール)「たとえ……妖精の姫であろうと! 私の愛を邪魔するものは、全てこの手で打ち倒す!」


  そこにブラニールがやってくる。


ブラニール(ブラギ)「……ヘイル、これはどういうことだ……。なぜトルソー様が姉上に剣を向けているのだ!?」

ヘイル(ヘイムダル)「それがその……ちょっとした手違いがありまして……」

ブラニール(ブラギ)「まさかお前……魔法をかける相手を間違えたのか!? 早く魔法を解け!」

ヘイル(ヘイムダル)「はい! ……あの、トルソー様、ちょっとこっち向いてもらえますか? すぐ終わるんで!」


  ヘイル、トルソーに向かって指を弾こうとする。


トルソー(トール)「なんだ貴様? 男の決闘に割って入るつもりか!」


  トルソー、ヘイルに斬りかかる。


ヘイル(ヘイムダル)「ぎゃー! ブラニール様、助けてください!」

ブラニール(ブラギ)「馬鹿、こっちに来るな!」

トルソー(トール)「ブラニール? ……そうか。その妖精はお前の手下か。貴様も私の邪魔をしようというんだな?」

ブラニール(ブラギ)「誤解です、トルソー様! 僕はただ、姉上にトルソー様を好きになってもらおうとしただけで……!」

バルミナ(バルドル)「何ですって……!?」

トルソー(トール)「私の愛を邪魔する者は、誰であろうと切り捨てる!」  


  トルソーの剣がブラニールに掲げられる。

  悲鳴をあげてその場に倒れこむブラニール。

  とっさにロキアがトルソーに飛びかかり、腕を抑える。


ロキア(ロキ)  「おい、バカ! 冷静になれ!」

トルソー(トール)「あぁロキア……その怒った顔もまた一段と美しい……」

ロキア(ロキ)  「いい加減にしろ!」

トルソー(トール)「しない! 愛する君を手に入れるためなら、どんな加減も、遠慮もするものか!」


  トルソー、ロキアの手を弾き、再びバルミナに剣を突きつける。


トルソー(トール)「覚悟するがいい、妖精の姫よ。そなたを斬り、私の愛を証明する!!」

ロキア(ロキ)「バルミナ危ないっ!」


  ロキア、咄嗟にバルミナをかばうように抱きしめる。

  トルソーの剣が、ロキアの腕をかすめる。


ロキア(ロキ)  「ぐっ……!」

バルミナ(バルドル)「ロキア!」

トルソー(トール)「ロキア……!? そんな……私はなんということを……!」


  トルソー、その場に剣を取り落とす。


バルミナ(バルドル)「大丈夫ですか、ロキア!」

ロキア(ロキ)  「バルミナ……お前こそ怪我してないか?」

バルミナ(バルドル)「私なら平気です。あなたが守ってくれたから……}

トルソー(トール)「……」


  トルソー、2人を見て、力なく座り込む


ブラニール(ブラギ)「今だ、ヘイル! 魔法を解け!」

ヘイル(ヘイムダル)「はいはい!」


  ヘイル、トルソーの前で指を弾く。

  途端に正気に戻るトルソー。


トルソー(トール)「はっ! ……私は……何を……バルミナ! 大丈夫かバルミナ!」

バルミナ(バルドル)「私は平気です。それよりもロキアが……」

ロキア(ロキ)  「大丈夫、かすっただけだ」

バルミナ(バルドル)「よかった……」

トルソー(トール)「……すまなかった、ロキア」

ロキア(ロキ)  「あんたは魔法にかかってただけだろ。正気に戻ってくれてよかったよ」

バルミナ(バルドル)「……ブラニール! あなた、自分が何をしたか分かっているの!?」

ブラニール(ブラギ)「ぼ、僕はただ姉上に、トルソー様と幸せになって欲しかっただけで……」

ロキア(ロキ)  「バルミナ。ブラニールは正しいよ。俺じゃお前を幸せにしてやれない。この貴族のお坊ちゃんと一緒になるべきだ」

トルソー(トール)「いいやロキア……それは違う」

ロキア(ロキ)  「は?」

トルソー(トール)「魔法の力によるとはいえ、本気で誰かを愛してみて、初めて分かった。私の愛は……自分を受け入れて欲しいと願うだけの、ひどく身勝手なものだった。だが君は……命の危険も顧みずにバルミナを守ろうとした」

ロキア(ロキ)  「……俺はあんたに、婚約者を殺させるわけにはいかないと思っただけだって。それにほら、自分が騙してた女に、目の前で死なれたら寝覚めが悪いだろ?」

トルソー(トール)「……そうやって、自分に嘘をつき、彼女に嫌われてでも、彼女のために身を引こうとしている……。ロキア……君の愛は、相手の幸せのために自分を犠牲にできる、無償の愛だ」

ロキア(ロキ)  「だから違うって! 俺は、こいつのことなんて――」

トルソー(トール)「なんだ?」

ロキア(ロキ)  「……」

トルソー(トール)「たとえ嘘でも、心から愛する者に『愛してない』という嘘だけはつけないはずだ。……そうだろう、ロキア」

ロキア(ロキ)  「……」

トルソー(トール)「バルミナ……妖精王には私から進言しよう。あなたの娘が愛した男は、結婚相手にふさわしい、素晴らしい妖精だと」

ブラニール(ブラギ)「そんな……馬鹿を言わないでください! こんな下等な妖精が、姉上にふさわしいわけがないでしょう!?」

トルソー(トール)「ブラニール……お前も本当に姉の幸せを願うなら分かるはずだ」

ブラニール(ブラギ)「分かりません! 全然分かりません!」

トルソー(トール)「だったらお前は、もう少し誰かを愛するという気持ちを知った方がいい」

ヘイル(ヘイムダル)「なるほどなるほど! そういうことなら、オイラにお任せください!」

ブラニール(ブラギ)「……えっ?」


  ヘイル、ブラニールの前で指を弾く。

  途端に意識を失い、倒れるブラニール。

  慌ててトルソーがその体を支える。


トルソー(トール)「おい、ブラニール!」

ブラニール(ブラギ)「……うぅ」

トルソー(トール)「大丈夫か? いきなりよろめいたりして……」


  ブラニール、トルソーの腕の中で目を開く。


ブラニール(ブラギ)「……カッコいい」

トルソー(トール)「……は?」

ブラニール(ブラギ)「なんてカッコよくて……なんて男らしい方なんだ! お願いですトルソー様! 今すぐ僕と結婚してください!」

ロキア・バルミナ・トルソー「「「はあ!?」」」


バルミナ(バルドル)「ヘイル……もしかしてあなた、また誘惑の魔法を……!?」

ヘイル(ヘイムダル)「ええ! 愛する気持ちを知るには、実際誰かを愛してみるのが一番ですから!」

トルソー(トール)「ちょっと待てブラニール! 私は男だぞ!?」

ブラニール(ブラギ)「そんなことは関係ありません! あなたこそ僕の運命の相手です! どうか……誓いの口づけを!」

トルソー(トール)「よ、よせ! 離れろブラニール!」


  トルソー、ブラニールを突き飛ばして逃げていく。


ブラニール(ブラギ)「お待ち下さい、トルソー様ぁ!」


  ブラニール、トルソーを追って去る。


ロキア(ロキ)  「おい……いいのかよ、あの2人?」

ブラニール(ブラギ)「大丈夫大丈夫。あとで魔法は解いておきますから。なんだかすっかりお騒がせしちゃったみたいですみません。……これは妖精ヘイルからのせめてものお詫びです」


  ヘイルが指を弾くと、光の粉が舞い、木々たちがざわめき出す。

  と、そのざわめきはいつしか美しい音楽に変わっている。


バルミナ(バルドル)「これは……歌? 森が私たちに歌ってくれてるの?」

ヘイル(ヘイムダル)「ええ……“森の神”から恋人たちへ送る祝福の歌です。これでもオイラ、結構長いこと、この森にいるんですけどね。……心から愛し合う恋人たちを見たのは本当に久しぶりです。それも、魔法抜きで。……どうか、末永くお幸せに!」

バルミナ(バルドル)「待って! もしかしてあなたは……!」


  ヘイル、風と共に去る。

  後に残されたロキアとバルミナ。

  しばし森が奏でる音楽に耳を傾けていたが、

  やがてどちらからともなく見つめ合う。


バルミナ(バルドル)「……ロキア」

ロキア(ロキ)  「……」

バルミナ(バルドル)「私は、あなたを愛してます。 あなたは……私を、愛してくれていますか?」

ロキア(ロキ)  「……答えならもう分かってんだろ? わざわざ聞くなよ」

バルミナ(バルドル)「ええ、分かっています。けれど、あなたの口から、ちゃんと聞きたいんです。言っておきますけど、嘘はダメですからね?」

ロキア(ロキ)  「……嘘なんかつけるはずないだろ。神様にまで祝福されちゃったんだから」

バルミナ(バルドル)「だったら……私の目を見て、ちゃんと言ってください」

ロキア(ロキ)  「…………愛してる。初めて会った時から、ずっと好きだった。きっとこれからも」


  バルミナ、ロキアに思い切り抱きつく。

  森の中に祝福の音楽が響き渡る。

  別空間にヘイルの姿が浮かび上がる。


ヘイル(ヘイムダル)「……これでこの短い恋物語は終わりです。お気に召して頂けましたしょうか? もしもお気に召さなければ、次のようにお考えくださいませ」


ヘイル(ヘイムダル)「この短い一時、眠っている間におかしな夢が現れたのだと。もしも幸運にも、この妖精たちに拍手をいただけるようでしたら、我々はいつの日か必ずお礼に伺います。オイラ、嘘は申しません。どうか、みなさまによい夢が訪れますように!」


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