第7節 向き合うことこそ

[合宿所_ホール]


 合宿3日目。


トルソー(トール)『愛する者を傷つけた輩には、己の剣で報いを受けさせる! 俺自身もまさか、こんな日が来るとは思わなかったがな!』

ロキア(ロキ)  『おいおい勘弁してくれってお坊ちゃん! 俺はもうここを出て行くんだ。あとはお前が、こいつと結婚でもなんでも好きにすればいいだろ?』

バルミナ(バルドル)『……ロキア』


鷹岡   「よし。このシーンは以上。5分休憩。その後、ヘイルとブラニールのシーンに移る」


ロキ   「……ふう」

ヘイムダル「ロキーッ! ははっ! 今のシーン、昨日よりずーっとカッコよかったぞ! 何があったんだ?」

ロキ   「別に。この合宿の最初に言っただろ。俺はもう、本気だって」

ヘイムダル「そうだけどさー、昨日と全然違うじゃん! やっぱ、マヒロと中都の奴らのおかげだろ!? ありがとな、中都っ! ロキを迎えに行った時、どんな話……って、……あれ?」


 ヘイムダル、耳をすませて上を見上げる。

 ホール中で中都演劇部と虹架演劇部の生徒がせわしなく公演の準備を進めている。


総介   「おーい、虹架のみんな! 休憩時間のうちに、舞台上の大道具の位置、もっぺん確認しちゃうよ!」

虹架部員 「はいっ!」

律    「今のうちに、照明のシュート取っちゃいましょう。東堂先輩! ピンスポット、お願いします!」

章    「オッケー北兎! 行くぞー!」



ヘイムダル「……なんか、すっげー忙しそうだな。話しかけるの、やめといてやろっと」

バルドル 「ふふ。本番は明日ですからね。中都のみなさんの力で、台本や衣装も、すごくよくなったって聞いています」

トール  「……ああ。音楽も、リツが新しくアレンジしたらしいぜ」

バルドル 「それは楽しみです! 一緒に合宿できて、本当によかった。ね、ブラギ。ロキ」

ブラギ  「……」

ロキ   「……フン」



律    「……ん……?」

真尋   「北兎、上を見上げてどうかしたの? 照明、何か気になる?」

律    「気のせいかもしれないですけど、一台、指定の角度と違う気がして」

真尋   「本当? どの照明?」

衣月   「あ、律! 何度もごめん。ちょっとこっちで試着を手伝ってくれるかな?」

律    「あ、はい! 今行きます! ……すみません、真尋さん。また後で」

真尋   「うん。行ってらっしゃい」




[合宿所_ステージ]


鷹岡   「次。ロキアと、バルミナのシーン」


ロキア(ロキ)  『あれは全部お前を騙すための嘘だって。出世のためにお前を利用してる、なんて言えるわけないだろ?』

バルミナ(バルドル)『いいえ。私は知ってます。あなたが嘘をつくときは、自分じゃなくて、誰かのためにつくんだって』


鷹岡   「白神。心の距離を詰めようとしてるシーンだ。動き方を考えろ」

バルドル 「あ……はい! 動き方……。どうしたらいいだろう」


 悩むバルドル。ロキ、少しためらった後、バルドルに話しかける。


ロキ   「……俺の顔を、少しのぞき込む感じにするとか。バルミナがやりそうだろ」

バルドル 「あっ……なるほど! ありがとうございます! ふふ。ロキがアドバイスをくれるの、初めてですね」

ロキ   「別に、アドバイスしたわけじゃない。そのほうが、いいシーンになりそうだからってだけだ」

バルドル 「分かっています。だけど……やっぱり僕は……!」


 バルドルの頭上から、何かの軋む音がする。


バルドル 「……? 上から何か音が……?」

ロキ   「……っ!? 照明が、外れ……!!」


 バルドルめがけて、照明が落ちていく。


鷹岡   「!」

ブラギ  「兄さん!!!」

トール・ヘイムダル「「バルドル!!」」

バルドル 「……っ……!!」

ロキ   「っ……くそ!!」


 ロキ、バルドルを引き寄せ、自分の身を挺してかばう。

 大きな音を立て、ロキとバルドルの寸でのところに照明が落下し、

 その欠片が散乱する。


真尋   「ロキ!!」

ブラギ  「っ!?」

ロキ   「うっ! ……っ……!」


バルドル 「……? っ。ロキ! 大丈夫ですか!?」

ロキ   「う……。俺、なんで……」

バルドル 「照明が落ちて……僕を、かばってくれて……!」

ロキ   「俺が……お前を……?」

バルドル 「傷ができています……! どこか、打ってはいませんか? 頭は? ああ……どうしよう……!」

ロキ   「落ち着け。大きな怪我はしてない」

バルドル 「本当に? ……ロキ。ありがとう……ございます……!」

ロキ   「……別に、お前を守ろうと思ったわけじゃない。体が勝手に動いただけだ」

バルドル 「……!」


 ロキとバルドルに駆け寄る一同。


真尋   「ロキ! 大丈夫!?」

衣月   「真尋、みんなも気を付けて! 破片が散らばってる」

鷹岡   「触るな! 役者は全員、ホールから出ろ。安全が確認できるまで、稽古は中止だ。神之と白神は、手当を受けろ。誰か! 手を貸せ!」




[合宿所_食堂]


ブラギ  「……兄さん。本当に痛むところはないですか? あの時のように、傷がついたりは……」

バルドル 「うん。僕は大丈夫だよ。ロキがかばってくれたから、傷1つない」

章    「そのロキも、大した怪我じゃなくてマジでよかった……」

衣月   「草鹿さんの手当も早かったからね。かすり傷だから、跡も残らないと思うよ」

総介   「しかし、なんで急に照明が落ちてきたわけ?」

律    「落ちた照明だけ、指定と角度が違いました。おそらく、取り付けが甘かったのかと……」

トール  「設置したのは、虹架の部員か……。悪かったな、ロキ。それと……バルドルを守ってくれて、ありがとな」

ロキ   「……さっきも言った。別に、バルドルとか、お前らのためじゃない。かばったりしなくたって、こいつはどうせオーディンの力で守られてるんだしな」


ロキ   「けど……、そんなこと考えるより先に、こいつがいなきゃ、芝居ができないって……それしか頭になくなっただけだ」

バルドル 「……ロキ……!」

ロキ   「その目で見るな。この際だから、言っとくぞ。俺はお前のことは好きじゃない。能天気で、お綺麗で……俺とは全然違う。オーディンは、そんなお前にばかり優しかった」


ロキ   「長い間、それが許せなかった。けど……分かった。お前と、俺が全然違うから、俺は真尋たちと出会う運命を手に入れたんだ」


真尋   「……ロキ」


ロキ   「だから、もう、お前を疎ましいとも羨ましいとも思わない。俺には、真尋がいる。章も総介も衣月も律も……演劇部のヤツらがいて、一緒に舞台を作るのが、すげー楽しい」


ロキ   「俺は、もう1人じゃない」


章・総介 「「おう!」」

衣月・律 「「うん」」


ロキ   「だから、もういい。お前にも、他のヤツらにも……ムカつくの、やめにする」

トール  「……!」

バルドル 「……っ……。ロキ……。あなたは、やっぱり変わりました。なら僕も、僕のすべきことをしたい」

ヘイムダル「なんだよ、バルドル。すべきことって?」

バルドル 「……トール。ヘイムダル。ブラギ。それから、オーディン様……聞いてください」


バルドル 「ロキは、“狡知の神”なんかじゃない。表現は不器用でも、感情豊かで、優しくて……誰よりも、人間の心に寄り添える神です。だから、マヒロくんたちと絆を結べた」


バルドル 「目の前で、危険にさらされている人がいたら、身を挺して守ることもできる。僕だからじゃありません。きっと誰にだって同じことをしたはずです。僕たちは、ロキへの誤解を解かなければいけません。今、ロキが守ってくれた僕の命は、あの時、ロキに脅かされた命と同じ」


11章7節


バルドル 「だから僕は――、ロキを赦します」


ブラギ  「……兄さん……! そんな……甘すぎます! 先程かばって見せたのは、どうせ奴の謀略です!」

バルドル 「ううん。そんなことないよ。絶対に。……もしも仮にそうだとしても構わない。僕はもう、ロキを信じると決めたんだ。オーディン様。聴こえていますか。どうか、アースガルズの神々にも、お伝えください」


バルドル 「“光の神”の名において、僕はロキを信じ、赦します。だからみんなも、僕の決意に、従ってくれませんか。お願いします」


ブラギ  「…………兄、さん…………! 貴方は…………っ、……貴方は、光に満ちている。……いっそ、愚かなほどに……!」

ヘイムダル「おうっ! オレはもともとロキのこと信じてるぞっ! それが、最高のライバルってやつだからな!」

トール  「……。ロキ」


トール  (俺は……あの時、お前のことを信じていると言った。だが……心の奥では、どこか疑ってもいた。迷いの中で、それでもお前のために、手を差し伸べたつもりだったんだ)


トール  (その手を無下に振り払われたと感じて、勝手に失望した……。一緒に逃げてくれと言ったお前から、逃げていたのは……俺か)


トール  「お前を受け止める覚悟がなかったのは、……俺の方だったのかもな」

ロキ   「トール……。フン。よく聞け! “芝居とは、客や、舞台を一緒に作る仲間や、同じ板の上にいる共演者とも、ちゃんと向き合うこと”……だぞ。分かったら、芝居の間だけでいい。俺と向き合え!」

トール  「ロキ、お前……。それ、マヒロの受け売りだろう」

ロキ   「だからなんだ? 真尋のものは俺のものだぞ」

トール  「ふ……横暴だな」

ロキ   「それが俺様だ」

ヘイムダル「あははっ! お前ら2人、よーやく昔みたいな感じに戻ってきたなー!」


真尋   「ふふ。……ロキ、神様たちと笑ってる」


 食堂に鷹岡が入ってくる。


鷹岡   「舞台の始末と安全確認は済んだ。稽古を再開する」


ヘイムダル・バルドル「「はい!」」

ロキ   「ようやくか。無駄な時間取られたからな。ここから、本気で稽古するぞ」

トール  「……ああ」


トール  「『こんな日が来るとは思わなかった』よ」

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