第6節 もう1人じゃない

[東所沢駅前]


 道行く人に話しかける中都演劇部。


総介   「すみませーん。オレたち、ちょっと人を捜してて! この写真に写ってる美少年なんですけど、見てません?」

衣月   「僕たちは中都の生徒です。はい、彼も。もし見かけたら、この番号に連絡をください」

律    「目立つ外見だから、見かけた人がいればすぐに情報が集まるとは思いますけど……」

真尋   「問題は、あの見た目のままでいるかどうか、だね」

章    「そうなんだよな~……変身できる奴の行方を捜すって、空前絶後の難易度だぞ……! それにしても……。こうやってロキを捜すのって何度目だ?」

総介   「稽古疲れたー! とかいう時の細かい脱走も入れたら、両手の指でも足りないかもね~」

真尋   「ロキが来たばかりの頃も、街にまで出て、捜したことがあったよね」

衣月   「うん。でもあの時とは、気持ちが違うね。僕たちも、きっと、ロキも」

律    「あの頃は、神様なんかと一緒に芝居が作れるのかって、疑問だらけでしたけどね」

章    「それが今や、あいつがいなきゃ中都演劇部じゃないって感じだもんな……」

総介   「神様だってのも、芝居やる上じゃ関係ないしねー! ロキたんだから、一緒にやりたい。でしょ」

真尋   「……うん。だから、必ず見つけなきゃ。よし、もう一度手分けしよう!」




[東所沢公園]


真尋   (来たばかりの頃にいなくなった時は、ここで見つけたんだっけ)


――――――

[回想]


真尋   「力を使って、ロキじゃないものになる必要ない。俺は“ロキ”、きみと、芝居がしたい!」

ロキ   「……っ……マヒロ。お前……」

――――――


真尋   (ロキと、いつまでも芝居をしていたい。その気持ちは、あの時よりもっと強い)


真尋   「ロキー! いるなら、返事して! 迎えに来たよー!」


 急に下から袖を引かれる真尋。


真尋   「っ!? ……うん?」

男の子  「……ぐすっ。ぐすっ……」

真尋   「子ども……? こんにちは。どうしたの? きみ1人?」

男の子  「……う……お母さんと来たんだけど……、……はぐれちゃったの……。……うええ……」


 真尋の袖を持ったまま、泣きじゃくる5歳ほどの男の子。 


真尋   「そっか。それじゃ、寂しいよね。でも大丈夫だよ。俺も、人を捜しているところなんだ。一緒に、きみのお母さんのことも捜そうよ」

男の子  「……ほんとう? 見つかる?」

真尋   「きっとね。ほら、手をつなごう。まずは、公園の中を見て回ろうか」

男の子  「……うんっ!」


11章6節


男の子  「おかあさーん! ……ぐすっ……。やっぱり、いないよぉ……」

真尋   「そうだね……。きみ、おうちはどこ? お母さんもきみを捜して、おうちの方まで戻ってるかも……」

男の子  「おうちは帰りたくないっ。それより、ぼく、おなかすいた!」



[東所沢駅前]


男の子  「わーい! チョコドーナツだ!」

真尋   「それを食べたら、一緒に交番に行こう」

男の子  「コーバン……知ってる。落とし物を届けるところでしょ? 行くの、やだ。コーバンの代わりに、かくれんぼして!」



[東所沢公園]


男の子  「わーい! かくれんぼだー! えっと、最初は……じゃんけんで鬼を決めるんだよね!」

真尋   「……交番に行くのと、かくれんぼするのは、等価値じゃないと思うんだけど……」

男の子  「マヒロ兄ちゃん! はやく! じゃんけんして!」

真尋   「うーん。無邪気なお願いだね。じゃんけんも、邪険にはできないなぁ」

男の子  「じゃんけん……じゃけんに……? お兄ちゃん。今の、もしかして、ギャグ? これまでで一番つまんないよ」

真尋   「はは。そう? けど、じゃんけんはともかく、かくれんぼはやめておこうか。きみのお母さんを捜してるのに、きみまでまたいなくなっちゃったら、困るからね」

男の子  「えーっ。つまんないの。じゃあ、もっと楽しいことしてよ。そうだ! 遊園地! 遊園地がいい! ジェットコースターと、観覧車と……そうだ! ミラーハウス!」


真尋   「……ふふ。遊園地は、この間行ったばっかりでしょ。そろそろ、子どものふりはやめようよ。ロキ」

男の子  「!」


男の子  「……ちぇ」


 変身を解き、男の子はロキの姿に。


ロキ   「なんだよ。やっぱり、バレてたか」

真尋   「最初は信じたよ。ロキ、本当に演技が上手くなったからね」

ロキ   「……フン。言ってろ」

真尋   「ふふ。初めて、ここで出会った時は、すぐに女の子のフリをしてるって分かったから。あ。そういえば、変身がバレたのに、あの時みたいに俺を殺そうとしないの?」

ロキ   「するかよ」

真尋   「即答だね」

ロキ   「だって、真尋は……。……ていうか、何、普通に話してるんだよ! 俺は怒ってるんだ。絶対、あいつらのところになんてからな」

真尋   「……か。彼らのところには、帰らなくていいよ」

ロキ   「なら、なんで……」


真尋   「ロキが帰るのは、俺たちのいるところだから」

ロキ   「……!」


 章、総介、衣月、律が駆け寄ってくる。


章    「おーいっ! 叶! ロキーッ!!」

総介   「ふう。やーっぱり、今回もここにいた!」

律    「……ふう……。チビの1つ覚えですね」

衣月   「今回も、リンゴを買っておけばよかったな」

章    「ロキが逃げ出す度、リンゴ箱買いして走ってたら、お財布と体力がもちませんって!」

ロキ   「お前ら……」


総介   「ったくもー。いろいろ思うところがあるのは分かるけど、鷹岡洸の稽古抜け出して、無事ですんだ役者いないよ?」

衣月   「『稽古に来ないなら役から降ろす』って言われて……少しだけ待ってくださいって、頼み込んで来たんだよ」

章    「あんなに食い下がる南條先輩見たの初めてです。必ず説得して連れてくるからって、何度も。それ見たら、鷹岡洸もさすがに許可してくれてさ。ロキ、感謝しろよ?」

律    「その前に謝罪ですよ。合宿所が、もう少しで火事になるところだったんですから」

真尋   「そうだね。ロキの炎が燃え移ったら、普通の消火器じゃ足りないよ」


ロキ   「……怒ってないのか?」

総介   「んー。心配はしたけど、怒ってはない、かな?」

ロキ   「じゃあ、怖がってるとか……」

衣月   「これが、怖がってるように見える? みんな、ロキを見つけられて嬉しいんだよ」

ロキ   「……じゃあ……、じゃあ、逃げ出すなんて、やっぱり俺はダメなヤツだって、失望して……」

章    「今更しないって。怒って出ていくのは、お前のお家芸みたいなもんだと思ってるし」

律    「どうせ出てくなら、もっと遠くに行けばいいのに。そういうとこがロキだよね」

ロキ   「……どういう意味だよ」

律    「“見つけてほしい”のが、すっごく分かりやすいってこと」

ロキ   「……」


真尋   「ロキ。アースガルズでのこと、聞いたよ」

ロキ   「っ! ……ブラギか。あいつのことだ。俺を、悪の権化みたいにしゃべってただろ。無理しなくていいぜ。やっぱり要らないって言われても、俺は慣れっこだからな。どうせ、生まれた時から1人なんだ。オーディンの“条件”だって、1人で──」


真尋   「ううん。ロキ。俺は、謝らなきゃいけない。ロキはオーディンや、他の神様たちの前で、ずっと寂しい想いをしてきたのに……彼らと芝居するように仕組んで、放り込んだ」


真尋   「本当は、ロキから事情を聞いて、相談しなきゃいけなかったよね。なのに俺の想いだけで突っ走って、ロキを傷付けたと思う。ごめん」

ロキ   「……真尋」

真尋   「でも、ロキ。これだけは言わせて。きみはもう、寂しく思う必要なんてない。俺は、オーディンの代わりにはなれないけど……、でも、絶対にきみを1人にはしない。もしロキが一緒に逃げてって言うなら、どこまででも行くよ」

ロキ   「……なんで……。ブラギの話を聞いたっていうのに、なんで、そんなこと言えるんだよ」

真尋   「そうだね。確かに、話の内容は衝撃的だったけど……」


真尋   「寂しがり屋なのに、素直じゃなくて、どうしようもなくて、相手も自分も傷付けてしまう。それがロキだって、俺は知ってる」


真尋   「でも、そんなロキが、俺の芝居にもう一度命をくれたんだ。感謝してる。心から、大切な仲間だよ」


ロキ   「……!」


真尋   「ロキは、もう1人じゃない」


ロキ   「………………」



律    「……ロキの奴、目見開いたまま固まってますけど……」

章    「腹が減ったんじゃないか?」

衣月   「やっぱり、今からでもリンゴを買ってこようか」

総介   「ここは甘いもののほうがいいかもよ。クレープとかアイスとかたこ焼きとか……」

律    「たこ焼きは甘くないです」


ロキ   「う、う、うるさい! 腹が減ったわけじゃないっ!」


ロキ   「ただ……。……その…………」

真尋   「ロキ?」



ロキ   「……ごめん。…………その。…………ありがとう」


章・総介 「「えっ!!」」

衣月・律 「「えっ?」」

真尋   「ロキ……!」


ロキ   「な……っ、なんだよ、お前ら! なんで揃って驚いてるんだよ!」

章    「だ、だだだって、なあ!?」

総介   「いやー。そりゃ、今までだってお礼言われたことくらい何度かあったと思うけどさ、こんな真正面から! ありがとうって! ねえ!!」

ロキ   「俺をなんだと思ってるんだ。礼くらい言う。それにお前らは……だ……」

真尋   「だ?」

ロキ   「だい……」

章・総介 「「だい?」」

ロキ   「……な……」

衣月・律 「「な?」」


ロキ   「大事な……。大事な、仲間だから。ちゃんと言わなきゃ、ダメだと思ったから!」


衣月   「……っ。…………ロキ……!」

律    「え……? い、衣月さん!?」

総介   「うわ! ツッキー、泣いてない!?」

衣月   「ご、ごめん。泣くつもりはなかったんだけど……! さっきの話とか、これまでのこととか思い出して……。ロキは、僕たちよりもすごく長い間生きてきて、その間、ずっと寂しかったんだって思ったら……今ロキが言ったくれたこと……よかったなって、嬉しくて……。ぐすっ」


律    「……っ……な……、泣かないでくださいよ、衣月さん。そんな顔見ちゃったら、俺だって……。……こ、これは、ロキのためなんかじゃないから! 衣月さんが感動してるのにつられただけだから!」

章    「……北兎……はは、目真っ赤。こんな時まで、素直じゃないよな……。やめろよ。俺まで泣けてくるだろ!」

総介   「……どうよ、ロキたん。これでもまだ、『俺は1人だ』って言える?」

ロキ   「……お前ら……」

真尋   「ふふ。ロキも、泣きたかったら泣いていいんだよ?」

ロキ   「は!? だ、誰が泣くかよっ!!」

真尋   「あははっ」



 物陰からロキたちの様子を見ていたトール。


トール  「……」


トール  (ロキが、人間の足で追えないほど遠くまで行っていたら、こっそり力を貸すつもりだったが……無事、合流できたか。あいつらの絆は……強いんだな)


トール  「“大事な仲間”……か。……だが……」

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