第4節 神を殺した神(前編)

[アースガルズ]


バルドル 「……♪ ふふ。花がすごく綺麗に咲いてる。可愛いなぁ。少し摘んでいったら、オーディン様、喜んでくださるかな?」

女神   「ごきげんよう、バルドル様。今日もお美しいこと。野の花も嫉妬してしまいますわ」

男神   「その微笑みは、まさしく“光の神”の名にふさわしい。オーディン様も、さぞご自慢のことでしょう」

バルドル 「……ありがとうございます。僕がこうして笑顔でいられるのも、お父様――オーディン様がこのアースガルズを治めてくださっているからです。僕もみなさんの期待に応えられるよう、精一杯努めますね。それでは、失礼します!」


 バルドル、花を持ってオーディンを探しにいく。


女神   「心までお美しいのね……。オーディン様が特別に可愛がられるのも、無理はないわ」

男神   「ああ。どんな武器でも、バルドル様を傷つけることができないよう、特別な力でお守りになっているとか。同じオーディン様のご家族でも、あの“狡知の神”ロキなどとは、比べるべくもないな」

女神   「ご家族とは言っても、あくまで義理の弟でしょう? ロキは所詮、穢らわしい巨人族の一員よ」

男神   「なんでも、巨人族の中でも疎まれていたらしい。オーディン様も奇特な方だ。慈悲をかけたのだろうが、あんな者をアース神族に迎え入れるとは」


 男神と女神の近く、物陰にいたロキ。


ロキ   「……。聞こえてるっつーの」




 ロキを探しているトール。


トール  「ヘイムダル。ロキの奴を見なかったか? さっきまでこの辺りにいたんだが」

ヘイムダル「オレも探してるぞ! けど、どこにもいない。また人間界にでも行ってるのかなー。前は、5回に1回は勝負を受けてくれてたのに、最近じゃ、10回に1回もないぞ。見るたびに、顔も暗い感じになってるし。あいつ、どうしたのかなぁ?」


トール  (……ロキは日に日にバルドルへの妬みを募らせている。悪いことが起きなきゃいいが)



バルドル 「……あっ!」



ヘイムダル「ん? 今の、バルドルの声! なんか悲しそうだったぞ。行ってみよう、トール!」

トール  「……お前は本当に耳がいいな」


 遠くのバルドルの声を聞きつけたヘイムダル。

 トールを連れ立ってバルドルの元へ。


トール  「バルドル。どうしたんだ、そんな顔して」

バルドル 「……トール、ヘイムダル。僕、さっきお花を摘んで……」

ヘイムダル「花ぁ? でも、それ、枯れてるぞ」

バルドル 「……はい。水を汲みに行っている間、少し目を離したら……」

ブラギ  「おや……兄さんのいない間に、、こんなことをしたのでしょうね?」

バルドル 「違うよ、ブラギ。この花は、すぐに水につけないと枯れてしまうんだ。誰かの仕業じゃない。僕が間に合わなかっただけで……」

ブラギ  「認めなさい、兄さん。こうして痛め付けられたのは、一度や二度ではないことを」

トール  「……何? この花がどうかはともかく、そんなにいろいろやられてんのか」

ブラギ  「兄さんの小鳥。兄さんの屋敷の庭。その前は、兄さんがオーディンから与えられた装飾品……。殺され、荒らされ、隠された。どれも、あの“狡知の神”の仕業に違いありません」

バルドル 「違うよ。ブラギ……! この花は僕のせいだし、それ以外のことも、 僕がぼうっとしてたからだ。誰も悪くない。それに、そんな呼び名、ロキには似合わないよ」

ブラギ  「──私は一言も、“ロキ”だとは言っていませんが?」

バルドル 「……!」


11章4節


ブラギ  「あのたいあらわす通り名は、兄さんの耳にもなじんだようですね」

トール  「“狡知の神”か。最近、その名前をよく耳にするな」

ヘイムダル「でもさー。ロキ、悪知恵はすっごい働くけど、別にズルとかはしないだろ?」

トール  「ああ。イタズラ好きだが、陰湿な立ち回りをする奴じゃない。なのに最近は、アースガルズで起こる悪いことが、すぐロキのせいだと噂される。俺が訂正して回っても、間に合わないくらいだぜ。否定しないあいつもあいつだがな……」

ヘイムダル「……あっ。噂をすれば、ロキが来たぞ!」


 近くを歩いていたロキ。


ロキ   「…………」

ヘイムダル「なーなー、ロキ。ちょうどお前の話してたんだ! お前、バルドルの摘んだ花、枯らしたのか?」

ロキ   「花……? こいつが摘んだ花なんて、知らない」

ヘイムダル「だよな~! お前はもっと楽しいヤツだもんな。ほらブラギ、違うって!」

ブラギ  「……どの口が、息を吐くように嘘をつくのでしょうね。兄さんの目を見て、同じことが言えますか? 今すぐ、あなたの館を探らせてもいいのですよ。きっと、兄さんの大事にしていた腕輪や、殺した小鳥の羽が出てくるに違いない」

ロキ   「小鳥……? ああ……」

ブラギ  「認めなさい。貴方は兄さんを憎んでいる。オーディンの寵愛ちょうあいを、自分が得られないばかりに」

トール  「やめろ。ロキは、盗みや鳥を殺したりなんかしていないはずだ」

ロキ   「……トール。いい。認めてやるよ。確かに、鳥が死んだのは俺のせいだ」

バルドル 「えっ!?」

ロキ   「けど、ちょっと遊んでやっただけだ。そしたら勝手に俺に惚れて、俺の言う通りに高く飛びまわり、勝手に墜落して死んだ。それだけだ」

バルドル 「……そんな……」

ロキ   「傷付いたか? “光の神”バルドル」

バルドル 「……はい。小鳥が、かわいそうで……。……でも……きっと幸せだったと思います。ロキを好きになって、ロキのために飛び回って、死んでしまったのなら。あの子の気持ちは、分かる気がします。あなたは本当に、素敵ですから」

ロキ   「チッ……お前のそういうところが、俺は嫌いなんだ。純真で、誰にでもお優しい、光のカミサマ。相容れないぜ。“忌むべき巨人族”にはな」


ロキ   「けど……、そんなお前ばかりを気にかける、のことは、もっと嫌いだ……!」


トール  「ロキ。やめろ。オーディンに聞こえるぞ」

ブラギ  「“狡知の神”よ。尻尾を出しましたね。これで、貴様の反逆はもはや明らかだ」

ロキ   「……反逆だって?」

ブラギ  「オーディンの歓心を得られないばかりに、彼の愛する兄さんを傷付けた。これが、裏切りでなくてなんです? もとより、貴様はこのアースガルズに足を踏み入れるべき存在ではなかった。ましてや兄さんを……いえ、“光の神”バルドルに仇なすことなど、決して許されない」


ブラギ  「下賤げせんなる者。招かれざる者よ。恥を知りなさい」


ロキ   「なんだよ……。お前らは、いつもそうだ。何か悪いことが起これば、すぐ俺のせいにする。ちょっとは頭を使えよ。それとも巨人族と違って、頭の出来が悪いとか?」


 騒ぎを聞きつけ、オーディンが現れる。


オーディン「……我が息子、そして兄弟たちよ。争いは何も生まない」

バルドル 「オーディン様……! これは……違います。僕がロキに寄り添えていないだけなんです」

オーディン「その手に持っている枯れた花はどうした?」

バルドル 「オーディン様に見ていただきたくて……。でも、僕の不注意で枯らしてしまいました」

オーディン「たとえ枯れていようとも、お前が私のために摘んだというなら、美しい」

ロキ   「チッ」

オーディン「……ロキよ。心を改めよ。バルドルは、お前とは違う存在なのだ」

ロキ   「……っ……オーディン。初めて俺と出会った時、言ったよな?」


ロキ   「『このオーディンの片目として働いてくれ』って」


トール・ヘイムダル・バルドル・ブラギ「「「「!」」」」


ロキ   「俺は、その言葉に応えてきたはずだ。お前が望むものがあれば、どんなものでも手に入れ、お前の代わりに戦うことだってしてきた。なのに、最近のお前は……俺のことなんか顧みない。バルドルのことばかり追いかけていやがる」

オーディン「──お前が、私の失われた片目の代わりなら、バルドルは、その目に光をもたらす存在だ」

ロキ   「……何……?」

オーディン「争わず、互いを尊び、お前の方法で私に仕えよ。お前に望むのはそれだけだ」


 オーディン、姿を消す。


ロキ   「……っ。なんだよ。なんだよ、それ……。それじゃ……俺のやってきたことは……!」

トール  「ロキ。オーディンは、誰のことも特別扱いしない。それはお前も分かってるはずだ……」

ロキ   「うるさい、黙れ……! もういい! どのみち巨人族の国ヨトゥンヘイムには帰れない。あっちでも、俺はいらない存在だったからな。なら、せいぜいこのお美しいアースガルズに、汚れた巨人族の血を撒き散らしてやるまでだ!」


 ロキ、立ち去る。


バルドル 「あ……! 待ってください、ロキ!」

ヘイムダル「うん? ロキがなんか落としたぞ。……花? バルドルが摘んでたのと同じだ」

トール  「だが……枯れちまってるな」

バルドル 「きっと、ロキも……オーディン様に差し上げるつもりでこの花を摘んだんだと思います。……ロキ……。僕に、できることがあればいいのに」

ブラギ  「…………」

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