第3節 本当の姿

[合宿所_食堂]


 配られた公演の台本を確認する一同。


章    「題名は『ミッドサマーナイト・ファブル』……。今回の台本は、『夏の夜の夢』のアレンジなのか」

総介   「ここに来て古典ネタとはねー。さすが鷹岡洸。その考え、分かるようで分からんよーで、分かる!」

律    「どっちなんですか」

真尋   「……俺は、分かるような気もするよ。古典をやると、やっぱり、気持ちが引き締まるから」

章    「そんなもんか?」

真尋   「うまく言えないんだけど……古典は、すごく長い間、たくさんの人に愛されてきた話だ。過去に演じた俳優たちや、お客さんたちの歴史が詰まってる。作品の時代背景も今とは全然違うから、表現するのはすごく難しいしね」


真尋   「表現や演出方法にそこまでない手段がない時代に、役者が身一つで客席を沸かせていたものだから、今同じことをして舞台を持たせるのは、技術や実力がすごく必要なんだ」


章    「おお……さすが、古典が好きな叶ならではのコメント」

総介   「そそ! 何百年も生き残ってきた話だけあって、セリフ回しも面白いしねー!」

真尋   「うん。やっぱり、有名な長台詞を舞台上で自分が披露するとなったらワクワクするよ」

総介   「同じ古典でも、アレンジの仕方で表現は千差万別。その違いを楽しむこともできる! 今回の『夏の夜の夢』なんか、まさにそれ。さてここでツッキー、原作のあらすじ紹介プリーズ!」

衣月   「承りました。すごく簡単に言えば、人間の恋人たちと、妖精たちをめぐる喜劇だね」


 衣月、原作のあらすじを話し始める。


衣月   「アテネの貴族の娘と息子が駆け落ちを試みて、とある森に迷い込む。そこで妖精のいたずらに遭うんだ。恋のライバルたちも巻き込まれて、三角関係や四角関係に陥ってしまうお話、かな」


衣月   「今回の台本は、その話のアレンジだ」

章    「そうっすね。シンプルに言うと……ええと。神宮寺とロキが演じる2人の妖精が、妖精王の娘である白神兄をめぐって、恋敵になるって感じか」

真尋   「神宮寺とロキが、バルドルをめぐって、恋敵……」

律    「それって……、あの3人が演じると、私情が混ざりすぎるんじゃないですか?」

総介   「たぶん、それ含みでこの配役なんだと思うよ。どうせぶつけるなら一番痛い形でぶつける! やることがいちいち最高にエグい男、それが鷹岡洸ってね」


 竜崎と草鹿が食堂に戻ってくる。


竜崎   「上手いこと言うじゃねーか、西野」

章    「育ちゃん!? 急に入ってくるからビビった……! けど、戻って来たってことは!」

真尋   「竜崎先生。草鹿さん。ロキは?」

草鹿   「ん。大丈夫。割とすぐに、近くで見つけたよ」

真尋   「……よかった……!」

律    「ふう……。一安心ですね」

衣月   「ロキを見つけてくださって、ありがとうございます」

草鹿   「ホールまで連れて行って、洸ちゃんに預けたよ。稽古にちゃんと参加してる」

総介   「ロキたん、どんな様子だった?」

竜崎   「神之とは思えないくらい、無口だった。もっと抵抗されるかと思ったがな」

草鹿   「育ちゃんが『合宿やめて帰りたいなら、止めない』って言ったら、黙ってついてきたよ。本人にも迷いがあるんだね。神之、今すごく、成長しようとしてるんだと思う」

真尋   「ロキ……」

総介   「ちょっと心配だけど、稽古場にいるなら、オレらにできることはない。でしょ」

真尋   「……うん」

総介   「んじゃ、オレらは本番に向けて、ばっちり準備するのが仕事! 中都なかつの裏方仕事の本髄、バシッと見せてやりましょう!」

衣月   「そうだね。それじゃみんな、取り掛かろうか……!」


真尋   (裏方仕事か。俺、裏方をきっちりやるのって初めてかも)


真尋   「……」


――――――

[回想]


ロキ   「……俺を、突き放すのか?」

――――――


真尋   (俺はロキを、つらい場所に送り込んだんだ。俺もここで、できる限りのことをしなきゃ、ロキに合わせる顔がない)


章    「あ。叶、今ちょっといいか? 台本のここのセリフ。お前から見て、どう思う? 読みづらくないか?」

真尋   「うん? 神谷先輩が演じるヘイルのセリフか。ええと……文章としては成立してるけど、声に出すことを考えるとちょっと違和感が出ちゃうね。同じ音が続くからかな」

章    「だよな。よし。……よしよし。よーしよしよし……!」

真尋   「東堂? それ、なにがよーしよしよしなの?」

章    「あとで、王様んとこに伝えに行くために気合い入れてんの!」

真尋   「王様って、鷹岡さんのことか。そんなに緊張する?」

章    「するよ! 超有名俳優だってだけでもビビるのに、育ちゃん以上の仏頂面、かつあの容赦のなさだぞ! 叶。お前を役者と見込んで頼む。鷹岡さんとのやり取り、シミュレーションしてくれ!」

真尋   「え。わ、分かった。あんな厳しい雰囲気、出せるかな……」

章    「行くぞ。すぅ……」


 章、大きく息を吸い込み、シミュレーションを始める。


章    「……あの。鷹岡さん。ちょっと……いいすか!」

真尋   『……なんだ』

章    「ぐ……。さすが叶。威圧感がすごいな。けど、負けない……! こ、ここの、ヘイルのセリフなんですけど。言葉の順番、入れ替えたほうが、よくないですか?」

真尋   『なぜそう思う』

章    「え……っと、それは、その……その方が、役者が演じやすいし、客の耳なじみもいいからです!」


 章、セリフを書いた台本を見せる。


章    「ちょっと書いてみたんですが……。こんな風に! こっちの方が、役者も言いやすいかなって! 俺が虹架の台本直すとか、おこがましいですけど、でも……いいもの作る手伝いがしたいんです」

真尋   「……」

章    「…………」

真尋   「……本当だね、東堂。こっちの方が言いやすそうだし、お客さんにも伝わりやすいと思うよ」

章    「うおっと! 急に素に戻ったぁ! まだ鷹岡さんで受けてよ!?」

真尋   「あ、ごめん。つい。『……ああ。そうだな。直しておく』」

章    「あ、ありがとうございます……! ふぅ。シミュレーションできた。サンキュ叶!」

真尋   「そんなに緊張しちゃうなら、西野に伝えてもらってもいいんじゃない?」

章    「確かに、前だったら、総介に頼むか、ビビって言わずに逃げてたと思う。けど、台本が少しでもよくなるなら、『俺なんかが』とか、思ってる場合じゃないよなって」

真尋   「東堂……」

章    「総介だってあの人と正面からぶつかったんだ。俺も逃げたくない。それに……この間のテレビ取材の時、みんながプロの台本より俺のを選んでくれて……、俺思ったんだ。いい芝居を作りたいって想いに、年齢とか、経験値とか、関係ない」


 自信を持った笑顔になる章。


章    「その想いを伝えて、動くことは、悪いことじゃないだろ」


真尋   「……うん。そうだね」




真尋   「南條先輩。衣装で俺に手伝えること、ありますか?」

衣月   「ありがとう。じゃあ、この2つの衣装を両手に持って、壁際に立ってくれる? 少し高めに掲げてみて」

真尋   「こう、ですか?」

衣月   「そう。ちょっと離れて、バランスを見たいんだ。……うーん……。やっぱり……印象が似すぎてるかも。このオーガンジーは確かに“妖精”向けの素材だけど、色が子どもっぽいのが引っかかるし。でも、ここの衣装部屋には、これ以上ロキアとバルミナに似合うものはなかった」


衣月   「……。そうだ。僕の部屋にある、シルクジョーゼットの残りを……。あ、それとも、部室にしまってあるオーロラ色の……」

真尋   「……な……南條先輩。その。腕が……」

衣月   「そうだ。持ってきたトール用の衣装も部分的に使えるかもしれない」

真尋   「……南條先輩。俺、筋肉あるほうじゃないので……、少し、腕、震えてきました……!」

衣月   「真尋。腕が下がってきてる。もう少し高く掲げてて」

真尋   「……あ。はい。…………く……!」

衣月   「うん。決めた! 決めたよ、真尋!」

真尋   「腕、下ろしていいって、ことを、ですか……?」

衣月   「ううん!」

真尋   「違った……!」

衣月   「本番までの時間がまだある。僕、今回は衣装を作るよ」

真尋   「えっ」

衣月   「さすがに一から全部作るのは厳しいから、これまでのをアレンジして間に合わせる。前から、神5かみファイブのみんなにも衣装作ってみたいって密かに思ってたんだ」


衣月   「日数の限られた合宿では、出過ぎた提案だって、自粛してたけどね。今回は、ロキの晴れ舞台でもある。出過ぎていたって、最高の衣装を着せたい」


 無邪気な笑顔をみせる衣月。


衣月   「鷹岡さんにお願いしてみようと思う。呼んでくるから、少し、そのままで待ってて、真尋!」

真尋   「そのまま……!」


真尋   (南條先輩……この頃たまに、子どもみたいな顔で笑うなぁ。なんだかこっちまで嬉しくなる。嬉しくはなるんだけど……。……腕、上げとかなきゃダメかな……)




律    「今回は、本番までの時間がまだあります。だから俺、曲のアレンジ見直します」

真尋   「北兎も?」

律    「俺もって……。あ、もしかして、衣月さんも?」

真尋   「うん。さっき、近いことを言ってたよ。同室の2人って、なんだか似てくるのかな」

律    「衣月さんが……。衣装も、音楽も、効果音も、虹架のストックは相変わらずすごいです。前回は、そこから台本に合うものを選ぶだけで精一杯でした。でも今回は、もっとベストを狙いたい」

真尋   「北兎……」

律    「俺たちの中から、ロキ1人を送り出すんです。俺は、音楽がメインになっちゃうけど……自分のためにも、中都のためにも、それからロキのためにも……。できること、全部やります」

真尋   「ふふ。今の、ロキが聞いたら喜ぶよ」

律    「喜ぶ……。別に俺、ロキを喜ばせるためにやってるわけじゃないですし。これも、中都演劇部のためですから」

真尋   「うん。分かってる。北兎はやっぱり、いい奴だね」


 律、気恥ずかしそうに笑う。


律    「……そんなんじゃないですってば」




[合宿所_エントランス前]


虹架部員 「あの……本当に叶さんに頼んでいいんですか? 会場周りの掃除なんて、俺たち1年の雑用なのに」

真尋   「雑用じゃないよ。お客さんが最初に目にする場所だから、綺麗にしないとね。これでも掃除は、経験豊富なんだよ。実家でよく手伝ってたから。……でもなぜか、俺が手伝うとよけい汚れるってよく怒られてたんだよね。なんでだろう」

虹架部員 「や……やっぱり、自分も一緒にやります」

真尋   「そう? ありがとう。それじゃ、まずはホウキで……」

総介   「ヒーローくーん! いたいた! ヘルプミー!! 役者目線の意見ちょうだい! 今回の台本ってさ、『夏の夜の夢』が元ネタじゃん? 演劇やってるオレらには、まだがあるけど、お客さんは、シェイクスピア読んだことないって人も少なくないと思うんだよねぇ」

真尋   「そうだね。俺も、芝居をやってなかったら知らない話も多かったと思う」

総介   「そうなのよ。そこでさ! 開演前に、あらすじとか、登場人物の説明書きを配るのってどう思う?」

真尋   「なるほど。んー……。確かに、話を理解してもらう助けにはなると思う。だけど……今回はあくまでアレンジバージョンだし、台本も、すごく分かりやすい作りになってる。俺が出演者なら、先入観なく観てほしいかな」

総介   「オッケー了解! すっげー助かった! んじゃ、説明書き作る作業は省いて……」


 総介のスマホが鳴る。


真尋   「西野の携帯、鳴ってるよ。でも、そんな着信音だったっけ?」

総介   「いつもの着信じゃなくてSNSの通知。えっと、なになに。『車椅子で観られる席は何席ありますか』……大事だね。付添人の席とあわせて確認しよう」

真尋   「それ、お客さんからの質問?」

総介   「そそ。今だけ、虹架演劇部のSNSアカウント、オレも使わせてもらっててさ~。いろいろ宣伝するの手伝ってるんだけど、お客さんから質問も来るから、できる範囲で対応中」

真尋   「そっか。そういう仕事もあるよね。知っていたつもりだけど……」

総介   「ふっふっふ。実際、裏方の現場で目にすると、また重みが違うでしょ?」


 得意げに微笑む総介。


真尋   「うん。そう思う。俺にも、西野を手伝えることあるかな」

総介   「サンキュ。んじゃ、看板役者の能力生かして、宣伝用の動画でナレーションやってもらおっかな! ただし、その掃除が終わってからね♪ 虹架の1年くん、待ってるよ」

真尋   「あ……そうだった! ごめん、急いで掃除しよう!」

虹架部員 「はいっ! お客さんたちと、芝居に出る先輩たち……それから、神楽先輩のためにも! ピカピカにします!」

真尋   「……有希人のためにも……。うん。そうだね」


真尋   (「芝居は1人きりじゃできない」か。ロキに偉そうに言ったけど、俺も実感してる。本番を成功させるために、たくさんの人の手が……心が動いてるんだ)




[合宿所_食堂]


総介   「よーし! ここらで中都メンバー、しゅうごーう! そろそろ、出演陣の稽古、のぞき見しにいかない? 夏の合宿ではさ、正直悔しい気持ちもあって、あんま稽古も見てられなかったんだけどね。今はもう、そんな小さいこと言ってる場合じゃないし。鷹岡洸の稽古、タダで見られるとか、得すぎるでしょ!」

衣月   「今は、ステージを使って役者だけで稽古中だよね? ロキのことも心配だし……こっそり見に行こうか」

真尋   「はい。本当は、見たくてうずうずしてました」

律    「ですね。けど、ロキの奴、俺たちが見てるって分かったら甘えが出てサボりますよ。もしくは盛大に拗ねる。観に行くなら、こっそりですからね、こっそり」

章    「ああ。……って北兎、お前……!」

律    「え? なんですか」

章    「だって、ちょっと前までのお前なら、『俺はロキのことなんか気になりません』……とか言ってたシーンだぞ、今の。本当に成長して……お兄ちゃんは嬉しい!」

律    「お兄ちゃんって、こんな兄要らないんですけど。ていうかそれ……まさか、凛と結婚する気で言いました?」

章    「へ?」

律    「……うわ……。心底、無い。勘違いも甚だしい」

章    「ちょ、ちょっと待って!? け……けっこんなんて一言も言ってないぞ!? 弁明する隙も与えないスタイル、やめて!?」

真尋   「東堂。俺、ロキが気になるから、先行ってるね」

総介   「オレも~!」

律    「さ、衣月さん、俺たちもいきましょう。地味勘違い先輩はほっといて」

章    「ちょ……お前ら、待て! 俺だって気になるよ! ああっ……南條先輩! 北兎も! 置いていくなっ!」




[合宿所_ホール]


トルソー(トール)『……抜け! 貴様に決闘を申し込む!』


 トール、腰の剣を抜き、剣先をロキに向ける。


トルソー(トール)『愛する者を傷つけた輩には、己の剣で報いを受けさせる!

 俺自身もまさか、がな!』


ロキア(ロキ)  『おいおい勘弁してくれってお坊ちゃん! 俺はもうここを出て行くんだ。あとはお前が、こいつと結婚でもなんでも好きにすればいいだろ?』

バルミナ(バルドル)『……ロキア』

トルソー(トール)『腰抜けめ。さっさとこの森から立ち去れ! そして二度と彼女に近づくな!』

ロキア(ロキ)  『言われなくてもそうするって。じゃあな姫様。俺になんか言われたくないだろうが、せいぜい幸せにな』



鷹岡   「──もういい。そこまで」


鷹岡   「神宮寺。今のシーン、どういうつもりで演った? 憎いなら、腹の底から憎め。感情のやり取りがまったくできていない」

トール  「……どんな感情も、こいつが拒むからな。俺はまるで、人形とでも芝居してるみたいだ」

ロキ   「フン。俺だって、お前とやるくらいなら、人形相手のほうがずっとマシだぜ」

鷹岡   「神之。お前は芝居以前の問題だ。やる気があるのか?」

ロキ   「ない」

トール  「……ロキ」

ロキ   「ハッ。あるわけないだろ? こんなヤツらと一緒に、お前みたいな横暴な人間の小言を聞きながらやる稽古で、やる気なんか出るかよ」

ヘイムダル「ダメだぞ。そんなこと言ってたら、オレがその役取っちゃうからな、ロキ!」

ロキ   「好きにしろよ。望んで得た役じゃない」

バルドル 「……」

鷹岡   「話にならんな。一度休憩を挟む。その間に立て直せ。無理なら、神之は下ろす」

ロキ   「は? 下ろすだと? なら、最初から俺をこいつらと同じ舞台に上げようとするな! 俺は、真尋と、ちゃんとした芝居がしたいだけだ!」

鷹岡   「……」


 鷹岡、ため息を吐いて席を立つ。


ロキ   「おい。待て。聞いてるのか、タカオカ!……くそ」

ヘイムダル「ロキ。言ってること、ぐちゃぐちゃだぞ。この芝居やりたいのか? やりたくないのか?」

ロキ   「……」

ブラギ  「──まるで子どものような態度。筋の通らない、自分勝手な言い草。中都演劇部の煩悶はんもんしのばれますね。こんな無能の尻拭いばかりしなければならないとは」

ロキ   「ブラギ。あいつらのことをそれ以上悪く言ってみろ。ただでは済まさない」

ブラギ  「どうぞ、ご随意ずいいに。私に手を出せば、今度こそ、貴方はアースガルズに帰る手立てを失うまで。私にとってはその方が幸運ですよ」

ロキ   「貴様……!」

バルドル 「やめてください。2人とも!」


 ブラギに掴みかかろうとするロキを止めるバルドル。


バルドル 「ロキ、ごめんなさい。さっきのシーンは、僕が少し立ち位置をミスしてしまったんだと思います。やりにくかったですよね。次はもっとがんばります。鷹岡さんが戻るまでに、もう一度練習しましょう?」

ロキ   「……」

トール  「ロキ。返事くらいしたらどうだ」

ロキ   「……。なら、返事してやるよ。……バルドル。俺は、お前のそのお綺麗なとこが、心底鼻につく。思ってもないのに、『僕が悪い』『僕ががんばる』反吐が出るぜ。あの頃から、ずっとな!」

ブラギ  「っ……やはり貴様の魂は、穢らわしい巨人族の血で汚れきっているようだな。光の神バルドルに唾を吐きかけるその行為、どんな償いをしたとしても、足りるはずがない……っ! 貴様は改心などしていない。いいや。させるものか……! この、クズが!!」

ロキ   「……っ……」

ヘイムダル「ロキ。さっきからどうしたんだ? お前……また、昔みたいな顔してるぞ。マヒロたちといる時は、そんなことなかったのに」


 ヘイムダル、ホールの隅を指差す。


ヘイムダル「ほら。心配してるぞ、あいつら」

ロキ   「!?」


総介   「あ……やべ。見つかった!」

ロキ   「お前ら……。いつから見てた?」

トール  「ヘイムダルは、耳がものすごくいいからな。ホールに近付く足音で気付いていたんじゃないか?」

衣月   「ごめん。稽古を邪魔するつもりじゃなかったんだけど……」

真尋   「……ロキ」

ロキ   「なんだよ、真尋。その顔……お前も、俺に説教しに来たのか? それとも、高みの見物か。俺にこんなヤツらと向き合えだのなんだのと言ってたもんな」

真尋   「違うよ。俺は、ロキが……」

トール  「中都に聞きたいんだが、ロキのやる気、どっかに落ちてなかったか?」

ロキ   「……黙れ、トール」

トール  「困るぜ。こんなワガママ姫を寄越すなら、せめて、最低限のしつけはしておいてくれよ」

ロキ   「……っ、黙れと言ったのが聞こえなかったか!!」

バルドル 「ロキ……! そんな風に叫んだら、喉を痛めてしまいます」

ヘイムダル「トールもだ。カッコ悪いぞ、その言い方。お前まで、どうしちゃったんだよ」

トール  「俺はどうもしてないさ。むしろ、手を差し伸べたつもりだ。……インプロでロキが見せた芝居には感心した。過去のことを、水に流そうと思えるくらいには」

真尋   「過去の……こと?」

トール  「マヒロたちと一緒に暮らして、芝居することで、ロキの心は変わり始めてると……信じかけた。けどな。やっぱりこいつは変わってない。孤高と、独りよがりを履き違えてる」

ブラギ  「……ふっ」


 ブラギが静かにほくそ笑む。


ロキ   「やめろって言ってるだろ……! それ以上言ったら許さない!」

トール  「マヒロ。お前は結局、こいつを甘やかしただけだ。それで“仲間”を名乗れるのか?」

真尋   「…………」

ロキ   「もういい! トール、そこを動くな……!!」

律    「あ……! ロキの奴、いつもの……!」

総介   「っ……ロキたん!」

ロキ   「俺は侮辱には慣れてる。生まれ落ちた時からな。だが──」


 ロキの周りに炎が巻き起こる。


ロキ   「真尋への侮辱は、絶対に許さない。こいつはたった1人、俺が心から認めた人間だ!」

衣月   「ロキ!!」

章    「っ! ロキ、ダメだって!!」

ロキ   「ちょうどいい。中都に入ってから、神の力を使うなと言われてばかりで、ずいぶん腕がなまってたところだ。お前相手なら、手加減の必要もないよな。トール。久々に、とくと味わえ。このロキ様の炎を……!!」


真尋   「ロキ!! ダメだ!!!」


ロキ   「っ……!」


 真尋の制止でロキの炎が消える。


ロキ   「……なんで止めるんだよ、真尋。お前、もう俺のこと要らないんだろ?」

真尋   「そんなことない!」

ロキ   「なら、なんでこいつらと向き合えとか言うんだよ。お前だって、舞台に立てなくて嫌じゃないのか? こんなのやったって意味なんかない。いつもみたいに、俺たち2人だけで――」

真尋   「ロキ、今回の選抜メンバーを鷹岡さんに提案したのは……俺なんだ」

ロキ   「…………え?」

真尋   「黙ってこんなことしてごめん。だけど俺、ロキに――」

ロキ   「真尋……お前が……? ……なんで……。俺は、お前とだから楽しいのに……! お前とだけやるんじゃ、ダメなのかよ!」

真尋   「ロキ……」

ロキ   「真尋は、もう俺と芝居やりたくないのか? こんなの全然楽しくない。なんだよ。芝居が楽しいもんだって教えたのは、お前なのに……!」

真尋   「あ……、ロキ!」


 ロキ、真尋の静止を振り切ってホールを飛び出す。



総介   「……また出て行っちゃったね」

バルドル 「……マヒロくん……」

真尋   「……」

ヘイムダル「もー。昔のことなんかいったん置いとけばいいだろ。本番は明後日なんだぞ? オレ、ロキを捜して……」


ブラギ  「……。……ふふ。ふふふふ……」


章    「え……。白神弟が……笑ってる?」

バルドル 「ブラギ? どうしたの?」

ブラギ  「ふふっ。兄さん。これが笑わずにいられますか? やはり、私の思った通りになった。身勝手なことを叫び続け、あまつさえ雷神トールに炎まで向けるとは。あのロキの本質は、人間と交わろうが、芝居に目覚めようが、変わるはずもない」


ブラギ  「結局、また手を振り払われた。そうでしょう、トール。信じるだけ無駄だった!」


トール  「……」

ブラギ  「奴はやはりゴミだ。クズです。倫理を持たぬ蛆虫だ。オーディンの指令など、こなせるはずもない」

真尋   「……白神。そんなことない。ロキはそんな奴じゃないよ。それに、芝居をやることでロキ自身も変わってきてる。本当だ。今はまだ、その途中なんだ」

ブラギ  「は! やはりクズの周りには、クズが集まっているようですね」

バルドル 「ブラギ。そんな言葉を使わないで。僕たちだって、足りないところはたくさんあるんだから……!」

ブラギ  「……兄さん。貴方も貴方だ。どんな悪でもそのかいなに抱こうとする優しさが、貴方自身を傷付けているのに」

バルドル 「もし僕が傷付いているというなら……、それは僕の過ちだよ。他の誰のせいでもない」

ブラギ  「……茶番はもう終わりです。私の我慢にも限界があります。オーディン。どこかで、この様子を見聞きしているのでしょう。あの者に成長などありえません」


ブラギ  「このあたりで、この馬鹿げた三文芝居も終わりにしてはいかがですか!」


 衣月と律、ノルッパのぬいぐるみを見る。


衣月   「……オーディンって……! 律。ノルッパは?」

律    「……連れてきてはいますけど……反応ありません。入ってない……と思います」


ブラギ  「……。静観するというなら、それでも構わない。この私が──詩の神の名に恥じぬよう、紡ぐ言葉だけで殺してみせますよ。あの浅ましき狡知の神を」


11章3節


トール  「ブラギ。やめろ。人間たちには関係のない話だ」

ブラギ  「なぜ止めるんです。話そうと話すまいと、最後に訪れる結果は同じでしょう。人間ども。聞きなさい。貴方がたが仲間と呼ぶあの神は、そんなに生温かい存在ではない。――今、奴の本当の姿を語り、絶望の幕を上げましょう」

真尋   「本当の……姿?」

章    「それって……北欧神話に書かれてるような話か? 俺、ロキが来てから北欧神話の本は何冊か読んだよ。確かに、ロキが悪者っぽく描かれてる話が多い。けどロキは、人間界に伝わってる話は嘘ばかりだって……」


ブラギ  「それこそが、あの者の嘘だとしたら?」

章・総介・衣月・律「「「「……!」」」」


真尋   「……そんなこと、ない」

ブラギ  「ふふふ。さすが、は違いますね。ならば、奴のどんな暗闇をも知る覚悟がある。そういうことではないですか?」

真尋   「……………うん。ロキと……きみたちの間に何かがあることは分かっていたし、ずっと、知りたいと思ってた。今回、こんな形でロキを追い込んだのは俺だ。どんな事情があっても、全部受け止める。ロキに寄り添う。そう決めてる」

総介   「……ヒロくん」

真尋   「だから、話して、白神。知りたいんだ。ロキのこと」

ブラギ  「……そうこなくては。それでは、語って差し上げましょう」


ブラギ  「あの邪悪な者――ロキは、殺したのです。アースガルズを照らす、“光”を」

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