第2節 選ばれた役者

[合宿所_食堂]


衣月   「役者を選抜……か。やっぱり、来たね」

律    「今回は、どういう人選をしてくるんでしょうね」

章    「虹架には今、神楽がいないだろ。そうなると、当然……」

総介   「うん。今度こそ、ヒロくんとロキたん……2人とも選ぶのが普通だろうね」


総介   (でも……鷹岡洸のあの顔。なんか、妙なことが起こる気がする)


ロキ   「……」

真尋   「……」


鷹岡   「出演メンバーを発表する。まずは、神谷ヘイムダル」

ヘイムダル「はーい! やった! 今回は出られるんだな! ロキは!? ロキもだよな!?」

鷹岡   「白神バルドル」

バルドル 「……はい!」

鷹岡   「白神ブラギ」

ブラギ  「…………はい」

鷹岡   「そして、神宮寺トールと神之ロキ。2人にはメインで殺陣たてをやってもらう。以上だ」


トール  「……なんだって?」

ロキ   「は? 俺とトールが……!?」


竜崎   「……」

総介   「……なるほど。まさかの“神しばり”ってわけか。だけど……」

章    「今、『以上』って言ったよな? ってことは……叶は出られないってこと!?」

律    「真尋さん……!」

真尋   「大丈夫だよ」

ロキ   「は? 大丈夫じゃないだろ!」


 ロキ、鷹岡へ食ってかかる。


ロキ   「おいタカオカ! なんだ、その采配は。俺を選んだことは褒めてやる。だが、このトールと、よりによって殺陣だと? その上、真尋を落とすだなんて。それでも演出家か? お前の芝居を見る目はどこについてる! 真尋は……!」

トール  「ロキ。黙ってろ。言い募っても意味ないだろ」

ロキ   「上から物を言うな。お前だって、俺と同列扱いなんて我慢ならないくせに!」


トール  「……タカオカ。普段なら、お前に従うがな。ロキの芝居は、確かによくなってる。それは昨日のインプロで、俺たちも理解したさ。だが俺とロキの仲は今、この通りだ。2人でメインを張れるような間柄じゃない。考え直せないか?」


鷹岡   「これが俺の決定だ」

トール  「おい、タカオカ──」

竜崎   「鷹岡。さすがに、少し説明してやれ。全員戸惑ってる」

鷹岡   「……今回は、イレギュラーが多かった。まず神楽がいない。加えて昨晩、があった。それらを考え合わせた結果だ」

衣月   「面白い提案って……?」

鷹岡   「意見はそれだけか? 何を言われても、聞くつもりはないがな」

ロキ   「……っ」

鷹岡   「要領は夏の時と同じだが、今回は準備期間が前回より長い。俺を失望させるな。朝食の後、台本を配る。以上だ」


章    「あ……相変わらず、好き勝手言っていなくなるなぁ……! 叶。これ、俺たちは全然納得してないぞ。多分だけど、夏と同じことが起こらないようにって、リスクを考えてお前を外したんだと思う」

律    「そんな必要、もう全然ないのに。夏はロキで、今回は真尋さんを落とすって……。うちは役者2人でやってきてるの、知ってるくせに。……こんなの、合同合宿の意味ない」

衣月   「……神楽が倒れてしまったのは、鷹岡さんにも予想できなかったことだ。バランスを考えて、こうしたんじゃないかな。この選抜に、優劣付けの意味はないと思うよ」

真尋   「はい、分かってます」

章    「分かってるって、どういうことだよ?」

総介   「……ヒロくん。もしかして――」

真尋   「みんなには、後でちゃんと話すよ。それより、ロキ」

ロキ   「真尋。お前もタカオカに文句言えよ。俺は、こんなヤツらと芝居する気はない! お前とだから、芝居をしたいんだ。トールと2人でなんか、俺は絶対……!」

真尋   「……ロキ」

ロキ   「なんだよ!」

真尋   「“芝居とは、演じる役と自分との距離を考え続けること”……西野はそう言ってたでしょ?」

ロキ   「……それがなんだ。そんなの、俺だってちゃんと分かってる!」


真尋   「俺、最近、教えられた気がするんだ。芝居には、別の側面もあるって。芝居とは、お客さんや、一緒に舞台を作る仲間たち……そして“同じ板の上にいる共演者とも、ちゃんと向き合うこと”だよ。だって、俺たちがやっている芝居は、1人きりじゃできないから」


章    「……叶」


真尋   「俺たち役者は、同じ板に立つ共演者のことも、そしてその人が演じる役のことも、ちゃんと考えなきゃいけない。相手は、どんな人で、どんな風に役を解釈しているか。どう表現して、どう演じるのか」


律    「真尋さん……」


真尋   「俺たち2人が、お互いのことを考えて、とことん向き合って、芝居を創るようになったみたいにね」

ロキ   「……何が言いたいんだ」

真尋   「俺は、今回の合同公演で、ロキに俺以外の役者とも、ちゃんと向き合ってほしい」

ロキ   「断る。俺は、お前としかやらない。……あいつらとやっても、“笑顔”なんか集まりっこない。意味ないだろ。『どうして』なんて聞くなよ。この俺が。役者の俺が、全然楽しくないからだ!」


真尋   「そうかな。俺は、そうは思わない」


11章2節


ロキ   「え……」

真尋   「今のロキはもう、出会った頃のきみじゃない。芝居が、たまらなく楽しいはずだ」

ロキ   「それは……真尋とやるからだ!」

真尋   「ううん。俺とやるからってだけじゃない。ロキ自身が、芝居の楽しさを、自分で見出したんだ。だから意味なくなんてない。俺は信じてる。ロキが、俺以外の役者とも向き合えるって。……その経験が、俺たちの次の芝居にも……きみの“試練”のためにも、必要だと思う」

ロキ   「……真尋……。お前、急に、なんでそんなこと……。……俺を、突き放すのか?」

真尋   「そんなことしないよ。俺だって、ロキとする芝居が一番好きだ」

ロキ   「なら、なんで……!」

ブラギ  「お仲間ごっこは、そこまでにしていただけますか。虫唾が走ります」


 ロキと真尋の言い合いをブラギが遮る。


ブラギ  「あれこれと言葉を尽くしていたようですが、嫌なら、今すぐ逃げ帰ればよいのでは? 私も、穢らわしい巨人族と同じ舞台など、踏みたくもない」

ロキ   「……っ」

ブラギ  「ですが、堪えて差し上げますよ。貴方の底の浅さが、舞台の上で露呈するのが楽しみですから」

トール  「おい、ブラギ。煽るな」

ヘイムダル「ロキは底が浅くなんてないぞ! オレは、ロキと舞台でぶつかるのすげー楽しみだ! 芝居を始めた時から、こうなればいいなって思ってたんだー! な、バルドルっ!」

バルドル 「──はい。昔は、ロキと一緒にお芝居ができるなんて、思っていませんでしたから」

ロキ   「……どの口が!」


真尋   「ロキ」


ロキ   「チッ……! 気分が悪い。俺は出ていく」

ブラギ  「おや。やはり逃げ出すのですね。賢明な判断ですよ」

ロキ   「逃げない! 誰がお前らから逃げるか。あまり見くびるなよ、“弟”! くそ……!」


 ロキ、食堂の出口へ向かう。


衣月   「待って、ロキ!」

ロキ   「来るな。真尋も、衣月も、お前ら誰も、追って来るな!」


 食堂から出ていくロキ。


総介   「……あー。逃げないって言いながら、勢いよく出て行っちゃったね」

草鹿   「育ちゃん。神之のこと追いかけて。見失ったら、見つかるまで捜して」

竜崎   「……俺が連れ戻せると思うか?」

草鹿   「とか言ってる間に行く! この流れじゃ、部員以外が行ったほうがよさそうだし、おれも捜すから」

竜崎   「……ふう。お前ら、残りのメシちゃんと食って、稽古に備えてろ」


 竜崎、ロキの後を追う。


真尋   「……」

章・総介・衣・律「「「「……」」」」

バルドル 「僕たちも、先に失礼します。中都のみなさんには、マヒロくんから事情を話したほうがいいと思いますから。虹架のみんなには、僕から話します」

真尋   「……うん。ありがとう、バルドル」


 バルドルが虹架の部員を連れ立って食堂を後にする。


衣月   「真尋。やっぱり何か知ってるんだね。事情って、どういうことかな。説明してくれる?」

真尋   「……勝手に、すみません。昨日の夜、部屋でバルドルと話して決めたんです。鷹岡さんに、この組み合わせで合同公演をやることを提案しようって」

律    「……え……!? 真尋さんが……!? 相手がロキとはいえ、舞台の出演を他人に譲ったってことですか?」

章    「嘘だろ。あの、3度のメシより芝居好きな叶が!? なんで!」

総介   「……ロキたんのため、だよね」

真尋   「うん。みんなも感じていたと思うけど、ロキと、虹架の神様4人の間には、大きな溝がある。俺も、詳しい話は何も知らない。でも……ロキはそのせいで、ずっと寂しそうだった」

衣月   「……うん。ロキはずっと、神様たちとのことは、あまり話したくなさそうだったよね」

総介   「だから、ロキたんが芝居を好きになってきたこのタイミングで、あえて4人とぶつけて荒療治できないかって考えたわけね。んー。ヒロくん。言っちゃ悪いけど、それってさ。大きなお世話なんじゃない?」

章    「おい、総介。言うに事欠いて……!」

律    「西野先輩にだけは言われたくないですよ」

総介   「だって、黙ってればきっと、今回もヒロくんが選ばれてたっしょ。そんなヒロくんに、裏で手を回してまで出演を譲られて、ロキたんが喜ぶと思う? しかも、仲の悪い奴らと同じ舞台を踏めって、無理やり背中押されてさ。怒って当然でしょ」

真尋   「……そうだね。勝手なことしたって、自分でも思ってるよ。だけど……。もし、今ロキを傷付けたとしても、俺はロキに、芝居を通して彼らと向き合ってほしい」

衣月   「どうして、そこまで?」

真尋   「今のロキには、それができるって信じてるからです」

総介   「……」


真尋   「それから……いつか、ロキはアースガルズに帰るでしょ?」


衣月   「!」

真尋   「今、俺たちと一緒に毎日笑顔でいてくれても、アースガルズへは、俺もみんなも、ついて行けない」

章    「……そう、だけどさ……」

真尋   「詳しい事情は分からないけど、虹架の神様たちが悪い奴じゃないのは見れば分かる。だから、もし今回の芝居がうまく行って、ロキが神宮寺たちと仲直りできれば、アースガルズに帰った後も笑顔で過ごせる……、そう思ったんだ」

律    「真尋さん……ロキのこと、そこまで……」

章    「……今言うことじゃないかもだけど、なんか俺、感動したわ……。叶が、自分の出る芝居以外で、こんな真剣な顔したの、初めてじゃないか?」

真尋   「うん……。誰かのことでここまで勝手に動くのは、初めてかもしれない」

衣月   「……この真剣さを見ちゃったら、僕にはもう、言えることがないな。真尋が強く決めて、そしてもう動き出したことだ。ロキのことは心配だけど、僕らができる最善のサポートをしよう、総介」


総介   「……ふう。ヒロくんは頑固者だからねえ。けどオレ的には不満よ~? ユキ欠席っていうレアな状況だ。残りの“神4かみフォー”と舞台に立てれば、ヒロくんへの注目度が上がったのにぃ」

真尋   「ごめん。西野。でも……」

総介   「分かってる。今回は折れるよ。ロキたんに一皮むけてほしいのは、オレも同じだし。でもその分、とことん裏方仕事を務めてもらうかんね!」

真尋   「……うん。ありがとう、みんな」

章    「あとは、ロキの奴だよな。ホントは俺らも捜しに行きたいけど……」

衣月   「草鹿さんの言う通りだと思う。今は僕たちが追いかけても、たぶん逆効果だ」

律    「無事見つかったとして……あいつ、ちゃんと稽古できるんですかね」



真尋   (俺は信じてるよ、ロキ。もうきみは、芝居から逃げないって。今度は、俺がきみを舞台に上げてみせる。あの時、きみが俺にしてくれたみたいに)

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