第11章 冬のカレイドスコープ(後編)
第1節 冷たい朝
――――――
[アースガルズ]
ロキ 「おーい。オーディン。オーディン! どこだー? 今すぐ出てこい!」
オーディン「……ロキよ。そう大きな声で呼ばずとも、私にはどんな声も届いている」
ロキ 「知ってるよ。けど、俺が呼んだらちゃんと見えるように姿を現しやがれ。横着するな!」
オーディン「最高神に向かって、横着だと……?」
ロキ 「横着だろ。そうでなきゃ怠け者だ。やーい、ぐーたらオーディン」
オーディン「最高神に向かって、ぐーたらとは……。まったく、お前は本当に自由な奴だ」
ロキ 「なんだよ。そこが気に入って、俺をアースガルズに連れてきたくせに。へへっ。 それよりさ、お前、
2人から少し離れたところをバルドルが歩いている。
オーディン「……おお。あそこを行くのはバルドルではないか。美しく、心清らかな我が息子。ロキ。その話は、また後でしよう」
オーディン、ロキを置いてバルドルの元へ向かう。
ロキ 「……あ……」
ロキ 「……フン。この俺様の提案を無視するとは、さすが、最高神サマは違うな」
ひとり残されたロキの肩をトールが叩く。
トール 「ロキ。葡萄酒の話なら、俺が聞いてやるよ」
ロキ 「なんだ、トールか。お前のために持ってきた話じゃないぞ」
トール 「分かってるさ。けど今、つまらなそうな顔をしてたからな。俺が代わりに付き合ってやろうと思っただけだ」
ロキ 「お前、この前も『俺は酒ならいくらでも飲める』とか言ってたくせに、ウートガルザ・ロキのヤツに、酒飲み勝負で負けただろ」
トール 「あー……あの時は悪かった。さすがに、海の水ほどの量は俺でも無理だ」
ロキ 「そうだ。お前が悪い。俺様に土下座して謝れ」
トール 「そういうお前だって、大食い勝負で負けただろ?」
ロキ 「この俺が大食いなんて下品な勝負で勝っていいわけないだろ?」
トール 「その割に、美味そうに食ってたけどな。そのでかい目がきらきら光ってたぜ」
ロキ 「……そ、そんなことない」
トール 「そんなことある」
ロキ 「ない!」
トール 「……ふっ」
トールがロキの頭を撫でる。
ロキ 「頭を撫でるな! やめろってば! 俺はロキ様だぞ!」
トール 「お前は本当に、ワガママで身勝手だな。やりたいことしかやらないし、都合が悪いと、他者のせいにする」
ロキ 「おう。それが俺だ!」
トール 「ああ。お前はいつでも自分に素直だ。そこが、可愛い奴だと思ってる。だから撫でた。バカにしたわけでも、ガキ扱いしたわけでもないさ」
ロキ 「……はぁ? 今更そんなことか。俺は、生まれたときから可愛いぞ」
トール 「ああ。だから、オーディンの心を疑うな」
ロキ 「!」
トール 「最高神は、すべての神を等しく扱う立場にある。お前のことだけに構っていられなくても、お前の才能に惚れ込んでいるのは本当だ。
ロキ 「……俺は……別に、オーディンのことなんか、どうでもいい。だから信じる必要も、疑う必要もない。けど、すべてを等しく扱うって言うなら、バルドルへのご執心ぶりはどう説明するんだよ。いつだって、『バルドル、バルドル』って。あのお綺麗なカミサマの後ろばっかついて回ってる」
トール 「バルドルは別格っつーか、別枠だろ。オーディンにとっちゃ実の息子の1人だし、あの純粋さと美しさじゃ、誰だって心酔したくもなるさ。嫉妬するだけ、意味がない」
ロキ 「嫉妬なんかしてない! やっぱりお前も、あいつらの味方なんだな」
トール 「そうは言ってないだろ。俺はお前の味方のつもりだよ。ったく……。仕方ない。俺が遊びに連れて行ってやるから、機嫌直せよ」
ロキ 「フン……。今日のところは、それで我慢してやる。雷神トールに命じる。このロキ様を、オーディン以上に楽しませてみせろ!」
トール 「はいはい……。そういうところ、義理の兄とはいえオーディンによく似てると思うけどな」
ロキ 「なんか言ったか?」
トール 「言ってない。ははっ」
――――――
[合宿所_ロキとトールの部屋]
ロキが目を覚ます。
ロキ 「……。……ん……。あれ……? ここ……どこだ。真尋?」
あたりを見回すロキ。
ロキ 「ああ、そうか。合宿所か……」
ロキ (トールのヤツも、いない。もう起きて出ていったのか)
ロキ 「……くそ。トール臭い部屋なんかで寝たせいで、夢見が悪い……。あの頃のことなんか……もう二度と、思い出したくもないってのに。……。……寒。人間界の冬ってのは、俺には寒すぎるんだよ」
ロキ 「早く……あいつらんとこ、行こ」
[合宿所_食堂]
――合宿2日目。
ヘイムダル「朝早いから、おっはよー! あははっ! ほら、アキラ! そこの席に座って続き話そーぜ!」
章 「そーだな! じゃあさじゃあさ、神谷はハンバーガーだと、なにが好き?」
ヘイムダル「フツーの味で、肉がたっくさん入ったやつだ!」
章 「だよな!? だよなー! ハンバーガーはやっぱ、オーソドックス一択!! 総介が好きな、新商品とか期間限定品とか激辛ソース入りとかより、フツーのが一番うまい。神谷は分かってくれるんだな!」
ヘイムダル「おうっ! 合わせる飲み物は、コーラが一番美味いぞ!」
章 「だよな!? ハンバーガーにはコーラだよな!?!? 聞いてくれよ、総介なんて、激辛バーガーに期間限定わさびシェイクとか合わせたりするんだぞ? しかも必ず『ちょっと試してみ』とか言って味見をすすめてくる。どんだけ決死の味見だよ……!」
真尋 「なんだかあの2人、一晩ですごく仲よくなってるね。東堂、生き生きしてる」
衣月 「“王道が好き”っていうところで、ヘイムダルと気が合ったって言ってたよ」
律 「言葉の端々から、普段、西野先輩から受けている地味なストレスが垣間見えますね」
総介 「ちょっと! それじゃまるでオレが、激辛と新商品好きの、空気読めない奴みたいじゃん!」
律 「なんだ、自覚あるんじゃないですか」
ヘイムダル「ハンバーガーは、フツーのやつに、ケチャップとマヨネーズをめちゃくちゃかけて食べるのが好きだ!」
章 「分かるー! 調味料はケチャップとマヨネーズが最強だよなー! 神谷は……分かってくれるんだな!」
バルドル 「ふふ。ヘイムダルはどんなことにもまっすぐですから、アキラくんとも、仲よくなれると思ってました!」
総介 「そういうツッキーは、ラギたんとの2人部屋どうだった~?」
衣月 「僕は静かに休めたよ。でも……」
衣月、睨んでいるブラギへ視線を向ける。
ブラギ 「…………………………」
衣月 「ブラギが、なぜか今朝から一言も話してくれなくて。僕、知らないうちに、何かしちゃったのかな……?」
ブラギ 「……貴方……。まさか、今朝の惨事を、本当に覚えていないとでも?」
律 「あー……」
律 (やっぱり……予想した通りのことが起きたか……)
律 「あの、ブラギ。昨日、俺から一言注意しておけばよかったんだけど……タイミングがなくて。俺が言うのも変だけど、ごめん。お疲れ様……」
ブラギ 「……貴方は、普段あの男と同室でしたね。まさか、いつも“ああ”だというのですか?」
律 「そう。いつも」
ブラギ 「あの、神を神とも思わぬ態度が?」
律 「そう。もしかして、枕投げられた?」
ブラギ 「布団も飛んできました」
律 「ご愁傷さま……。なんだか凄味があって逆らえないでしょ。それが、朝の衣月さん。毎朝同じ……しかも、本当にひどい時なんて……っ…………――」
律、うつむいて言葉にならない。
ブラギ 「普段とはまるで違う目つきでした……。……初めてです。人間に、多少の畏怖を感じたのは」
衣月 「僕、やっぱり何かしちゃったのかな。ごめんね。朝だけは本当に弱くて、覚えてないんだ」
ブラギ 「…………人間という生き物は、私の理解を超えている。やはり、神とは相容れない存在です」
総介 「人間同士のオレたちは、楽しく過ごしたよねー! ねー、りっちゃん!」
律 「俺は別に楽しくなかったです。西野先輩、夜中になればなるほどしゃべりまくるし、何度『ここからは入るな』ってテープ貼っても乗り越えて来るし、挙句の果てに……“リズドラ”で西野先輩が勝ったら、
章 「えっ!? り、凛さんの情報を!?」
律 「うわ……急に会話に入ってきたうえに凛さんとか呼ばないでください。鳥肌立つ」
総介 「大事な幼なじみのためだからさ~! けど“リズドラ”対戦、盛り上がったじゃーん!」
律 「……まあ、それは。腕のよさは知ってましたけど、リアルで一緒にプレイしたのは初めてでしたし」
総介 「結局、勝負つかなかったけどねー! たっぷり遊んで、これでりっちゃんとは、真に分かり合えたも同然!」
律 「分かったのは、西野先輩のバイタリティーだけです。……あふ」
律、小さくあくびを飲み込む。
バルドル 「ふふ。僕も、マヒロくんと同じ部屋でよかったです。……トールは、ロキと話せましたか?」
トール 「ああ。すっかり話し込んじまったぜ。楽しかったよな、ロキ」
トール、ロキの肩に手を置く。
ロキ 「……。やめろ。癪に障る」
真尋 「……ロキ」
ブラギ 「想い出話に花が咲いた……とは、いかなかったようですね?」
バルドル、真尋に小声でささやく。
バルドル 「……。……マヒロくん」
真尋 「うん。鷹岡さんが来るのを待とう」
総介 「お? ヒロくんとルルたんから、悪だくみの匂いがするぞ~! イイこと思いついちゃった!?」
章 「お前じゃないんだから、この2人が悪だくみなんかするわけないだろ」
食堂に竜崎、草鹿、鷹岡が入ってくる。
草鹿 「おはよう、演劇少年たちよ! 朝ご飯しっかり食べてるかー!? ほらほら、演劇中年だって、食べなきゃ始まらないぞ。育ちゃんも洸ちゃんも、食べて食べて!」
竜崎 「ふぁ……。誰が、演劇中年だ。俺は、朝はコーヒーだけでいい。買ってくる」
鷹岡 「俺のも買ってこい」
竜崎 「5000円」
鷹岡 「……。ほら」
竜崎 「……本当に5000円渡してきやがった。ラッキー」
草鹿 「もー、何やってんの、ダブル顧問ズ。そんなんじゃ少年たちはついてこないよ?」
総介 「育ちゃん! コーヒー2本買ったお釣り、オレにちょうだい? 演劇部の未来のために使うから!」
草鹿 「ほら。もう悪い影響が出てる」
鷹岡 「静かにしろ。これから今日の予定を伝える」
律 「静かにしてなかったのは、自分たちだと思うけど」
章 「けどこの感じ、既視感あるよな。前の合宿の時も、朝メシの時間に、鷹岡さんが……」
ヘイムダル「突然、合同公演をやるって言い出したんだよな! 今日もそうか? そうなのか、タカオカ!」
鷹岡 「ああ。その通りだ」
真尋・バルドル「「……」」
鷹岡 「明後日。この合宿の最終日に、このメンバーから選抜した役者で、合同特別公演を行う」
ロキ 「……選抜……!」
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