SUB2 律と舞茸派

[中都高校_演劇部部室]


 部室に1人の章。

 扉が開くが、部室には入らず廊下に立ったままの律。


章    「おう、北兎。お疲れー」

律    「……」

章    「そーだ。顔合わせたら言おうと思ってたんだよ。昨日、“リツお前”がネットにアップしてた曲……」

律    「………………」


 律、部室に入らずそのまま扉を閉める。


章    「いやいやいや! 今、ドア開けたばっかだよね!? 会話も始めようとしてたよね!? なんで俺の顔見るなり、そのまま閉めようとすんの!?」

律    「……東堂先輩、うるさいです。廊下にまで声響いてますよ」

章    「うるさくさせてんのお前だよ!! ったく……いたのが南條先輩じゃなくて悪かったって。今日はみんな、部活来るの遅れてるらしいぞ。しばらく俺しかいねーけど、我慢しろ。な」

律    「………………」


 律、無言で入室。定位置の席に座る。


章    (……嫌そうだけど、一応部室には入ってくるんだよな。それに──)

律    「……なんですか。ニヤニヤしないでください、気持ち悪い」

章    「いや、してねーし」

律    「してますけど。鏡要ります? 買ってきますよ。27430円ください」

章    「は? 高すぎだろ!」

律    「今、俺が欲しいDTMソフトの値段です」

章    「あー、なるほど、だから具体的な金額なんだ~! じゃねーよ! 鏡どこ行った!!」

律    「ほんと、うるさい。……で、なんでニヤニヤしてたんですか?」

章    「いや、今ここ、俺しかいなくて広いんだから、お前、どこに座ってもいいわけじゃん。なのに結局、いつもと同じ場所に座るんだなーと思ったら、ばーちゃんちの猫思い出してさ」

律    「……は? 猫?」

章    「シロって名前でさ、すげー無愛想なんだけど、必ず、ばーちゃんの座布団のすぐ隣で丸くなるんだよ。ばーちゃんがいない時も同じ場所! 今の北兎見てたら、なんかそれ思い出してさ~。北兎はいつもそこ……南條先輩が座るとこの隣、かつ、隅っこの席が好きなんだよな」

律    「……別に……いつも衣月さんの隣を陣取ってるわけじゃありません。どちらかというと、東堂先輩の対角線で、最も離れた席に座ってるだけです」

章    「え? 南條先輩の近くじゃなくて、俺の遠くに座りたかったの!?」

律    「はい。うるさいんで」

章    「なんて清々しいほどの肯定! はー……シロよりすごいな、お前の無愛想ぶり」


章    「……せっかく顔はかわいいのに」

律    「うわ、出た。それやめてくださいって言いましたよね、もう何回も。ホント学習してください」

章    「うんうん……いいよいいよ、慣れてるよ。どうせ俺なんて、他の奴らに比べたら、だせー先輩だしさ」

律    「別に……だせーとか……」

章    「それにしても……。うんうん……」

律    「なんなんですか、さっきから。その『うんうん』って、見守るおばあちゃんみたいな顔」

章    「だって、ねえ……。久々にお前と2人だけで話したら、なんか実感しちゃったんだよ。シロもそうだけど、その素直じゃない感じっていうかさ。わざとツンツンするのって、お前なりの甘え方なんだよなーって」


章    「それこそ、猫のみたいなもんだなって。うんうん……」


律    「っ! ………………………………」


章    「……あ、やべ。言い過ぎた。すいません! 猫に例えたりしてごめんなさい!」


 部室の扉があき、衣月が入ってくる。


衣月   「お待たせ、遅くなってごめん」

律    「あ、衣月さん! お疲れ様です! ずっと1人で暇でした」

章    「2人でいたよね!? 南條先輩来たら、優先度低すぎて存在ごと消えるの、俺!?」

衣月   「ふふ、仲よしだね。……あ、そういえば、律。昨日ネットにアップしてた曲、ボーカル入れるか、決まった? コメントの中に、すごくいい歌詞をつけてくれてた人がいたやつ」

章    「……え?」

律    「あ、はい。一度はインストで投稿したわけだし、別にそのままでいいって思ってたんですけど。あの歌詞、すごくイメージ通り……いや、イメージ以上だったので」

章    「……!!」

律    「俺には、あんな言葉書けません……。顔も知らない人ですけど、すごく、いいなって」

章    「!!!」

律    「あの歌詞で歌ってみたくなったんで、やっぱり声入れたのも投稿しようかなって思ってます」


章    「えっ……ちょ、ちょーっと待ってくださいよ。そ、それって……」


衣月   「あ、僕らだけで話しちゃってゴメンね。昨日の夜、“リツ”がインスト曲を投稿したんだけど、ものの数分で、そのメロディーに歌詞をつけてコメントをした人がいてね。曲にぴったりな上に、自分の解釈を載せててすごくいいねって、2人で盛り上がったんだ」

章    「ま……!」

律    「東堂先輩には関係ない話ですから、お気になさらず」

衣月   「律。章にも、あの曲と歌詞、見てもらおうよ。すごく感動するから」


 衣月、スマホの画面を章に向ける。


衣月   「……ほら、見て、章。この“舞茸派”ってアカウント名の人のコメント」

章    「ま……ま、ままままいたけぇ!?」

律    「うるさっ。なんなんですかホント」

章    「ままま舞茸! それ! 舞茸派!!」

律    「ついに壊れました?」


章    「それ! 俺! 俺が“舞茸派”!!」


律    「……は……!?」

衣月   「え!? じゃあ、この歌詞を書いたの、章だったの?」

章    「は、はい。俺、北兎が“リツ”だって知る前から、“リツ”の曲好きだったんで……ごくたまーに、コメント欄に歌詞書いてたんすよ。さすがにバレたら恥ずかしすぎるんで、最近はやめてたんですけど。今回の曲、すげーよかったから、昨日、つい我慢できなくて……」

律    「……部室入るとき言いかけたのってそれだったんですか……」

章    「そう。なのに、お前ぜんぜん話聞かないから」

衣月   「そうか。章だって言われてから見てみると、このあったかい言葉運びとか、章っぽい気がするね。律、よかったね。いい歌詞だってすごく褒めてた相手が、こんなに近くにいて。いいと思ったの伝えたいって、そのためにも歌入れるの考えるって言ってたじゃない」

律    「う……」

章    「北兎……! お前、さっき言ったよな。イメージ以上だった、って……!」


10章SUB2


律    「う、嘘です」

章    「すごく、いいなって……!!」

律    「嘘です! 全然! まったく微塵も歌いたくなんかなってませんから!」

章    「……うんうん……!」

律    「っていうか素性隠してコメントとかいやらしいんですよ! 何が舞茸ですか!」

章    「……うんうん……!!」

律    「衣月さんは嘘とかつきませんけど、でも嘘です! 全部嘘です!!」

章    「……うんうんうんうん……!!! あー、今はお前の言葉、ぜんぶ裏返しに聞こえる……」

律    「そのまま受け取ってください! あと、その見守るおばあちゃんみたいな顔、やめてくださいってば!」

章    「……うんうん……。よしよし、シロや……いい子だね……!」

律    「シロじゃない! って、え……何。ちょっと涙ぐんでません?」

衣月   「章はそれだけ、律に認められて嬉しかったんだよ。ふふ。楽しみだな。章の歌詞で、律が歌う新曲」


章    「うんうん…………!!!」

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