SUB1 タイムカプセルの夜

[東所沢公園]


竜崎   「……おい、草鹿。これのどこが、“2軒目”だって? いいとこ知ってるとか言うから着いて来てみれば……こんな寒空の飲み屋があるかよ」

草鹿   「あは。この3人で、また来てみたくてさ。高校の頃は、ここでよく稽古したじゃん。特に洸ちゃんは、久しぶりでしょ? 東所沢公園!」

鷹岡   「……ああ」

 

 鷹岡、ベンチにドカッと座る。


草鹿   「あ。この眺め、懐かしー! 洸ちゃん、部活中もすぐそうやって、東屋のベンチに陣取ってたよね」

竜崎   「ああ。どこぞの王様かよって、偉そうなポーズでな。そのまま横になって、熟睡した日もあっただろ。朝まで帰らなくて、俺たちまで寮監に叱られた」

草鹿   「そうそう! あの寮監さん怖かったよねー! “風呂桶レース”がバレた時も、相当絞られてさ。洸ちゃんと育ちゃん、洗い場でスベってコケて、流血沙汰。そりゃ怒られるよ」

竜崎   「あの時の傷、まだちょっと残ってるぞ」

鷹岡   「俺もだ」

草鹿   「えっ、まじ? まったくもー。ムキになって勝負してたもんね」

鷹岡   「若かったからな。なんでも、勝たないと気がすまなかっただけだ」

竜崎   「何、思い出みたいに語ってんだよ。お前は今だって、勝たないと気がすまない奴だろ」

鷹岡   「お前もな」

竜崎   「は?」

鷹岡   「勝たないと気がすまないくせに、勝つ気なんかないですとポーズを取る。1軒目で飲んだ酒の数、わざわざ俺に揃えてきてただろ。そんな酒強くもないくせに」


 鷹岡、ニヤリと笑う。


鷹岡   「変わってない」

竜崎   「…………。だから、こいつと飲むの嫌だったんだ」

草鹿   「あはは。嬉しい、の間違いでしょ? おれは、また集まれて、すっごく嬉しいよー。洸ちゃん忙しすぎて、誘ってから実現するまで時間かかったけどね。こうしてると、あの頃の中都演劇部がそのまま続いてるみたいな感じがする」

竜崎   「……。2軒目で仕切り直してからと思ってたんだが……。鷹岡。改めて言うが、演劇部のことで頼みがある」

鷹岡   「……」

竜崎   「虹架と中都の合同合宿。もう一度、やってくれないか」

草鹿   「……育ちゃん」

竜崎   「夏の合宿では、ある意味成長には繋がったが、正直うちはまともに機能しなかった。叶が本番で調子を崩したこともそうだが、インプロゲームでは、神之がナメてかかった。他の奴らも、それぞれ学ばせてはもらったが、虹架の環境に飲まれた部分が大きい」


10章SUB1


竜崎   「胸を借りるところまでも行っていなかった。俺の指導不足だ。悪かったと思ってる。だが……合宿後から、神之と叶の芝居はさらによくなってる」


鷹岡   「……さっき観た公演の動画。『ある囚人の記録、あるいは記憶。』だったか。お前の言う通り、悪くなかった。神之は伸びてる」

草鹿   「そうそう! 最近の神之、すごいよね。前以上に生き生きし出したっていうかさ。育ちゃん、もともとは叶の芝居に惚れ込んでたけど、今は神之にもけっこう期待してるでしょ?」

竜崎   「ああ。あいつらの才能は間違いない。2人芝居なんて厄介なもんを、あそこまで形にしてるんだ。今度こそ、互いのためになると思う。あの2人にも、自信を取り戻させてやりたい」


竜崎   「合宿。もう一度、頼めないか」


鷹岡   「……」

草鹿   「あは。これも久しぶりだね。育ちゃんが、洸ちゃんに真正面からなんか頼むの。寮生時代は、食事にしいたけが出るたびに『頼む、食べてくれ!』って頼んでたけど」

鷹岡   「……ああ。おかげでしいたけが出るのが楽しみだった。『鷹岡、頼む』が聞けるのは、その時くらいだったからな」

竜崎   「お前らが言わせてたんだろうが……! ほんと趣味悪いな」

鷹岡   「今は食えるようになったのか」

草鹿   「ううん。それが、まだなんだよ。もういい大人なのに!」

鷹岡   「なら、また頼みに来てもいいぞ。『鷹岡、頼む、食べてくれ』ってな」

竜崎   「絶対行かない。つーか、真面目な話を茶化すな。どうする鷹岡。合宿やるのか、やらねえのか」

鷹岡   「……。お前と俺は、あの頃とは違う。観る芝居の好みも、芝居への向き合い方も。だが……、芝居を好きな気持ちは、同じだったと思ってる」


竜崎   「…………」

鷹岡   「…………」

草鹿   「……いやいや、洸ちゃん、それで終わり? いくらなんでも伝わらないよ? 翻訳する?」

鷹岡   「……」

草鹿   「『それだけ芝居を好きな育が惚れ込んだ役者なら、そいつらのために合宿するのは、問題ない』……『ぜひやろう! やりたいな! 合宿でしいたけ出たら食べてやるぞ!』」

鷹岡   「余計なものを足すな」

竜崎   「……前半は余計じゃないわけか。ったく…………悪い、助かる」

草鹿   「よかったね、育ちゃん。叶はちょっと心配だけど……でもきっと、あいつらなら大丈夫だよ」

草鹿   「よーし! そうと決まれば、おれも気合い入れないと。2度目の合宿か。どんなメニューにしよっかなー!」

鷹岡   「カレーでいいだろ」

草鹿   「やっぱり? 洸ちゃん昔からカレー好きだよねぇ。それじゃ、またみんなに手伝ってもらって──」

竜崎   「つーか、草鹿。お前は仕事の休みつぶしてまで、手伝う必要ないんだぞ」

草鹿   「まーまー、やらせてよ。休みって言っても、やりたいこともないしね。誰かの世話焼いてたほうが、余計なこと考えなくてすむし」

竜崎   「……」

鷹岡   「……しん。あれから、もう何年になる」


草鹿   「数えるのやめてるんだ。数えても、意味ないから。元奥さんにも、全然会ってないし。……あの子がいなくなってから、おれの時間は止まってる」


竜崎・鷹岡「「……」」


草鹿   「そんな顔しないでよ。そっちから話フったくせに。おれは大丈夫。育ちゃんが、最高の仕事くれたから。前向きパワー全開の高校生たち見てるとさ、元気出てくるんだよね!」


草鹿   「あの子は高校生になれなかったけど、その分の青春まで、叶たちがやってくれてる感じ。上手く言えないけど、そんな気分になる。そのくらい、あいつらのパワーってすごいから」


草鹿   「だから、合宿も手伝わせてよね。演劇部創設メンバーの1人として、先輩風も吹かせたいしさ!」


竜崎   「……分かった。頼む、草鹿」

鷹岡   「しんの話を聞いたのも久しぶりだな」

草鹿   「あ。しゃべりすぎた? おれも酔ってるのかも」

竜崎   「言っとけ。この中で一番、酒強いだろ。俺と鷹岡が張り合ってる間、その倍は飲んでたくせに」

草鹿   「洸ちゃんなんて、芸能界で揉まれてもっと強くなってるかと思ってたよ」

鷹岡   「ふん。俺は、育に勝てればそれでいいからな」

竜崎   「お前の冗談は、冗談に聞こえねえんだよ」

草鹿   「あはは。やっぱ、この公園で3人で話すの楽しいね。タイムカプセル開けた気分! ねえねえ、2軒目行くのもいいけどさ、コンビニでなんか買ってきて、ここで続きやろうよ」

竜崎   「ばか。寒い。つーか、すぐそこの学校の教師と寮監が、外で酒盛りなんかできるか」

鷹岡   「なら、育の家だな」

竜崎   「あ?」

草鹿   「それだ! 洸ちゃん見てないもんね、今の育ちゃんち。モテないくせにモテインテリアで固めたおしゃれ部屋!」

竜崎   「な……言うに事欠いて……!」

鷹岡   「先に行くぞ」

竜崎   「先にって、お前場所知らないだろ! ……はぁ。あいつ、絶対酔ってる」

草鹿   「ま、全員そこそこ酔ってるってことで! 久々なんだし、こんな夜もいいでしょ。ほら、早く追いかけないと、見失うよ。洸ちゃん足速いんだから」

竜崎   「……合宿で世話になるからな。前払いってことで、付き合ってやるよ」

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