第8節 変化
[合宿所_真尋とバルドルの部屋]
バルドル 「マヒロくん、改めて。一晩だけですが、どうぞ、よろしくお願いしますね!」
真尋 「夏にも泊まったけど、居心地がいいんだよね。やっぱり虹架は、設備もすごい」
バルドル 「そう言っていただけると、トールもきっと喜びます」
真尋 「あ、そっか。ここトールが造ったんだっけ。でも、学校で定期公演を観せてもらって、虹架の設備がすごいなって思ったのも本当。やっぱり有希人の芝居がどんどんよくなるのは、虹架にいるおかげもあるんだろうなって。鷹岡さんや、バルドルたちと一緒にいるのもね。やっぱり、環境って芝居にすごく影響すると思うし」
バルドル 「! ……有希人くん……、今頃……苦しんでいないでしょうか。お医者さまに大丈夫だと言われても、心配してしまうんです。僕は弱いから……。弱いから……有希人くんに期待してばかりで、気付いてあげられなかった」
バルドル 「そんな風に僕はまた、大事な人の本当の気持ちが分からないまま、傷付けてしまうのかな……」
真尋 「……俺も、心配してる。合宿が終わったら、お見舞いに行けるといいな。その時、もし有希人が大丈夫なら……今日言いたかったこと、ちゃんと伝えたいんだ」
バルドル 「……ちょっとしんみりしてしまいましたね! こんなんじゃ、有希人くんに心配かけちゃいます。明日のためにも休みましょう。慣れないベッドだと、少し緊張してしまいますね。寝相が悪かったら、ごめんなさい」
真尋 「大丈夫。ロキなんてすごいんだよ。二段ベッドなのに俺のほうに転がり込んでくることがよくあるから」
バルドル 「ロキが? ……ふふ。そんな話が聞けるなんて、やっぱりあなたと、一緒の部屋になれてよかった。僕、ずっと、あなたにお礼が言いたかったんです」
真尋 「お礼?」
バルドル 「こんなことを言うのは、おこがましいけど……。ロキと出会ってくれたことが、奇跡のようで。ロキは、才能と賢さにあふれた神です。出会った時から、僕はロキのことを尊敬しています。でも、なぜか、アースガルズではいつも1人で……」
バルドル 「イタズラや、嘘を繰り返して、周りの神々からも孤立してしまっていた。僕はロキと仲よくなりたかったけれど……。力不足で、彼の心には寄り添えなかったんです」
バルドル 「トールにだけは心を許していたように見えたけれど、ある時から、その絆も薄れてしまった……」
真尋 「そう、だったんだ……」
バルドル 「だから今回、オーディン様がロキに課した試練を、すごく心配していたんです。もし、このままロキがアースガルズに帰れずに、理解し合えないままだったらと……。そんなの、僕たちも、そしてもちろんロキも……悲しすぎるから」
真尋 「……うん」
バルドル 「でも、今は確信しています。ロキは、変わったんだと。それは、マヒロくん。あなたと、中都のみなさんのおかげです」
真尋 「俺たちの?」
バルドル 「先ほどの、ロキとヘイムダルの即興劇。お芝居から、人の悲しみが伝わってきたんです。僕たち神にとって、人間のみなさんのことを理解するのは、いつも難しい。まして命のことは。なのにロキのお芝居を観て、僕は泣いていて……。その時、分かりました」
バルドル 「ロキには、大切な人ができたんだって。それが彼や、僕らにとって、どれほど大きなことか。だから僕は、あなたにお礼を言いたかったんです。心から」
バルドル 「マヒロくん。ロキと出会ってくれて、一緒にお芝居をしてくれて、本当にありがとうございます」
真尋 「……」
――――――
[回想]
ロキ 「たかが人間風情が、なんでもお見通しだとでも? 冗談じゃない!」
ロキ 「神だろうと、人間だろうとこのロキ様を見透かせるものか!」
ロキ 「俺様には地味すぎる。それに、揃いの服だと? なんでわざわざ」
ロキ 「こんなの喜んで着るなんて、人間って変な生き物だな。俺は神だぞ。同じ服なんか着ない」
――――――
真尋 (……
――――――
[回想]
ロキ 「いいだろう。お前らは人間の中でも、ちょっとだけ特別ってことにしてやる」
ロキ 「……。人間のお前らと……俺が、仲間……」
ロキ 「……俺もだ。真尋。俺だって負けない。神たる俺が本気で芝居をやるんだからな」
ロキ 「神級の2人芝居、全世界に見せつけてやるぞ!」
――――――
真尋 「確かに、芝居をやって、ロキは変わった。でもそれは、俺が何かしたわけじゃないよ。ロキ自身が、俺たちと……芝居に向き合った結果だ」
バルドル 「……あなたとロキの信頼関係は、とても深いんですね」
真尋 「うん……そうだったらいいな。だけど、ロキが“条件”を達成して……アースガルズに帰ったら、俺はついていけない。その時はバルドルが、ロキの仲間になってくれる?」
バルドル 「……。……はい。そうしたいと思っています。でも……」
真尋 「やっぱり、難しい?」
バルドル 「……ロキは、僕のことがあまり好きではないみたいで……嫌われても、僕はロキが大好きですけど」
真尋 「何か、
バルドル 「そう、ですか……。ロキが話したがらないなら、今、僕の口から言うことはできません。ですが、僕も、ロキと仲直りがしたいんです。……。……マヒロくん。僕、1つ提案があります」
真尋 「提案――?」
[合宿所_ロキとトールの部屋]
ロキ 「……」
トール 「……お? ロキ。どうした? 外で寝るんじゃなかったのか」
ロキ 「…………寒かった。この俺が、こんな寒空の下で寝られるか。嫌なら、お前が部屋から出ていけ」
トール 「言ったろ。俺は嫌じゃない。ほら。寒いなら、俺の毛布もかけて寝ろ」
ロキ 「……相変わらず、みんなのアニキ気取りかよ。俺は、お前の
トール 「施しだって? ……ったく、お前って奴は」
トール 「ロキ。もう、やめにしないか。さっきの、お前とヘイムダルの芝居……まるで、以前のお前とは別人みたいだった。お前は、オーディンの指令を通じて成長してる。きっと“条件”も達成できるさ」
トール 「だから、あの時のことをバルドルに謝れ。それで終わりにしよう」
ロキ 「……っ!」
トール 「俺たちはやり直せる。アースガルズに帰ったら、また2人で旅でもしようぜ。マヒロも……有希人も、魅力的な存在だが、結局、人間なんだ。俺たちとは、交わっているように見えても違う道を行く運命だ。それどころか──」
ロキ 「黙って聞いていれば、やっぱりお前は、相変わらずだな。『謝れ』? 『やり直せる』? このロキ様に向かって、どこからものを言ってやがる。俺が変わったのは確かに事実かもな。けど、それは絶対にお前らのためじゃない」
ロキ 「俺は昔も今も、自分を棚に上げて、偉そうな口をきくヤツが大嫌いだ」
トール 「自分を棚に? 俺が?」
ロキ 「俺に説教しながら、自分に酔ってるだけのくせに。だだ漏れだぜ、カグラユキトへの、妙な想い入れが」
トール 「……!」
ロキ 「人間の魂に惚れたんだろ。深入りするなって偉そうに言ってたくせに。お前はそのまま、自分自信に酔いながら偽っていればいい。俺は違う。アースガルズに帰っても、お前らとはなれ合わない。真尋たちにたまに会えれば、それでいい。……あいつらが死ぬまでの間は」
トール (まさか……ロキ。お前――)
ロキ 「俺の仲間は、真尋たちだけだ。だからもう一度言う。トール。俺はもう、お前なんか要らない」
トール 「……!」
[合宿所_真尋とバルドルの部屋]
真尋 「……分かったよ、バルドル。あの人が聞き入れてくれるか分からないけど、これから一緒に頼みに行こう」
バルドル 「ごめんなさい。あなたも役者なのに、こんなことを提案するなんて」
真尋 「ううん。確かに、ちょっと残念だけど……、俺はこれまで、何度もロキと芝居をしてきたしね。それより、ロキのためにできることがあるなら、なんでもしたいんだ」
真尋 「行こう。バルドル」
<第10章 本編終了>
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