第7節 役者・神之ロキ

[合宿所_ホール]


鷹岡   「3組目、神宮寺トール・南條衣月組、そこまで。最後。4組目、神谷ヘイムダル・神之ロキ組」


章    「ふう……。ロキとヘイムダルには申し訳ないけど、正直俺、夏の合宿と発表順が逆でよかったぜ。みんなクオリティーめちゃくちゃ上がってるんだもん。ラストだったらハゲてた!」

律    「ですね。このレベルのインプロを続けて観た後にやるのは、あのロキでもキツいんじゃないですか。あと、もうハゲてます」

章    「ウソ!? って心臓に悪いからそれやめて! ハゲネタ好きだよね!?」

総介   「お疲れ様、ツッキー! 最高だったよ! ほらほら、こっちで一緒にロキたんの勇姿を見届けよー!」

衣月   「うん。……ロキ、いつになく真剣な顔だね」


ロキ・ヘイムダル「「……」」


バルドル 「……すごく集中していますね。ロキも、ヘイムダルも! どんなお芝居を見せてくれるんだろう……」

ブラギ  「どんなものを見せようが、意味などありません。奴の心根が変わるはずもない」


トール  (……ロキ。今のお前は、何を思ってる?)


鷹岡   「神谷、テーマは」

ヘイムダル「『余命1日の男と、その主治医』! オレが患者で、ロキが医者だ!」

章・衣月・律「「「えっ」」」

総介   「おお。夏の合宿と同じと来たか!」


総介   (あの時、ロキたんは“余命1日”って設定を理解しようとしなくて、最悪の出来になった。そもそも、今とは芝居への気持ちも全然違ってたしね。けど、そのテーマをもう一度選んできたってことは……!)


総介   「がぜん、期待しちゃうでしょ」


鷹岡   「いいだろう。始め」




ヘイムダル『……先生。もう、オレには時間がないんだな。……けどオレはもう、思い残すことはないよ。先生に看取ってもらえるなら、幸せだ』

ロキ   『……』


 ロキ、静かに口元だけで笑う。


ロキ   『……嘘だよ。余命1日なんて、嘘だ』



総介   「……!」

章    「ロキの表情……夏と、全然違う……」

律    「……はい。うちの芝居でも、あんな顔、めったに見せない」

衣月   「……ロキ……!」



ヘイムダル『嘘? どういう意味だよ、先生?』

ロキ   『余命1日なんて、嘘だ。俺は、人間の命なんてなんとも思っちゃいない! だから実験をしたのさ。余命わずかだと言われた患者の病状が、どのくらい悪化するのか? あと数日で死ぬと知った患者は、本当にそのXデーに死ぬのか? 楽しみにしてるくらいだぜ、明日が来るのを。俺の実験が成功に終わる日をな!』

ヘイムダル『……先生。……はは。……あははっ。先生は、嘘だっていう嘘がヘタだな! あは……。それがホントなら、よかったかもな。でも……オレの体のことは、オレが一番分かる』


ヘイムダル『俺は、先生の宣告通り、明日死ぬよ。だってこれは、そういう病気なんだろ?』

ロキ   『……っ』

ヘイムダル『嬉しいよ。先生の嘘。ありがとう。最期に、笑わせてくれて』

ロキ   『……。嘘だ。嘘なんだよ。嘘になれよ。余命なんて。Xデーが来るなんて……っ、だから……! 死ぬな。お前は、ただの患者じゃない。俺にとっては……もう、大事な仲間なんだ』


ロキ   『だから……死ぬな。俺が、いいって言うまで、死ぬな……!』


ヘイムダル『……言ってること……、むちゃくちゃだよ、先生。医者のくせに。実験は成功するよ。それで先生は、もっとすごい医者になるんだ。そして……たくさんの人を救ってくれ。それが、オレへのはなむけだ』




鷹岡   「……そこまで」

バルドル 「……っ……、……! ……ロキ……、ヘイムダル……!」

章    「……ちょ……、……ずるいだろ、これ……! あいつら……こんな芝居……っ」

衣月   「『大事な仲間』……ロキはきっと、真尋や僕たちとのことを想いながら、演じたんだね」

律    「ロキも、ヘイムダルも、ずるい。柄にないこと、しないでほしい」

トール  「……ロキ。驚いたぜ。お前、いつの間に、そんないい役者になった? これだけ短い即興劇なのに、あの2人の苦悩が手にとるように伝わってきた」

総介   「だね。正直、思った以上だ」


トール  (神には、余命のある人間の気持ちは理解しがたい。なのに、今のはまるで、“人間らしい”とすら思えた。さっき、ロキが倒れた有希人を軽んじた時、変わっていないと失望したが)


トール  (……変化の波は、起き始めてるのか。すぐに飽きて投げ出すと思っていた。だが……中都演劇部、そして、カノウマヒロ。お前たちは、ロキに何をした?)


ブラギ  「……」

バルドル 「ブラギ……。僕、やっぱり信じてるよ。お芝居が、僕たちの関係を変えてくれるって。ロキはきっと、オーディン様の出した条件を達成して、アースガルズに帰ってくるって」


ブラギ  「……そんなことは、絶対にさせない」


バルドル 「……ブラギ……?」

鷹岡   「神谷、神之。聞こえなかったか。そこまでだ。戻っていい」

ヘイムダル「……あ……。そっか。なんかオレ……。役に入りすぎて、ぼーっとしてた! あははっ! んでもって! ロキ! ロキーっ!!」

ロキ   「うわっ!? な、なんだよ。飛びつくな!」

ヘイムダル「お前の芝居、すっげーすごかったぞ! オレもお前も、オレとお前じゃないみたいだった!」

ロキ   「意味が分からない。は、な、れ、ろっ!!」

ヘイムダル「ぎゃっ! ふっ飛ばされた! あははは! ロキ、楽しかったな! それでこそオレのライバルだ!」


章    「うーん。ああしてると、とたんにいつもの2人だな。なんか安心する」

竜崎   「……!」

総介   「うん? どしたの育ちゃん? ロキたんの成長ぶりに感動して、演劇部を見直した!?」

竜崎   「そうじゃない。いや、見直したのも本当だけどな……」


鷹岡   「……」


竜崎   (あいつ……神之を見て、笑ってる……)


鷹岡   「……インプロは以上。今日の稽古はここまでとする」

ロキ   「……」


ロキ   (俺も……まだ、なんかぼーっとしてるかも。真尋とやる以外でも、こんなに……)


衣月   「楽しかった?」

ロキ   「うわっ。なんだ、衣月か。神の心を読むなよ」

衣月   「ロキが、楽しかったって顔してるのが嬉しくて。僕も、すごく感動した。楽しかったよ」

律    「真尋さんにも見せたかったです。西野先輩、こういう時こそ動画撮っておいてくださいよ」

総介   「いやー、そう思った時には遅かった! 見とれちゃってたもんね! 我らが仲間。中都演劇部のもう1人の主役に!」

ロキ   「……もう1人の主役?」

総介   「オレの芝居の構想の真ん中には、ずっと叶真尋がいた。演劇部を復活させたのも、そのため。ロキたんが来たのだって、最初は“ヒロくんにとって”すごいチャンスだって風に思ってたんだよね」

ロキ   「ああ。それは何度も聞いたぞ」

総介   「うん。けどそれ、もう意味ないかも。叶真尋から受けた衝撃と同じくらい、今オレ、ヤバいくらい、ロキたんに惹かれてる」

章    「……俺も、似たようなこと思ってた。さっきの即興、もし叶が同じテーマでやっても、ああはならなかったと思う。あれ観てたら、次はロキにこんな役やってほしいとか、あれこれ新しい脚本の案が出てきて……」

衣月   「うん。これまでもロキはたくさんの着想をくれた。でも、今ロキに衣装を作りたいって衝動は、それ以上だ」

律    「……俺、すでに1曲できそうです。さっきのインプロに合いそうな曲……」


 ロキに熱い視線を向ける4人。


ロキ   「……お、お前ら……どうしたんだ? 俺を食おうとしてる獣みたいな目してるぞ?」

衣月   「がおー」

ロキ   「うわ!?」

律    「……衣月さん」

総介   「あはは! いいねいいね、中都演劇部! 正直、もはや、負ける気しない!」

章    「お前は、すぐそうやって調子乗る。まあ……俺も、ちょっと今は、そんな気分だけど」

ロキ   「……なんだよ、それ……。お前らって、ほんと……」


ロキ   「……変な人間!」




[合宿所_食堂]


草鹿   「ほらほら、演劇少年たちよ! おれと叶が心を込めて作った、華麗なおつカレー、まだお代わりあるぞー!」

ロキ・ヘイムダル「「お代わり!」」

章・総介 「「俺も!」」

真尋   「ロキもみんなも、すごい食欲だね。俺は、この辺でごちそうさま」

総介   「だって、夏の合宿の時と違って、洗剤もネギも入ってないし!」

章    「ベビーカステラも、リンゴまるごともな!」

ロキ   「すっげー美味いぞ! 真尋、お前、本当は料理得意なんじゃないのか!?」

真尋   「そう? 普通に、市販のルーを入れただけだけど」

ロキ   「しはんのるー? なんだか知らないけど、最高だな、しはんのるー!」

ヘイムダル「おうっ! 最高だぞ、しは・んのるー!」

章    「やめてくれ、せっかく普通のカレーにありついたのに、そのアクセントじゃまた味が迷宮入りする……!」

ヘイムダル「こんなに美味いんだから、有希人にも持ってってやりたいなー。デマエってやつだ!」

バルドル 「あっ……そうですね。このカレーを食べれば、有希人くん、少し元気になってくれるかも……」

真尋   「うん……そうだね。このカレーは、疲れに華麗に効くと思うから」

律    「真尋さん。ちょっと言いづらいんですけど、衣月さんが気づいて笑い出す前に口を閉じてください」

章    「北兎。全然言いづらそうじゃないぞ」

衣月   「うん? どうかした?」

総介   「けどほんと、ユキにも食べさせてあげたいね~。1人で寝てると食欲なんか出ないもんだしさ」

バルドル 「……有希人くん……」

トール  「気持ちは分かるがな。あいつのことは、合宿が終わったら、しっかり支えてやろうぜ」

ヘイムダル「おうっ! そのためにも、オレたちが力をつけないとなっ! もう一回おかわりだ!」

トール  「やれやれ。さすがの俺も、もう満腹だ。部屋に戻って寝たい」

バルドル 「そういえば、部屋割りはどうしましょう? さきほど、ヘイムダルが……」

ヘイムダル「あっ! そうだ! むぐ。ソースケと相談したんだよ! ゴードーガッシュクなんだからさー!」

ブラギ  「……ヘイムダル。私の前で食べながら話すつもりなら、即刻、この場を立ち去らせていただきますが」

ヘイムダル「ごくんっ。これでいいよな。……よし! 部屋割りは、中都と虹架混ぜて、くじ引きにしようぜ! くじ引きってさ、自分で選ぶのに選べないんだ! サイコーに面白いよな!!」

真尋   「くじ引き?」

総介   「それ! 前回はいつもの寮の部屋割と同じだったけど、せっかくだから、新たな経験値ほしくない!?」

律    「ほしくない。俺は衣月さん以外となんて嫌です」

衣月   「律。嬉しいけど、いろんな人と交流してみよう? 寮に帰ったらいつも一緒なんだしね」

律    「衣月さん……」


律    (衣月さんこそ、俺以外だと問題なんじゃ……。朝とか……)


ロキ   「くじ引きって。真尋は、それでいいのかよ」

真尋   「どうだろう。ロキとずっと同じ部屋だから、それ以外を想像したことはないけど」

総介   「ああっ! 提案はしたものの、アキと離れるなんて! オレ耐えられない! 朝になったら起きちゃう!」

章    「普通に起きるんじゃねーか! 俺はたまには、お前と離れて静かに寝たい……!」

バルドル 「ふふ。誰にとっても、いい刺激になるかもしれませんね。僕は賛成です」

トール  「俺は、誰と一緒でも構わないぜ。懐の深さが売りでね」

ブラギ  「……1人部屋。もしくは、兄さんと同じ部屋でなければ、ただちに帰宅させてもらいます」

ヘイムダル「くじは引いてみなきゃわかんないから楽しいんだぞ! よーし……部屋の番号を書いて……と。できたっ! レッツ、くじ引きターイム!」


 それぞれ、くじを順番に引いていく。




ヘイムダル「それじゃ、発表するぞ! 1部屋目、ブラギとイツキ!」

衣月   「だって。よろしくね、ブラギ」

ブラギ  「……無駄に騒がしくない分、他の人間よりは多少マシかもしれませんね」

律    「……うん。俺もそう思ってた。最初の朝が来るまでは……」

ブラギ  「……?」


ヘイムダル「2部屋目、バルドルとマヒロ!」

バルドル 「あ……マヒロくんと一緒なんですね! やったあ! ずっと、お話してみたかったんです」

真尋   「うん。夏の合宿でも、あんまり話せてないからね。よろしく、バルドル」

ロキ   「お綺麗なバルドル様と一緒で、よかったな、真尋。……フン。ニコニコしやがって」

ブラギ  「……カノウマヒロ。言っておきますが、兄さんが着替えをしている間は、部屋から出てください」

真尋   「着替えの間? どうして? 男同士なのに」

バルドル 「ブラギ。僕は大丈夫だよ。マヒロくんも、気にしないでくださいね」

ブラギ  「……」


ヘイムダル「3部屋目、アキラとソースケ!」

章・総介 「「また一緒!?!?」」

総介   「あっはっは! アキ! オレたち幼なじみの仲は、たとえ神といえども引き裂くことはできなかったぞ!!」


10章7節


章    「俺は……っ、たまには……引き裂いてほしかった……っ!」

総介   「な……なんてこと言うのっ、アキ……っ!」

章    「だってお前、合宿とかになるとテンション上がって寝かしてくれねーんだもん!」



ヘイムダル「4部屋目、トールとロキ!」

ロキ・トール「「……!」」

トール  「……さっき言った通りだ。俺は誰が一緒でも構わないぜ。お前は、嫌そうだな。替えてもらうか? 得意のワガママで」

ロキ   「……。どうでもいい。部屋で寝なきゃいいだけだ」

ヘイムダル「5部屋目、オレとリツ! リツと一緒か! ロキの話、いっぱいしような!」

律    「うるさい……ロキの話なんか愚痴しかないし。はあ……寝られる自信全然ない。……助けて、ノルッパ……」


 律、バッグからノルッパのぬいぐるみを取り出す。


ヘイムダル「……? リツ。なんだ、その……灰色の……。って…………あ………………………………!」

章・総介・衣月「「「あ?」」」

バルドル 「あ……!」

トール  「あーあ」


ヘイムダル「あああああああ! アザラシィイィシイイイィイィイイ!!!!」

律    「え……あ、そっか。この人、アザラシ苦手なんだっけ。前も言ったけど、これはただのアザラシじゃない。ノルッパだから。可愛いから別に怖くないでしょ」

衣月   「律、ノルッパのぬいぐるみ、持ってきてたんだ?」

律    「はい。またいつ、あいつが入ってくるか分からないから、部屋に置いておくの不安で」

真尋   「あいつ?」

律    「こちらの話です。それに……神楽有希人もノルッパが好きだっていうから、自慢したかっただけ」

章    「いっそ清々しいな、その理由!」

ヘイムダル「アザラシ怖い……アザラシ怖い……アザラシ……アザラシ許して……アザラシ……」

トール  「とはいえ、こいつのこの怖がり方じゃ、リツと一緒の部屋なんて無理だろ」

総介   「んー。なら、オレとダルくんが交換しちゃう?」

章    「ああ、いいかもな。神谷のためにも、腐れ縁が行きすぎてる俺たちのためにも……」

総介   「んじゃ、アキとダルくんが同じ部屋ね! ってことは、オレは……りっちゃーーーーーーん!!」

律    「うわ。近付かないでください。あと、誰か、バミリのテープください」

トール  「そりゃあるが、何に使うんだ?」

律    「部屋の真ん中にテープ貼って、そこから先への西野先輩の侵入を拒否するためです」

総介   「うーん! 害獣扱いっ!」

ヘイムダル「……アザラシと一緒じゃなくていいのか……? なら、元気出すぞ! よろしくなっ、アキラ! オレ、お前の書く台本好きだぞ。ロキのことをすごくカッコよくしてくれる台本だからな!」

章    「……お、おう。ありがと。俺も、神谷の芝居は好きだよ」

衣月   「ふふ。平和にまとまりそうでよかった」

総介   「ま、オレは本当は虹架の誰かと一緒になって、コンクールのこと聞き出したかったけど」

衣月   「総介。堂々とスパイ発言しないの。みんな、おかわりは食べ終えたかな? それじゃ、片付けをしたら部屋に移動しよう。僕たちも行こう、ブラギ」

ブラギ  「……お先にどうぞ。私は、親睦を深める気などありませんので」

バルドル 「ブラギ。そんな風に言っても、イツキさんはきっとブラギがいい子だって分かってくれてるよ。……でも、……ロキとトールのことは……少し、心配です」


ロキ・トール「「……」」


ロキ   「チッ」

真尋   「あ……ロキ! どこへ行くの?」

ロキ   「そいつと一緒の部屋以外」

トール  「……やれやれ。部屋が広く使えそうだぜ」

ヘイムダル「トールとロキ……。まだ、仲よくできないのか」


真尋   「……ロキ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る