第6節 絆の糸

[合宿所_エントランス前]


 合宿所周辺をランニングしている一同。


ヘイムダル「はっ、はっ、はっ……! くそっ……! オレは……! 絶対、ロキより、速く……走るぞぉっおおおおおおぉおぉぉぉ!」

ロキ   「フン。気合いばっか空回りしてると、足元すくわれるぞ。こんな風に……なっ!」


 ロキ、ヘイムダルに足をかける。


ヘイムダル「へぶっ!?」

総介   「!? 前方注意! 前方注意! 神谷ヘイムダル選手が、神之ロキ選手の妨害で転倒! 生ける障害物となって転がっているーーーっ!」

ブラギ  「跳び越えます」

総介   「おおっと! 白神ブラギ選手! 涼しい顔で、転がった神谷選手を跳び越えたぁ!!」

律    「……なんで、俺まで、走り込み、なんか……っ!」

総介   「ああーっ北兎ほくと選手! 息を乱しながらも続いて跳び越えたぁ!! どうする、続く南條選手!?」

衣月   「大丈夫、ヘイムダル?」

総介   「スマートに助け起こしたぁーーーーっ!!」

章    「そりゃ、そうだろ! 実況してないで、お前も助けろ! つーか、ロキ! 走ってる奴に足を引っ掛けるな! 危ないだろ!」

ロキ   「引っ掛かるのが悪いんだ。あ。待て真尋っ! 俺様を抜いて許されると思うな!」


真尋   「……はっ、はっ、はっ……」

バルドル 「……はっ、はっ……」


ロキ   「……なんだよ、あいつら。見向きもしないで走ってやがる」


竜崎   「おい、お前らー。あと10周ー」


ロキ・章・総介・律「「「「えええええっ!?」」」」

総介   「育ちゃんの鬼ーっ! 悪い王様の右腕!」

竜崎   「悪い王様……? なんでもいいが、お前らも知っているはずだ。芝居は体力が基本。文句があるなら、俺にあとを任せた鷹岡大先生に言え」

草鹿   「ごめんねーみんな。育ちゃん、芝居も教えられるんだけど、今は走らせるくらいしかできなくて」

竜崎   「余計なことを言うな。面倒なだけだ。……あ」

草鹿   「あ。噂をすれば! お帰り、こうちゃん!」


 鷹岡とトールが合宿所に戻る。


鷹岡   「待たせた」

竜崎   「俺には、お前のやり方はコピーできねえからな。とりあえずあっためといたぞ」

鷹岡   「十分だ」


 バルドルが駆け寄る。


バルドル 「……っ! タカオカさん! 有希人くんは……!」

トール  「落ち着け、バルドル。とりあえずは大丈夫だ」

ヘイムダル「大丈夫って、ほんとか!?」

トール  「ああ。今はよく眠ってるよ。あいつの親が来たから、入れ違いで出てきた。合宿への参加は無理だが、医者いわく、しっかり休めば回復するそうだ」


バルドル 「あ……よかった……っ! ……僕……っ、心配で……、っ……」


 泣き出したバルドルを横目に、忌々しそうなブラギ。


ブラギ  「……。兄さん……」

ヘイムダル「有希人が合宿来られないのは寂しいぞ! けど、ムリしたのは有希人だもんな。仕方ないな!」

バルドル 「今は、ゆっくり休んでほしいです。そして、元気になって……また、お芝居を……。いえ。僕が、彼を元気付けられるくらい、いいお芝居ができるようにならなきゃダメですね」


 バルドル、泣き止み笑顔を見せる。


トール  「だな。ただでさえ、今のあいつと俺たちには、まだまだ技術の差がある。差は、それだけじゃないが……まずは技術だ。この合宿できっちり鍛えて行こうぜ」

真尋   「……有希人……。よかった」

章    「ふう。どうなることかと思ったけど、病気とかじゃなくてよかったな!」

総介   「最近のユキの出演数、エグかったからねー。加えて演劇部の公演って、そりゃ過労にもなるでしょ」

律    「……衣月さんも、忙しいなか無理しがちですから、気を付けてくださいね、睡眠時間とか、食事とか」

衣月   「うん。ありがとう。神楽のためにも、僕たちは元気に合宿を終えないとね」


ロキ   「お前ら、ホント甘いな。ユキトなんて、このままずっと寝てればいいだろ」

トール  「……なんだって? お前、またそんなことを」

ロキ   「あいつがいなきゃ、真尋は困らない。俺たちはコンクールで勝つ」

真尋   「ロキ」

ロキ   「なんだよ。俺は真尋と中都がよければ、他はどうでもいい。お前らだってそうだろ」

バルドル 「……っ。ロキ。そんなこと……」


 衣月が虹架部員たちとロキの間に割って入る。


衣月   「そこまで。言い過ぎだよ、ロキ」

ロキ   「フン。……冗談だっつーの。揃ってつまんねー顔すんなよ」

ブラギ  「……。貴様はやはり、変わってなどいない。……この、クズが」

鷹岡   「雑談はもういい。中に入れ。稽古を始める」

ロキ   「……なんだよ。俺は……。お前らだって、コンクール勝ちたいくせに」


ロキ   (……けど、なんでだ。なんでこんな、モヤモヤするんだ? 俺にとっての真尋が……あいつらにとっての、有希人だから、か……)




[合宿所_ホール]


鷹岡   「まずはインプロゲームをやる。夏と同じチームに分かれろ」

ヘイムダル「おおおっ! インプロゲームだぞ、ロキ! しりとりのやつだ!」

鷹岡   「ただし、セリフをしりとりにはしない」

ヘイムダル「しりとりじゃなかったぞ、ロキ!」

鷹岡   「縛りは作らない。内容、セリフ、尺、すべて各々で決めろ。準備時間、10分」

章    「え、ちょ、10分!? 10分で全部決めるの!? ていうか、それって……!」

律    「しりとりの要素がないなら、ゲームと言うより、ほぼそのまま即興劇ですね」

衣月   「うーん。夏の合宿以上に、裏方の僕たちにはハードルが高いね」

鷹岡   「準備時間、始め」


章    「始まっちゃったよ! ええと……総介! 白神弟! 同じチームだよな。どうする? 制約ないと、逆にやりづらすぎるんですけど……!」

総介   「えー、そう? 今のアキなら、そんなことないでしょ。ラギくん、なんでもいいからテーマ決めてよ。んで、アキはそれをもとに設定とセリフ一部作って! オレが立ち位置つけるからさ、あとは即興で」

ブラギ  「……なんでもいいから? 私の想像力に、貴方がたが付いて来られるとでも言うのですか」

総介   「うん。アキなら。一応オレも」

章    「ちょ……総介! この人、フードなんてかぶってるけど神だよ!?」

ブラギ  「……これは、かぶるだけで、わずらわしい外界を少しでも遮断できるので着用しているだけです」

総介   「わかる~~パーカーいいよね! フードいいよね! かぶらなくても、ふわっと、ゆるっと、もふっとしてて!」

ブラギ  「……聞いていますか? かぶらなければ意味がない」

章    「ほら噛み合ってない。なのに白神弟の神視点のテーマで来られても、俺なんかにすぐに設定作れるわけ……」

総介   「アキ? 『俺なんか』は?」

章    「……禁止……。だぁっ、もう、分かったよ! 考えてみれば、あの無理くりな時代劇風のエチュードだって乗り切ったんだ」

総介   「うんうん! 素敵な大根足軽だったよ!」

章    「これまでの公演だって、北風と太陽に、シンデレラに、ロボットに、海賊に……なんだって書いてきた」

総介   「ラショウモンもね~」

章    「それは言わないで!? ……けどまあ、それも含めて! どんなのが来ても、それなりに形にしてみせる。さあこい、白神弟っ!」

ブラギ  「……」


ブラギ  (夏は、与えられた状況に戸惑って、騒ぐだけだった。しかし今は……表情に自信が見える。人間というのは、これがあるから穏やかじゃない。……ときに、予測の線を飛び越えて成長する)


総介   「いえーい! それでこそ、中都のお抱え劇作家ぁ! もちろんオレも演出担当として、ラギくんの芝居、ばっちり引き出させてもらうからね。ラギくんはさ。存在感も、演技力も十分なのに、斜に構えて、落として芝居するところあるじゃん。もったいないなって思ってた。オレなら、鷹岡洸より、ラギくんのこと活かせるかもよ?」

ブラギ  「……面白いですね。それが舌先三寸でないか、確かめて差し上げますよ」




バルドル 「リツくん。また、あなたとインプロゲームができてすごく嬉しいです! ふふっ」

律    「……。あんたが笑うと、しおれてた花が咲いたり、老人の腰痛が治ったり、雨が止んだりしそう」

バルドル 「天気を操るのはトールの方が得意ですよ? 花や、お体の悪い方は……笑いかけると、力が出ることもあるようなので、できるだけ寄り添えたらとは思っています」

律    「冗談だったのに……。これだから神は……」

バルドル 「ふふ。リツくんはやっぱり、人のことを理解するのが上手なんですね。リツくんとインプロができて嬉しい、とお伝えしたのは、社交辞令ではないんですよ。最近の中都のお芝居は、以前よりもっと素敵になった。それを支えているのが、リツくんの音楽です」

律    「え」

バルドル 「夏にあなたと出会ってから、中都の音楽を意識して聴くようになったんです。台本を汲み取り、お芝居の邪魔をせず、それでいて、物語を色鮮やかに彩っている……。それはきっと、リツくんが中都のお芝居を理解して、心から愛しているからなんだろうなって」


10章6節


律    「あ……愛!?」

バルドル 「はいっ! 愛です!」

律    「愛って……!」

バルドル 「愛ですよ。だから、今日ここで一緒に過ごすことを楽しみにしていたんです。僕は、愛のある方が大好きだから」

律    「……。ホント、あんた調子狂う。けど、……ありがと。でも、俺がすごいんじゃないから。あの人たちの芝居には、俺にそうさせる力があるってだけ。……提案があるんだけど。このインプロでも、音楽使っていい? テーマや、セリフの流れはあんたが決めて。俺はそれに合う曲を、作ったやつの中から選ぶから。インプロでも、ちゃんと世界観のある芝居にしたい」

バルドル 「……わぁ……! 素敵です! 楽しくなりそうですね。ふふふっ」

律    「だから、その笑い方眩しいって……。……はぁ。サングラスほしい」




衣月   「僕、次にトールに会ったら、見せたいって思ってたものがあったんだよ」

トール  「見せたいもの? そりゃありがたいが、後でもいいだろ。今はインプロの準備を……」

衣月   「ううん。準備時間じゃないと意味がないんだ。ほら、これ」


 衣月、バッグから衣装を取り出す。


トール  「……? これは……舞台衣装か? 中都の芝居では見たことがないな」

衣月   「うん。これは、トールのためにデザインしたものだから」

トール  「俺の? そりゃすごい。だが……お前に、俺のサイズなんて教えたか?」

衣月   「見たらなんとなく分かるよ」

トール  「なんで見たらなんとなく分かるんだ」

衣月   「衣装が好きだからかな。それより、説明させて? 生地とデザインは、中央アジア風を意識したんだよ。トールはすごくスタイルがいいから、腰をマークするベルトは細めに。これに、足首を際立たせるようなサンダルを合わせれば、すごく映えると思うんだ。後で羽織ってみてくれる? 袖のボリュームは動きを見て調整したいから。虹架の芝居の衣装は作れないけど、もし合宿でインプロをやるなら、着てもらえるかもと思って。目論見が当たってよかったよ。あ、小物類も持ってきてるから、合わせてみる?」

トール  「……イツキ。すごい奴だとは思っていたが。本気で好きなんだな。衣装作りが」

衣月   「うん!」


トール  (「うん」……。子どもみたいな顔してるぜ)


衣月   「それに、ね。今日のトールは、少しつらそうだから。神楽くんのこと、心配だろうけど……、衣装には、着ている間だけでも、気分を上向きにする力がある。トールが元気なほうが、神楽くんが戻ってきた時も安心するんじゃないかな」

トール  「……はは。子どもみたいな顔をしたかと思えば、次は、いつもの頼れるイツキか。敵わない。ありがとな。それじゃ、この衣装に合う即興劇、考えようぜ」




ヘイムダル「よーしっ! ロキ! しりとりじゃなくなったのはちょっとつまんねーけど、やるぞ! ロキは、オレたちの芝居で本気になったんだもんなっ。今度こそ、全力出して勝負しようぜっ!」

ロキ   「本気なのはお前たちのせいじゃないし、このインプロは勝負じゃない。けど、全力は出す。夏の合宿の時は……」


ロキ   (今なら分かる。あの時は、ヘイムダルの方が、役を理解しようともがいてた。まともに芝居してた。俺はそれを認めずに、うまくできなかったのを、こいつのせいにした……)


ロキ   「……。あの時は、その……。……わ……。わる……」

ヘイムダル「わ? ワルキューレ!? お前、オレを死者の館に送るつもりか!?」

ロキ   「違う!」

ヘイムダル「ロキ、ユキトのことも寝てればいいとか言ったし。すぐ相手を傷付けようとするの、ダメだぞ!」

ロキ   「……なんだよ」


――――――

[回想]

ブラギ  「……。貴様はやはり、変わってなどいない」

――――――


ロキ   (……ああ、そうだ。“狡知こうちの神”は謝ったりしない。それでいい。こいつらになんか、理解されなくても。……けど……)


ロキ   「……これだけは言っておく。俺は、芝居も、お前らの演技も、バカにしてた。けど今は……。あいつらと一緒に芝居を作って、真尋と舞台に立つのが──楽しい」


ヘイムダル「……ロキ……!」

ロキ   「だから、もう一度やる」

ヘイムダル「おう、もう一度やる! ロキが言うなら何度でもやる! で、何をだ!?」

ロキ   「夏にやった『余命1日の男と、その主治医』。このインプロは、何をやってもいいんだろ? このままじゃ寝覚めが悪いからな。今度は、役から逃げない。お前にもしない。中都の看板役者、神之ロキ様の本当の実力を見せてやる」




真尋   (……ロキ。すごくいい顔をしてる。さて、俺は……)


鷹岡   「叶真尋。お前は、神楽とやらねえと意味がない。だがあいつはいない。好きにしろ」

真尋   「え……」

竜崎   「おい。それが指導者の態度か。勝手すぎる」

草鹿   「育ちゃん、洸ちゃんのことは言えないと思うけどね。ぐうたら顧問なんだからさー」

竜崎   「俺はここまでじゃないだろ」

鷹岡   「ふん」

草鹿   「はいはい。生徒を巻き込まないの。叶。じゃあさ、おれと一緒に来てよ。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」




[合宿所_食堂]


真尋   「食堂……? あの、草鹿さん……」

草鹿   「それでは、いってみましょう。楽しい合宿晩ごはん☆ 下ごしらえゲーム!!」

真尋   「下ごしらえゲーム??」

草鹿   「ルールは簡単だよ。これからおれたちは、晩ごはんの準備をします! けど、メニューは言いません。おれの指示に従って下ごしらえをして、何を作ってるか当てられたら、叶の勝ち! 晩ごはんのデザート、増やしちゃいます!」

真尋   「……楽しそう、です……ね」

草鹿   「あはは。役者なのに、楽しそうって言いながら全然楽しくなさそうな顔してる。まあまあ、たまには芝居以外のことをやるのも、逆に芝居の役に立ったりするもんよー?」

真尋   「あ……。似たことを、夏の合宿の時……有希人が言ってた気がする」

草鹿   「うんうん。でもって、おれに付き合ってくれたら、特別に昔話も聞かせてあげるからさ。おれと、育ちゃんと、洸ちゃんが、演劇部だった頃の話。興味ない?」

真尋   「鷹岡さんたちが……芝居をしてた頃の? ……興味、あります!」

草鹿   「あはは。さすが叶。素直で可愛いねー。んじゃ、まずは、ジャガイモ洗おっか」

真尋   「はい。芽も取ります」

草鹿   「心強いね。それじゃ、昔話の始まり始まり。夏に話した通り、中都の演劇部は、もともとおれたちで作ったものだったんだよ」


草鹿   「言い出したのは洸ちゃん。まず育ちゃんが巻き込まれてそのあとおれが合流したんだ。洸ちゃんってね、あれでも名家のお坊ちゃんなんだよ。画家とか陶芸家とか、国宝級の芸術家ばっかりの家」


草鹿   「そんな中で、洸ちゃんのお父さんだけは、芝居を選んで役者になった。家族は猛反対したみたい。『芝居なんて、大衆娯楽だ。芸術じゃない』って。随分お硬いけど、そういうお家柄だったのかもね」


真尋   「……」


草鹿   「で、お父さんは鷹岡家を出て行ったんだって。それを見ていた洸ちゃんは、家が嫌いになった。もとは画家になるつもりで、子どもの頃からすごい絵を描いてたみたいだけど、全部投げ出して……家出するみたいに、全寮制の中都に入って、自分も芝居にのめり込んでいったんだ」


草鹿   「やっぱ血筋かな。洸ちゃんは、芝居でも天才だった。脚本も、演出も出演も、全部1人でこなしてた」


真尋   「……何もかも1人で。それ、西野みたいですね」


草鹿   「そうそう。だから、西野が洸ちゃんを煙たく思うの、しょうがないとこあるんだよねー。あ。次、玉ねぎと人参の皮むいてね。そうそう、上手いよ」

真尋   「俺、料理は全然できなくて、家では皮むきとネギを刻むのばっかり手伝ってたんです」

草鹿   「そっか。実家、中華料理屋だもんね。育ちゃんが常連だったんだっけ」

真尋   「はい。結構前から来てくれてました。けど、演劇をやってたなんて、一言も……」

草鹿   「そっか。そうかもね」


草鹿   「育ちゃんはね。芝居を好きになったのは、たぶん洸ちゃんよりずっと早かったんだよ。子どもの頃から、すごい数の舞台を観てた。お年玉とかも全部、舞台を観るのに使ってたって。それを知った洸ちゃんが、演劇部に誘ったんだ」


草鹿   「育ちゃん、最初は『俺は観るのが好きなだけだ』なんて突っ張ってたけど、ほんとは役者に憧れてるの、洸ちゃんにはバレバレだった。で、同じクラスだったおれも合流して、演劇部が立ち上がったってわけ」


草鹿   「あの2人、面白いんだよ。芝居は嗅覚だ! とかって動物みたいなこと言う洸ちゃんと、芝居は理論だ! 過去に学べ! って、学者みたいなこと言う育ちゃん。稽古してても、すぐケンカ。でも……本番になると、2人の芝居は、すごかった。さっきまで揉めてたのに、ぴったりと息が合う」


真尋   「草鹿さんも、舞台に立ってたんですよね?」

草鹿   「最初は3人しかいなかったからね。でも、おれは2人の間をうろちょろしてただけに近いよ。楽しかったな。おれは、ずっと2人に、ケンカしながら芝居してて欲しかった。……でも」



草鹿   「中都を卒業した後、洸ちゃんはプロの役者になって、育ちゃんは、ならなかった。というか、洸ちゃんのすごさを間近で見すぎて、諦めちゃったんだと思う」

真尋   「……」

草鹿   「そのまま、普通に大学に入った。でも、芝居が嫌いになったわけじゃない。だから大学生の時、中華屋さんを巡ってる最中に偶然叶に出会って、嬉しかったと思うよ」


草鹿   「おれにまで言ってたもん、すごい子役なんだって。本当は、西野と同じくらい、叶が芝居に戻ってくるのを願ってた。中都で叶を見守りながら、その準備をさせてあげようと思ってたんじゃないかな」


草鹿   「だから、西野が叶を追いかけて入学してきたり、神之が転校してきたりしたのは、育ちゃんにとって嬉しい誤算ってわけ」


真尋   「……竜崎先生」

草鹿   「いろいろあって、洸ちゃんはコワーイ演出家になっちゃったし、育ちゃんは適当顧問になったけど、みんな、芝居を愛してるって話でした!」


真尋   (……今の演劇部は西野が作った。でも……先生たちの頃から、全部繋がっていたのかもしれない)


真尋   「草鹿さん。俺……。俺は、どこかで、自分1人だけで芝居をやっているつもりだったのかもしれません。でも……」

草鹿   「そうそう! 舞台は、1人でできるものじゃない。叶は、周りのみんなに支えられてる。根菜だけじゃ、メニューは完成しないのと同じだ! だから、ほれほれ、次は米とぐぞー!」

真尋   「はい。あの、草鹿さん。なんで俺に、こんな話してくれたんですか?」

草鹿   「んー。ほら、神楽が倒れちゃったり、コンクール近かったり、なんかいろいろあるじゃん? そういうときこそ、人の絆を確かめるのって大事だから。それになんとなく、今の叶には聞いておいてほしいなって思って」


草鹿   「おれは、あの芝居バカたちの代わりに、しゃべることしかできないからさ。高校の頃から、ずっとね」


真尋   「草鹿さんは、中都を出た後、なんで寮監に……」

草鹿   「おれのことはいいから……あ! 肉も切らなきゃ! で、今夜のメニューは推理できた?」

真尋   「ジャガイモに、玉ねぎ、人参、肉、お米……さすがに、分かります。カレーですよね」

草鹿   「正解ー!」


真尋   (またカレーか)


草鹿   「あ。またカレーかって思っただろー」

真尋   「思いましたけど。大丈夫です。カレーは、つかれにかれいに効きますから」

草鹿   「つかれにかれい……。……叶。お前のそのセンス、おれは好きだよ」

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