第5節 有希人の願い

[神5ハウス]


 ベッドでうなされる有希人。


有希人  「……真尋……」


有希人  「真尋……待って。行か……ないで……」


有希人  「……ぼくが……、迎えに……」


 有希人、目を覚ます。


有希人  「…………ここ……。……俺の家? 合宿所じゃ……」


有希人  (……あの時、確か、真尋が何か言って……でも目の前が暗くなって、その後を覚えてない)


有希人  「……っ……。すぐに、合宿所に戻らない……と……!」


 部屋へトールが入ってくる。


トール  「……有希人! 目が覚めたのか。よかった。まだ起き上がるな。ちょうど水を持ってきたとこだ。飲めるか?」

有希人  「トール。俺、どうなったの? 合宿は?」

トール  「倒れたんだよ。お前が寝ている間に、医者が来た。過労による貧血だそうだ。しばらくスケジュールを空けて、休めと」

有希人  「……そんなことできるわけない。大丈夫だよ。これはただのミスだから」

トール  「ミス?」

有希人  「そう。体調管理をミスしただけ。だから、すぐに取り戻さないと。だって──」


 鷹岡が部屋に入ってくる。


鷹岡   「スケジュールならもう空けた」

有希人  「……鷹岡さん……!? どうして……!」

トール  「……お前をここに運んだのは、タカオカだ」

鷹岡   「しばらく休め。ドクターストップだ。お前の実家と事務所には、俺から連絡した」

有希人  「事務所に!? なんでそんなこと……! あなたがそんなことをしたら、演劇部での活動を制限されてしまいます。ただでさえ、事務所は俺が演劇部にいるのをよく思っていない。それは鷹岡さんだって知っているはずです! なんで……!」


 無言の鷹岡。有希人、力なくうなだれる。


有希人  「……ああ……だからこそ、倒れたりせずに、完璧にやらなきゃいけなかったんだ……。鷹岡さんにそんなことさせたのは、俺が弱かったから……か」

トール  「……有希人……」

有希人  「……俺の力は、まだ全然足りない。こんなんじゃ、いつまで経っても……」

鷹岡   「……いつまで経っても、なんだ?」

有希人  「……」

鷹岡   「神楽。お前は、誰を見てる。どこを目指して芝居をしている」

有希人  「……すみません。全部、俺の自己管理不足です」

鷹岡   「俺をごまかせると思うな。俺の演出を受けるつもりなら、腹の中は全部見せろ。芝居は、お前の欲望の踏み台か?」

有希人  「……!」


鷹岡   「今のお前は、共演者を見ていない。叶真尋しか見ないなら、虹架を出ていけ」


有希人  「……っ……」

鷹岡   「神宮寺。神楽の親が来るまで、あと頼む」

トール  「……ああ」


 鷹岡、部屋を退室。


トール  「……有希人」

有希人  「……。トールも、いいよ。ここにいなくて。すぐ合宿所に戻って。俺なら大丈夫だから」

トール  「……なんでだろうな。俺は昔から、大丈夫じゃねえ奴の“大丈夫”にはすぐ気付くんだよ。いったん、肩の力抜け。ほら」


 有希人の頭をなでるトール。


有希人  「……。頭」

トール  「嫌か」

有希人  「ううん。倒れたり、変なところ見せたり。俺、子どもみたいだもんね」

トール  「お前を子どもみたいだと思ったことは、一度もねぇよ」

有希人  「なら、なんで撫でるの?」

トール  「俺はただ、お前が大切なんだ。自分の“願い”のために全力を傾け、妥協せず、つらくてもいつも笑おうとしているお前が」

有希人  「……トール……」


10章5節


トール  (……だめだ。これ以上は深入りするな。ブラギの言う通り、それこそ、互いを傷付けるだけだ。けど……。助けてやりたいと……、こいつの“心からの笑顔”が見たいと、思ってしまう)


トール  (それは、いけないことなのか)


トール  「……有希人。タカオカはああ言ったが……カノウマヒロのことを見るのは構わない。それがお前の“願い”だというならな。だが、そのために、俺の前で自分を傷付けるな」


トール  「俺じゃ……“神5”じゃ、お前の支えには、ならねえか?」


有希人  「……ありがとう。でも……、……ごめん。この願いのためなら、俺なんか、いくら傷付いても構わないんだ。俺は必ず、サクラ演劇コンクールで最優秀賞を取る。誰もが認める、最高の役者になる。そして……真尋を……」


トール  「……」


トール  (オーディンの指令にお前がどう関わっているか……今なら分かる。カノウマヒロの“本当の願い”……「仲間と一緒に、もう一度、大きな舞台を成功させること」それに、ロキの“心からの笑顔”を集めること。コンクールで中都が最優秀賞を取れば、どちらも叶う)



――――――

[回想]


トール  「つまり……オレたちに、ロキの試練になれ、と?」

オーディン「そうだ。あいつは飽きっぽいが、同時に相当の負けず嫌いでもある。適度に発破を掛けつつ、必要な障害を作り、成長を手助けしてやってくれ」

――――――


トール  (中都に、カノウマヒロに立ちはだかる“障害”。それが有希人だったんだな。だからオーディンは、俺たちを虹架に編入させた……)


トール  (俺たち虹架はロキの壁となり、最後にはそれを越えて、カノウマヒロの願いも叶い――ロキもアースガルズに帰る。……それがオーディンの望みだろう)


トール  (だが、その時、有希人の願いはどうなる? マヒロの願いを叶えるロキを手助けすれば、有希人の願いは叶わない。有希人の願いを叶えれば、ロキはアースガルズに帰れない)


トール  (どうすればいい。俺は、誰のことを守ればいい?)


 有希人が静かに寝息を立て始める。


有希人  「…………」

トール  「……また眠ったか」


トール  (ずっと、人間にちょっかいを出すロキを叱ってきたのに、これじゃ、立場がねえな。人間ってのは、隠しているつもりでも感情が剥き出しで……いつも寂しげで。それなのに、少しの幸せで笑顔になる。お前も今頃は、人間の本当の魅力に気付いてるはずだ)


トール  (人間ってのは……神にとって、どうしようもなく心惹かれる存在だよ、ロキ)

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