第4節 1人と4人

[虹架高校_体育館ステージ]


 体育館中が拍手で包まれる。


女性学生1「はぁー……ドキドキしっぱなしだったよ……! 手に汗握るって、こういうことなのかな?」

女子学生2「私、いつもはヘイムダルくんのファンだけど、今日は有希人くんばっかり見ちゃったかも……!」

男子学生1「アイドルみたいな舞台かと思ったけど、話がすげー面白くて、見入っちゃったな」

男子学生2「やっぱり神楽有希人ってすげー目立つんだな。オーラっていうの? 存在感があるっていうかさ。」


真尋   「……」


総介   「お客さんみんな、満足度120%って感じ。スパイものって、やっぱ強いよねー!」

章    「ああ。題材のキャッチーさもだけど、どんでん返しがある台本って、いいよな。アクションシーンも、感情の流れを置いてきぼりにしないっていうか、ちゃんと話の中で活きてたし」

衣月   「うん。これまでも素晴らしかったけど、今回の完成度はまた上がってる。そう思うよ」

章    「……でも、なんだ。なんつーかこう……。夏の公演と違って、何か、少しだけ引っかかるんだよな……」

律    「東堂先輩もですか。俺もです。特に……神楽有希人に。ですよね、真尋さん」


 真尋、小さくうなずく。


真尋   「……有希人の芝居の精度はすごかった。それこそ、触れたら切れそうなくらい。だけど……他の役者の演技を、拾ってないっていうか……」

ロキ   「拾ってない? どういう意味だよ」

真尋   「この舞台は、有希人が主役だった。だから、基本は有希人が目立てばいいんだと思う。でも、有希人の見せ場以外でも、有希人ばかりに目が引きつけられる感じがしたんだ。それに、誰がどうセリフを言っても、どう動いても、有希人の中での正解は、決して揺らがない。有希人1人と、他の4人に、距離があった」


真尋   「5人でやる芝居じゃなくて、1人と4人の芝居だった。そんな気がするんだ」


ロキ   「距離……それでか。カグラユキトと他のヤツが掛け合うシーン、なんか気持ち悪かったんだよな。トールたちの芝居が人間っぽくないのかと思ったけど……こんな風に感じるのは初めてだ」

総介   「んー。もともとユキの演技力は頭1つ抜きん出てる。他となじみにくいのは分かる。でも神5かみファイブ鷹岡洸たかおか こうの演出もあって、これまで上手くバランスが取れてた。だから多分、そこじゃない」

衣月   「確かに違和感はあったけど、なんだろう……体調がよくないとかかな……」

総介   「ふーむ……ユキとあの4人、ケンカでもしてるんじゃない?」

章    「ええ!? うちじゃあるまいし、あいつらにそんなことあるかぁ?」

律    「するんじゃないですか。ケンカくらい。でも、それを芝居に持ち込むような人たちじゃないと思います」

総介   「ノンノン。隠そうとしたって、芝居ってのは、如実に役者同士の人間関係が出るものさ。役者の心のまとまりは、芝居のまとまりだもん。たぶん虹架には、何かあるよ。また悪だくみだって言われそうだけど……そういう意味じゃ、オレらには追い風だ」


 総介、ぼそりとつぶやく。


総介   「今の中都は、しっかりまとまってるから。ケンカなんかしてるとしたらチャンスだよね。あの強豪を打ち倒すきっかけがそこにあるかも。もっと仲悪くなればいいのに。なんて……」


ロキ・真尋「「…………」」

衣月・律 「「…………」」


総介   「え? な、何。なによ、じっと見て! ブラック発言、ダメだった感じ!? いいもん! どうせオレなんて、悪だくみ大臣だもん! 腹黒演出担当だもん!」

律    「そこまで言ってないです。よくしゃべるなと思っただけで」

総介   「ええー!?」

ロキ   「総介はもとから、ペラペラと無駄口が多い。でも、そういう本音はあんまり言わなかっただろ」

真尋   「うん。珍しいよね。今みたいに、ちょっと意地の悪いことまで隠さずに言うの」

衣月   「言うとしても、全員の前では言わなかったよね。相手を選んでいたっていうか。時と場合を選んで、僕たちに対しても駆け引きをしていたっていうか……」

総介   「ちょっと! それじゃ、オレがマジでイヤな奴だったみたいじゃん!?」

章    「気付けよ。お前、うちの芝居が絡むと、だいぶ見境ない、イヤな奴だぞ」

総介   「アキさん!? たった1人の幼なじみさん!?」

律    「ですね。ある意味、俺たち全員被害者ですし。訴えたら勝てます」

総介   「たった1人の可愛い後輩まで!? ちょ……ロキたん! ヒロくん! そんなことないよね!?!?」


ロキ・真尋「「……ある」」


総介   「ちょっと! 泣くよ!?」

衣月   「……ぷ。ふふふ……。からかうのはこのくらいにしよう。あのね、総介。みんなは、総介が心の中を全部言うようになって、嬉しいんだよ。僕もね」


 総介、照れて固まる。


総介   「……え……。そ……。……マジで?」

章    「ま、端的に言うと、そうなんじゃねーの?」

総介   「ええー……そ、そんなことで嬉しいとか、みんなオレのこと好きすぎでしょー!?」

ロキ   「照れるな」

律    「気持ち悪い」

総介   「……言葉の刃が2本! 的確に刺さりましたぁっ!」

真尋   「西野。俺は、基本的には感謝してるよ。ちょっとやりすぎだなって思うことはあるけど」

総介   「めった刺しっ!!」

ロキ   「総介はホントは小心者なんだ。あんまり無理するなよ?」

総介   「……K.O……」


衣月   「……だけど、本当に虹架に何か問題があるなら、気になるね。神楽、最近ますます、ドラマやCMの出演数が増えてるから……みんなで話す時間がないのかな」

律    「でも、あの人たち一緒に住んでるんですよね? 今更だけど、どんな生活してるんだろ」

章    「考えてみれば、いろいろ謎だよな。神楽っていつ寝てるのかとか。白神兄が、神楽のこと大好きなのだけはバンバン伝わってくるけど……」


草鹿   「おーい、みんな! そろそろ合宿所に移動するよー!」

竜崎   「虹架の奴らは、片付けにまだしばらく時間がかかる。先に出るぞ」

ロキ・真尋・章・総介・衣月・律「「「「「「はい!」」」」」」

                                      

真尋   (虹架に、問題か……。……何かあったのかな、有希人)




[合宿所_エントランス前]


ヘイムダル「ふぃーっ! やっと着いたぜ、オレらの城! にじかけーの、がっしゅくじょー! あっ! 中都、もう来てるっ! 待ったか!? 待ってたのか!?」

真尋   「ううん。そんなに待ってないよ。お疲れ様、ヘイムダル」

ヘイムダル「おうっ! 観てくれてサンキュな、マヒロ! んでもって……あ、いたっ! ロキロキロキー! オレらの芝居、どうだった!?」

ロキ   「うるさい。耳元で騒ぐな」

ヘイムダル「ええーっ!? それだけ!? もっと感想とか言ってくれよー! ちぇ。まだロキに本気出させる芝居には足りないのかー?」

ロキ   「そんなこと言ってない。俺はもう、ちゃんと本気だ」

ヘイムダル「……えっ」


バルドル 「中都のみなさん。ようこそ! 定期公演、観に来てくださって、嬉しかったです」

律    「お疲れさま。あんたの、クライマックスの歌、わりとよかった」

バルドル 「リツくん……!」

律    「うわ……この天使の笑顔、久々……」

バルドル 「今回の曲は難しかったから、緊張していたんです! リツくんにそう言ってもらえて、感激だなぁ……!」

律    「……うん。よかった。分かったから、その顔まっすぐ向けないで。天に召されそう」


総介   「ラギくーん! 今回のラギくんは、持ち前のダークさが役にハマって最高だったじゃーん!」

章    「ちょ、総介。言うにことかいて、ダークって。褒めてることになってるか、それ? 舞台の上で輝いてたとか、光ってたとか言うもんじゃないの普通!?」

ブラギ  「輝いていた、光っていた、などと言われるよりは、ダークの方がまだ許せますね」

総介   「でしょ? なんとなく、そうだと思ってさー♪」

ブラギ  「……相変わらず、食えない人間だ」

章    「え……もしかして2人、ダークなとこで通じ合ってる!?」


トール  「ったく、お前らが来ると一気ににぎやかになるな。まとめるのも骨だが、協力し合っていこうぜ。イツキ」

衣月   「もちろん。今回もよろしくね。トール。でも、世話になってばかりいるつもりはないよ。この間ここを借りた時、『この礼は近々』って言ってたのは、合宿のことだったんでしょう? しっかり、お礼させてもらうよ。ロキと真尋と僕たちの、最高の芝居でね」

トール  「へえ。前よりもっと、言うようになったじゃないか。いい目だ。部長たる者、そうじゃないとな。楽しみにしてるぜ。中都演劇部」


真尋   「あれ……有希人がいない……?」

竜崎   「ああ。そういえばそうだな。一緒に移動してくるかと思っていたが」

草鹿   「とか言ってたら、ボスのお出ましだよ。聞いてみたらー?」


鷹岡   「待たせた。虹架、中都。二度目の合同合宿を始める」

真尋・章・総介・衣月・律「「「「「よろしくお願いします!」」」」」


真尋   「あの、鷹岡さん。有希人がまだ、来てないみたいなんですけど……」


 有希人が駆け寄ってくる。


有希人  「すみません、遅れました!」

ヘイムダル「有希人ー! 聞いてくれよ、ロキが! ロキがオレたちの芝居観て、本気出すって!」

ロキ   「アホダル。そうは言ってないだろ」

有希人  「……ふふ……。さっそく……いい緊張感だね。こちらこそ、この合宿は本気で行くよ。……よろしくね、中都のみんな。そして……」


有希人  「……真尋」


真尋   「有希人。お疲れさま。俺、有希人に言わなくちゃいけなことがあるんだ」

有希人  「……俺に? 嬉しいな。みんながいる場所で、聞ける話?」

真尋   「うん。夏の合宿の時は、俺……」


 有希人、頭を押さえる。


有希人  「……っ」

真尋   「有希人?」

トール  「……?」

有希人  「あ……ごめん。終演後に、偉い人たちにあいさつして回ったから、ちょっと緊張したのかも」

総介   「へえ。ユキは偉いね~! あいさつなんて、まとめて軽くやるって奴も多いのに」

有希人  「俺を観てくれる人に、手は抜けないよ。こういうことが、次の仕事に繋がるかもしれないしね。できることは全部、自分でやりたい方だから。それに……」


有希人  「……そうでないと、俺は…………真尋を……。…………真尋に……」


10章4節


真尋   「有希人……? なんだか、顔色が悪いよ。大丈夫?」

トール  「……おい、有希──」


 有希人、その場にゆっくりと倒れる。


有希人  「…………」


トール  「有希人っ!」

真尋   「有希人!?」

ロキ・章・総介・衣月・律「「「「「!?」」」」」


バルドル 「有希人くん!!」

ヘイムダル「いきなり倒れたぞ! なんで!?」

トール  「……間一髪で受け止めた。頭を打ったりはしてない。だが、これは……」


 有希人、目を閉じ朦朧としている様子。


有希人  「………………。……まひ……ろ……」


草鹿   「ちょっと見せて」


 草鹿が駆け寄り、有希人の様子を見る。


草鹿   「……。この感じ、たぶん貧血だ。前にも寮生で見たことある。でも、早く医者に診せた方がいいね」

トール  「くそ……! 俺の力で、なんとか……」

ブラギ  「トール。何をするつもりですか? 人間が疲れて倒れる。自然の道理です。神が手を出すべきではないことくらい、分かるでしょう」

草鹿   「……舞台用のメイクがまだ残ってるから分かりづらいけど……目の隈がすごく濃い。洸ちゃん。神楽くん、ちゃんと寝てる? 食べてる?」

鷹岡   「議論してる場合でもないだろう。貸せ。俺が抱える」

トール  「タカオカ? どこへ連れて行くつもりだ。合宿所のベッドに寝かせた方が――」

鷹岡   「こいつの家へ連れていく。医者はそこへ呼んでおけ」

トール  「……なんでお前が? あそこは今、俺の家でもある。俺が連れて帰った方が、有希人だって──」

鷹岡   「こいつは俺の役者だ。無理をさせたのが俺なら、立て直すのも、俺の仕事だ。育。あと頼む」

トール  「……待て、タカオカ! 俺も行く!」

バルドル 「……あ……っ……!」



総介   「……トール様まで行っちゃったね」

衣月   「ご家族や事務所、今後のお仕事のことを考えてもなるべく都内にいたほうがいいんだろうね」

律    「気が休まるという意味でも、本人の家のほうがいいんでしょうけど……」

章    「神楽のことも、鷹岡さんの強引さも、……正直驚きっぱなしだよ……」

真尋   「………有希人……」

ロキ   「……」

竜崎   「お前ら、動揺すんのも分かるが、とりあえず中に入れ」

バルドル 「……有希人くん……!」




[合宿所_食堂]


ロキ   「……あいつ、なんだって急に倒れたんだ?」

真尋   「……もともと有希人は、がんばり過ぎるところはあったけど……」

衣月   「心配だね。でも、きっと僕たち以上に不安なのは……」


バルドル 「……どうしよう……。僕……。僕、もし有希人くんに、何かあったら……!」

ヘイムダル「何かって……大丈夫だろ。有希人は強いぞ。落ち着け、バルドル!」

バルドル 「でも人間は、どれだけ強いと言われていても、いつかは倒れる存在です。それを僕は知っていたのに……お芝居のために無理をする彼に、がんばってくださいって、いつもそればかり言って……もしかして有希人くんは、そのせいで──」

ブラギ  「兄さん」


 ブラギが強めにバルドルを遮る。


ヘイムダル「落ち着けって! バルドルはいつも、有希人のこと心配してたじゃん。有希人が無理してたとしても、それは、バルドルのせいじゃないぞ」

ブラギ  「その通りです。何1つ兄さんには関係ない。もし仮に、あの人間がこのまま死んだとしても」

バルドル 「……っ!」

ブラギ  「私たち神と人間は、命を異にする存在。本来、関わるべきではないのです。心を乱されるほど、深く関わるべきでは」

バルドル 「……ブラギ。でも、……でも有希人くんは……っ!」

ブラギ  「他の人間とは違う、と? それこそ、兄さん、想い入れが過ぎるというものです」


 バルドルの目に涙がにじむ。


バルドル 「…………っ……。……有希人くん……!」

ヘイムダル「泣くなよ、バルドル。オレまで悲しくなってくるだろ。だ、大丈夫だって! 大丈夫だよ!」


ロキ   「……」


ロキ   (なんだ、こいつら。仲悪くなんてないぞ。ユキトが倒れたら、こんな慌てて。あいつらにとってのユキトって……俺にとっての、真尋みたいなものなのか?)


真尋   「どうしたらいいんだろう。こういうとき、俺は……全然、役立たずだ」

衣月   「彼には鷹岡さんとトールがついてる。きっと、適切な対応をしてくれるよ」

章    「そうですね……。衝撃がでかすぎて落ち着かないけど……」

律    「動揺しても仕方ありません。今は、俺たちにできることをやるしかないです」

総介   「その通り。落ち着いたらトール様から連絡あるでしょ。ところで、育ちゃんたちは?」


 ちょうど竜崎と草鹿が部屋に入ってくる。

 

竜崎   「待たせた。虹架側への連絡は済ませたから、とりあえずは、このメンツで合宿を進める」

草鹿   「心配だよね。でも詳しいことが分かるまでは、おれたちにできることは多くない。なら、少しでも稽古しておかない? 彼らが戻ってきた時のためにもさ」

バルドル 「………。少しでも稽古を……。きっと有希人くんなら、同じことを……」

ヘイムダル「おう。言うと思うぞ!」

バルドル 「……はい」

ブラギ  「……」

竜崎   「しかし……あと頼む、つったってな。何をどうやれってんだ」

草鹿   「懐かしいセリフだね。『育、あと頼む』」

竜崎   「……やれやれ。自主練しろと言いたいところだが……。お前ら、雑な稽古でも文句言うなよ」



真尋   (……有希人……)

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