第10章 冬のカレイドスコープ(前編)
第1節 歪み
[
ブラギ 「……」
ブラギ (この国で手に入る“北欧神話”の書物には、これでおおよそ、目を通した。やはり、過去に私がアースガルズでの出来事を書き記したものとは別物。多くに尾ひれがついている)
ブラギ (“ラグナロク”が起きて、神も世界も死ぬ……か。人間に都合のいい物語を考え出したものだな。滅びを論じれば、人間の心には恐怖が生まれ、御しやすくなる。支配者たちの常套手段だ)
ブラギ (“
――――――
[回想]
[アースガルズ]
女神 「……き、きゃぁあああ!」
バルドルがその場に倒れ込む。
ヘイムダル 「くそっ……オレ、オーディンを呼んでくる!」
ロキ 「……っ!」
トール 「ロキ。俺だけは、何があってもお前の味方だ。だから──」
――――――
ブラギ 「……ロキ。呪われし“
ブラギ 「たとえユグドラシルの樹が枯れ果てようとも、私はお前を許さない。光を、穢したお前を……」
ブラギ 「……この茶番劇も、そろそろ終わりにしなければなりませんね」
リビングの扉が開く。
ヘイムダル「いやっほー! いま帰ったから、ただいまー! あー、すっげー腹いっぱいだー!」
ブラギ 「……チッ」
ヘイムダル「舌打ち聞こえてるぞ、ブラギ! 腹減ってイライラしてるんじゃねーか!? お前も来ればよかったのに!」
トール 「いや。こいつの場合、静かな読書時間を邪魔されたのが腹立たしいだけだろ」
有希人 「でも本当に、ブラギも来ればよかったのに。みんなでしゃぶしゃぶ、楽しかったよ」
バルドル 「はい! お箸でお肉をつかんで、お湯の中に入れて、しゃぶ、しゃぶ……」
ヘイムダル「しゃぶ、しゃぶ~!」
バルドル 「ふふ。和食って、その場の雰囲気や所作まで美しく美味しいんですね。貴重な体験でした! 次は、ブラギも一緒に行こうね。読み終えたいって言っていた本は、進んだ?」
ブラギ 「……ええ。すっかり読んでしまいました。こちらも有意義な時間でしたよ」
トール 「え。もう全部読んじまったのか? けっこう冊数あっただろ。相変わらず本の虫だな」
バルドル 「はい。ブラギは本当に読書家で、勤勉で、才能豊かで……自慢の弟です!」
ブラギ、独り言のようにつぶやく。
ブラギ 「……私に才能があるとすれば、兄さんの“影”でいることだけです」
バルドル 「え? ごめん、ブラギ、なんて言ったの?」
ブラギ 「いえ、何も」
有希人 「さて、と。みんなは休んでて。俺はちょっと、そのへんを走ってくるよ」
ヘイムダル「ええっ!? またランニングするのか!? 朝も走ってたよな? 好きだなー、走るの!」
有希人 「好きってわけでもないんだけどね。次のドラマではアスリートの役をやるから、体力を付けたり、フォームを整えたりするのは、できるだけ自分でやっておかないと。どこから撮られても、アスリートに見えるようにね」
トール 「お前らしいけどな。無理すんなよ? ただでさえ冬の定期公演の稽古で忙しいんだ。それに──
有希人 「だから、だよ。……真尋は、夏の合宿であんなことがあったのに、すぐにまた、舞台に戻ってきた。しかも、前よりもっと、自信に満ちた芝居で。なら、俺はもっと上を目指さなきゃ」
ヘイムダル「そうだなー! オレも文化祭や動画で観たけど、ロキも前とは全然違ってた! 芝居のこと好きになってるって感じだったぞ!」
有希人 「うん。ますます手は抜けないよ。そうしなきゃ、コンクールでは勝てないから」
バルドル 「……有希人くんは、本当にすごいです。僕は有希人くんのお芝居が大好きだから、いつももっと観たい! なんて言ってしまうけど……、トールの言う通り、無理はしないでくださいね」
有希人 「ありがとう。バルドルがいつも応援してくれて、すごく励みになってるよ。ファンのみんなにも、恥ずかしいところは見せられないしね。休める時には休んでいるから、大丈夫。それじゃ、行ってくる」
有希人、部屋を出る。
トール 「……やれやれ、行っちまった。あいつ、本当に大丈夫か?」
ヘイムダル「んー。なんかさー。バルドルがーとか、ファンがーとか言うけどさ、最近の有希人、そんなの全然見てないよな。見てるのは、あいつ。マヒロのことだけだ。オレたちだって有希人の仲間なのにさぁ。1人でがんばるより、全員でやったほうが楽しいぞ」
ブラギ 「……仲間、ですって? 神が人間の仲間になどなりえません。ただ、彼の目的と我々の目的には、近しい点がある。中都を完膚なきまでに打ち倒し、あのロキの希望を砕く……それだけです」
バルドル 「ブラギ……オーディン様の願いは、ロキが人間たちの心を学んで、アースガルズに帰ることだよ。それに有希人くんと僕たちは、もう何度も一緒に舞台に立った仲間でしょ? 僕たちだって、有希人くんのすばらしさから、学ぶことがたくさんあると思うよ」
ブラギ 「……過ぎた思い入れは、
トール 「……それは俺への皮肉か?」
ブラギ 「分かっているのなら、
トール 「やれやれ……手厳しいな。俺は大丈夫だ、加減を心得てる。俺に言わせりゃ、バルドルほどたった1人の信奉者になるのもそうだが、ブラギみたいに、たった1人を恨み続けるのも、“過ぎた思い入れ”だ」
ブラギ 「……」
トール 「もっと余裕を持って行こうぜ。な、ヘイムダル」
ヘイムダル「おうっ! よくわかんねーけど、余裕は大事だぞっ! じゃなきゃ楽しくないからな!」
トール 「合宿も近い。有希人ほどとはいかないが、俺らは俺らで、気合い入れないとな。ロキの希望が叶うにせよ、砕かれるにせよ、コンクールでその答えが出るだろう。そろそろ、本気でいかねえとな。──それが、オーディンの望みだ」
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