第7節 頼れるライバル?
[合宿所]
ヘイムダル「はーっはっはっはっは! ついにこの日が来たな、ロキっ! お前がオレを頼って頭を下げて、『お願いします』って言う日が! あーっはっはっは!」
ロキ 「言ってない。つーかヨダレ出てるぞ」
ヘイムダル「えっ、嘘!?」
ロキ 「嘘~」
ヘイムダル「おのれ、ロキめーー!!」
トール 「ヘイムダル、少し落ち着け。嬉しいからって、テンション上げすぎだ」
ヘイムダル「落ち着いてなんかいられないぞ! ロキが来たら、全力で迎え討たないとダメだ!」
ブラギ 「……。帰ります。あまりに煩わしすぎる」
バルドル 「にぎやかで楽しいね、ブラギ。中都のみなさん、お待ちしていました!」
衣月 「わざわざ出迎えてくれてありがとう。急に、合宿所を借りたいなんて頼んで、ごめんね。学校で部活が禁止になって、困ってたんだ。目立たずに稽古ができる場所、他に思いつかなくて」
トール 「そういう事情なら、うってつけだろ。この合宿所は俺の力で作ったばかりだし、お前らの学校にも近い。虹架の生徒以外に、場所まで知っている人間は少ない。存分に使ってくれ」
衣月 「ありがとう、トール」
トール 「構わないさ。……この礼はまた近々、な」
衣月 「近々?」
トール 「いや、こっちの話だ。んじゃ、俺らはいったん退散するぜ。稽古、がんばれよ」
虹架の一同が合宿所を後にする。
律 「あとは、あの2人を待つだけですね。……あ。噂をすれば、東堂先輩が走ってきます」
真尋 「よかった。西野も一緒みたいだね」
合宿所へ走ってくる章と総介。
章 「……ふぃー。みんな、お待たせ。この通り、総介も引っ張ってきたぞ!」
総介 「どーも。で、なんだって虹架の合宿所に呼び出されたのかなー?」
衣月 「部活動禁止になってしまったけど、文化祭は待ってくれないからね。ここなら安心して稽古ができる。トールに声をかけて、虹架に頼んで貸してもらったんだよ」
ロキ 「フン……。あいつらの力を借りるなんてありえない。けど、他の場所じゃバレるからな。仕方なくだ」
総介 「なるほどね。そりゃありがたいけど、こんなの、育ちゃんに知れたら……」
律 「根回しなら済ませてますよ。先生いわく『学校にバレるな』だそうです」
真尋 「目をつぶってくれたってことだよね」
総介 「……へえ、やるじゃん。策士だね~」
律 「いつもの西野先輩のマネをしただけです」
真尋 「俺たちにできたのは、場所を借りるところまで。これで、また西野と稽古できると思うんだ」
真尋 「西野。いつも、ごめん。ありがとう。俺、西野に甘えてばかりだったのに、ちゃんと言ったことなかったかも」
総介 「……ヒロくん」
真尋 「演劇部に誘ってくれたのも、ロキを入れてくれたのも。会場を借りてくれたり、宣伝してくれたり……。何より、こんな俺に、2人芝居っていう新しい世界を与えてくれたのは、全部西野なんだ」
ロキ 「フン。そんなの、今更感謝なんかしなくったって、総介は全部、やりたくてやってるんだろ」
真尋 「そうかもね。だけど、俺たちが芝居できるのは西野が『やりたい』と思ってくれたからだ。今回は俺も戸惑ったけど……、西野を1人にする理由にはならない。絶対に。ごめん。俺たちには西野が必要だよ。どう解決するか、一緒に考えよう」
総介 「……」
律 「……正直、まだ腹は立ってます。西野先輩、SNSの使い方下手すぎです。でも……ほかでもない、真尋さんやロキの芝居に曲を書けるのは、先輩がいたからだし。俺の音楽と、先輩の演出がハマった時って、すごく気持ちいいし。感謝……してます。一応。だから……許します」
衣月 「最初に『演劇部に入らないか』って言われた時、僕は、一度断ったよね。あのとき、総介が粘り強く誘ってくれなかったら、今の僕はここにはいない。みんなの芝居をただ観て、後になってから衣装を作りたくなって、後悔していたかも。だから総介。僕を演劇部へ誘ってくれて、ありがとう」
ロキ 「……あー、かゆ。お前ら、よく毎回、こんな感情ダダ漏れにできるよな。俺はそんなカッコ悪いことしないぞ。ただ、総介がいないと、芝居がうまくいかない。だから、どっか行くな。ちゃんとやれ。信じてやるから」
総介 「……え、と……」
総介、言葉に詰まる。
総介 「ん……と、はは……。……ごめん。なんて言えばいいか、オレ……」
章 「不器用か。こういう時は素直に『ごめん、ありがとう』でいいだろ?」
総介 「…………ごめん。オレ、1人で暴走してた」
総介 「どうしても文化祭に、体育館から溢れるくらい客を呼びたかったんだ」
真尋 「うん。俺たちもだよ」
総介 「それから……その……ありがとう。必要だって言ってくれて……」
ロキ 「必要に決まってるだろ。俺ら6人は、誰1人欠けても、芝居できないんだから」
総介 「……オレは、オレのすべてをかけて、この2人芝居を最高のものにしてみせる。だけどオレ1人じゃ、できないこともあるし……。こんな風に、しみったれた顔、することもあるかもしれない」
総介 「カッコ悪いとこは見せたくなかったんだ。けど、オレのプライドなんか、もうどうでもいい。……頼む。一緒に、芝居を作ってくれ」
律 「今更すぎ。そんなの、とっくに了解済みですよ」
衣月 「うん。律の言うとおりだ。僕たちは、そのためにここにいるんだから」
真尋 「文化祭、きっと西野のおかげで、たくさん人が来るよ。俺たちの芝居、観てもらおう」
ロキ 「早く稽古しようぜ。総介、俺にふさわしい最高の演出をしろよ!」
章 「稽古できなかった分、取り戻さないとな。あ。やべ。俺も、台本で何箇所か相談あったんだ」
総介 「……。課題は山積みだね。その……。うん。稽古、始めようか……?」
章 「あ!? なんだよ、その気合いの入らない言い方。ほら、背中出せ、お前。行くぞ!」
章、総介の背中を叩く。
総介 「……い……、ったぁ! アキ! 急だよ! 急すぎるよ!」
章 「ふん。気合い、入っただろ?」
総介 「入った。入った入った、ちょー入りました! ……それじゃ、始めますか。オレたちの芝居作りを!」
少し離れたところから、こそこそと中都演劇部を見守る影。
バルドル 「……今から稽古を始めるみたいですね」
ヘイムダル「おうっ。一度見てみたかったんだよ、ロキが中都で稽古してるとこ!」
ブラギ 「……。何が悲しくて、自分の学校の合宿所で物陰に身を隠さなくてはならないのですか」
バルドル 「だって、みなさんの邪魔をするわけには……。……ふふ。中都の稽古は、楽しそうですね」
ヘイムダル「ソースケがなんか言って、ロキも笑ってる。虹架の稽古は、あんな感じじゃないぞ?」
ヘイムダル「いつも、タカオカがこえーから、笑ったり、騒いだりする奴いないし」
ブラギ 「……遊び半分に見えますが。あれでよく、あのレベルの2人芝居を仕上げてくるものです。
バルドル 「……うん。たぶんだけど……、稽古場の空気は、演出家が作るものなんだね。そこまで含めて、演出って言うのかもしれない。タカオカさんと、ソースケくんは全然違う。なのに、どちらも素晴らしいお芝居を作る……」
ヘイムダル「最後は、客が喜ぶかどうかってだけだもんなー。おもしれーな、芝居って!」
ブラギ 「……」
ヘイムダル「有希人も、これ見に来られればよかったのにな」
バルドル 「仕方ないですよ。有希人くん、最近はこれまで以上に忙しそうですから。さあ。僕たちも戻って、有希人くんの分も、たくさん稽古しましょう」
[虹架高校_演劇部部室]
トール 「合宿所の貸し出しは、無事済んだぞ」
鷹岡 「ああ」
トール 「タカオカの許可を得ていることは伝えた。直接顔を出さなくてよかったのか?」
鷹岡 「俺が出ていくと、楽しいお稽古にならねえだろ」
トール 「ま、そりゃそうだ。貸し出す期間は、1週間程度になりそうだぜ」
トール 「SNSでの炎上ってやつ、まだ続いてるみたいだからな」
鷹岡 「炎上、ね。……くだらねえな。相変わらず」
[合宿所_ホール]
総介 「ダメダメダーメ! 体育館の舞台はこーーーーーーーーーーーんなにデカいんだよ~? そんな声の出し方じゃ、客席の後ろまで聞こえない。セリフが聞こえても、魂が届かない! 大切なのは魂。英語で言うとソウル! ほとばしる生命、焦げ落ちそうなくらいの情熱っ!」
総介 「でも広さを気にして身振りばっかデカくしたら、シーンによっては、逆にしょぼしょぼ。寝起きのアキの目みたいにしょぼしょぼなのよ! それはよくない! 目だけにメッ!」
章 「っておい。調子戻ったとたん、俺をディスるな!」
真尋 「目だけに……メッ」
衣月 「ははは!」
律 「真尋さんも衣月さんも、レベルの低いダジャレに反応しないでください」
総介 「てなわけで、バランスを取るのが大事なんだよね~。特にヒロくんの役は、せかせかしないこと! あ、ロキたん、立ち位置もうちょっと前! ……グレート、パーフェクト! それでオッケー! そこなら照明超いい感じに当たるから! ヒュ~カッコイイ! 日本一!」
ロキ 「日本一だ? 世界一の間違いだろ。ってか、ずっと立ちっぱなしで疲れたぞ。休憩! もう休憩にする!」
衣月 「ふふ。それじゃ、15分くらい休憩にしようか」
章、スマホを操作する。
章 「15分っすね。タイマーセットしておこ…………って、……! ちょ……。マジか。みんな、見ろよこれ!」
章、スマホの画面をみんなに向ける。
律 「えっと……『俳優・演出家の鷹岡洸さん、西野かずさの息子“炎上”にコメント』……?」
――――――
『七光というなら、俺もそうです。有名な親を持った子どもが、自分の世界を作り上げるのは簡単ではありません。西野総介くんは、俺も期待している演出家の1人です。これ以上、未来ある高校生の邪魔をしないように。どうかお願いします』
――――――
章 「……嘘だろ。あの“王様”がお前のこと、かばったぞ。しかも、『期待してる』って……」
総介 「……」
衣月 「……ネット上はすっかり、鷹岡さんの話題で盛り上がってるみたいだね」
律 「そうでしょうね。演出家の仕事がメインになって、最近は顔出しもほぼなかった人ですから。彼の話題に飢えてたファンが、お祭り状態。結果、西野先輩の話題は薄れていく……。ま、ネットってこういうもんですよね」
総介 「……。……ちょっと、ごめん!」
章 「え? 総介、どこ行くんだよ!」
総介 「虹架の誰かか育ちゃんか……とにかく、鷹岡洸の連絡先知ってる奴に聞いてくる! 西野かずさはちゃらんぽらんな女だけど、どんな奴にも礼はしろって、それだけは何度も言われたんだ!」
総介が合宿所から駆け出す。
衣月 「ふふ。ちょっと長い休憩になりそうだね」
ロキ 「フン……。似てないと言ったが、前言撤回しないとな。思いついたら即行動するあの感じ、西野かずさとやらと総介は、やっぱり親子だ」
真尋 「西野のお母さんのこと、ニュースでしか知らないのに?」
ロキ 「そんなのはなんとなく分かる。神だからな」
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