第6節 王様の正体

[瑞芽寮_章と総介の部屋]


総介   「お……虹架の文化祭公演、別アングルの映像もアップされてる……。いいねいいね~。こういうのすごく助かる! 参考にさせてもらいますよっと。んー、手ブレが気になるけど。ま、許容範囲でしょ。どれどれ……」


総介   (……やっぱ、すごいまとまり方だ。ユキは妙にこわばってるところがあるけど、他の4人が、いい感じに助けてる。むしろ、それを利用してる演出……全員、ピンと張ってるのが、台本に合ってる)


総介   (やっぱり、ハンパないな。“王様”は)


総介   「……」


総介   (……あ。また癖で髪引っ張ってた。アキに怒られる。いや……もう、あいつもなんも言わねーかな。さすがに、今回ので見放されたかも。世間で悪目立ちするようなの、あいつ苦手だし)


総介   (――けど、母さんの……西野かずさのネタは、ああ使うのがベストだった。“リツ”の件は、りっちゃんに悪かったけど……炎上を味方につけるって決めた以上、引けなかった)


総介   (長い目で見れば、オレは間違ってない。もし世間的に間違ってても、オレは……。オレだけは、自分の正解を信じなきゃいけない。けど、アキは……)


総介   (ここまで付き合わせてきたけど、そろそろオレの味方ばっかりさせるのは、解放してやんないと……アキには笑顔でいてほしいもんな)


総介   「さーて。たった1人の総介くんは、この苦境をどう乗り越えましょうかね? なんて――」


 章が部屋に戻ってくる。


章    「総介。戻ってたんだな。……話があるんだけど」

総介   「話……って」


 総介、声のトーンを一段上げる。


総介   「なになに、怖い顔しちゃって~! 育ちゃんみたいに、アキまでオレを叱りにきた?」

章    「……ああ、そうだよ。お前、今回のはマジでやりすぎだぞ。1人で突っ走りすぎだ。それに、かずささんのことも、本当は――」

総介   「待て待て。オレが1人で勝手に突っ走る? 逆でしょ。オレが1人でやんなきゃ、誰もやんないからだよ」

章    「は……? そっちこそ、なんだよその言い方。お前が1人で演劇部回してます、みたいな……」

総介   「え、事実だもん。演出も宣伝も、学校との交渉も、全部オレが1人でやってますよ? 知らなかった? ……なんなら、アキの負け犬根性を叩き直すものさ」


章    「……っ」


総介   (これでいい。これがオレの演出だ。……アキはオレを嫌いになればいい。演出家っていうのは、いい芝居のためだけに、孤独であるべきなんだ。だから……ごめん、アキ。ありがと。もう、オレのことなんか、見捨ててくれ)


章    「……何言われても、見捨てないぞ」

総介   「え……」

章    「もう見捨てろ、みたいな顔してる。けど、そうはさせるか」


章    「全部1人で? どんだけ偉いつもりだ。“王様”かよ。お前なんか、ただの“そーちゃん”のくせに。それじゃ、お前があの時むちゃくちゃ言われて、あんなに泣いて嫌ってた、あいつと――鷹岡洸と一緒だぞ!」

総介   「……!」



――――――

[回想]

[章の実家]


 10歳ほどの章と総介。

 部屋の隅でうずくまって泣きじゃくる総介。


総介   「……ぐすっ。ぐすっ」

章    「な、なんだよそーちゃん。なんで泣いてるんだよ?」

総介   「……“たかおかこう”!」

章    「ええ?」

総介   「“たかおかこう”……ぐすっ。今度、オレが出る舞台の演出家……。「みんなの前で言われたんだ、大声で。『周りの大人の顔色見て、ウケ狙いのつもりか。七光。才能がない。やめちまえ』って! あんな奴、嫌いだ。オレだけじゃなくて、みんなにすげー怖いんだ。怒鳴ったり、にらんだり。芝居は楽しいものなのに、王 様みたいに偉そうだ!」


総介   「……あれじゃ、みんな、芝居が嫌いになっちゃうじゃんか! ううう……」

章    「そ、そんな泣くほど嫌だったら、ホントにやめたら? そしたら、俺とも、もっと遊べるだろ?」

総介   「それは嫌だ! オレは、芝居が好きだから!」

章    「ならどうしろっていうんだよっ」

総介   「なぐさめろよおぉお、うええええん!!!」

章    「もー、ほら、背中ぽんぽんしてやるから!」


 バシバシと総介の背中を叩く章。


総介   「痛い! それ、全然ぽんぽんじゃないってば! もっと優しくしろよ、泣いてるんだから!」

章    「……お。泣き止んだ。ははっ。今度から、泣いたら背中バシバシしてやるよ!」



[中都高校_校門]


 高校入学したての章と総介。


総介   「……来ちゃったな、中都高校の入学式。ありがと、アキ。ここまでついてきてくれて」

章    「腐れ縁だろ。諦めてる」

総介   「はは、だよな。でもホント、感謝してるんだよ。あの時オレに、演出家になればって言ってくれたこと。……オレはここで、叶真尋を絶対、芝居の世界に戻す」


総介   「でも、ただ芝居させるだけじゃない。オレが作りたいのは、あの“王様”とは違う――みんなが楽しくなれる芝居。るほうも、観るほうも、全員が笑顔になれる芝居なんだ」


章    「何度も聞いたよ。そのために……なんだっけ? “ニコニコ笑顔のおふざけ総介くん”になるんだっけ」

総介   「微妙にちっがーう! “ちゃらっとハッピー☆スマイル総介くん”!」

章    「同じだろ」

総介   「全然違う!」

章    「……まあなんでもいいけど」

総介   「よくない、キャッチフレーズ大事!」

章    「はいはい……とにかく、あんま無理すんなよ。お前は本来、そんなキャラじゃねーんだからさ」


総介   「……そのへんはさ、アキだけが分かっててくれれば大丈夫。なんたって、世界でたった1人の幼なじみ兼、オレの専属劇作家なんだから」

――――――


章    「演劇部を作って、叶を口説いて……最初、叶はやっぱり舞台には立てなかったけど。それでもお前は、絶対諦めなかった。いつか絶対、叶で芝居を作るんだって言い続けた」


章    「すげーなって思ったよ。信じた芝居のために尽くせる、お前が眩しかった。演出家が、1人の役者に惚れるってこういうことなんだなって。俺も叶の芝居はすげー好きだけど、お前には敵わない。比べることすらおこがましいくらいだ」


章    「だから、ロキと出会ったあの日……。俺は最初反対したけど、心のどこかでは、無駄だって分かってた。お前にとっては、あれは待ちに待った日だったから。いわば、舞台本番の幕開け……みたいなさ」


章    「けど、気付いてたか? ロキが入った頃から、お前は俺にもあんまり素を見せなくなってったんだ」


総介   「……あ……」


章    「“元のお前”と、“お前が作ったお前”の境界線が、どんどん曖昧になった。鷹岡洸がいる虹架とコンクールでぶつかるって分かった後は、なおさら……酷くなってった。それは別にいいよ、お前が望んだことだからさ。どう振る舞おうと、俺にとって総介は総介だ」


章    「けどさ……お前は、“みんなが笑顔になれる芝居”を目指してたんだろ?なのに、なんで1人でどんどん孤立してるんだよ。観た客は、笑って帰るかもしれない。面白かった、よかったって、ニコニコ顔でさ」


章    「けどさ、“みんなが笑顔になれる”の中に、なんでお前は入ってないんだよ」


総介   「……アキ」


章    「1人でがんばるな。頼れよ。使えよ、俺を。世界でたった1人の、お前の幼なじみじゃねえか。まあ、だいぶ頼りないだろーけどさ。テンパるし、地味だし、スペック低いし……。でもお前の面倒みるのだけは得意だ。ガキの頃から慣れてるからな」


章    「……お前はあの時、俺を選んだつもりかもしれない。けど俺だって、お前を選んでここにいるんだ。……と、まあ、そんなことが言いたかったって話!」


総介   「……アキ……」

章    「“みんなが笑顔になれる芝居”が目指せる中都に、お前がしたんだろ。……お前が、それを壊すなよ」

総介   「…………………………」



 総介、何度か口を開くが言葉が出ない。



総介   「…………ごめん」

章    「……おう」

総介   「……分かってる。ちゃんと、分かってるんだ。お前やりっちゃんを傷付けたことも、ツッキーやヒロくんに迷惑かけてることも。でも今の演劇部には、ロキが……神がかった運が来てるんだ。逃すわけにいかない。叶真尋の芝居を、1人でも多く観て欲しい。そのためなら、できることはなんでもしたい」

章    「分かってるって。別にそれ、そのままみんなに言えばいいだろ? 迷惑かけるけどごめんって。許してもらえるかは知らねーけどさ! とくに北兎」

総介   「……嫌われるかも」

章    「今更それ言うかあ~? ……ほらほら、それがもともとのお前だよ。久しぶり、元気だったかー? ……なんてな。やけに周りに気を使って、完璧にやろうとして、疲れて泣き出す。“そーちゃん”は、そういう面倒な奴だぞ」


 総介の目に涙がにじむ。


章節


総介   「…………面倒って言うな……っ」


 徐々に涙がボロボロとこぼれ出す。


総介   「だって、しょうがないだろ……! 天才叶真尋に、まさかの本物の神様が加わった! どんな芝居も超絶よくてさ……。あいつら、マジですごいよ。神だよ。キラキラしてて、どこまでも惹きつけられる。いろんな景色を、可能性をオレに見せてくれる」


総介   「アキだってツッキーだって、りっちゃんだって……。あいつらの演技に触れると、どんどんいいものをあげてくれる。そんな役者、他にいない! その上、コンクールで勝てば、鷹岡洸に一矢報いることもできるんだぞ」


総介   「動機がダセーかもしれないけど……。やっぱオレは、証明したいんだ。楽しく作る芝居にこそ、未来があるって……。そんなの、張り切るに決まってる。無理しちゃうに、決まってるじゃん……!」


章    「はいはい。けど、なんでも1人でやんなくてもいいだろ」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの総介。


総介   「そのほうが、カッコいいじゃん……!」


章    「アホ。無駄だ。お前はもともとあんまりカッコよくない」

総介   「アキに言われたくないっ!」

章    「鼻水流してる奴に反論する権利ないぞ」

総介   「アキ、ハンカチ!」

章    「持ってない」

総介   「持っててよ、バカぁ……!」

章    「変なとこでキレんなよ! ほら、ティッシュ。つーかお前さ、じつはかずささんの再婚、ショックだっただろ」


 総介、ぐすっと鼻をすする。


総介   「……」

章    「かずささん、仕事忙しくてあんまいなかったけど。お前のこと大大大好きって感じだったしさ。そんな人が連絡もなく再婚って。正直、ねーわな」

総介   「……そうだよ。つーか……。相手がなんで、あんなダッセー若手俳優なんだよ! オレが生まれる前からそうなんだよ! 鳥辺映介もダセーし。男の趣味悪いんだよ、あいつ!」

章    「親父までディスんのかよ」

総介   「ディスるよ。あの甲斐性なし! つーか、本当……今度は、10歳も離れてない奴が父親になるとか……連絡くらい寄越せよババア!!」

章    「ババアは殴られるって!」

総介   「うちの親をババアって言うな!」

章    「お前が言ったんだろ!?」

総介   「まあっ! 口答えするなんて! そんな子に育てた覚えはありません!」

章    「育てられた覚えもねえよ!」

総介   「アキ!」

章    「なんだよ!」

総介   「……っ……、……ありがとう」

章    「……うん、どういたしまして。んじゃ、いつものいくぞ! 3、2、1……」


 章、総介の背中を思い切り叩く。


総介   「痛ぁっ!! くーっ……年々威力が増してる……! けど、やっぱ気合入る! 恐るべし、アキパワー!!」


章    (……そう。お前は、こういう奴だよ。人前では年上みたいに振る舞いたがるけど、本当は子どもっぽいんだ。思い出した。俺がハンカチを持ち歩かなくなったのは“そーちゃん”が泣かなくなったからだ)


章    (……今日からまた持ち歩くよ。いつでも、貸してやれるように。――お前がこういう奴だって、俺も、忘れないように)

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