第5節 演出家を目指した理由
[東所沢公園]
真尋 「――ここなら、大丈夫かな。見つからないといいんだけど……」
ロキ 「ここは学校じゃないぞ。見つかったところで問題ないだろ。俺様を部室から追い出すなんて、人間のくせに! ちょっと前なら、絶対学校を燃やしてた」
真尋 「ロキが今のロキでよかったよ。中都を燃やされたら、演劇部もなくなっちゃう。部活動停止がいつ解けるか分からないから、文化祭に出られるかどうか、危ういけど……諦めずに、こっそり稽古を続けよう。俺たち2人だけでも」
ロキ 「おう。今のうちにすげーやりこんで、あいつらを驚かせようぜ」
真尋 「うん」
ロキ 「さて、と。……ん? 真尋。今度やる体育館のステージって、ここから……このくらいの広さか?」
真尋 「うーん……授業ではよく体育館使うけど、ステージまで上がったことはないんだよね……」
2人、歩きながら体育館のステージを思い浮かべる。
真尋 「ええと……このくらい、かな」
ロキ 「え、そんなに? すげー左右にでかいし、奥行きも、今までで一番あるな。……それくらいだと、今の俺たちの立ち位置、狭いっていうか、近すぎないか?」
真尋 「そう……だね。それに、声の大きさとか表情の作り方も、変えないといけない気がする。これまではずっと、部室か視聴覚室だったけど、今回は同じようにはいかない。客席だって、ずっと広いんだし、大舞台用の芝居をしないと……」
ロキ 「大舞台用の……って、どういう感じだよ。そういうの、総介がいないと分かんないな」
真尋 「俺も、合宿で稽古まではやったけど、大きいステージで本番はもう何年もやってない。東堂がいなくなった時にも思ったけど……。俺たち役者って、みんながいないと、何もできないんだね」
ロキ 「あいつらは、俺を輝かせるのが仕事だからな。いわば、俺の美しさの下僕だ。フン。こっそり稽古しに来たけど、やっぱりあいつらもここに呼んでや――」
章が2人に駆け寄る。
章 「――見つけた! 叶、ロキ! ここにいたんだな」
ロキ 「来たか。下僕」
章 「開口一番、下僕!?」
ロキ 「下僕だ。俺を輝かせるのが仕事なんだからな。よく来た下僕」
真尋 「何度も言わないの。東堂、西野は?」
章 「いや、1回でも言っちゃダメなワードだからそれ。……総介は、ふらっと出てったから場所までは……」
真尋 「そっか……東堂が西野の居場所を知らないなんて、すごく珍しいね」
ロキ 「章と総介はいっつも一緒にいるもんな。こないだ、昔の写真見た時もそうだったし」
章 「……その……2人とも、ごめん!!!」
ロキ 「なんだよ急に。なんで章が謝るんだ?」
章 「今の総介は暴走してる。俺もまだ整理つかないんだけど……止められなかったのは、俺も悪かったから。昔は、あそこまでじゃなかったんだ。けど今回は文化祭やコンクール、それに虹架が絡んでて。あいつ的には、なんていうか、絶対負けられないタイミングなんだと思う」
真尋 「絶対に、負けられない……。それは俺たちも同じ気持ちだけど……。確かに、最近の西野は、稽古を詰めていくスピードが速い気がする」
ロキ 「よくするのはいい。けどあいつ、なんか、たまに楽しくなさそうな顔してるぞ。昔はって言ったけど、元はあいつも“コヤク”ってヤツだったんだよな。なんで役者をやめたんだ?」
章 「それは……」
真尋 「ロキ。それが今回のことと関係あるの?」
ロキ 「どーだかな。けど、総介は本音を隠す癖がある。隠すんなら、探るしかないだろ」
章 「……そうだな。役に立つか分からないけど、話させてくれ。今のあいつが、なんであそこまで突っ走ってるのか、お前らには、知っておいてもらったほうがいいと思う」
章 「ええと……。総介の母親が、あの西野かずさだってのは、知っての通りだ。その母親が、総介を芸能界入りさせた。あいつは小さい頃から、親の名前のおかげで引っ張りだこで。……ある時、大きめの舞台に出ることになったんだけど……」
章 「そこで出会った……ある厳しめの演出家に、『ただの七光。才能がない。やめちまえ』って言われたんだ」
真尋 「……そんなことが……」
章 「同じ頃、叶と神楽が出てた舞台を俺と一緒に観て……叶の芝居に、総介は衝撃を受けた」
ロキ 「“ルーク&エリック”ってヤツか」
章 「そう。で、あいつ笑っちゃうくらい身にしみて分かったんだとさ。同い年でこんなにすごい奴がいるなら、その演出家の言う通り、自分がやる意味なんかないって」
ロキ 「なんだそれ。真尋より下手だったから、コヤクをやめたのか?」
章 「ああ。けど、それがきっかけで気付いたんだ。元から自分で演じたかったわけじゃないって。あいつが芝居を始めたのは、親に言われたから。選んだわけじゃない」
章 「まあ、女優と映画監督の息子じゃ、期待されて当然ってとこもあったと思う。言われるがまま芝居をやってきた総介と、心から芝居が好きで演じている叶――」
章 「その溝の深さに、気付いたんだと思う。ずっとやってきたことを否定されて、あいつは方向性を完全に見失ってた。でもさ……俺、知ってたんだ。総介が芝居自体を好きな気持ちは、本当だって」
章 「だから、深く考えずに言ったんだ」
――――――
[回想]
10歳ほどの章と総介。
章 「あの叶って子に敵わなくて、悔しいのは分かるよ。けどそーちゃんは、芝居をやめちゃダメだ」
総介 「でもオレ……やりたくてやってたわけじゃないし……。あいつが言ったみたいに、才能もないなら、オレがやる意味なんてないんだよ」
章 「……でも、芝居のこと、全部嫌いなわけじゃないだろ」
総介 「……?」
章 「だってそーちゃん、芝居好きって言ってたし。芝居のこと話してる時が、一番楽しそうだもん。演じる人になるのがダメなら……ええと。そうだよ。そのひどいこと言った演出家を超えるくらいの、すごい演出家になったらいいじゃん!」
――――――
真尋 「そうか……。それじゃ、西野が演出家を目指したのは東堂がきっかけだったんだ」
ロキ 「で、地味助が脚本書くようになったのは総介が言ったからだろ? お前ら、リンゴの木とリンゴみたいだな!」
章 「え……リンゴ? 例えが謎すぎる!」
ロキ 「リンゴの木がなきゃリンゴはできない。でも、リンゴがなきゃリンゴの木もできないだろ」
章 「な、なるほど……?」
真尋 「ふふ。つまり、“どっちが欠けてもダメな2人”ってことだよね」
章 「……!」
章、頬を染める。
章 「いや、全然俺リンゴじゃないし! 木でもないし? リンゴじゃないし、人間だし!」
ロキ 「何度も言うな。見れば分かる。それにお前はリンゴみたいに美味そうじゃない」
章 「結局ディスるのかよ! ていうか、どっちが欠けてもダメとかじゃないと思う。俺と違って、総介は――」
衣月と律がやってくる。
衣月 「よかった! みんな、ここにいたんだね」
律 「やっぱり、集まってましたか」
章 「南條先輩、北兎!」
衣月 「部活動禁止って言われてるけど、なんとなく、ここにロキと真尋がいる気がしたんだ」
章 「はは……先輩も? 俺もそう思って、さっきたどり着いたんです」
真尋 「北兎も、来てくれたんだね」
律 「……顔を出さないとは言いましたけど、学校の外なら、別に、そこまで……。というか、文化祭まで日がありませんから。2人の稽古を観て、曲を作りたいんです」
ロキ 「なんだ。真尋と2人でこっそり来たのに、結局、総介以外揃ったな」
衣月 「うん。部活動禁止と言われても、僕らの居場所は、みんなのいるところなんだと思う。そして……そんな演劇部を作ってくれたのは他の誰でもない、総介だよね」
衣月 「それから、僕、みんなに謝らないといけないんだ」
章 「え? なんで、南條先輩が?」
衣月 「言うべきじゃないと思っていたんだけど……この間、偶然、猪狩さんと総介の会話を聞いてしまったんだ。章がプロと脚本で対決したTV番組、あれは総介が計画したことだったんだよ」
衣月 「章に、自信をつけてもらいたかったんだと思う。総介にはそれとなく無理をしないように言ったけど、笑ってかわされてしまって。すぐに、今回のことが起こったんだ」
真尋 「……そう……だったんですね」
律 「……なんか怪しいとは思ってましたけど。俺のときもそう。あの人、1人でぐるぐる考えすぎ」
衣月 「今回の炎上騒ぎも、演劇部のためにやったことだ。その方法は、ちょっと問題だったけど……このまま、総介1人を孤立させちゃだめだ」
真尋 「……はい。文化祭公演は、絶対に成功させたい。稽古ができるように、状況を変えないと。今度は俺たちが、西野を助けよう」
律 「作戦を考える前に、まずは移動しません? ここにこの人数でいたら、すぐ見つかりますよ」
衣月 「そうだね。どこか、安全に稽古できる場所を探そう」
章 「みんな……。その……。俺が言うのも変だけど……ありがとう」
章 (総介。お前が思うよりずっと、俺らの仲間はお前のことが好きだよ。なのに1人でジタバタすんの、ダサくねーか? ……俺、どこかでずっと子どもの頃の意識のままだったよ)
章 (総介には敵わない。総介の近く……少し後ろから、励まし続けることが俺の役割だって。……だけど、それじゃダメだ。どれだけ近くでも、後ろじゃダメなんだ。お前の表情が見えない、守ってやれない)
章 (総介。お前は、俺を鼓舞して台本を書かせた。すごく感謝してるよ。けど、受け身は終わりにする。俺は、お前の後ろじゃなくて、隣にいたい。お前が俺にしてくれたことを、俺が返す番だ)
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