第3節 女優の息子
[
真尋 「おはようございます、草鹿さん」
ロキ 「ふぁー……。はよ。腹減ったぞ、クサカー」
草鹿 「おっ。来たな、演劇部の名コンビ! なんだ、神之はまだ寝てるのかー? 1日の計は朝にあり! たくさん食べるんだぞ~。神之の好きなリンゴもあるからな!」
総介 「ヒロくん、ロキたん。はよはよー!」
ロキ 「章、お前のリンゴをよこせっ!」
章 「第一声がそれ!?」
衣月 「ふふ。朝から元気だね。ロキ、僕のも食べる?」
ロキ、芝居がかって色目を使う。
ロキ 「聞くなよ衣月、決まってるだろ? 食べてやるからよこせ……あーん」
律 「うざ。衣月さん、そいつ甘やかさなくていいですよ」
ロキ 「フフン。衣月のリンゴは俺のものだ! うらやましいか、律?」
律 「別に。ロキ、
ロキ 「神だから、貢がれて当然だろ。卑しくなんて――」
食堂のテレビから、アナウンサーの声が響く。
アナウンサー『さて、ここからはエンタメニュース! 最新の芸能情報をあれこれお届けします! まずはこちら、女優・西野かずささん、再婚発表!』
章・総介 「「……!!」」
ロキ 「うん? なんだ、テレビのワイドショーか。“西野”……総介と同じミョージだな」
章 「……おい、総介……!」
アナウンサー『映画監督・
アナウンサー『さらに、若手俳優には別の婚約者がいたとか。つまり、かずささんによる略奪愛! 各所で大きな話題となっています!』
章 「……今、すげーこと聞いた気がするんだけど……。お前、知ってた?」
総介 「……えっ、と……」
ロキ 「なんだ? あの女、総介となんか関係あるのか?」
固まったままの総介。真尋、小声でロキに教える。
真尋 「ロキ、女優の西野かずささんは……、西野の、お母さんだよ」
衣月 「……総介。聞かれるの嫌だったら言ってね。その様子だと、もしかして、知らなかった……?」
律 「……いや、さすがに再婚することは事前に連絡しますよね。普通」
総介 「あー……」
総介、ヘラっと笑う。
総介 「こないだ連絡きたけど、これについては特に言ってなかったかなー」
真尋 「え……」
総介 「はは、ビックリした~。あの人、こういうの好きなんだよね~! ハデな感じっていうの? 実の息子にもテレビ経由でお知らせしてサプラーイズ! みたいな! 幸せな時ほどそういう感じだから、今の相手といい感じなんでしょ。うんうん。ま、そのうち連絡くるって――ん?」
総介のスマホにメッセージの着信。
総介 「お! 噂をすれば、今話題の“西野かずささん”からメッセージだ。『テレビ見た!? 驚いたでしょ? お母さん、今すっごく幸せよ。今度総介にも紹介するわね!』……だってさ。本当に自由だな! あはは」
律 「……それだけ、ですか?」
真尋 「確かに……その、すごく自由だね」
衣月 「家庭の事情は人それぞれだけど、なんというか……驚いたよ」
ロキ 「そんなに引くようなことかぁ? 人間なんて、色恋を前にしたらこんなもんだろ。欲望を隠してスマシ顔してるヤツらより、よっぽどいいと思うぜ? けど、あれが総介の親なのか。親子でも似てないんだな」
真尋 「目とか、口元とか、けっこう似てる気がするけど。そういう意味じゃなくて?」
章 「……総介。お前、大丈夫か?」
総介 「何が? むしろオレは安心したよ。あの人、『恋してるからいつまでも綺麗!』とかなんとか言って、根っから“女子”なんだよねえ。みんなに思うところがあるのは分かるけどさ。ロキたんの言う通り、素直で可愛い人ってわけよ~」
総介 「ま、そうは言ってもいい年だし。籍入れてくれて、よかったっつーかさ!」
衣月 「……そっか。総介が平気なら、いいんだ」
総介 「これでも女優の息子ですから! 波乱万丈には慣れてるってね。ほら諸君、朝ご飯食べよー!」
章 「……」
[中都高校_演劇部部室]
一番乗りで部室に入る律。
律 「……誰もいない。今日は俺が一番か」
律 (どうせみんなすぐに来るでしょ。この前投稿した曲のコメントでもチェックするか)
パソコンを開く律。
律 (……ん?)
部室に総介以外の部員がやってくる。
章 「お、北兎、早いなー」
律 「……ついさっき、来たところです」
衣月 「どうしたの、律? なんだか、顔色がよくないけど……」
律 「……あの、これ……」
ロキ 「んん? なんだ。ネットニュースってやつか? 『今話題の西野かずさには、離婚した映画監督・鳥辺映介との間に、高校生の息子・Sくんがいる。彼は子役デビューしたが売れず、現在は活動休止中。逃げるように、全寮制の学校へ。複雑な家庭事情が落とす影!? Sくんの心境はいかに!』」
真尋・章・衣月「「「……!」」」
律 「……なんなんですかね、これ。面白おかしく書き立てて……最っ低」
真尋 「……こんなの、もし西野が見たらなんて思うか」
衣月 「総介、ネットでよく情報収集してるし、すぐに目に入りそうだね……」
章 「総介……」
勢いよく部室の扉があく。
総介 「呼んだー!?」
律 「っ。ロキ、ノートPC閉じて!」
ロキ 「えー?」
総介、PCを覗き込む。
総介 「ん? ああ、その記事ね。見た見た! バッチリチェック済よ~!」
衣月 「総介。こんなの気にする必要ないからね?」
総介 「分かってるって、気にしてないない! 総介くん、そんなに繊細じゃないから――……いや。気にすべきじゃない? ってか、これ、チャンスだよ」
真尋 「え……チャンス?」
総介 「そう。ほら、書かれてるのは8割事実だし。逆に利用……あ。イイこと思いついた!」
章 「利用? 待て、お前、もしかして――!」
ロキ 「総介、スマホで何してんだ?」
総介 「オレのアカウントから、この記事引用して投稿すんの! ……ほい、文章はこんな感じで!」
総介 「『どうも! 噂の“Sくん”です! 西野かずさの再婚、祝福しまーす! 逃げたわけじゃないんで、なんでも答えますよ!』――送信!」
章 「……お前、血迷ったか!?!?」
総介 「迷ってないよー。あくまで冷静。むしろ、冴えてる!」
律、SNSを開く。
律 「あ……西野先輩の投稿に、次々反応が来てます……」
総介 「オッケー! んじゃ、Sくんの返信ターイム! 『親子関係? 良好っすよ! 西野かずさ、いい顔してるでしょ~。幸せそうで何よりです!』『お相手の俳優さんのことはよく知らないです! けどイケメンっすよね☆』……よしよし、けっこう食いついてんね~」
総介 「そろそろ、本題いっちゃいますか。『それよりオレは今、中都高校演劇部で、すごい役者ズの演出担当やってます。文化祭観にきてくださーい』『女優・西野かずさと、映画監督・鳥辺映介の息子は本気で演劇作ってます。観に来ないとソンっすよ!』『部活に戻るんで、失礼しまーす。みなさん、文化祭で会いましょう☆』」
総介 「……っと。ミッションコンプリート。これでオッケーでしょ!」
真尋・章・衣月・律「「「「…………」」」」
律 「……一瞬で、火に油を思いっきり注ぎましたね」
衣月 「……投稿してしまったものは仕方ないけど、学校名を出すのは、よくなかったんじゃないかな」
総介 「そーかな? オレのいる学校がどこかなんて、調べりゃすぐ分かることだよ。だったら隠さず、逆に利用すべきだって。使えるものは使わないとさ! この中から、何人興味を持つか分からないけど。文化祭を観に来る人、これで増えるはずだよ。客は多ければ多いほど、コンクールに向けてシミュレーションできるでしょ? “心からの笑顔”もすっごい集まるだろうし、いいことづくめだって♪」
真尋 「でも――」
ロキ 「そうだな。客が多いのはいいことだ。バンバン“笑顔”を集めるぞ。な、真尋」
真尋 「…………うん、そうだね。俺たちにできるのは、芝居だけだから」
章 「…………」
衣月・律 「「……」」
[瑞芽寮_章と総介の部屋]
章 「はぁ……。やっぱり、こういうことになったか」
章 (……テストのヤマは、一切当たらないのに。なんで、嫌な予感に限って的中するんだろうな……。総介の書き込み、大炎上してる)
章 (『略奪婚した西野かずさも厚顔無恥だが、その息子も図々しい』『文化祭? 子どもの遊びに芸能人の親を利用して、売名かよ』……とか、とか、とか……。総介……お前、これ、どうするんだよ)
章 「……俺、どうしたらいいんだよ……」
部屋に総介が入ってくる。
総介 「ふぃー。今日もいい湯だった! アキも早く行ってきなよ、風呂風呂♪」
章 「おい総介。ここには俺しかいないから、腹割れ。あの投稿、やりすぎだったんじゃないか? あれから、コメント山程増えてるぞ」
総介 「え? いやいや~。人生にはピリッとしたエッセンスも必要だし?」
章 「そういうのいいから。本当は、お前もビビってんだろ? いつもはSNSだって、炎上しないように何度も文章推敲して、すげー気を使ってるくせに。今回はどうしたんだよ。そりゃ、かずささんのことはショックかもしれないけど、やりすぎだぞ」
総介、素の表情を見せる。
総介 「……。アキはさ、知ってるでしょ」
総介 「オレが、何をしてでもヒロくんの芝居を成功させるって、決めてること。叶真尋に、演劇人生のすべてを賭けてること。そのためには、これも必要なんだよ。今回のは、オレが我慢すればいいだけの話。宣伝効果を考えれば、こんなの安いものだよ」
章 「……けど」
総介 「それにさ~、こういうのは明るいテンションを貫いた者勝ちなんだって! 芸能ゴシップなんてそんなもんよ~。子役してたオレが言うんだから間違いない☆ 大丈夫、オレがぜーんぶ上手くやるって! ピンチをチャンスに! 王道だよね~♪」
章 「そうじゃないだろ。俺は、お前が……」
総介 「あ。オレ、歯磨いてこよっと。じゃあね~!」
部屋を出ていく総介。
章 「あ……。……くそ」
[中都高校_生徒指導室]
翌日、竜崎が総介と衣月を呼び出す。
竜崎 「西野。お前、中都にいることをネットでバラしたって? 親のこととはいえ、スキャンダルに絡めて。他の生徒の親からクレームが届いてる」
総介 「あー……。ね」
竜崎 「俺は、過剰反応のクレームなんぞどうでもいい。だが、学校側も黙っていられなくなっている。このままじゃ学校名に傷がつく、ってな。文化祭に警備を増やすことも検討してるそうだ」
衣月 「すみません、竜崎先生。僕が――」
総介 「育ちゃん。ツッキーはなんもしてないよ。今回の件、ぜんぶオレの責任だから。こうなることも想定内。その、怒ってるって親御さんとこに、オレが謝りに行けばいい?」
竜崎 「……そういうことじゃないだろ。とにかく、まずは学校名を書いた投稿を消せ。んで、大人しくしてろ。しばらく何も書き込むな」
総介 「えー。無理だよ。公演内容とか時間とか、文化祭の宣伝が、まだまだ――」
竜崎 「西野。学校はどうか知らんが、演劇部の奴らも、一応俺も、お前を心配して言ってるんだ。分かれよ。分かるだろ、お前なら」
総介 「…………」
[中都高校_演劇部部室]
律 「……状況、どんどん悪くなってますね。やっぱり、マズかったですよ」
真尋 「あのやり方が正しかったかは、俺には分からない。でも西野は、複雑な気持ちもあるはずなのに、俺たちのために身を削ってくれたんだ。だから……文化祭、絶対に成功させたい。西野の本気を、俺たちの芝居で認めてもらわないと」
ロキ 「よく分かんないけど、どこの誰だか知らないヤツに俺たちの芝居のこともバカにされてるんだろ? 観てもないくせに。そんなヤツら、全員観に来い! 俺と真尋で、ぎゃふんと言わせてやる」
部室に総介と衣月が入ってくる。
章 「総介、南條先輩! 育ちゃん、なんて?」
総介 「はっはー。想像通り、こってり絞られちゃった!」
衣月 「投稿を削除して、今後はこの件について発信しない。その約束で、どうにか学校側は見逃してくれるって。いろいろあったけど、いったんはこれで収束だ。総介も、大変だったね。また気持ちを切り替えて稽古しよう」
総介 「んー。サンキュ、ツッキー。オレは後悔してないけど、切り替えて別の方法探るよ」
律 「……削除しても、一度ネットに出た情報は消えません。でも、衣月さんがそう言うなら……。俺も切り替えます。西野先輩、ネットで変なのに絡まれたら言ってください。俺もSNSで援護するんで」
総介 「りっちゃーん! いやー、持つべきものは優しい仲間だね!」
律 「まったく。調子いいことばっかり言わないでください」
総介 「いやいや、心からそう思ってるって! りっちゃん、愛してる! ラブユー♪」
章 「……」
章 (……丸く収まったみたいに見えるけど……。また、前髪引っ張ってる。間違いない。……こいつ、やっぱり無理してる)
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