第2節 最初のがんばり時
[中都高校_廊下]
男子学生1「草鹿さん、文化祭のポスターってもうないんですかー?」
草鹿 「ん? 貼る分全部なくなっちゃった?」
草鹿 「足りなかったら印刷しなきゃだから、あと何枚くらい必要か確認しておこっか~」
男子学生1「あざーす! あ、じゃあ、ついでにチラシのほうも確認お願いします!」
草鹿 「はーい、かしこまり~。文化祭までまだまだあるのに、みんなやる気いっぱいだな。感心感心♪」
草鹿 「おっと。そこを歩くは……おーい、育ちゃん!」
廊下をけだるげに歩く竜崎に駆け寄る草鹿。
草鹿 「育ちゃん、文化祭のタイムテーブル見たよ~。演劇部、体育館使えることになったんだね! 毎年ギチギチのはずなのに、どーやって出られることになったの? 袖の下?」
竜崎 「……草鹿。お前、そうやって手伝ったりしてると、いまだに学生みたいだな」
草鹿 「あ、若く見える? ありがとー! ってそれ、質問の答えになってないって」
竜崎 「……体育館ステージにねじ込んだのは西野だ。使ったのは袖の下じゃなくて頭。演劇部の公演時間を空けるために、タイムテーブルの無駄を指摘したんだよ。発表の前後に舞台上の片付けが必要な部と、そうでもない部の組み合わせを整理して……該当の部に、顔が利く南條を使って交渉。出演順や出演時間を、あくまで円満に調整……。誰もが納得する形にタイムテーブルを整えた。結果、演劇部は公演時間を確保した」
草鹿 「おお~、俺がのほほんとポスター貼ってる裏側で、そんなことが! 今回の西野、気合い入ってるなぁ。あいつのことだ、文化祭でも目立つ気満々だね」
竜崎 「……まあな」
竜崎 (それもある。だが、目立つだけのために、校内駆け回って、頭を下げたりしないだろ。結果的にうまく交渉できたみたいだが。リスクも理解した上で、公演時間をもぎ取った。それだけ、西野にとって、文化祭公演は大きな意味がある。それは分かるけどな……)
草鹿 「西野って、普段はおちゃらけてるのに部活が絡むと、妙にがんばるところあるからなあ。張り切りすぎて倒れたりしないよーに、寮でもなんとなく見とくよ~。文化祭って、ここの学生にとっては最高の想い出になるはずだろ? きちんと楽しませてやりたいんだよな。後悔とかしないよーに! んじゃおれ、行くね!」
竜崎 「……ああ」
草鹿立ち去る。
竜崎 (……叶を、中都に連れてきたのは俺だ。だがそこから先、叶を芝居の道に戻したのは、ほぼ西野の采配だ。俺に、演劇部の顧問になれと言ってきたのも、神之を部員に加えたのも)
竜崎 (公演ごとに観る客が増えているのも、表向きは神之や南條が広告塔になったからのように見えるが、そうさせたのは、西野だ。……無理しやがって。……口を出したところで、聞き入れねーだろうけどな)
竜崎 (だから……西野を頼むぜ、東堂。損な役回りだが、それもお前の運命ってやつだろう。“腐れ縁”に巻き込まれた人間のな)
[中都高校_教室]
男子学生1「よお東堂! 見たぜ、昨日のテレビ番組! 演劇部が特集されてるヤツ! お前、最後ぐしゃぐしゃに泣いてたなー。すっげー泣き顔だって笑ってたんだけど……なんか、観てたらお前の一生懸命さが伝わってきてさ。いつの間にかオレまでもらい泣きしてたわー」
章 「あ、あはは……。あそこ、カットしてくれないかなって願ってたんだけどね……恥ずかしすぎて死ぬ……」
男子学生1「ええ、カットする必要ないだろ!? すっげーよかったじゃん! 地味でぼんやりしてて目立たない東堂の、知られざる一面って感じでさ!」
章 「う、うん。ありがと。微妙に本音出てる気もするけど」
章とクラスメイトの会話に、総介が自然に割り込む。
総介 「いやいや、あの番組、最高によかったよね~! 東堂先生のキラリと光る涙! あと鼻水!」
章 「鼻水は余計だよ! ってか映ってたの? 鼻水!?」
総介 「けど、キラリと光るのは、それだけじゃないってね! アキの台本は、さんさんと輝く太陽のごとし! そんなアキ先生の最新作、感動間違いなしだよ! 我ら演劇部の、文化祭公演をよろしくね♪」
章 「はー。相変わらずすごいな、お前の宣伝力。隙あらばササッと差し込んでくる」
総介 「とーぜんでしょー! テレビの追い風があるうちに、リアルもネットも、ばんばん宣伝してかないとね!」
章 「……あ。そっか、……そういうことか」
総介 「ん? どしたの、アキ?」
章 「今回、自分が巻き込まれすぎてて、気付かなかったわ。あの、
総介 「おおっ。さすがは名探偵・
章 「まあ、そりゃ、そうだけど……。その前の、2人での稽古禁止あたりから、お前、やることの規模がでかくなってるっつーか。俺も含めて、演劇部のことだと手段を選ばなくなってる気がするぞ。叶のためって気持ちは分かるけどさ。あんまムチャはすんなよ、総介」
総介 「はは、サンキュ。優しい幼なじみがいて、オレって幸せ者だな~♪」
総介 「……けど、甘えてらんない。オレの演出家人生で、今が最初の“がんばり時”だと思うんだよね。今やんないと、中都に入って演劇部作った意味も、アキを引っ張ってきた意味もない。だから今は目つぶって? 総介くんにカッコつけさせてよ~。ね?」
章 「総介……」
廊下から衣月が話しかける。
衣月 「あ、いた。総介、ちょっといい? 体育館の使い方について、聞きたいことがあるんだ」
総介 「はいはーい! 部長のお願いとあらば、喜んで~!」
衣月 「ありがとう。章、総介ちょっと借りていくよ」
章 「あ……はい。どぞ」
章 (……総介のヤツ、また1人でなんでも決めやがって。体育館使うってのも、俺は後から聞いたし。10年以上の付き合いだけど……演出家になるって決めてからは、ずっとこんな感じだよな)
章 (家が近所だから、気が付いたら隣にいたけど……前は、こんなじゃなかった。……あいつの母親は有名な女優で、父親は、いくつも賞をとってる映画監督。総介本人も子役。いわゆる、芸能一家ってヤツで。普通の家に生まれた、普通の俺とは真逆だった)
章 (その上なんでも器用にこなすもんだから、最初はちょっと苦手だったんだよな。でも、総介の親、離婚しちゃって……。平気そうにしてたけど、どう見ても強がってて……放っておけなかった)
章 (俺は、あいつを笑わせようとして、なんでもやった。わざと大げさにドジしたり、ふざけたり……。“ダンゴムシのマネ”とかいって泥だらけになって、うちの母さんを驚かせたこともあったっけ)
章 (そうやって、総介と一緒に大きくなってった。一緒に遊んでばかりいた。でも、“あの時”……あいつが子役として挫折して、演出家を志してから、何もかも変わった)
章 (中学で演劇部に入部して、俺に台本書かせて、賞をとるまでに成長させて。それだけでもすごいのに――)
――――――
[回想]
中学時代、実家の章の部屋。
今よりも幼い章と、はしゃいだ雰囲気のない総介。
総介 「アキ。オレ、高校は中都に入る。それで絶対、叶真尋にもう一度芝居をやらせたい。……で、さ」
章 「なんとなく分かった。俺にも中都に入れっていうんだろ?」
総介 「あ。分かった? ……さすが、アキ」
章 「まあ、いいよ。別に行きたい高校とかもないし。受かるかは別だけどな! それに……俺は“お前専属の劇作家”なんだろ? そんなの、ついていく選択肢しかないじゃん」
総介 「……。……サンキュ」
――――――
章 (それからは、演出家として叶を輝かせることが、総介のすべてになった。――その叶がようやく、ロキのおかげで舞台に立てるようになって、コンクール出場も決まって……。分かるよ。俺も、叶の芝居は心底好きだ。だから、がんばりたい)
章 (だけど……。最近のあいつ、無理してねーか? 俺には分かる。なんか、嫌な予感がするんだよ……)
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