第9章 王様とクラウン

第1節 2人の演出家

10章1節


[虹架高校_演劇部部室]


有希人  『仲間同士、どうしてもっと信じ合えないんですか?』

鷹岡   「……」

有希人  「……」


 先程よりも語気を強くする有希人。


有希人  『仲間同士、どうしてもっと信じ合えないんですか!?』

鷹岡   「……もう一度」


 有希人、再びセリフを読み上げる。


有希人  『仲間同士、どうしてもっと信じ合えないんですか!?』

鷹岡   「何も変わっていない。お前、芝居やる気あるのか?」

有希人  「あります」

鷹岡   「ない。あるならその言い回しにはならない。役を馬鹿にするな」

有希人  「馬鹿に……していません」

鷹岡   「お前の言い分は聞いてない。稽古場では俺の判断がすべてだ。従えねえなら今すぐ出ていけ」


バルドル 「……っ、タカオカさん……!」

ヘイムダル「おいっ、タカオカ! 言い過ぎだぞ!? 有希人だって一生懸命やってるじゃん!」

鷹岡   「一生懸命? ……芝居がよくなきゃ何もしてないのと同じだ。がんばったことを褒められたいなら、砂場で穴でも掘ってろ。お前らがやっているのは芝居だ。芝居は、役をどれだけ掘るかが勝負だ。浅いところで呼吸してると台本ほんの範囲内での表現にしかならない」


鷹岡   「そんな表現なら、客に台本を渡して読ませでもしたほうがマシだ。芝居は仲よしごっこじゃない。お前らが神楽をかばって、客は得をするのか?」


トール  「仲よしごっこ、ね……。もうちょっとソフトな言い方はないのかよ」


鷹岡   「じゃあシンプルに言ってやる。できねえなら、やめろ」


トール・ヘイムダル・バルドル・ブラギ「「「「……」」」」


鷹岡   「神楽。もう一度だ」

有希人  「――はい!」




[中都高校_演劇部部室]


悪魔(ロキ)『本当に愛してなかったなんて言い切れないでしょ?』

神父(真尋)『……黙れ! 悪魔のお前に何が分かる!』

悪魔(ロキ)『……分かるわ』


総介   「あー、ストップ! うん。んー……」

真尋   「西野?」

総介   「……んー。あー……うーん……! ううううううううん!」

ロキ   「なんだよ総介、さっさと言えっ!」

総介   「……2人ともいい演技だ……!!」

ロキ   「褒めるために止めたのかよ」

総介   「いやー、オレがしたいのはダメ出しじゃないからね~。いいものはいいって褒める、トーゼンっしょ! でも、いい芝居見ちゃうともっとよくしたくなるのが演出担当のサガでさ。ヒロくん、さっきの台詞。あと動きも、もうちょーーーっとだけ、足せるかな?」


総介   「今ってほら、戸惑いはパーフェクトに伝わるんだけど、観る人にもっと“神父”のつらさを追体験してほしい。そのためには、切なさっていうかさ。割り切れない感情みたいなのが欲しい!」


真尋   「切なさ……か。分かった、やってみるよ」

総介   「ロキたんもその方向で、自然に、もっぺんやってみて!」


ロキ   「フン。仕方ねーな。……」


 ロキ、先程よりも優しく諭すような口調、真尋は苦しさをにじませる。


悪魔(ロキ)『本当に愛してなかったなんて言い切れないでしょ?』

神父(真尋)『……黙れっ……! お前に何が分かる……!』

悪魔(ロキ)『……分かるわ』



総介   「……。……うんうんうん! そんな感じ、いい感じぃ! もうちょっと役に深みが出れば、最最最高だね~!」

ロキ   「役に深み……。よく聞くけど、結局どういう意味なんだよ」


総介   「んー、前にも言ったけど、役を演じるってのは、その役を掘り下げること……。役に、とことん向き合うことだと、オレは思うんだよね。こういうところは分かる、こういうところは新鮮。役を奥まで知って、自分との違いを際立たせる」


真尋   「……うん。そうすることで、台本上だけじゃなくて本当に、そこにいる人物みたいに感じる」

総介   「そそ! それが“深み”だと思うわけよ。だから……あ、そうだ! あんまりやったことなかったけど“自己紹介ゲーム”やってみよっか!」

ロキ   「自己紹介? ロキ様最強伝説を語ればいいのか? 300時間はかかるぞ?」

総介   「おお、面白そう! それはそれで聞いてみたい! 稽古のあとで、よろしくぅ! 自己紹介ゲームとは……って、オレが勝手にそう呼んでるだけなんだけどさ。台本なしで、その役としてインタビューを受けるってゲームなんだ」

真尋   「エチュードみたいなもの?」

総介   「そう! これもひとつの即興劇! 正解はないよ。大切なのは、役について想像すること!」

真尋   「面白そうだね。やってみようか」

総介   「オッケー! じゃあロキたん演じる“悪魔”からね! 悪魔さん、ずばりお聞きします。最近テンションが上がったことはなんですか?」

ロキ   「えぇー? 知るかよ。そんなの、台本に書いてなかったぞ」

真尋   「ロキ、これはそういうゲームだよ。悪魔は、何にテンションが上がったと思う?」

ロキ   「んー……俺なら、今朝クサカにでかいリンゴをもらったとき、テンション上がったけど。違うだろ」


 ぼそぼそとつぶやくロキ。


ロキ   「芝居が面白くなってきたってのも、俺が思ってることだし……」

総介   「ぎゅぎゅっとひねって絞り出して! 役になりきって答えられたら、100万点よ~」

ロキ   「…………」


悪魔(ロキ)『テンションが上がったこと? そうね……あなたといるときに、懐かしい香りを、感じたことかしら』


真尋   「懐かしい香り……」


神父(真尋)『詳しくお尋ねしてもいいでしょうか?』

悪魔(ロキ)『……懐かしい香りよ。遠い昔に大好きだった果実のような……。人は、時間とともに姿かたちを変えるわ。誰しも老いて、死んでいく。けど、魂の香りだけは……。本質は、変わらないものなの』


ロキ   「……。こんな感じでいいのか?」

総介   「そうそう! ロキたん自身に引っ張られてる感もまだあるけど、やってるうちに慣れるっしょ!」

真尋   「……うん。今ので、“悪魔”の見ている世界が、少しだけ分かった気がしたよ」

総介   「この調子で続けましょう! 次はヒロくん演じる“神父”ね、質問は――」




律    「……あっちの3人、ずいぶん盛り上がってますね」

衣月   「楽しんで取り組むことは、成長に繋がるからね。いいことだと思うよ」

章    「なんつーか……ああいうの、部活っぽいですよね……」

律    「……部活ですよ?」

章    「分かってるっつーの! 真顔で言うな! あの楽しげな雰囲気が部活らしくていいなって思っただけだから!」

律    「ならいいです。あと……役の深い理解は、俺もしておきたいです。劇伴作る参考になるんで。東堂先輩、俺も役についていくつか質問していいですか?」

章    「え、俺に? 総介じゃなくて?」

律    「あっちの邪魔はしたくないですし。ま、東堂先輩は普通で地味で存在感がないですけど――」

章    「今日も元気に突然のディス!」

律    「それでも、台本を書いた本人なんです。いろいろ教えてください」

章    「……は、はい。分かり申した……」

律    「ふ。変な返事」

章    「だ、だだだだって急に教えてとか言うから……!」

衣月   「ふふ。僕も、東堂への質問会に加わっていいかな? 章の目から見えている、“悪魔”と“神父”の姿は、衣装のヒントになるだろうから」

章    「と……東堂先生って……。俺、そんな立派な脚本家とかじゃないですよ!」


9章1節


律    「始めていいですか、東堂先生。まずここなんですが、東堂先生。あれ、どうかしましたか東堂先生」

章    「お前は! 俺をただ! イジってるだけだろ!」

衣月   「ふふ。さあ、お願いします、東堂先生」

章    「南條先輩まで楽しんでる!!」



 総介、手を叩く。


総介   「――よし、一旦ここまで! どう? 自己紹介ゲーム、盛り上がるでしょ! 台本に書かれてない“死角”を削ることで、“神父”と”悪魔”がいきいきしてきたね~!」

真尋   「ふう。楽しかったね、ロキ」

ロキ   「こういう掘り下げ方ってのもあるんだな。なんか……俺の中に、“悪魔”が住んだ感じがする」

総介   「でしょでしょ? この調子で、稽古がんばっていこうよ~! なにせ、今度の文化祭は体育館での公演。これまでで最大規模の客数になる予定だからね!」

章    「それな。そうなんだよな……。ついに体育館で公演か……!」

総介   「そ! 合唱部やオケ部、軽音楽部などなどが我こそはと武将のように名乗りをあげる中! 公演時間を勝ち取ってきたオレと部長に拍手~。あと、育ちゃんにも感謝ね!」

衣月   「僕は何もしていないよ。竜崎先生、最初は『毎年決まった部活で埋まってるから無理だ』の一点張りだったのに、総介が――」

総介   「いやん、部長ったら。総介くんの華麗なる武勇伝は、2人だけのシークレットねって言ったのにぃ♪」

律    「…………」

総介   「りっちゃん! 先輩のことぶん殴るって目で見ないで!」

律    「なら、ぶちのめすって目で見たくなるようなこと言わないでください」

章    「ぶん殴るより、ぶちのめすのほうが数段バイオレンスだな……」

律    「ぶっ潰す、のほうがよかったですか」

章    「北兎、お前本当……いつになったらもうちょっと人間が丸くなるんだよ。……ったく、顔は可愛いのになあ」

律    「うっ……わ。すごい勢いで鳥肌が立ちました テンポで例えるとプレスティッシモです」

章    「そんなにか!? ってかプレスティ……って何!?」

総介   「はいはーい。んじゃ、ちょっと休憩! んでもって、後半もがんばりましょーい!」


 人知れず小さくため息を吐く総介。


総介   「……ふう」


 総介、前髪をひと束引っ張りながら考えを巡らせる。


総介   (……正直、この段階で自己紹介ゲームは遅い。もう役が完璧に入っててほしかったんだけどな。……あと、何ができるだろう……)


総介   (文化祭は、コンクールに向けて最高のリハーサルだ。ある程度好意的な客の中、タダで、デカいハコに慣れさせられる。客は多けりゃ多いほうがいいから、今回もツッキーの力を借りよう)


総介   (他にも、集客方法があればいいんだけど。なんか考えないとな。……ここで一段階、上へ押し上げる。そうしないと、コンクールでは勝てない)


総介   (虹架に――あいつに、勝てるわけがない)




章    「――おい、総介」

総介   「ん!? なになに~、我が幼なじみよ♪」

章    「またやってる」

総介   「んあ?」

章    「髪。引っ張る癖、出てるぞ」

総介   「……あー、これね! ハゲちゃうもんね~?」

章    「その癖が出るってことは……お前、なんか無理してねーか?」

総介   「……してないよ~。お気遣いサンキュ、アキ♪」


 笑顔で他の部員のもとへ向かう総介。


章    「……うーん」


章    (なんかこの頃ちょいちょい素が出てるんだよな。アイツ……)

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