SUB2 お嬢様と執事?
[中都高校_衣月の教室]
ロキ 「衣月~っ! どこだー!?」
教室中がざわめく。
衣月 「わ。どうしたの、ロキ。急に3年の教室まで来て」
ロキ 「フン。衣月が2年の教室にいないから、俺がわざわざここまで来てやったんだ。ありがたく思え?」
衣月 「うん。会いに来てくれてありがとう。それで、何か急用?」
ロキ 「もちろん急用だ! 見ろ、これ!」
衣月 「体育用の運動靴?」
ロキ 「さっきタイイクの時間に、真尋に靴紐を踏まれてほどけたんだ! 結べ!」
教室がさらにどよめく。
衣月 「あはは。これはまた面白いお願いだね。でも、自分で結べるでしょ?」
ロキ 「当たり前だろ。でも、俺とか真尋がやるより、お前がやったほうが綺麗な蝶々結びになるんだ。だから結べ、衣月」
衣月 「それは光栄だな。じゃあ今回だけね」
衣月、ロキの足元へひざまずき、紐を結ぶ。
衣月 「……ここをこう結んでっと……はい、できたよ」
ロキ 「よーし! そう、これこれ! 綺麗な蝶々だ! やっぱりこういうのは衣月だな! あ、そうだ、喉も乾いてたんだった。リンゴジュース飲ませろ」
衣月 「うん、いいよ。ちょうど今日の授業は終わったし、部活の前に売店に行こうか」
ロキ 「おうっ! さっさと来い!」
衣月 「ふふ。走らない。足元に気をつけて?」
ロキと衣月が教室を出ていく。
男子学生 「……なんだったんだ、今の……。わがままお嬢様とできる執事かよ」
[中都高校_3年廊下]
ロキ 「衣月! 売店に行くなら、パンも食いたい! リンゴジャムのやつと、チョコのやつと、それから……」
衣月 「あとで晩ご飯が食べられなくなっちゃうよ? 1つだけね。真尋と半分こにして食べること」
ロキ 「半分こぉ? ……まあ、それでもいい! あ。衣月、お前の仕事はまだあるぞ。俺の部屋着の――」
衣月 「ふふ」
ロキ 「なんだよ。なんかおかしいか?」
衣月 「さっき、クラスメイトに『お嬢様と執事みたい』って言われたのが聞こえたんだよね」
ロキ 「お嬢様と……?」
衣月 「執事。ロキは可愛いし、甘え上手だからそう見えたってことかな」
ロキ 「フン。この俺が可愛いのは当然だ。えいっ!」
ロキ、少女に変身する。
衣月 「わあ! コラ、ダメだよ、校内で変身しちゃ……!」
少女姿のロキを隠すようにかばう衣月。
少女ロキ 「フフ、可愛らしくて愛らしいロキ様の登場よ!」
衣月 「……ふう。ちょうど廊下に誰もいなくてよかった……」
少女ロキ 「ほら、執事の衣月。このロキお嬢様に仕えなさい? そうね、まずはこの廊下に赤い絨毯を敷いて見せて? 薔薇の香りも忘れないでね!」
衣月 「ふふ。さすが役者だね、ロキ。だけど――」
衣月、少女姿のロキを抱き上げる。
少女ロキ 「えっ!? ちょ、衣月! 降ろせ! 子どもみたいに抱き上げるな!」
衣月 「あはは。子ども扱いはしてないよ。これは“お姫様抱っこ”っていうんだ。変身は誰にも見られなかったけど、君がここにいたら騒ぎになっちゃうからね」
衣月 「じっとしてて。このまま、人の来ないところまでお連れしますよ、我が
少女ロキ 「うぇっ!? や、やめろ! 俺は神だぞ! 抱き上げたり追い出そうとしたり、許されないぞ!」
衣月 「ふふ。おてんばなお嬢様だ。なら、すぐロキに戻ってね?」
少女ロキ 「~~っ、分かったよ! ……フンっ」
ロキ、変身を解く。
衣月 「ふふ。ロキと一緒にいると、飽きないな。真尋の気持ちがちょっと分かった気分だ」
ロキ 「……執事って普通は、自分の主を抱き上げたりしないだろ」
衣月 「そう……なのかな? そう言えば、執事はうちにもいないから、本物は見たことなかったかも」
ロキ (俺はホンモノの執事を見たことあるけど……この衣月の感じは、執事って言うより――)
ロキ 「……王子だろ」
衣月 「ん? 何か言った?」
ロキ 「別にっ」
衣月 「ほら、階段、気をつけて、お手をどうぞ、ロキ様?」
[
アイロンが蒸気を吹き上げる。
トール 「……よし。我ながら、上手くいったぜ。やっぱアイロンってのは、蒸気の勢いが大事だな。次は……っと。有希人の奴に、精のつくもんでも作り置きしておいてやるか」
ヘイムダル「あっ! トールって、シツジっぽくないか!? シツジっぽいぞ、バルドル!」
トール 「うん? ヒツジっぽい?」
バルドル 「執事、です。さっき、ヘイムダルと見ていたテレビ番組に出てきたんですよ」
ヘイムダル「お嬢様に仕えるシツジだ! こんな風にやってたぞ!」
ヘイムダル、姿勢を正す。
ヘイムダル「……『お帰りなさいませ、お嬢様』って! カッコいいだろ!?」
トール 「またテレビから妙な知識を入れたな……。バトラーなら、こまごました家事はしないだろ?」
バルドル 「ふふ。本来はそうですよね。でも、大事な方のために、役に立ちたいっていう気持ちは同じでしょう?」
ヘイムダル「有希人、最近もすっげー忙しいからなー。今日も帰るの、夜中になるんだろ? トールのしてやってること、喜ぶと思うぞ!」
トール 「……おいおい。お前らの言い草じゃ、俺が執事で、有希人がお嬢様か?」
バルドル 「ふふ。違和感ないです。トールは最近、ますます有希人くんを大事になさってますから」
トール 「……。そう直球で言われるとな……」
ブラギがリビング入ってくる。
ブラギ 「──違和感しかありませんね」
トール 「出た」
ブラギ 「出したくて顔を出しているのではありません。ただ……」
ブラギ 「あの人間は、お嬢様でも仕えるべき主人でもありません。この顔ぶれの中で仮に、あくまで仮に、“お嬢様”などと呼ばれるべき存在がいるとするなら、 それは明らかに
バルドル 「有希人くんじゃないなら、ブラギにぴったりだよね!」
ブラギ 「………………はい?」
バルドル 「口数が少なくて、賢くて、本が大好きで……おしとやかなお嬢様って感じだから。ふふっ」
ブラギ 「…………。顔を出したのが間違いでした。引っ込みます」
ヘイムダル「あっ! 照れた? ブラギが照れたー! やーい、イチゴ好きのイチゴほっぺたー!」
ブラギ 「黙れ。口を閉じろ。
ブラギ、リビングから出ていく。
トール 「……やれやれ。お嬢様だの執事だの、にぎやかなことで。けど、俺はともかく、有希人はただ座っているだけのお嬢様って柄じゃないだろ」
トール小声でつぶやく。
トール 「本当にかよわいお嬢様なら、執事のフリなんてやめて、とっくに救ってるさ」
ヘイムダル「まー、有希人は自分のことは自分でやっちゃうもんな! やりすぎってくらいなのにやめないし」
バルドル 「そうですね。だから……僕たちもトールみたいに、できることで有希人くんを支えましょう? トール。何か手伝えることはありますか?」
トール 「……そーだな。ま、家事は手分けすりゃいい。あいつのためになるってんなら、やっぱ芝居だろ」
トール 「これが終わったら、軽く稽古しようぜ。それが一番、有希人も喜ぶはずだ」
ヘイムダル「だな!」
バルドル 「ですね。ふふっ。ブラギも誘ってみましょう!」
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