劇中劇「勇者の名にかけて」

  2人の男が見つめ合っている。

  1人(魔王)は玉座のような椅子に座り、

  もう1人(勇者)は所在なさげに立っている。


勇者(ロキ)「……」

魔王(真尋)「……」

勇者(ロキ)「……どうも」

魔王(真尋)「……どうも」


勇者(ロキ)「あの……すみません、勝手にお部屋に入っちゃって」

魔王(真尋)「いいよ、別に。俺も鍵とかかけてなかったし」

勇者(ロキ)「すみません、本当。えーと……なんてお呼びすればいいですかね?」

魔王(真尋)「まぁ……適当で。俺の名前ってやたら長いから」

勇者(ロキ)「じゃあ……『魔王様』とかでいいですかね?」

魔王(真尋)「いや、“様”はいらないんじゃない?」

勇者(ロキ)「でも、ここに来る途中みんなそう呼んでましたし……」

魔王(真尋)「魔物たちはね。一応あれ全部、俺の部下だから。でも君、人間でしょ? 人間からしたら魔王って、一番憎むべき敵じゃない」

勇者(ロキ)「やっぱり……そうなんですかね?」

魔王(真尋)「いや、本人に聞かれても困るんだけど」

勇者(ロキ)「ですよね。すみません。……じゃあ、その、『魔王さん』で」

魔王(真尋)「“さん”もいらないと思うよ」

勇者(ロキ)「じゃあ……『魔王ちゃん』?」

魔王(真尋)「いきなり距離感縮めすぎかな、それは。もうすこし中間狙えない?」

勇者(ロキ)「中間……中間!?」 

魔王(真尋)「いい、いい。もう『魔王さん』でいいや」

勇者(ロキ)「すみません」

魔王(真尋)「謝らなくていいけど。じゃあ……俺も『勇者くん』て呼んでいい?」

勇者(ロキ)「……勇者?」

魔王(真尋)「え、なにその反応? さっき部下から『勇者が攻めてきたー!』って

報告受けたんだけど……違ってた?」

勇者(ロキ)「あ、違ってません! 違ってないと思います! ……多分」

魔王(真尋)「……なんだろうなぁ。さっきからどうも噛み合わないっていうか」

勇者(ロキ)「すみません」

魔王(真尋)「いや、謝んなくていいんだけど……。調子狂うなぁ。あのさ、いくつか確認してもいいかな? 俺が魔王だってことは分かってるんだよね?」 

勇者(ロキ)「はい!」

魔王(真尋)「魔王ってどういう奴か知ってる?」

勇者(ロキ)「はい。魔物の王様で、人間を滅ぼそうとしてる……ですよね?」

魔王(真尋)「そうそう。で、勇者くんは人間の代表として、魔王である俺を倒すためにここに来たんだよね? 」

勇者(ロキ)「……そういうことになるんですかね?」

魔王(真尋)「だから俺に聞かないでよ!」

勇者(ロキ)「すみません!」

魔王(真尋)「謝んなくていいから!」

勇者(ロキ)「すみません――あ! ごめんなさい! その、僕、未だに勇者って言われてもピンとこないって言うか……元々ただの一般人なんで。村人Aなんで」

魔王(真尋)「え、そうなの?」

勇者(ロキ)「なんか、岩に刺さってた剣ひっこ抜いたら、勇者って呼ばれるようになっちゃって……」

魔王(真尋)「ああ……なんか部下から聞いたな。なんでも、勇者しか扱えない伝説の剣ってのが見つかったんだけど、どんな力自慢が抜こうとしても、一ミリも動かなかったって。 国王が国中の人間集めて抜かせようとしたら、どっかの村の少年が軽々と抜いて大騒ぎになった、とか……」

勇者(ロキ)「それ、僕です。で、これがその時の剣です」

魔王(真尋)「すごいじゃん! 誰も抜けなかった剣を引き抜いたんだろ? 立派な勇者じゃん!」

勇者(ロキ)「いえ。テコ、です」

魔王(真尋)「てこ?」

勇者(ロキ)「この剣、何故かみんな、まっすぐ上に抜こうとしてたんですけど、

こう、斜めに力をかけたら、土台の刺さってる部分が破壊されて。あっさり抜けたんです。つまりは、テコの原理」

魔王(真尋)「なるほど……?」


勇者(ロキ)「それに、使ってみて分かったんですけど、これ、伝説の剣でもなんでもないんですよ。重いだけで切れ味悪いし……ほら、この紋章のとこも、メッキ貼ってあるだけだし」

魔王(真尋)「……でもさ、それ使って、魔物たくさん倒してきたわけでしょ?」 

勇者(ロキ)「いや、たくさんって程でも……だって僕、弱いんで。なのに、勇者って肩書きだけで『村を襲う魔物を退治してくれ』とか、あげく『魔王を討伐してくれ』とか……。僕、期待されると断れない性格なんですよ」


魔王(真尋)「でも、退治してきたわけでしょ? どうやってたわけ?」

勇者(ロキ)「実力じゃ無理なんで……生態とか行動パターンとか観察して、1匹になった隙に不意打ちしたりとか、好物に毒混ぜて置いておいたりとか、寝てるところ燃やしたりとか……」

魔王(真尋)「……ああ、そう……」

勇者(ロキ)「分かってます! 卑劣だってことは! でも、そうでもしないと勝てそうになかったんで……」

魔王(真尋)「まさか……今まで全部そうやって倒してきたわけじゃないよね?」

勇者(ロキ)「一応剣の修行もしたんですけど、才能なくて。あ、でも、代わりに回復魔法だけは、がんばって覚えました。不意打ちで襲って、逃げて、回復して、また襲って、それで……」

魔王(真尋)「……よくここまで来れたね。じゃあ、この城に来る前の洞窟は? あそこ、強いやつらがうじゃうじゃしてたと思うけど」

勇者(ロキ)「入ってすぐ、僕よりでかいコウモリの大群見つけて、諦めました」

魔王(真尋)「は? 諦めた? 人間がこの城まで来るためには、あの洞窟通るしかないだろ?」

勇者(ロキ)「はい。だから、洞窟の横に別の穴掘って進みました」

魔王(真尋)「……マジで?」

勇者(ロキ)「3年かかりました」

魔王(真尋)「3年て……じゃあ、城の門番は? あのゴーレムはかなり強かったと思うけど……」

勇者(ロキ)「強かったです! でも、攻撃パターンが読みやすかったんで、かわしながら、ずっと足だけ狙ってたら、なんとか倒せました」

魔王(真尋)「……剣でゴーレムの足を斬ったってこと?」

勇者(ロキ)「斬ったというよりは、ちょっとずつガリガリ削ったって感じですね。ずーっと穴掘ってたお陰で、どの角度で打ち込んだら力が乗るかとか、そういうコツが分かるようになってたんで」


魔王(真尋)「マジか。あるんだ、そういう方法」

勇者(ロキ)「あ。だから、さっきの『そんなにたくさん倒してない』って、

ちょっと嘘になっちゃうかもしれません。魔王さんに会うまでは、できるだけ無駄な殺しはしないつもりだったんですけど……」

魔王(真尋)「まぁ……しょうがないよ、それは。うちの連中も、人間の町とか城とか襲う時は、基本皆殺しだし」

勇者(ロキ)「……やっぱり」

魔王(真尋)「やっぱりって?」

勇者(ロキ)「いや……やっぱり魔王さんて、本物の魔王なんだなぁって……」

魔王(真尋)「俺ってそんなに魔王っぽくない?」

勇者(ロキ)「そう……ですね。実際会うと、あんまり怖くなかったです。意外と話せるっていうか」

魔王(真尋)「それは……俺も、ちょっと分かる。勇者って、もっといけ好かないと思ってたけど、君って、わりといい奴だよね」


 勇者、少し微笑む。


勇者(ロキ)「そうですか? 素直に嬉しいです」

魔王(真尋)「……はぁ。いや、分かり合ってる場合じゃないから。君、俺を倒すために来たんでしょ?」

勇者(ロキ)「そのことなんですけど……実は、お願いがあるんです」

魔王(真尋)「お願い?」


 勇者、魔王へ近づく。


勇者(ロキ)「その……僕と仲よくしてくれませんか?」

魔王(真尋)「……は?」

勇者(ロキ)「さっきも言いましたけど……僕、みんなの期待を裏切りたくなくてここまで来ちゃったってだけの、ただの村人Aなんです。だから……魔王さんと戦っても、絶対に勝てないってことくらい。分かってるんです」

魔王(真尋)「……」

勇者(ロキ)「それで、考えたんです。あなたを倒す以外に、みんなの期待に応える方法がないかって。で、分かったんです」

魔王(真尋)「……何が?」

勇者(ロキ)「みんなが本当に期待してるのは、魔王を倒してほしいってことじゃなくて、『世界を平和にしてほしい』ってことなんだって」

魔王(真尋)「平和に……」

勇者(ロキ)「だから……もしも魔物と人間が争わないようになれば、それで全部解決するんです。お互いに傷つけ合わなくて済む……平和な世界がやってくるんです! それに、あなたは優しい。きっと分かってもらえるはずです。お願いです魔王さん! どうか僕と――人間と仲よくしてください!」



魔王(真尋)「……分かったよ。人間と魔物……これからは種族の壁を超えて

手を取り合い、平和な世界を実現させよう」

勇者(ロキ)「わあぁ……!」

魔王(真尋)「……って、俺が言うとでも思った?」

勇者(ロキ)「……ダメですよね、やっぱり」

魔王(真尋)「君だって分かってるはずだ。人間が求めてるのは、あくまで『人間にとっての平和な世界』だ。そのために、これまでだって、俺たち魔物をたくさん殺してきただろ』

勇者(ロキ)「……あなたがた魔物が、人間をたくさん殺してきたように」

魔王(真尋)「そう。そして俺は魔王として、『魔物たちのための平和な世界』を

作ろうとしている。決して相入れることはないよ」


勇者(ロキ)「ですよね……。そんな簡単に丸く収まりませんよね」

魔王(真尋)「……分かってるくせになんで聞いたの?」

勇者(ロキ)「だって僕……あなたと戦いたくなくなっちゃったから。あなたは、僕なんかの話をちゃんと聞いてくれる、いい人だって分かったから」

魔王(真尋)「……。けど、やっぱり戦うの?」

勇者(ロキ)「戦います」

魔王(真尋)「……戦っても、絶対に勝てないって分かってるのに?」

勇者(ロキ)「はい。僕なんて、どうせ勇者なんかじゃない、ただの村人Aですから」

魔王(真尋)「なら……どうして?」


勇者(ロキ)「こんな僕でも、『勇者』って呼んで、期待してくれてる人たちがいるから。僕は偽物でも……その人たちの想いは本物だから」


魔王(真尋)「……! 君は……」

勇者(ロキ)「それにほら、期待されちゃうと断れないんですよね、僕。だから……どんな卑怯な戦い方しかできなくても何の才能もない村人Aでも……今度ばかりは、逃げるわけにはいかない……!」


勇者、剣を抜く。


魔王(真尋)「……ふふ。それらしくなってきた。やっぱり勇者と魔王の最終決戦はこうじゃなくちゃね」

勇者(ロキ)「……僕、勇者じゃないって言ってるでしょ?」

魔王(真尋)「いや、君は立派な勇者だよ。……俺と違ってね」

勇者(ロキ)「え……?」

魔王(真尋)「俺は、魔王だからね……生まれたその瞬間から、あらゆる才能に恵まれた完璧な存在だった」

勇者(ロキ)「あの……言われなくても分かってるんで、やめてもらっていいですか? 今、必死にモチベーション上げようとしてるところなんで……」

魔王(真尋)「だけど、知ってたかい? 君が掘った洞窟の壁は、魔法で強化してある。本来、人間には歯がたたないはずなんだよ」


勇者(ロキ)「……え」

魔王(真尋)「門番のゴーレムだって、普通の剣では決して砕けない魔法石を使って生み出したものだ。……俺が魔王になってもう随分時が経ったが、この部屋までたどり着いた人間は、君が初めてだよ」

勇者(ロキ)「……嘘でも嬉しいです。ちょっとだけモチベーションが上がってきました」

魔王(真尋)「俺は人間を好きにはなれない」

勇者(ロキ)「……決して、相容れない」


魔王(真尋)「そう。……それでも、人間には、尊敬に値する要素が一つだけある。

それは、君たちが不完全な存在だということだ。……足りないからこそ求め、壁があるからこそ乗り越える……その姿を、俺は愛おしいとさえ思う。生まれた時から完璧だった俺には、“可能性”なんて、どこにもないからね」


勇者(ロキ)「……それって……“可能性”がないまま生き続けるって、……辛くないですか? 」

魔王(真尋)「どうだろうね。もう忘れちゃった」

勇者(ロキ)「……魔王さん」

魔王(真尋)「でも君たちは、俺とは違う。……持ち得なかった才能を努力で補い、どれほどみっともない姿を見せても、勝ちを拾いに行こうとする……人はそれを“勇気”と呼び、それを持つ者を“勇者”と呼ぶのだろう? まさに――」


魔王(真尋)「君のように」


勇者(ロキ)「……そんなこと言われたのは初めてです。あなたはやっぱり、優しい人ですね」

魔王(真尋)「俺だって、優しいだなんて言われたの初めてだ」

勇者(ロキ)「……魔王さん。もう1つだけ、お願いしてもいいですか?  もしも……もしも僕があなたに勝ったら、一緒に考えてもらえませんか? 人間と魔物が、どうやったら仲よく暮らしていけるのかを……どうやったら……僕とあなたが、

戦わずに済む世界がやってくるのかを……」


しばしの間の後、魔王が一瞬微笑んだような――

魔王(真尋)「そういう台詞セリフは……勝ってから言うんだな」


魔王の体から強大な魔力が立ち上る。

魔王(真尋)「……さぁ、おしゃべりは終わりだ。かかってこい、勇者よ! 

見事この魔王を討ち取ってみせるがいい!」


勇者、一瞬泣きそうに顔を歪めつつも、魔王に対し、剣を突きつける。


勇者(ロキ)「……行くぞ、魔王! “勇者”の名にかけて、必ずやお前に勝ってみせる! 多分……絶対!」


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