第8節 意味

[中都高校_演劇部部室]


ロキ   「……」

真尋   「……」


 章の書き上げた新しい台本を読む一同。


真尋   「読み終えた。……東堂。これ、すごく面白いよ。俺、この役やってみたい」

章    「……!」

衣月   「真尋が“魔王”、ロキが“勇者”っていう配役、一見、逆なんじゃないかなと思ったけど。読み進めて納得した。うん、すごくしっくりくるね」

律    「何より、真尋さんが“魔王”を演じるの、見たいです。すごく面白そう。こういう役、これまでにはなかったですよね」

ロキ   「普段の真尋は全然、魔王って感じじゃないからな。けど、だからこそ演じるのが面白い。そういうことだろ?」

真尋   「うん。ロキが“勇者”っていうのも、新鮮で、すごくいいと思う。見てみたい」

ロキ   「へへ、だろ! 地味助。これなら俺も、やってやってもいい!」


章    「……みんな」


総介   「うんうん! いいよね、この台本。これぞアキって感じでしょ~!? 何より、役者たちがやりたいって言うならこれしかない、みたいな! 稽古日数は少ないけど、そこはみんな力を合わせてカバーするとして……猪狩さん、すいません! そういうわけで、劇作家さんにはゴメンナサイってことでいけます~?」



猪狩   「……」


章    (あ……怒ってる? ……さすがにマズいか。そうだよな。せっかく作ってもらった台本を直前に断るとか……)


猪狩   「……よし! 最高のが撮れたよ~! いいねいいね、グッドです! いや~まさにぶつかれ青春! とびだせ未来って感じ! え、劇作家のほうに断り入れる? もちろんもちろん、まるっとオッケーだよ! 使わないならそれはそれで、別のところで使うしね!」

章    「そ、そうですか。よかった……」

猪狩   「それじゃ、東堂クン! 昨日、キミだけ撮れなかった個別インタビュー、ちゃちゃっとやっていい?」

章    「あ、はい! ちゃちゃっと……って、え、こ、個別インタビュー!?」

猪狩   「メンバー1人1人が専門分野のスペシャリスト高校生! そんな演劇部、なかなか他にないからねえ! 南條クンには衣装、北兎クンには音楽のことを聞いたんだよ」


猪狩   「東堂クンには、う~ん……と。こんな質問はどう? ズバリ、“東堂くんにとって、この演劇部で台本を書くことにどんな意味があるか”! な~んて、ちょっと質問が曖昧かな~?」

章    「ど、どんな意味!? 壮大っすね! えっと、ええっと……カメラとか回されると……寝不足だし、あんま頭回んない……!」

ロキ   「頭回ってないのはいつものことだろ」

章    「直球!」

律    「カメラも寝不足も関係ないですよね」

章    「本日の辛辣!」

ロキ・律 「「フン」」

真尋   「なんだかあの2人、すごく息が合ってきたね」


ロキ   「……“どんな意味”だ? そんなの決まってる。“生きる意味”だろ」


章    「……ロキ……」

ロキ   「地味助は、勉強も、タイイクもできないし、演技は大根だし、絵も描けない」

章    「度重たびかさなるディス!」

ロキ   「顔も地味だし、すぐビビるし、本当になんもない。台本の表紙よりもペラペラだ」

章    「あー。メンタル的にもペラペラだぁー」

ロキ   「でも、ツッコミは勢いと厚みがある」

章    「いや逆に、そこ認めてくれてるの!?」

ロキ   「そして……唯一、他の誰にもできないことがある。俺と真尋が最大限に活きる台本を書くことだ。そうだろ、真尋」


真尋   「うん。俺も、改めてよく分かったよ。俺がりたいのは、東堂の書いた台本だ。この高揚感は、東堂の台本でしか生まれない。俺とロキの芝居を、120%引き出してくれる台本。他の人じゃ、代わりにならないって」


章    「……っ」


ロキ   「だからお前にとって、ここで書くのは、お前がお前であるということの証明。それは、生きる意味だ。……人間なんて、あっという間に死ぬ。生きてる間に、生きる意味ってのが見つかるヤツの方が少ない。誇れ、地味助。俺が許す」

真尋   「ありがとう、東堂。こんなにワクワクする台本を書いてくれて。舞台と俺たちを、つないでくれて」


章    「……あ……」

衣月   「ふふ、どんな衣装にしようかな。いくらでもイメージを広げられそうだ」

律    「俺もです。この手の話は初めてなんで、楽器選ぶところから始めようと思います。……正直、ちょっと楽しみ」


章    「…………」


真尋   「あ。さっそくだけど東堂、ここのセリフについてちょっと聞いていい?」

ロキ   「俺も聞きたいところあったぞ。最初のシーンだけど……」       


章    「……っ、……」


 章の目に涙がにじむ。


真尋   「……東堂?」

章    「うわ!? ご、ごめ、俺……! だ、ダメだな。徹夜したせいか、涙腺が……バカになったっぽい。だ、大丈夫だから! ちょっと安心したっていうか、そんな感じなだけで……!」


 章の目から涙が溢れる。


衣月   「……章……」

章    「……いや、俺なんかの泣き顔、テレビに映すわけにいかな……。す、すぐ、泣き止むから!」

総介   「アキ。“俺なんか”禁止。背中さすってやるから、こっち向けって」

章    「……総介……」

総介   「“神の”ロキと、天才役者・叶真尋に認められた、唯一の劇作家。それがお前だよ、アキ。だから“俺なんか”は要らない」


総介   「……オレは、アキじゃなきゃダメなんだ」


8章8節


章    「…………総介……っ、……う……。……っく、……うぇぇ……!」

総介   「……ん。すげーがんばった」

章    「……っ……う……! うううっ……」


 総介、パンと手を叩く。


総介   「ほ~らね! アキは大丈夫って言ったでしょ~!」

律    「全然大丈夫に見えません。顔面が大雨洪水雪崩警報です」

衣月   「ほら、章。涙と、あと鼻水出てるよ」

章    「ぐすっ……俺なんかの鼻水で、南條先輩の高級なハンカチを汚すわけには……! でも借ります……」

律    「洗って返してくださいね」

章    「うぅ、お前が言うのかよぉおおお……」

ロキ   「泣くな地味助。とてつもなく不細工だ。その顔、もっと女が寄ってこなくなるぞ」

章    「モザイク処理してくださいいい……」

総介   「はは! ぐしゃぐしゃのアキには部屋の端でちょっと休憩してもらうとして……。さ、本番まで時間ないよ。東堂章の新しい台本で、稽古開始と参りましょう!」

真尋   「うん。きっといい芝居になる。気合い入れよう、ロキ」

ロキ   「誰に言ってる。俺とお前と、地味助の台本。面白くならないわけないだろ」


ロキ   「今回も、“心からの笑顔”、たっくさん手に入れてやる!」

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