第6節 章が育った場所

[瑞芽寮_章と総介の部屋]


 日曜日。


章    「…………はー…………」


章    (……今日は、晴れか)


章    「……『夕闇は次第に空を低くして、見上げると門の屋根が、斜めにつき出したいらかの先に、重たくうす暗い雲を支えている』……。まあ、まだ朝だけど。……はあ。覚えた表現、無駄になっちゃったな。いや……無駄なんかじゃないぞ。知識にはなったから、いつか役に立つと思うけど!」


章    「でも……“いつか”っていつだよ。そんな機会、俺にあんのか……。……さっきから俺、独り言多すぎだ。全然、本に集中できてない。台本の勉強しようって決めたのに……」


章    (……総介はどこ出かけたんだろ。まあ、今は顔合わせててもビミョーにやりづらいから、いいんだけど。ロキと叶は、今日も稽古してんのかな。いつもだったら俺も合流したりするけど、今は……)


章    「……」


章    (ほんと、無駄に天気いいな。晴れた日曜なのに、俺は部屋で……あれ? 日曜って、こないだ母さんがなんか言ってた気が……)


章    「……そうだ、スーパーモールのマル得セール! 確か、今日だよな。めんどくさいし、部活で忙しいからとか言って断ろうと思ってたけど……。やることなくなったもんな。たまの親のリクエスト叶えてやったほうが、まだマシな気がする」


章    (ここにいたって、いまいち集中できないし。いい気分転換になるだろ、多分。なんとなく、家に戻りたい気分だし……とか、ダセーけど……)


章    「……ダサいのも、俺らしくていいだろ」




[瑞芽寮_食堂]


草鹿   「おっ、東堂。1人か? 珍しいなー。西野はどうした?」

章    「さあ……あいつのことだから部活じゃないっすかね」

草鹿   「じゃないすかねって、お前も演劇部じゃん」

章    「それは、まあ……はい、そうですけど。一応」

草鹿   「一応?」

章    「あ……俺、今日はその、休みなんです! たまには、実家に顔出そうかと思って!」

草鹿   「おー、なるほどなるほど。親孝行か、そりゃ最高の休日の過ごし方だ!」

章    「はは、そんな立派なもんじゃないですって。じゃ……行ってきます!」

草鹿   「おう、気をつけてな! …………ふーん?」




[東所沢駅前]


章    「駅まで来たけど……」


章    (こっからが長いんだよな。東所沢駅から電車で約1時間……。もうこっちにもすっかり慣れたけど、やっぱ、実家から地味に遠いよなー)


章    「……あれ?」


 以前見かけたセーラー服の少女が通りかかる。


章    (あ……! あの女の子、このあいだチラシ配りの時に見た……! あの涼し気な顔……やっぱ、すげー可愛い……。クールビューティーってやつ? ど、どうしよう、行っちゃうぞ。偶然ですねーとか言って、声かけてみるか?)


章    (いや、急すぎるし、まだ全然他人なのに距離感近すぎ。キモいだろ。いやいやでも、ここで話しかけないと二度と会えないかもしれないぞ! けど、チラシもらってくれたんだから、そのうち芝居を観にきてくれるかも……)


章    (……でも、来てくれたところで次の芝居は俺の台本じゃないんだ。そんなのダサすぎ。それに、いま声かけてフられてみろ、再会したとき、死ぬほど恥ずかしいじゃん! でも、“当たって砕けろ”って言葉もあるし。砕けてみるか、いっそ灰になるか……)


章    「ってそれじゃ、どっちにしろフラれてんじゃねーか! ……ってやべ。声出てた!」

ロキ   「――フン。ああいうのが好きなのか、地味助」

章    「うひゃっ!?!?」

ロキ   「さっさと声かければいいじゃん、何やってんだ?」

章    「ロロロロロロロロロロロロキ!?」

ロキ   「俺はロロロロロロロロロロロロキじゃない、ロキ様だ」

章    「し、知ってる……けどっ。声かけろって、おま、ムチャ振りすぎ……!」

ロキ   「どこが、なにがムチャだ。簡単だろ。女なんて、目をじっと見てにっこりしてやれば、惚れてくるもんだろ?」

章    「それはお前だけだ! ……あ。…………もう、いない……。どっか行っちゃった……はあ……。チャンスだったかもしれないのに……」


章    (でも……これでいいんだ。今の俺には、女の子に声をかける資格なんてない……)


ロキ   「……? 資格とかどうとか、どうでもいいだろ」

章    「うえっ! 神って心も読めんの!?」

ロキ   「そんなわけないだろ。お前が分かりやすいだけだ」

章    「分かりやすくて悪かったな! っていうか、何しに来たんだお前。てっきり今日も、叶と稽古してるもんだと……」

ロキ   「真尋から聞いたぞ。お前、今から電車でどこかに行くんだろ?」

章    「叶が……?」

ロキ   「NJホールとか、遊園地に行った時も乗ったけど、電車ってヤツはなかなか面白いからな! もう一度乗りたいと思ってたとこだ。地味助に、俺を連れて行くのを許可する!」

章    「いや、勝手に許可されても。つーか、今日は実家に帰るだけだぞ?」

ロキ   「ジッカって真尋の中華屋か?」

章    「いや、ジッカ=全部叶の家じゃない。おれんちだよ。家、マイホーム」

ロキ   「お前んちは、総介と寝てる部屋だろ?」

章    「いや、そうじゃなくて……。ロキにとってのアースガルズみたいなもんだよ、多分」

章    「家族がいる場所っていうか、生まれ育った場所というか。とにかく、テーマパークとかじゃないし、大したもてなしもできないから。ごめんな」

ロキ   「フフン。そう言って、俺に隠れてこっそりジッカを楽しむつもりなんだろう!」

章    「ええー……」

ロキ   「アースガルズにいるヤツらがそうだった。俺が来ると場が荒れるとか言って、パーティーに呼ばなかった。ま、勝手に行ってぶち壊してやったがな! アハハハ!」

章    「呼ばれなかったのは同情する。けどぶち壊すな」

ロキ   「同情するか? なら、ジッカに連れてけ。連れてかないと、ジッカもぶち壊すぞ」

章    「脅迫だ! めちゃくちゃピュアに脅迫だよ!」

ロキ   「手始めに、ジッカの下に木を植えてユグドラシル化してやろう!」

章    「しかもそういう神様的なイタズラやめて!? ご近所に説明できないから! はあ……仕方ない。分かった、連れてってやるよ。ただし、マジで何もないとこだぞ。家族だって、至って普通だし……。退屈だとか言って暴れるなよ?」

ロキ   「フン。安心しろ。お前の家族だからな。退屈で当然だ」

章    「その言い草はさすがにどうかな!?」


8章6節


章    「……まあ、いいや……。行くか。お前、ICカードとか持ってる……わけ、ないよな」

ロキ   「トランプみたいなやつだろ。真尋がすぐなくすやつ」

章    「あー、そういや叶も持ってないよな。いいよ。券売機で切符買おう。切符買うこと、めったにないからな、えーっと、いくらだっけ……東所沢から――」

ロキ   「よっ……と!」


 ロキ、横から券売機に触れる。


章    「ピッ……っておい! 適当に画面押すな! あああああ!?」

ロキ   「なんで? 合ってるだろ? この前真尋と一緒に買ったから、知ってるんだ!」

章    「大筋は合ってるけど、細部が全然違う! なんでよりによって、画面に出てる一番高い数字押すの!?」

ロキ   「そりゃ、俺には“1”か、そうでなきゃその場にある一番でかい数字がふさわしいからだ!」

章    「明確! ああああ、見たことないほど高額な切符が出てきた……!」

ロキ   「フフン。俺様にピッタリだな、気に入った! お前の分も買ってやろう。ほら金を入れろ!」

章    「むしろ返金したいんです! えっと、こういう時どうしたら……。そうだ、駅員さんに間違えましたって話せばいいのか。ロキ、その切符貸して」

ロキ   「ヤダ。俺が手に入れたんだから、これは俺のものだ!」

章    「暴君! そう言わず、頼むよ。俺のICカード貸してやるからさ!」

ロキ   「お。ホントか?」

章    「うん。往復分はチャージしてあるから安心して使っていい。ほーらほら。改札にピッとするだけで開くぞ。やってみたかっただろ?」

ロキ   「やってみたかった! よし、切符と交換してやる!」

章    「ありがとう……って、なんで俺お礼言ってんだ? まあいいや。返金してくるから、ここで待っ――」

ロキ   「ピッてしてくる!」

章    「待てって! もー!」


 ICカードを使って改札に入るロキ。


ロキ   「フフン、なかなか愉快だな! もう一度ピッてしたらどうなるんだ?」

章    「ピンポーンって鳴って閉まる!」

ロキ   「ピンポーンって鳴って閉まる! ……!」

章    「露骨にワクワクしないで!?」

章    「電車降りた時にまたピッてできるから! それまで我慢!」


 2人駅のホームへ向かう。


章    「はぁ……すでに疲れた。遠足の引率かよ」

ロキ   「エンソクってなんだ?」

章    「辞書引け」

ロキ   「辞書ってなんだ?」

章    「知ってて言ってるだろ! さすがにそれは!!」

ロキ   「フフン、バレたか」

章    「……叶をさらに尊敬したわ。このテンションのお前の面倒を常に見てるとか、地味にすごすぎ」

ロキ   「何言ってんだ。真尋の面倒見てやってるのは俺だぞ?」

章    「はいはい……やべ、電車が来そうだ。走るぞ、ロキ!」

ロキ   「なんで? 疲れるからヤダ」

章    「ぼーっと立ったまま次のを待つほうが嫌だろ!」

ロキ   「なら俺が電車を止めてやろう。燃やせば止まるか?」

章    「この平和な学生生活が止まるよ! いいから走れ!!」




[瑞芽寮_ロキと真尋の部屋]


真尋   「……ロキ、うまくやってるかな。そもそも、ちゃんと合流できたかな。自信満々に、『任せろ!』って言ってたけど……」


――――――

[回想]


ロキ   「お、クサカだ! リンゴ寄越せ!」

真尋   「ロキ! ……すみません、草鹿さん」

草鹿   「うんうん、すっかり慣れっこだぞー。ほい神之。リンゴをどうぞ。叶も」

ロキ   「おう、褒めてつかわす!」

草鹿   「それにしても、この時間に会うなんて珍しいな。叶たちも部活休むの?」

真尋   「休むというか、今日は部活がないんです。西野が用事あるからって……」

真尋   「……? “も”って、どういうことですか?」

――――――


 草鹿、章との会話の一部始終を話す。


真尋   「東堂……。俺の杞憂きゆうかもしれないけど……」


真尋   (けど、どうしても気になったからロキに追いかけてもらうことにした。本当は俺が行きたかったけど。東堂にきっと断られる)


真尋   (けど、ロキなら……。俺のことも、舞台に引っ張り上げてくれたロキだったら、きっと……)


真尋   「東堂のことよろしくね、ロキ。……まあ、電車や東堂の実家にはしゃいで、遠足気分で終わっちゃう可能性も高いけど……」




[東堂家の玄関前]


章    「――だーかーらー、世界一周旅行ってのは、誰でもできるもんじゃないんだって!」

ロキ   「俺は神だぞ! 人間には無理だろうが、神ならできて当然だ!」

章    「神でも電車で世界一周は難しいんじゃないかな!? あーもう。なんで電車旅行の話から、世界一周になるんだよ!」

章    「この路線の終着駅は北欧じゃないって言ったら、『じゃあ繋げてやる』とか言い出すし。怖すぎるだろ、うっかり寝過ごしたら西船橋じゃなくてヘルシンキについてたとか……」

ロキ   「ベルゲンのほうがいいか?」

章    「場所の問題じゃない! ってかどこだよベルゲン!」


章    (……とかなんとか言いながら、ロキを実家に連れてきてしまった。大丈夫かよ、こいつ。余計なことしな……いや、絶対する)


章    「いいか、ロキ。うちの母親はほんとに普通の、ごくごく一般的な、ザ・母だからな。いじっても面白くないし、変なこと言うなよ」

ロキ   「分かってる。地味助の親なんだ。地味に決まってるだろ」

章    「いや、そこまで断定的に言われると、それはそれで……うん。まぁ、頼むよ、マジで」


章    (神をもてなせ、とか言わないといいけど……)




[東堂家_リビング]


8章6節


文子ふみこ   「章~、神之くん、お茶よ~」

ロキ   「おう。神へのもてなしとしては及第点だな」

章    「言ったー!!」

文子   「カミ? ふふ。面白い子ね。章が総介くん以外を連れてくるなんて、初めてじゃないかしら? それもこんなに素敵な留学生さんだなんて。やっぱり中都高校に通わせたのはよかったのねえ」

章    「……な、なんだよ。電話では、あんな遠い学校とか文句言ってただろ」

文子   「遠いけど、いい学校ってことよ」

章    「そ、そっか。はは……」


章    (ザ・母でよかった。通じてない。俺がとっさに考えた設定では、ロキは演劇部で面倒をみてる留学生ってことになってる。ちょっと話すくらいなら、大丈夫なはずだ。ロキが下手なことさえ言わなければ……)


ロキ   「……お? この緑茶、茶葉は安いが味は悪くないな。気に入った。なんか甘い物も出せ、地味助の母親!」

章    「ちょちょちょ~っと控えようか、ロキくん!」

文子   「あらあら。正直でいいわねえ! さすがはアメリカの留学生さん」

章    「出身国はまだ設定してねえよ! アメリカだったの!?」

文子   「そうねえ。いただきものの、きんつばならあるわよ」

ロキ   「キンツバってなんだ!? 地味助の……地味母!」

章    「略し方!」

ロキ   「じゃあ、ふみぽよ!」

章    「総介のマネすんのやめて!?」

文子   「ふみぽよ……。うふふ。可愛いあだ名ね」

章    「受け入れた!? ごめん、母さん……その、いろいろと。こいつ、日本語まだ勉強中なんだ」

文子   「ふふ、好奇心旺盛で楽しい子じゃない。小さかった頃の章を思い出すわ」

章    「えええ。俺、ここまでひどくなかっただろ」

ロキ   「おい、ひどいってなんだ」

章    「えっと……そうだ、母さん。マル得セールは行かなくていいのか? ほら、荷物持ちしてほしいって……」

文子   「あーあれね! ごめん。実は私、日付を間違って覚えてたの。電話した後に気づいたのよ、うふふ~!」

章    「えええ、なら来るの止めろよ!」

文子   「だって、章のことだから、来ないかもって思ってたんだもの。だからね。母さん嬉しいわあ。ちゃんと顔を見せに来てくれて」

章    「……お、おう……」

文子   「そうだ! せっかくお友達が来たんだもの。これを見てもらいましょうよ~」

章    「うっわ、家族アルバム!? 公開処刑すぎるだろ……!」


 文子が広げたアルバムを、興味深そうに見るロキ。


ロキ   「ふーん? 写真は総介がよくスマホで撮ってるが、やっぱり印刷したのも悪くないな」

章    「まーな。データだと消えたら終わりだろ? だからうちでは、大事な写真はこうして印刷して残すようにしてるんだ」

ロキ   「大事な写真……。この見るからに地味な子どもが、地味助だな」

章    「その通り。俺の小学生の時の写真だよ。ちなみに、こっちが弟の裕記ゆうき

文子   「うふふ。目元が兄弟でそっくりでしょう?」


 アルバムをめくっていく。


ロキ   「フーン……。ん? なあ、地味助の隣によく写ってるヤツって――」

文子   「総介くんよ。演劇部だから神之くんも知ってるかしら? 総介くんとは、おうちがご近所なの。ご両親がお忙しかったから、うちでよく夕飯を食べてもらったり、お泊まりしたりね。幼稚園も、小学校も中学校も、ずっと一緒。今でも章の部屋には、“そーちゃんスペース”があるのよ」

ロキ   「ソーチャンスペース?」

章    「総介が勝手に名付けた棚。あいつの私物が置いてあるんだ。服とか、ゲームとか」

文子   「うふふ。章と総介くんは昔から仲よしで、いい幼なじみなの。総介くんのおかげで演劇とも出会えて。章が楽しそうで、私も嬉しいわ~」

章    「……いい幼なじみ、か。まあ、そうだな」


章    (けど、俺のこの自信のなさ、元はといえばあいつが原因なんだよなぁ……。ずっと総介の側にいたけど、勉強も運動も、あいつには何一つ敵わなかった。小学校に入る頃には、もう人生あきらめモードだったっつーの……)


 アルバムをさらにめくる。


ロキ   「フーン。この頃から、台本書いてたのか?」

章    「さすがにそれはねーよ。中学からだ」

文子   「でも、子どもの頃から本が好きだったから、作文や読書感想文、先生によく褒められてたわよね。何度か入賞して賞状もらってきたりもして!」

章    「はいはい。作文はな。それ以外に取り柄なんてありませんよ。総介みたいになんでもソツなくこなす息子じゃなくてすみませんね」


文子   「じゃないわよ。あんたも総介くんも、子どもは生まれてきた時点で100点満点! そこから先はぜんぶ、素敵なおまけみたいなものよ」


章    「ちょ! 頭なでんなっ」

文子   「ふふ。それじゃ、ごゆっくり~」


 文子、キッチンへ向かう。


章    「はあ……やっと行ったか。ごめんな、ロキ」

ロキ   「? なんで謝るんだ」

章    「それは、ほら……見苦しいものを見せたかなって」

ロキ   「別に、見苦しくない。地味母は、地味だけど悪くない親だ」

章    「……そっか。うん」


 アルバムをめくる。


章    「おー。中学の写真、懐かしいな! 俺さ、もともと演劇部なんて入るつもりなかったんだ。総介の奴に、むりやり引っ張り込まれてさ……」

ロキ   「本物の大根も恐れおののくほどの大根役者なのにか?」

章    「うん。大根に申し訳ないくらいの大根なのにな。それは総介も分かってた。けど……」


――――――

[回想]


 章、総介中学時代


章    「――お前が、うちの中学の演劇部で演出したいってのは分かった。いいと思う。でも俺まで入部する必要ないだろ! 俺には芝居なんてできっこないって!」

総介   「うん。それは、たぶん世界で一番オレが知ってるんだよね」

章    「だよな? なら、いくら幼なじみでも、一緒に演劇部までは――」

総介   「けどさ。オレ、アキなら台本書けると思う」

章    「え……台本? 何言って……お、俺に芝居の台本なんて書けるわけないだろ!」

総介   「大丈夫大丈夫! “書くこと”はアキの最大の武器でしょ? アキは絶対、いい劇作家になる! ただし、オレ専属の!」

章    「お前専属ってなんだよ!?」


 後日


章    「……一応、お前の言う通り、書いてみたぞ。ほら」

総介   「……」

章    「ど、どうせこんなの使えないと思うけど――」

総介   「オレ、好きだ」

章    「え?」

総介   「この台本、オレ好きだ。いいと思う。やっぱ、オレは間違ってなかった。アキ、お前は書ける! オレの芝居のために、書いてくれ!」

――――――


章    「正直さ。……あの時ほど嬉しかったことって、なかったよ。俺、ずっと総介の隣にいたけど、実際は、あいつの背中を追いかけてばかりだった。追いつくのが精一杯だったし、追いつけない時もあった。でもそういう時、決まってあいつは、俺を待っててくれた。待たせちゃって落ち込む時もあったけど、そういうもんだって思ってたんだ」


章    「そんな俺にも……俺なんかでも、何かを生み出すことができるって思えた瞬間だった。たったひとつ、他とは違う、譲りたくないと思えるものができたんだ。……総介のおかげで。だから、今も演劇部にいる」

ロキ   「……」

章    「……でも……」


章    (……でも、今の俺は……総介が言う、その“最大の武器”で……負けたんだ。やっぱり俺は、総介にどこまでもついて行けるわけじゃない。きっとこれから、あいつはもっとすごい演出家になっていく。今回みたいに、俺の台本じゃダメなことのほうが増えていくんだ)


章    (……分かってたことだろ。元々、“そういうもん”だったんだから……)


ロキ   「……。フン。なんだか知らないけど――」


 アルバムの間から、バサバサと何かが落ちる。


ロキ   「ん? アルバムの間から、なんか落ちたぞ。紙の束?」

章    「え? なんだこれ………………げっ!! あのとき初めて書いた台本!? なんでこんなとこに挟んであるんだよ!」

ロキ   「よこせ。読んでやるよ」

章    「や、やめろロキ! 返せ! 思い出は綺麗だけど、台本自体はもはや黒歴史だ! 見られたら死ぬ!」

ロキ   「そうか。じゃあ死んだらヘルに頼んで生き返らせてやるよ」

章    「人の生き死に、軽く提案しないで!?」


ロキ   「ええと、なになに。登場人物……勇者、魔王、魔法使い、賢者。あらすじ。運命に選ばれ、魔王を倒すために、世界……“クリスタル・ワールド”を旅する一行」

章    「“運命に選ばれ”って書き出しからして無理! あと、当て字のフリガナまで丁寧に読むな!」

ロキ   「しかし勇者は旅をしているうちに、なんのために魔王を倒すかが分からなくなり――」

章    「わーーーっ! やめて、もう限界、俺のライフゼロ! 拷問! うおーーー!!」

ロキ   「床をごろごろ転がって、芋虫かよ。なんで、そんな恥ずかしがるんだ? 確かにガキくさくて単純だけど、別に悪くないぞ」

章    「うっ……どうせ、俺の考える話なんて、ガキくさくて単純――」

ロキ   「……」


ロキ   『――おれ、お前のことほんとは好きだよ。倒したくない、お前ともっと話していたい! だけど、許してくれ、魔王! これこそが、俺の生きる意味なんだ!』


章    「え……。それ、クライマックスの……勇者が、魔王を倒すシーンのセリフ?」

ロキ   「ほら、悪くないだろ。俺に言わせれば、こないだの“ラショウモンなんとか”って台本より……まだこっちのほうが演ってて楽しいぞ。お前、過去の自分にも負けてんじゃん」


章    「っ……」

ロキ   「けど、このセリフはやっぱガキっぽすぎるな。地味助、俺に合うようにちょっと変えてみろよ」

章    「え? ロキに合うように、か。ええと……そうだな。じゃあ……」


 章、ペンで紙にセリフを書き出していく。


章    「書いたぞ。……こんな感じ、とか」

ロキ   「……」



ロキ   『――俺、お前のこと……嫌いじゃないぜ』

ロキ   『お前ともっと言葉を交わしてみたいなんて、酔狂なことを考えるくらいにはな。だけど……』

ロキ   『許せ、魔王。これが……これこそが、この旅でようやく分かった、俺の……生きる意味なんだ!』



章    「……!」

ロキ   「フン、何驚いてんだよ」

章    「いや……。素直に、すごかったから。気迫っていうか……本当に、勇者に見えた」

ロキ   「当然だ。俺がやってるんだからな。けど、それだけじゃない。お前が、俺のためにセリフを変えたからだぞ」

章    「え」

ロキ   「地味助。あのプロとかいうのが書いたやつは、話は悪くない。けど俺と真尋がやってもそこそこだ。でもな。お前が書いた“ラショウモン”はもっと論外だぞ。なんでか分かるか? お前が変に緊張して、全然俺たちのことを見ずにいつものお前らしく書いてなかったからだ」


章    「……俺、らしく……」

ロキ   「けど、お前が今書いたセリフは、読んでて気持ちいい。これだ、って思った。……地味助。お前は確かに、本当に何もできないし、存在感が薄い。安い緑茶の味と同じだ」

章    「しみじみ言わないで!?」

ロキ   「……だが。お前には、この神たる俺と、俺が認めた真尋が演りたい台本を書くことができる。その芝居をサポートするヤツらを、全力で動かす力もある」


ロキ   「お前の母親風に言うなら、それがお前に与えられた、最高級の“おまけ”だ。何をそんなにぐちゃぐちゃ考える必要があるんだ。書けよ。書けるんだから」

章    「……っ! ……ロキ、俺……」


 文子がパタパタとスリッパを鳴らしてやってくる。


文子   「章、ちょっと早いけど、ご飯よー! 神之くんも食べていってちょうだいね!」

章    「……母さん~」

文子   「あらなに、話しかけちゃダメだった?」

章    「いや……そんなことないけど……。ご飯なんて頼んでないのに」

文子   「家族でしょ、頼まれなくったって作るわよ。たまにしか帰ってこないんだから、あんたの好きなものばっかり作ったわ。ハンバーグに唐揚げ、肉じゃがね!」

章    「うわ、俺の大好きな茶色メニュー……」


 章のお腹が鳴る。


章    「た、確かに腹は減ったな。ロキもだろ!?」

ロキ   「俺は美味いもんならいつでも食うぞ。美味いのか、地味母の料理!」

文子   「もちろん! きっと気に入るわ~。あ、しいたけの料理は作ってないから安心しなさい。いやね~高校生にもなってしいたけが食べられないなんて」

章    「ぐっ……た、食べられなくてもいいだろ。うちの顧問だって、しいたけ嫌いだっての!」

ロキ   「リューザキ、しいたけ食べられないのか?」

章    「ああ。このあいだの日替わり弁当に入ってたのも残したらしいぞ」

ロキ   「そうか……フフン、イイこと思いついた」

章    「え……な、何する気?」

ロキ   「あいつの弁当の中身、全部しいたけに変えてやる!」

章    「なんでそんな嫌がらせを!? しいたけのこと、俺が言ったって言うなよ!」

ロキ   「言う。章の命令ってことにする!」

章    「すーるーなー!」

文子   「うふふ。仲がいいのね。話が終わったら、テーブルの上、片付けてちょうだいね」

章    「はいはーいっと。…………ありがとな、ロキ」

ロキ   「どれに対する感謝だ? 俺が存在していることか?」

章    「規模感! まあ、結局そういうことになるのかもしれないけど……とにかく、ありがとう。おかげで、目、覚めたわ」

ロキ   「いつも頭ん中が寝てるもんな!」

章    「寝てね―よ!」

ロキ   「知らなかった……。本当か?」

章    「マジトーンやめろ! あーもう。ほら、行くぞ。うちの唐揚げ、揚げたてがうまいからさ」

ロキ   「おう。地味唐揚げだな! 楽しみだ!」

章    「いや、唐揚げは地味じゃねーよ。おかずのスーパースターじゃん。……ははっ」


章    (……ああ、やっと分かった。叶がロキを寄越した理由。俺、ほんとカッコ悪い。……でも、サンキュ)

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