第5節 拭えない違和感

[中都高校_演劇部部室]


 総介が手を叩き注目を集める。


総介   「よーっし。んじゃみんな、オレに注目~! 記念すべき、プロの台本を使った初稽古! 張り切って、いってみますか!」

真尋   「……うん」

総介   「あ、ちなみに、次にカメラが入るのはしばらく先ね! ある程度立ち稽古がついた段階だから、みんな、安心してくれていいよん☆」

衣月   「総介、待って。章がまだ来てないけど」

総介   「んー、それがねー、今朝――」


――――――

[回想]

[瑞芽寮みずがりょう_章と総介の部屋]


章    「なあ総介。しばらく俺、稽古休ませてもらっていい? いや全然、拗ねてるとかじゃないんだけど! えっとほら、俺……その……。いい機会だから、資料をもっと読んだりとか。修行期間みたいな!?」


章    「いや~、プロの台本を読ませてもらって火がついちゃってさ、はは……。あるだろ、マンガとかでも、傷ついた主人公が修行の旅に出る、みたいな! いや俺、全然主人公じゃないけど。というか傷ついてないんだけどさ!」


章    「とにかく……な、そういうことだから! もちろん、大道具作る段階とかになったらちゃんと行くから! そういうことで!」

――――――


総介   「だってさ」


 ため息をつく部員たち。


律    「はぁ……明らかに無理してますね」

衣月   「うん。……心配だね」


 総介、ふたたび手を叩く。


総介   「オレの幼なじみを気遣ってくれてありがと。でも、今はそれどころじゃないない。アキの悔しさの分まで、この芝居をよくすることが必要でしょ! アキなら大丈夫。こんなことでヘコんだまま戻らなくなるような奴じゃないから」


総介   「ってなわけで。主演のお2人、よろしく~! 改めて、カズキ役、叶真尋。ミツル役、神之ロキ! 2人は、高校の同級生ね。つるっと一度、頭から!」

真尋   「……うん。じゃあ、やってみよう。ロキ」

ロキ   「……おう」



ミツル(ロキ)『なんだよ、何怒ってんだよ、カズキ』

カズキ(真尋)『ミツル。嘘はやめろよ。お前も、あいつのことが好きなんだろ!』

ミツル(ロキ)『そうだとしたら、どうするんだよ?』


 うまく芝居が噛み合わない2人。


真尋   「……」

ロキ   「……」

総介   「お。どうした、2人とも? 今回、途中でよく止まるねー」


真尋   「ごめん西野。また少し、分からなくなって……」

ロキ   「……なあ真尋。この時のミツルって、何考えてんだ?」

真尋   「うーん……。売り言葉に買い言葉で、彼女への恋心を認めてるってことなんだろうけど……このあとのシーンからして、もっと複雑な想いがあるはずなんだよね……」

ロキ   「あと、お前のセリフの言い方もなんか変だぞ。『好きなんだろ!』って言い方、怒ってるだけって感じで全然、ストンと来ない。そのせいで、あとのセリフが言いづらい」

真尋   「……うん。俺も、カズキの気持ちがまだ、しっくり来なくて…………その……。……ごめん。なんだか、違和感が拭えないんだ。この台本、話としてはすごく面白いよ。いい物語なことは間違いない」


真尋   「でも、“誰でもいい”っていうか……うまく言えないんだけど……」

律    「……この台本は、真尋さんやロキのことをまったく知らない脚本家が書いたものです。できがよくても、東堂先輩の台本とはやっぱり違いますよね」

衣月   「確か、“当て書き”……って言うんだっけ。誰が演じるかが決まっていて、その役者のために書かれた台本。……で合ってるかな、総介?」


総介   「ん、正解。でもオレ、アキの“当て書き”ってそれだけじゃないと思ってるんだよね。アキは、ヒロくんたちの芝居に一番しっくりくる、2人を最もよく魅せる台本が書けるんだよ。ときには2人自身も気づいてなかった、新しい魅力を掘り当てるような――究極の当て書きだ。逆に言えばさ、別の役者がアキの台本を演じても、2人みたいにはいかないはずだよ」

律    「……それなら、なんで東堂先輩にあんな試すようなことしたんですか。それが分かってるなら……!」

衣月   「……」


衣月   (確信はない。でも総介は、もしかして――。それなら……僕がとるべき行動は1つだ)


8章6節


衣月   「……律の気持ちも分かるよ。真尋やロキの戸惑いも、理解できる。だけど今回はこの台本でいくと僕たち自身が選んだんだ。公演日は決まってるんだから、今は前に進まないと」

総介   「そういうこと。あの時、アキのあの台本よりも、こっちの方がよかったことは事実だ。そして、台本の勝手が違ったとしても、役者がやることは変わらない。ヒロくんだって、芝居始めてからずっとアキの台本でやってきたわけじゃない。でしょ?」


総介   「ロキたんも、“当て書き”じゃなきゃできないなんて二流役者じゃないよね? 役者なら、目の前の台本に取り組もうよ」

真尋   「……うん」

ロキ   「……フン」

総介   「あと、りっちゃん。あとでBGMの相談していい?」

律    「……分かり……ました」

総介   「ありがと。んじゃ、稽古を続けよっか!」


ロキ   「……」

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