第4節 2人のための台本

[中都高校_演劇部部室]


 1週間後


猪狩いのかり   「いや~東堂クン、1週間どーもどーもお疲れさまでした! 劇的によかったよぉ! 天才役者たちのために必死でがんばる脚本担当って感じでさ! 学生サンならではのキラキラ感がバチコーン! って収まってたし、いいものができる予感! これ本気ね!」


猪狩   「いやいや、完成してなにより~! いよっ! 東堂先生!」


章    「ど、どうも……それはよかったです……」


章    (こ、この1週間ほんと疲れた……。寮の部屋までカメラが入って、台本書いてるとこ撮られたり、資料探すために街の図書館に行ったら先回りされてたり……)


章    (生きた心地しなくて、まだフワフワしてる……。神楽有希人とかって、常にこんな生活なのか? 台本上がったのが、もはや奇跡だ……)


真尋   「東堂、大丈夫?なんだかフワフワしてるけど……」

章    「……大丈夫……たぶん。……はは……」

猪狩   「無事、東堂クンの台本が完成したわけだけど~。実は、ちょうどプロのほうの台本も上がったんだよね! 一応書いてもらっちゃったからさ。番組の作りって意味でも、読むだけ読んじゃってよ! もちろん、そのあと東堂クンの書いたやつを選んでもらって全然いいからさぁ! これ本気ね!」


律    「え……。このあいだと、言ってること違くないですか?」

総介   「まあまあ、これも勉強のうちよ! プロの未公開台本なんて貴重だよ~!?」

衣月   「そう……だね。勉強にはなると思う。みんな、せっかくだから、目を通すだけは通そうか」

章    「……」


 一同、プロの台本に目を通す。


ロキ   「……フーン。高校生2人の話か」

真尋   「いわゆる、青春ストーリーだね。筋は王道だけど、起承転結がしっかりしてる」

律    「一見、よくある話ですね。でも……」

衣月   「うん。要所要所に盛り上がりがあるし、クライマックスのどんでん返しもあって、面白い」


章    (……セリフは多くないのに、会話がすごく自然だ。お客さんが喜びそうな、見せ場もしっかりある……。まとまりが半端ない。これがプロ、か……)


猪狩   「じゃあ続いては本命! お待ちかね、東堂クンの台本だよ! バチコーンと配っちゃって。ね?」

章    「は、はい。バチコーンと……。……」


 章、台本を配り、一同読み始める。


ロキ   「……“新訳・ラショウモン”?」

章    「……えっと、じゃあ、……その。ちょっと、説明……します。この間の本読みで、いろいろ読んでもらったけど……俺なりに考えて、新しい方向性にしてみたんだ。これは……みんな知ってる芥川龍之介“羅生門らしょうもん”のオマージュっていうか、アレンジ……っていうか」

真尋   「オマージュ……」

章    「テーマは“性悪説せいあくせつ”なんだ。人間ってのは、破滅が迫った時でも誰かに尽くせるのか……。どこまで自分を犠牲にできるのか……世間に問う、的な?」

律    「……世間に問う……」

章    「これまでの演劇部にはなかった、ちょっと文学的なアプローチをやってみようかな、って……! えっと……で、だ。叶の役は“下人げにん”、ロキは“老婆”の、それぞれの生まれ変わりで……。巡り合わせというか、運命の糸が絡まるというか。……あ、今のは“蜘蛛の糸”の要素で……」


真尋   「……生まれ変わりか。それなら、原作の“下人”のキャラクターを意識したほうがいいのかな? 俺、“羅生門”の内容をあまり覚えてなくて。読み直さないと」

ロキ   「俺は全然知らないぞ。“老婆”って、どんなヤツなんだ?」

章    「あーそれは別にいい。“羅生門”はあくまでベースで、キャラ性とかは、そんな気にしなくてよくて! 今回はあくまで、性悪説がテーマだし……」

真尋   「……? でも、生まれ変わりなんだよね?」

ロキ   「そもそもなんで生まれ変わりなんだ? ていうか、セイアクセツってなんだよ」

章    「えっと、それは……」

衣月   「古代中国の哲学者、“荀子じゅんし”が唱えた説だね。“人は弱い存在だから、放っておくと悪さをする”“だからルールや決まりをきちんと守って、立派な人間になりましょう”……簡単に言うと、こんな感じかな」


ロキ   「フーン? 俺からすれば、何を今さらって感じだな。人間なんて、どいつも欲望に忠実だ。それが悪く出りゃ、悪さをする。そうでなけりゃ、フツーに生きて死ぬだけだ。それを“説”とか、わざわざ語ることかぁ?」

章    「ええと、俺が書きたかったのは人間の業の深さみたいなもので、だから……その……。……口じゃ、うまく言えないけど……」


総介   「んー……アキさあ。これ、こないだNJホールに観に行った劇団の芝居に、なんか引きずられてない?」

章    「え……」

総介   「人物とか世界観がミョーに暗いとことか、概念的なセリフがやたら出てくるとことか、衣装の多さとか」

衣月   「そう……だね。衣装は1人3着ずつってあるけど、物語に応じて、役の変化を表現するなら、むしろ1着ずつのほうが、効果的じゃないかな?」

章    「そ、それは……。このテーマを表現するためには衣装のパターンも必要かなと……!」


総介   「“テーマを表現”か。アキがそんなこと言ったの、初めてかもね。どしたの? ちょっと無理した?」

章    「え…………」

ロキ   「ていうか、なんだこれ? いつもは、台本見ただけで声に出して読みたくなるのに。今回はそういうのが全然ないぞ。地味助、お前なんか変なもんでも食ったか?」

真尋   「……これ……。なんだか、東堂じゃない違う人が書いた台本みたいだ……。東堂は、どうしてこれを書いたの?」

章    「どうしてって……それは……」


章    (……プロの台本に、見劣りしないように……)


律    「……純粋に疑問なんですけど。この話、真尋さんとロキが演じて楽しくなります? これはこれで、1つの作品です。けど、うちの部で今やるべき台本とは思えないです。……東堂先輩、どうしちゃったんですか?」


章    「…………」


 ロキ、真尋、衣月、律が章を心配そうに見つめる。


猪狩   「あー、青少年たち、揉めちゃったかぁ!」

猪狩   「どうする? どうしよっか、総介クン。どっちでやる? 番組的にはどっちでもいいよ?」

総介   「……そうですね~。いつもならオレが選ぶとこなんだけど……せっかくだし、今回はオレじゃなくてヒロくんとロキたんに考えてほしいかな」

ロキ・真尋「「……」」

総介   「書き上がったらアキのでやるって話だったけど、みんな疑問が残ってるみたいだし。どっちがいいか、演者目線の意見をお願い」


真尋   (……プロの台本か、東堂の台本か……。ううん。今は、書いた人が誰か、じゃない)


真尋   「……もし、今、どうしてもこの2つから選ぶなら……。プロの劇作家のかたが書いてくれたほうが、俺たちには、合ってると思います」


8章4節


章    「……!!」


真尋   (東堂には悪いけど、芝居のことで嘘はつけない…………それに……)


真尋   「東堂の台本も、やりがいはあると思う。だけど、これを本気でやるなら、劇場も、衣装や舞台セットも、いつも部活で使ってるものじゃ、十分に表現できない気がして。それに、一番は――」


ロキ   「地味助のこの台本のセリフ、ミョーに堅苦しくて、頭に全っ然入ってこない! いつもだったら、俺たち2人のための台本って感じがすんのに」


章    「……2人のための、台本……」


猪狩   「おっ、決まりましたね! じゃあ上演するのはプロの台本のほうね! いや~番狂わせだねぇ。こういうのも青春の光と影って感じでいいね~!」

律    「決まりって、そんな……西野先輩!」

総介   「公演日程も近いし、何より2人が選んだんだ。これ以上の理由、ある?」

律    「っ……、衣月さん!」

衣月   「律。分かるよ。でも、これは……」


真尋   「……東堂は、これで本当にいいの?」

章    「……えーと……。あはは。……うん! そりゃ、プロが書いてくれた台本のほうが、いいに決まってるって! 俺はただの素人だからさ、うん。その台本……やっぱ、すごかったし……」


章    「……ええと……なんかすいません。テレビ的に大丈夫なんですかね、これ。あはは。……はは……」


律    「あの、東堂先輩っ――」


 章に話しかける律を総介が遮る。


総介   「まーまー、人生こんなこともあるって、アキ! 山あれば谷あり、これも試練よ~! んじゃこっちの台本で、さっそく稽古始めよっか。時間もないからさ、テレビ的にもね!」

章    「……おう。そうだなっ!」

律    「……っ」

真尋   「……」


章    (……仕方ない。選ばれなかったんだから、俺が何か言う権利はない。合宿の時、選ばれなくて反論するロキをみんなで抑えたじゃないか)


章    (……俺、なんか……間違えたかな。何を間違えたのかも、分からないけど……。でもこれで、本当に……俺がここにいる意味……なくなったな)

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